【天秤印】横浜弁護士雑記

横浜で弁護士をしている元裁判官が、日々感じたことなどを書いています。

定年後再雇用と労働契約法20条(控訴審)

 以前、幾度かブログで触れていた定年後再雇用と労働契約法20条の問題で、

yokohamabalance.hatenablog.com

 控訴審が出たようですね…。

東京新聞:定年後賃下げに「合理性」 労働者側が逆転敗訴 東京高裁:社会(TOKYO Web)

 これまでの記事で原審に疑問に感じたことなどを記載してきたので、流れとしてはありうるかもしれないと思っていましたが、他方で、一つの判決が出るとそれによって【行き過ぎ】の対応をされる会社もありますので、そこはやはり心配ですね…。

 当該ケースの結論がどうであれ、異なるケース、あまりひどいケースには、裁判所も対応せざるを得ないと思いますので…。

 詳しい内容は判決文を見ないとわかりませんが、上記の記事でも、「原告の賃金の減額幅は他社の平均を下回り、会社の赤字なども考慮すると、賃下げは違法ではない」という言い方もされていますので、このケースは違法ではないとしても、他のケースでどうかは違法とする余地を残した判決でしょう。

 企業側の対応としては、慎重な配慮は必要でしょうし、業務にしても定年前と何らかの変化をつけるかどうかも含め、検討せざるを得ない状況は残るのだろうと思います。

Q&A家事事件と保険実務【書評】

【通勤読書】で,この本を読み終わりました。

www.kajo.co.jp

 この本は,家事事件の各場面(成年後見,高齢者,相続,遺言,未成年等)で,保険契約について生じる問題について書かれた本です。

 弁護士業務において,必須の知識かというと,そこまでではないかもしれません。

 しかし,①家事事件という法律家にとって関心のある分野において知識を増や素事につながるとともに,②保険における【法律】【約款】等の具体的な適用の片鱗を理解する意味で,悪くない本だと思います。

 役人時代,保険法は,あまり勉強の必要を感じず,また,勉強が少々難しい分野でした。
 裁判官として接することの多い保険は,「責任保険」としての交通事故における任意保険であったため,結局は「損害賠償請求権の有無」の問題となり,保険法独自の問題に直面することはあまりありませんでした。しいていえば,【生命保険における高度障害の問題】や,【人身賠償保険の問題】,【保険代位と弁済代位の違い】などを,裁判の判決を書く上で必要が生じたときに,調べる程度のものでした。
 そして,保険法について横断的に書かれている書籍(山下友信「保険法」)はあったのですが,この本は保険法ができる前に書かれた本であり,保険法ができる前の商法で定められた保険の種類と比べて,現実に流通している保険の種類はより多様で,問題となっている保険がどの条文の問題になるのかも探しにくく,また,保険には大抵非常に多い【約款】があるものの,かならずしも約款が各社同一とは限らないなど,横断的な保険法の書籍のどこに問題の解決の糸口があるのかを探すことが,なかなか難しいと感じていました。

 そうした事情もあって,当時は,「法律」に準拠した横断的な書籍よりも,現実に流通している保険毎に項目を分けて書かれた書籍新裁判実務体系19「保険関係訴訟法」や,専門訴訟講座3「保険関係訴訟」-などを購入し,必要に応じて該当箇所を参照していました。

 しかし,今回読んだこの本は,家事事件という法律家が関心を持たざるを得ない分野について,保険法の条文,判例を挙げて説明が加えられており,興味をかき立てられて読み進むうちに,各種の保険の特徴や,保険の【法律】と【約款】が,【どんな場面】で【どんな働きをしているのか】についても,片鱗に触れることができます。
 横断的な書籍としても,保険法解説 | 有斐閣といった保険法に対応した書籍も出ているようですし,今なら通読しても,楽しみながら読み進むこともできる気がしますね(すでに買ってある他の本を先に読まなければならないので,読むわけではありませんが…。)。

 また,このブログでも参考文献としてあげたQ&A家事事件と銀行実務と2冊読むと,思っている以上に,【銀行】と【保険】で考えなければならないこと,気をつけなければならないことが違うことが分かり,それも面白いと思います。

 

【士業連携】を考える-【暮らしと事業の何でも相談会】

 最近,新しい法律や,判例について書いてきたこともあって,日常的なイベントもの等は書きづらくなっていたところもあるのですが…。

 10月1日に藤沢商工会議所の「暮らしと事業の何でも相談会」に参加してきました。

1 藤沢商工会議所の取り組み

 藤沢商工会議所の6階には,300名から400名を収容可能な多目的ホールがあるのですが,それを使っておよそ18の相談ブースを作り,その中で,司法書士土地家屋調査士社会福祉士,税理士,弁護士,行政書士社会保険労務士が,来場した相談者からの相談にお答えするという企画です。

 毎年行われている企画で,実に今年で19回目ということでした。
 神奈川県弁護士会からは,私を含めて3名の弁護士が参加しました。

 とはいえ,折角会場にお越し頂いたのに,多くの方は1つか2つの「士業」のブースで相談して帰っていかれていましたので,「もっと,【複数の士業に一度に相談したい】という人や,【複数の士業に相談をしてみた方がいいアドバイスが聞ける】という人も,いるんじゃないかな?」という気もしましたね…。

2 士業の「使い分け」と「コラボレーション」

(1)士業の得意分野は違うんです

 実は,「士業」といっても,それぞれ「できること」「知っていること」と,「できないこと」「知らないこと」があります。
 弁護士は【法律】のことは詳しくても,【税金】のことは詳しくありません。他方で,税理士は税金のことは詳しくても,「相続」の【法律】となると,専門外になるかもしれません。登記や土地のことであれば,法律に関わることは弁護士の専門とは言え,相談内容によっては,司法書士土地家屋調査士の方でなければわからないこともあるかもしれません。

 しかし,なかなか一般の人には分かりづらいらしく,ときどき,市役所の専門相談(弁護士)などを担当していると,「相続税についてお伺いしたいんですが…」という相談者がお見えになることもあります。
 7つの士業が,一箇所に集まって相談会をする,というのは,「何かの悩み事を持った人に,応えることのできる士業がその会場のどこかにいる(可能性が高い)」ことを意味しますので,実は,通常の弁護士の法律相談などよりも【悩み事】の解決につながる有益なアドバイスを貰える可能性は増えると思います。
 さらに,「士業」は,うまく連携ができれば,お互いに「足りないところ」を補うこともできます。

(2)弁護士×税理士

 税理士は,言わずと知れた【税】の専門家です。
 例えば,弁護士の場合,遺言で遺産を残したいという相談に来られた方に,

  • 「有効な遺言書を作るためにどうしたらいいか」
  • 「遺言書に書いてもできないことはなにか」
  • 「遺言書に書くとかえって紛争になることは何か」

 といったことについて,アドバイスをすることができるでしょう。

 他方で,遺言にした方がいいのか,生前贈与にした方がいいのか,税金はどちらが安いのか,といったことになると,これは税理士の先生の方が詳しいと思います。遺産のうちの,たとえば住宅などをお子さんが取得した方がいいのか,奥さんが取得した方が税金の控除を受けられるのか,といったことについても,(調査等が必要な可能性もありますので,答えまで無料相談で聞けるかは分かりませんが…)税理士の方が詳しいでしょう。
 また,働いていた方が会社を退職された後に,なかなか退職金を払ってくれない会社に対してどうしたらいいか…という相談であれば,弁護士は,

  • 用意した方がいい証拠
  • 会社側が行ってくるかもしれない主張
  • 交渉や労働審判,裁判の手続きについて

アドバイスできるかもしれません。他方で,会社がいざ退職金を払ってくれるという場合に,そのなかから【税金】としていくらくらい控除されてしまうのか,といったことは税理士の先生の方が詳しいでしょう(一度,労働審判の依頼人に,「Q&A 人事・労務専門家のための税務知識 (第3版)」を見てアドバイスしたことがありますが,専門家ではないので,「もし不安があれば税理士に確認して下さい」「税理士ではないので正確かどうかまでは分かりません」という説明も一緒にしています。)。

(3)弁護士×社会保険労務士

 社会保険労務士は,労働・社会保険に関する法律、人事・労務管理の専門家になります。
 社会保険労務士さんの仕事については,実は,私のように「労働法」も一応の得意分野にしている弁護士からすると,「どこに線を引いていいのか」説明しにくいと感じることもあります。いや,裁判であれば原則として弁護士,ということは明確なのですが…。

 たとえば,10人以上の労働者がいる事業所には,「就業規則」の作成が義務づけられていますが(労働基準法89条),そうしたことなどは,社会保険労務士の方ができることの一つです。
 また,労働者に残業をさせなければならないことがある事業所について,「36協定」という,残業をさせるために必要な協定を結ぶ手続き(労働基準法36条)について説明することなども,社会保険労務士の方ができることの一つです。
 他方で,裁判所の裁判では,会社側=経営者側が負けてしまうことも多々ありますが,では,そうした会社に社会保険労務士の方が付いていなかったのか,というとそんなことはないだろうと思います。
 社会保険労務士の先生は,「労働基準法に明確に違反しているかどうか」については,判断を下せますが,

  • 労働基準法・労働契約法の【解釈】【裁判】を踏まえて,裁判で負けるリスクが多少なりともあるか」
  • 「そうしたリスクを減らすために,より手堅い選択肢があるのかどうか」

といったところについては,労働法を得意とする弁護士の方が,的確なアドバイスができることもあるでしょう(もっとも,このアドバイスには調査等が必要なので,1日の無料相談で明確な回答は返せないことも多いと思いますが。)。

 残業についても,たとえば

  • 「定額残業代」「みなし残業制度」などを導入する際に,最高裁判所の判決だけではなく,最近の地方裁判所の判決なども視野に入れて,より【手堅い】決め方を考える

という場合には,上記のような弁護士の方が,社会保険労務士の先生よりも的確な回答ができるかもしれません。

 もっとも,社会保険労務士の先生でも,弁護士でも,【勉強している人は勉強している】という面も事実としてありますので,そうした相談にどれだけ対応できるかは【人】によると思います。

 ただ,大きな企業の人事部の方などだと,社会保険労務士に聞いただけでは後で責任を追及されてしまうこともあるとして,必ず経営法曹等の弁護士に意見を求められる方もいらっしゃるようですね。

(4)弁護士×社会福祉士

 社会福祉士については,なかなか説明しづらいのですが,行政等の行う様々な福祉サービスについての専門家,となるでしょうか。
 私のように弁護士会の「高齢者・障害者の権利に関する委員会」に所属していたり,「子どもの権利に関する委員会」に所属している弁護士は,社会福祉士の先生とお話ししたり,相談したりすることもあります。とはいえ,「裁判」という場でお会いするわけではありませんので,弁護士の中でも,社会福祉士と関わることがある人もいれば,関わることがあまりない人もいるかもしれません。
 例えば,親族が認知症にかかってしまい,自分自身で銀行や保険会社への対応をしたり,有料老人ホームと契約したりすることが難しくなってしまったが,そうした場合どうしたらよいのか,という話であれば,弁護士は,【成年後見制度】を説明し,

  • 「費用としてどのくらいかかるか,それは誰が負担しなければならないことになっているか」
  • 「後見人にはどういった人がなるのか,その場合に報酬はどうなるのか」
  • 「仮に親族が後見人になるよう裁判所から指示があった場合に,どういった作業をすることになり,どういった責任が生じるか」
  • 「信託銀行に財産を預ける【後見制度支援信託】となる可能性があるかどうか」

といったことについて,説明することはできるかもしれません。

 とはいえ,申立をしても,費用を払うことが難しければ,申立が却下されてしまうこともありますし,報酬を払うことが困難であれば専門職の後見人まで付けることが望ましくないこともあります。また,ご高齢の方の経済面に問題があるときには,成年後見人が付くかどうかで問題が解決されるものではなく,結局,福祉サービスを利用してその方の生活が成り立つようにできるかどうかが問題となってきます。
 社会福祉士の先生は,そうした相談に乗って頂ける方,という認識をしています(違っていたら申し訳ありません。)。

3 複数の士業がいる「相談会」

 これまで書いてみたとおり,われわれ「士業」でも,自分の専門外のことは,他の士業の先生に先生に相談することをお客さんに勧めたりしています。
 そうすると,折角これだけの士業が集まっているのに,「一つの士業だけに相談して帰るお客さん」が多い様だと,折角の相談会の「売りどころ」が「売れていない」気もするのですよね。

 そう考えていくと…

  1. 普通の人は「士業」が連携して相談に乗ってくれると,どういう【いいこと】があるのかまでは分かっていないことがあります。そこをもっと伝えるといいのじゃないかという気はしますね。例えば,「相続についての法律と税の相談会」という題名にして,弁護士と税理士が相談に乗る,ということは結構ありますが,これは,一般の方にとって,【どういういいことがあるか】をイメージしやすいのだろうと思います。
  2. 「士業」の使い分けを知っている人と考えると,一般の方よりは【事業等を経営している方】のほうが「士業」を使われた経験やそれぞれの「士業」の違いをご存じかと思いますので,藤沢だけに限らなくても,他の地域の商工会や工業会に声をかけてみてもいいのかな,と思います。確かに藤沢の商工会議所がやるものですが,藤沢のお客さんだけに限るのも,少しもったいない気もしますので…。

 そんなことを考えてしまいますね。

 弁護士の1人に過ぎない私が考えるより,他の専門家の方とも含めてミーティングなどをすれば,もっと【連携したらこんないいことがある】というケースも見つけられるかもしませんし。

4 「相談」というものが持つ限界

 他方で,最近感じるのは,「相談」というものが持つ「限界」でしょうか。
 「相談」というものは,

  1. その後専門家に依頼するのであれば費用が発生します。もちろん,専門家に依頼しなくても,本人が手続きができるものもあるでしょうが,
  2. 本人が手続きをする場合には,当然【時間】や【労力】といった【手間】も掛かりますし,当然専門家が行うことに比べると行政へも申立が認められなかったり,裁判に負けてしまったり,税務署から指摘等されてしまうなどのリスクも高くなります。

 専門家=他人を使うのであれば,【費用がかかる】というのが大原則です。専門家=士業は,国から給料をもらっているわけではありませんので…。

 法テラスの【民事扶助】などを利用できることはありますが,民事扶助には資力や収入の要件がある上に,原則として【貸付】【立替金】ですので,利用された方が返済しなければならないものです。
 とはいえ,最近は,①費用は払えないし,②自分で何かする時間はない,として,相談に来られても問題が解決しないし,相談に行くだけの時間が惜しいという人も,少しずつ増えている気がしますね…。
 そうした【限界】,というものはあるのでしょうね…。そこは,やむを得ないところはあると思っているのですが…。

※ 昔,弁護士会の業務改革委員会:商工部会で,2年ほど,「中小企業シンポジウム」を【裏】で仕切った(=雑用係をやった)経験から,こういうイベントものがあると,つい反応してしまいますね。

 もっとも,やればやるほど雑用が振ってくることが多いので,結局,私自身が関与を減らしていくことになるのですが…。

 ちなみに,商工部会は,企画の提案,チラシの原稿の作成から,印刷所へ依頼するための締め切り管理,工業会への挨拶回りなどの日程調整等を事実上全てやる状態となり,その割に他の先生は問い合わせをしても返事を返してこない,という状態になったため,さすがに持たなくなって辞めています。

定年後再雇用と、「別の業務」

 事務職として働いていた男性が、定年後の再雇用で、清掃業務を提示されたこと等について、違法性を認めた高裁判決が出た、という報道があります。

再雇用巡りトヨタ敗訴、127万円支払い命令 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

定年後の再雇用「事務→清掃は違法」 トヨタに賠償命令:朝日新聞デジタル

再雇用で別業務は違法 名古屋高裁、トヨタに賠償命令 :日本経済新聞

 日経の記事を見ると、

 定年後にどんな労働条件を提示するかは企業に一定の裁量があるとした上で「適格性を欠くなどの事情がない限り、別の業務の提示は高年齢者雇用安定法に反する」と指摘した。

とあって、これをそのまま読むとあたかも【別の業務を提示してはいけない】ように見えますが、これは【同一の業務でなければならない】わけではなく、まったく違う、嫌がらせのような業務であってはいけない、という事なんじゃないかという気はしますね。

 実際、読売の記事では、

「再雇用の業務内容がそれまでと全く違い、社会通念上、労働者にとって到底受け入れがたいものだ」と指摘

したと書かれています。

 また、朝日の記事では

 1年契約の清掃業務で1日4時間、時給1千円のパート勤務を提示

という記載があり、それが事実であるなら、JILPT調査等と比較しても、条件が悪すぎるように感じられますので、こうした経済面の事情も大きく影響した判決なのではないかという気もします。

 新聞報道によると、原告は、再雇用されることなく定年退職となったとのことですので、【具体的にどういった労働条件であるべきだったか】について判断が下されたのではないと思うのですが、それにしては認容額が127万円と具体的ですので、どういった根拠なのか…判決文が公開されたら、是非読んでみたいですね。

 各新聞の報道内容が、微妙に食い違っているため、事案を把握しづらいところがありますし、判決文が公開されるまで、詳細はわからないですね…。報道によると、名古屋地方裁判所岡崎支部が第1審だったとのことですので、ウエストロー・ジャパンでそれらしい裁判例を探してみましたが、見当たりませんでした。

 いずれにせよ、そういった劣悪(給与も含めた)な労働条件についての、限定的な判断だろうと思いますので、他の事案に及ぼす影響は限られてくるかとは思います。ごく普通の再雇用の場合に影響を及ぼすことは、あまりないのではないでしょうか。

 他方で、正社員を、正社員のまま60歳以降も雇い続ける場合の、不利益変更禁止の法理とのバランス等を考えても、定年後再雇用の労働条件について、一定程度の羈束はある、という方向が出てくることはありうると思います。

 同一の業務だからダメ(長澤事件)と言われ、別の業務もダメ(本件)といわれた、ととらえてしまうと、混乱してしまいそうですが、上記の通りそういった趣旨ではないのではないかと思います。

 

 ハマキョウレックス事件について、考えをまとめたいな…と思って、「手当」についていろいろ見ていたところであり、また、後見円滑化法についても何か書こうか考えていたところでしたが、早く書いていかないと時代に取り残されてしまいますね…。

「まず大人が幸せになって下さい。そうすれば子どもも幸せです。」:埼玉の事件報道に接して思うこと

 埼玉で,痛ましい事件が起きてしまいました。

headlines.yahoo.co.jp

 つい先頃,川崎市でも痛ましい事件でこどもの命が失われ,教師や福祉関係者,そして弁護士も「何故この事件を防げなかったのか」「どうしたらこうした事件を防げるのか」を議論していた,それから間もないことでした。

川崎市中1男子生徒殺害事件 - Wikipedia

 弁護士会でも昨年,「子どものSOSを受け止める」というイベントを行ったりして,なぜ被害者の子どもが周りに助けを求められなかったのか,ということを話したりもしていました。

www.kanaben.or.jp

 以前,書籍を紹介する形で触れた,大津のいじめ自殺事件なども,あるいは共通した問題点があったのかもしれません。
 
 こうした事件に触れるとき,事情を知らないものの勝手な推測にはなってしまうものの,「不況が長引く中,大人も日々の生活に手一杯になり,家庭(大人)も余裕をもてなくなってしまう」「それに気兼ねした子どもが家庭(大人)に助けを求めにくくなっていく」中で,そうした家庭に助けを求めにくい子ども達が集まった【こども社会】の中で,相対的に力が弱い子どもが,結果としてどこにも助けを求めることができなくなって,事件になってしまうのかな…。

 そんな思いが,胸をよぎります。
 では,どうすればいいのか…。それが難しいのですよね…。

 それぞれの家庭の方々,大人の方々も一生懸命であることも多いと思いますし,さまざまなプレッシャーにもさらされているのでしょうから…。

 職業柄、児童虐待や遺棄といったケースを目にすることもあるために、子どもを育ててくることができただけでも、非常に努力が必要だったことも、あると思いますので…。
 こうした事件が起こると,上記,弁護士会のイベント紹介された,「ある話」を思い出します。

1 「まず大人が幸せになって下さい」

 それは,川崎市において「川崎市子どもの権利に関する条例」という条例が作成されたときの話だったと思います。

 この条例が制定されたときには,「子ども委員」という子どもの代表も関わったと聞いていますが,その【子ども委員】から,こんなメッセージが出されたという話でした。

 「まず,大人が幸せになって下さい。大人が幸せなら,子どもも幸せです。」

 …また聞きなので,細かなところは違う言葉だったのかもしれません。

 こちらのサイトなどには,制定のいきさつと一緒に,少し書かれていますね。

「川崎市子どもの権利に関する条例」制定の取り組み

2 大人の幸せと,子どもの幸せ

 「離婚と子ども」という本があります。

 随分昔の本ですが,アメリカの制度…非行を犯した子どもに対する社会奉仕命令の話や,DV加害者にカウンセリングの受講を命じることができる制度など…を紹介した本です。

 当時,役所にいた私(「ケース研究」という雑誌の書籍紹介で知った本でした。たしか。)は,この本を読んで感銘を受け,他国の制度を学ぶことの意義を感じると共に,若かったこともあるのかもしれませんが,正直に言うと,こうした制度を導入したほうがよいかどうかについては,懐疑的な思いも持っていました。

 カウンセリングに従事する民間のボランティアの人数等,この制度に費やされる人的,経済的なものを考えてみたときに,「その力を,経済面に集中して,結果として貧困を少なくすることができるなら,その方が抜本的な解決にならないのかな」と思ってしまったからです。

 たしかに,ヨーロッパやアメリカの制度は,【紛争の処理】方法として優れた面はあるのですが,裁判に日本と比較にならないくらい時間がかかってしまったり,契約書の作成(のための弁護士報酬)に非常な費用が掛かったり,多くのコストが掛かっています。

 その背景には,他民族が生活する中で,必然的に国内において不満が生じやすい環境にある以上は,そうした「不満」「紛争」に対応したシステムが必要だったという事情があるのではないか…,逆に言うと,日本にこれらの制度を導入した方がいいのかどうかは,わからないところもあるのかな,と(素人考えですが)考えていた時期もありました。

 ですので,川崎市の子ども委員のメッセージをはじめて聞いたとき,「そうなんだよな…」と思ったところが,強くあります。

3 大人の幸せはどうしたら

 ですので,個人的には,福祉的な施策も重要だけれど,大前提として経済施策の必要性は大きいかな…と思っているところがあります。

 他方で,日本は,「食べ物」を他国から輸入している国なので,何かしらを他国に売らないと,生活が成り立たない国です(すみません,経済については決して詳しくないので,あまり適当な説明ではないかもしれませんが)。

 そうなると,他国との関係がどうなるかで,「不況」「経済」がどうなるかも,自然に影響を受けますし,日本だけが何か(経済政策)を行えば,「不況」「経済」が変わるかというと,当然にそうとは言えないのかもしれません。外国との関係は,当然に「法律」で何か決まっているわけでもありませんので…(もちろん,条約という取り決めはあるのですが…。)。

 アベノミクス等の経済政策についていろいろと報道に接することもあるのですが,私自身が,その政策の問題点を見つけたり,何か代わる政策を思いついているわけではないので,なんともいえません。

 今,政府で,あるいはそれぞれの企業で一生懸命努力されている方々はいらっしゃると思いますので,ただ願うことしかできませんね…。

 あるいは,経済学を専攻したり,そうした道に進んでいたら,もっと違うことを思うのかもしれませんが…。

4 子どもの不幸せを少しでも軽くしていけないか

 経済政策でなかなか状況が変わっていかない可能性もあるのだとすれば。

 「大人」を「幸せ」にする簡単な方法があるわけではなく,あるいはそうした方法も他国との関係で決まるのだとすれば。

 やはり,今の子どもが,「不幸せ」と感じる状況を少しでも軽くし,家庭や地域で感じている圧力や人間関係があるのであれば,それを少しでも和らげたり,他の人とつないだりして,少しでもそれらの子どもが芽を出していくことができるように…。

 そうした方策も考えなければいけないのかな,と思っています。児童相談所や,SSW,SCなども,そういったためのものなのかもしれません。

 「まず,大人が幸せになって下さい」

 そのメッセージには,応えられていないところもあり,心苦しいのですが…。

 今の自分には,そこまでしかなかなか思いつかないのですよね…。

※ 8/28 書いてから一日が経ち、その間つらつら考えたり、また、こちらのような報道にも目を通すと、少し暗然としてきます…。

www.jiji.com

 こちらの記事を読むと、「今は地元にいない」などと被害者の少年が言っていたことが嘘だとばれたことに対し、暴行を加えられたということなのですが…。

 そうして「避けよう」としても、こうした事件になるとすると、もはや【ストーカー事件】に近いというか…、「地域とつながっていれば」避けられたというものでもない気がしてきます…。

 学校外の出来事となると、SCやSSWが関わることができるとも言い難いのかもしれませんし、児童相談所は親からの虐待等を防ぐものですし…。

 捜査が進み、裁判が行われるなど、この事件が進んでいくなかでいろいろな事情が解明され、また対策についても様々な方が考えてくださるとは思うのですが…。

 こうした事件が多いようであれば、なにか、抜本的に対応を変えざるを得ない事態になっていくのではないか。そんな気も、少ししますね…。

アディクションと加害者臨床【書評】

 さきのブログで書いたように、小林桜児先生の話を聞いて、すこし【依存症】というものについて知りたく思い、通勤電車の中でこの本を読んでいました。

 藤岡淳子編著「アディクションと加害者臨床」(金剛出版2016)

 金剛出版さんの本は,家族療法リソースブック(ちょっとこの本は期待と違ったのですが。)や,新児童精神医学入門など,なにかしら司法と精神医学が交錯する場面で知りたいことがあると,買ってしまっています。

 アディクション(addiction)というのは、嗜癖,つまりある特定の物質や行動、人間関係を特に好む性向をいうようです。

 この本の編著者は,臨床心理士の資格を持ち,府中刑務所分類審議室の首席矯正処遇官,宇都宮少年鑑別所の鑑別部門首席専門官,多摩少年院教育調査官などを得て,いま大阪大学大学院の教授をつとめながら,「島根あさひ社会復帰促進センター」「もふもふネット」といった活動にも関わられている方のようです。

 大阪大学のホームページの「研究者総覧」に掲載されている論文の一覧などを見ると,ちょっと圧倒されてしまいますね。

1 本の概要

 この本では,まず編著者の藤岡先生が,アディクションがなぜ生じるかということについて,仮説(おそらく)を挙げ,それに対して,アルコホリクス・アノニマス(AA)のような「治療共同体グループ」が何故効果を生じうるのかについて書かれています。

本書におけるアディクション理解の前提として、アディクションは次のような機制で生じると考えている。早期成育歴のなかで、生きていれば必ず体験する欲求の不充足によって生じる否定的な感情を、燻沈静化してくれる親密な関係性を体験できなかった人が、その後も否定的な感情体験を話したり慰めてもらう対人関係を持つすべを知らないために、そうして、それを完遂しきれずに物質や行動によって「快感」を得ることに頼るようになる。

といったような記載などは,小林桜児先生のお話とも,共通しているところがあるように,素人目には感じられました。

 その上で,第1部「成人のアディクションと加害」において,様々なアディクションに携わられた支援者の方々の論稿を,第2部「子ども時代に見えてくる関係性のつまずき」で,子ども時代のトラウマへの支援に携わられた方々の論稿をそれぞれ掲載し,最後の第三部「アディクションと犯罪からの回復」において,アディクションになってしまったり,犯罪を犯してしまった経験を持ち,回復の途上にある人たちの座談会を掲載し,その後その言葉の中から「回復のために必要なこと」が何かを考察しているようです。

 情けないことに,この本を読むまで,矯正の現場でこうした治療共同体を用いての先進的な試みが行われていることを知りませんでした。

2 感想

 以前,「反省させると犯罪者になります」という本についてブログで触れましたが,あの本も確か【矯正】の現場に携わられた方が書かれていたように思います。

 前のブログでふれた刑の一部執行猶予といい,まだ依存症等の分野に限定されているとはいえ,矯正の現場では個々の【人】に応じた社会復帰の方法が模索されつつあるように思えます。

 他方で,【司法】の現場では,少年事件における家庭裁判所調査官制度などが先駆的な試みだったように思うのですが,少年法の年齢引き下げ問題や,裁判員裁判への対応等を検討する中で,ケースワーク的な側面が徐々に失われていかないか,すこし怖いと感じるところもあります。

 折角矯正の現場でこうした試みが行われているので,司法の,家庭裁判所調査官の現場で培われた知見なども,連携していくことでもっと活かすことができないのか…。

 そんなことも,少し考えてしまいますね…。

 また,小林先生の話も,この本も,アディクションや犯罪を犯してしまう人の心の中に,子どもの頃のトラウマが影響している可能性について,着目していたように思われます。

 そうした意味では,少年事件や児童相談所等の活動などに力を注ぐことが,少しでもこうした問題を減らすことにつながるのではないかとも思いますね(もちろん,こうした活動も限界はあるのですが…)。

 その関係では,重大事件・凶悪事件に限らず全ての少年に適用されてしまう少年法の改正問題については,慎重に検討して頂きたい気持ちは残るでしょうか。

 そんなことも,考えてしまいますね。

【刑の一部執行猶予】(薬物)依存症への取り組みとして

   歌手の薬物事件について、「懲役1年6月、うち4月を2年間の保護観察付き執行猶予(求刑・懲役2年)」との判決が言い渡されたという報道が、少し前にありました。

 報道を目にされた方の中には、「『うち4月を2年間の保護観察付執行猶予』ってなんだろう?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。また、記事によって「実刑判決を受けた」と報道しているものと、「一部執行猶予」と報道しているものとがあり、わかりにくいかもしれません。

 これは、平成28年6月1日から始まっている、「刑の一部執行猶予という制度によるものです。

 こうした薬物事件やそれに依存してしまう方々の問題、そして、刑の一部執行猶予との関係について、少し前のことですが、7月2日には,第10回たかつ心のパワーアップセミナーの,「『気づいてよかった』~人はなぜハマるのか」を聞きにいき、6月25日には「川崎ダルク」のセミナーを聞きにっていました。

 これらのセミナーで話をされたのは,薬物やアルコールの依存を経験された方、ダルクの方、保護観察所の方、そして神奈川県立精神医療センターの依存症診療科の小林桜児先生などの方々です。

 以下、「1」ではその小林先生の依存症のお話などを、「2」で「刑の一部執行猶予」のことを、「3」で感想めいたものを、書いてみたいと思います。

 なお、ダルク(DARC)というのは,「Drug Addiction Rehabilitation Center」(薬物依存症リハビリテーションセンター)の頭文字を取ったもので,依存症の人たちが共同生活をしながら依存症を治していく,というような取り組みをする団体だったと思います(私は詳しくありませんので,関心がおありの方は,各ダルクのHP等をご覧になられてはと思います。)。

1 依存症

 ダルクには薬物専門のイメージがありましたので,「依存症」という広いくくりで捉えたことはなかったのですが,いわれてみれば薬物依存症も依存症の一つとして共通するところがありそうです。
 小林先生のお話によると、薬物依存症について「治療可能な脳の病気」とする見解も昔はあったものの、臨床の現場で患者に接していると、【病気】とひとくくりにできるものではないのではないと感じられるとのことです。

 ―薬物を使えば必ず依存症になるわけではなく、依存症になってしまう人と、依存症にならない人がいる。そして、依存症になってしまう人は、子どものころ逆境にさらされるなどして、そもそも「共感的な他者」と出会えていないと本人が思っているところがあり、根強い「人間不信」が根底にある。そうした本人の思いが、依存症を招くと同時に、依存症からの脱却を非常に難しくしているのではないか。―

 ―薬物を使うことは、「他人に頼ることができない人」の「孤立と無力感のサイン」なのではないか。規制薬物は身体に「害」を及ぼすものではあるものの,少なくとも,その人が使い続けてしまったということは,ある一時期は「ストレス」に対する「薬」のような役割を果たしたことがあったのではないか。そのことが使用をし続け,依存症を招いてしまうことになった方もいるのではないか。-

 専門家ではないので、あるいは誤解しているところ、正確でないところがあるかもしれませんが、こういった感じの言葉が印象に残っています。
 精神科のお医者様の考え方は、お医者様によってそれぞれ違うところがおありだろうと思いますが、内閣府の行った平成24年度「若年層向け薬物乱用防止プログラム等に関する企画分析報告書」などを見ると、各医療機関において作成されている薬物脱却プログラム等においても、こういった視点が取り入れられているようです。
 もっとも,イベントで質疑応答などを伺っていると,依存症は治る病気とはお考えであるものの、本人の人間不信や社会に対する認知の問題が障害としてあるため、小林先生も簡単に治るとは考えておらず,治療には長い時間がかかると思われているように感じました。

2 刑の一部執行猶予

 6月25日のダルクのイベントでは,横浜保護観察所の統括保護観察官を招いての,「刑の一部の執行猶予制度」の説明もありました。
 この刑の一部の執行猶予制度というのは,平成25年6月13日に成立し,平成28年6月1日から全面施行されているものですが、いわゆる(1)「刑法」に新たに設けられた「一部執行猶予制度」と、(2)「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」という新たな制度の【二つ】からなっています。

 (1)刑法における「刑の一部執行猶予」

  これは、冒頭にあげた「懲役1年6月、うち4月を2年間の執行猶予」であれば、①まず刑務所で懲役刑を少なくとも1年と2月(1年6月―4月。ただし仮釈放がある場合はもう少し早くなります。)受け、②その後は釈放されますが、③【1年と2月】のあと2年以内に執行猶予が取り消されるようなことがあれば、残りの【4月】の懲役(執行猶予取消となった原因が犯罪行為であればその刑も)も受けてもらいます、という制度になります。保護観察所の保護観察は、必ず付くわけではなく、裁判官の「裁量」によって決まります。

 この制度は、これまでの普通の執行猶予の制度と、大きく変わるというものではないのだろうと思います。もちろん、判決宣告を受けた後に、本人に「一部執行猶予」を説明する必要はあると思いますが、いずれにせよ懲役・禁錮刑の一部は執行されることになりますので、【仮釈放が早めに行われる実刑】に近い気がします。

 なお、上で書いた通り、「2年間の執行猶予」の起算点は、実刑部分の処遇が終わった後となります(刑法27条の2第2項)。f:id:yokohamabalance:20160731122227p:plain

 こうした制度が導入された背景には、以下のような衆議院法務委員会での趣旨説明も見ると、「刑務所から出所後に、保護観察所が更生に関われる期間が短い」といった問題もあったようです(第183回国会衆議院法務委員会議事録より)。

 第一は、刑の一部の執行猶予制度の導入であります。現行の刑法のもとでは、懲役刑または禁錮刑に処する場合、刑期全部の実刑を科すか、刑期全部の執行を猶予するかの選択肢しかありません。しかし、まず刑のうち一定期間を執行して施設内処遇を行った上、残りの期間については執行を猶予し、相応の期間、執行猶予の取り消しによる心理的強制のもとで社会内において更生を促す社会内処遇を実施することが、その者の再犯防止、改善更生のためにより有用である場合があると考えられます。
 他方、施設内処遇と社会内処遇とを連携させる現行の制度としては、仮釈放の制度がありますが、その社会内処遇の期間は服役した残りの期間に限られ、全体の刑期が短い場合には保護観察に付することのできる期間が限定されますことから、社会内処遇の実を十分に上げることができない場合があるのではないかという指摘がなされているところでございます。
 そこで、刑法を改正して、いわゆる初入者、すなわち、刑務所に服役したことがない者、あるいは刑務所に服役したことがあっても出所後五年以上経過した者が三年以下の懲役または禁錮の言い渡しを受ける場合、判決において、その刑の一部の執行を猶予することができることとし、その猶予の期間中、必要に応じて保護観察に付することを可能とすることにより、その者の再犯防止及び改善更生を図ろうとするものであります。

 本来、仮釈放は、法律上は有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後に行うことができるとされていますが(刑法28条)、保護統計の、2014年「14-00-28 3号観察終了者の終了事由・終了時状況別 経過期間」を見ると、6箇月以内に仮釈放期間満了により終了しているケースが多いようですので、運用してみると、なかなか更生に十分な期間とすることが難しいということなのだろうと思います。

 (2)薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予

 以上と、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」に基づく刑の一部執行猶予は、随分と違う制度のようです。冒頭にあげた報道事案も、こちらの制度となります。

 同法律は、刑の一部執行猶予の要件等について、次のように定めています。

第三条 薬物使用等の罪を犯した者であって、刑法第二十七条の二第一項各号に掲げる者以外のものに対する同項の規定の適用については、同項中「次に掲げる者が」とあるのは「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(平成二十五年法律第号)第二条第二項に規定する薬物使用等の罪を犯した者が、その罪又はその罪及び他の罪について」と、「考慮して」とあるのは「考慮して、刑事施設における処遇に引き続き社会内において同条第一項に規定する規制薬物等に対する依存の改善に資する処遇を実施することが」とする。 

(強調・アンダーラインは、私の方で加えたものになります。)

 これだけ見ると、分かり辛いのですが、つまるところ、「薬物使用の罪を犯した者」(この定義は、同法律の2条2項にあります。)「刑法27条の2第1項各号」に当たらない人については、刑法27条の2第1項を【読みかえて】適用するということを言っていますので、条文通りに刑法27条の2第1項を書き変えてみると、以下のようになります(赤字が書き換えた箇所になります)。

第二十七条の二  薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(平成二十五年法律第号)第二条第二項に規定する薬物使用等の罪を犯した者が、その罪又はその罪及び他の罪について次に掲げる者が三年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受けた場合において、犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、刑事施設における処遇に引き続き社会内において同条第一項に規定する規制薬物等に対する依存の改善に資する処遇を実施することが再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるときは、一年以上五年以下の期間、その刑の一部の執行を猶予することができる。

一   前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

二   前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者

三   前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者 

  つまり、上の表の①ないし③の要件を満たさない人についても、この条文に当たれば(薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律2条2項に定める薬物使用の罪で、言い渡される刑の長さが3年以下、情状など)、刑の一部執行猶予にすることができる、ということになります。

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 そうすると、まるで【薬物使用等の罪を犯した者】だけ特別(有利かどうか、はひとまず置くとしても)に取り扱っているようにも見えますが、どういうことなのでしょうか。

 これは、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」の、上で引用した3条に続く【4条1項】にその意味があります。

第四条  前条に規定する者に刑の一部の執行猶予の言渡しをするときは、刑法第二十七条の三第一項の規定にかかわらず、猶予の期間中保護観察に付する。

(強調は、私の方で加えたものになります。) 

 つまり、(1)の執行猶予と異なり、上の表の①ないし③の要件を満たさないとして、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」によって刑の一部施行猶予となった人は、【必ず】保護観察に付されることになり、またその内容は下記(3)のようなものとなるようです。

 (3)保護観察についての規定

 保護観察は、 犯罪をした人(または非行のある少年)が,社会の中で更生するように、一般遵守事項更生保護法50条)及び特別遵守事項(更生保護法51条)を定めるとともに、適宜指導監督(更生保護法57条、65条の3第1項)、補導援護(更生保護法58条)を行う方法により行われます(更生保護法49条)。

 そして、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」によって執行猶予となったものの保護観察について、更生保護法においては以下の規定を含め、特別に設けられた規定があります。

  第五十一条の二  薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律第四条第一項 の規定により保護観察に付する旨の言渡しを受けた者については、次条第四項の定めるところにより、規制薬物等(同法第二条第一項 に規定する規制薬物等をいう。以下同じ。)の使用を反復する犯罪的傾向を改善するための前条第二項第四号に規定する処遇を受けることを猶予期間中の保護観察における特別遵守事項として定めなければならない。ただし、これに違反した場合に刑法第二十七条の五 に規定する処分がされることがあることを踏まえ、その改善更生のために特に必要とは認められないときは、この限りでない。 

  また、「第一節の二」として「規制薬物等に対する依存がある保護観察対象者に関する特則」が定められており、その中ではこの規定が目を引きます。

 (指導監督の方法)

第六十五条の三  規制薬物等に対する依存がある保護観察対象者に対する保護観察における指導監督は、第五十七条第一項に掲げるもののほか、次に掲げる方法によって行うことができる。

一  規制薬物等に対する依存の改善に資する医療を受けるよう、必要な指示その他の措置をとること。

二  公共の衛生福祉に関する機関その他の適当な者が行う規制薬物等に対する依存を改善するための専門的な援助であって法務大臣が定める基準に適合するものを受けるよう、必要な指示その他の措置をとること。

2  保護観察所の長は、前項に規定する措置をとろうとするときは、あらかじめ、同項に規定する医療又は援助を受けることが保護観察対象者の意思に反しないことを確認するとともに、当該医療又は援助を提供することについて、これを行う者に協議しなければならない。

3  保護観察所の長は、第一項に規定する措置をとったときは、同項に規定する医療又は援助の状況を把握するとともに、当該医療又は援助を行う者と必要な協議を行うものとする。

4  規制薬物等の使用を反復する犯罪的傾向を改善するための第五十一条第二項第四号に規定する処遇を受けることを特別遵守事項として定められた保護観察対象者について、第一項第二号に規定する措置をとったときは、当該処遇は、当該保護観察対象者が受けた同号に規定する援助の内容に応じ、その処遇の一部を受け終わったものとして実施することができる。 

 (4)保護観察の運用(想像です。すみません。) 

  こうした制度が実際にどのように運用されていくかというと、以下のリンクの「(3)ガイドラインを踏まえた支援の流れ」を見ていただくことがイメージしやすいかと思われます。

法務省:「薬物依存のある刑務所出所者等の支援に関する地域連携ガイドライン」について

 一部執行猶予者については、実刑の執行中に、帰住先の調整を含む支援方針の検討が行われ、①親元等に居住するか、②更生保護施設入所とするか、③回復支援施設(自立準備ホームとして登録したダルク等ではないかと思います。)の入所とするかを決めるようです。なお、民間の回復支援施設等(自立準備ホーム)への入所については、「本人の意向を確認するとともに、必要に応じ、入所又は通所について施設等と事前に協議した上で」行うこととされています(上記ガイドライン第3の1(2)ウ)。

 そして保護観察所は、認知行動療法に基づく5回(2週間に一回)の【コアプログラム】、そしてそれ以後は(1か月に一回)【ステップアッププログラム】を定期的に続けるとともに、これらの際に本人の自発的な意思に基づく【簡易薬物検査】を実施するという形を中心に関わりを続けるようですが(法務省保護局観察課「刑の一部執行猶予制度と薬物事犯者に対する処遇について」更生保護65-10、19頁~を参照しました)、これらのプログラムについては、上で引用した更生保護法第六十五条の三などにあるように、保護観察所の認める民間のプログラムなどを受けた時には、代替を認めるものもあるようです(詳細はわかりませんでした)。

 もし、ダルク等を利用した場合や、費用等については、「更生緊急保護」(更生保護法85条)として一定額(おそらく、この更生保護委託費支弁基準によるのだろうと思いますが。)を支出できるものあるようですが、保護観察所からそうした費用が支出できる期間は原則として6か月にとどまるようです(同上4項)。

 そのため、6か月後も医療やダルク等を利用するためには、生活保護等への円滑な移行が必要と考えられているようです。

 生活困窮者自立支援制度と関係制度等との連携について |厚生労働省の、「別添8 矯正施設出所者の生活困窮者自立支援法に基づく事業の利用等について(通知)」なども、同様の必要性に基づくものだろうと思います。

 3 感想

 (1)簡単に「軽い」と言い切れない

 この刑の一部執行猶予は、「実刑部分もある」ため、刑を言い渡された人にとっては、【実刑】ととらえられるものです。そして、従前の実刑と比べると、「早く社会に戻る機会が訪れるが、その後社会内で保護観察所の拘束下に置かれる期間は長い」という制度になります。f:id:yokohamabalance:20160717174056p:plain

 川崎ダルクのセミナーでは、「一部執行猶予になって、保護観察所やダルクの下で頑張れば今度こそ薬を辞められるかもしれない。でも、全部実刑になってしまえば、もっと早く【弁当】(保護観察所に観察に服する負担だろうと思います)もなく社会で自由になれる。」と迷われる方もいらっしゃるとの話もありました。

 一部執行猶予にするかどうかは、裁判官が決めるものであるため、本人や弁護人が迷っても限界はあるのですが…。

 保護観察付執行猶予は、その期間内に執行猶予の取消事由に当たることがあれば取り消されてしまいます(もし仮釈放期間が満了していなければ、仮釈放も取り消されてしまいます。)。その場合、取消事由となった行為が「犯罪行為」であれば、それについても別途刑罰が言い渡されることになります。

 そうしたことをも考えると、もし被疑者・被告人がこれを弁護士に希望してきた場合にも、相当の負担があることをあらかじめ説明しておく必要はあるのかな、と思っています。

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(2)法律的には「軽い」

  他方で、控訴における不利益変更等との関係では、おそらく、言い渡された宣告刑の長さが同じならば、【すべて実刑】よりも【一部執行猶予】の方が軽いという扱いになると思います。

 法案が審議された、第183回国会の衆議院法務委員会では、以下のようなやり取りがされています(この回答部分に対する質問では、本来裁判時点では判断できない「仮釈放にされる」ことを前提としていましたので、法律家からは違和感の残る回答なのですが。)。

  今御指摘のありました、二年で、うち一年六カ月を服役し、六カ月間が仮釈放なのか一部猶予なのかによってどちらが重いのか軽いのかということでございますが、多分、これにつきましては、二年の実刑を言い渡された場合につきましては、いずれにしても、仮釈放が認められるか否かにかかわらず、いわゆるこの二年は全部実刑でございます。仮釈放が認められても、刑期が二年であったということは縮減されることはありません。その意味においては、一部執行猶予の場合は、仮に、六カ月間の執行猶予部分につきまして、その後の執行猶予期間中に再犯に及ぶことなく刑が終了いたしますと、刑期自体は一年六月に軽くなるわけでございます。したがいまして、一年六カ月の刑を終わったということになりますので、そういう意味では、非常に教科書事例的に申し上げれば、二年の実刑のうち一年六カ月服役、六カ月仮釈放の方が、二年の刑のうち六カ月を一部執行猶予にされたものよりは重いというふうに言えるんだろうと思います。 

第183回国会 法務委員会 第17号(平成25年6月11日(火曜日))

  これは、改正された刑法に、以下の条文があることによる解釈ですね。

 (刑の一部の執行猶予の猶予期間経過の効果)

第二十七条の七  刑の一部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、その懲役又は禁錮を執行が猶予されなかった部分の期間を刑期とする懲役又は禁錮に減軽する。この場合においては、当該部分の期間の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日において、刑の執行を受け終わったものとする。

  裁判所の判断は示されていないので、実際どうなるかはわかりませんが。

(3)どうやって前向きに運用していくか

 もし、被告人にこうした刑が言い渡された場合、それを活かすことができれば、更生に向けての大きな力になるのかもしれません。

 他方で、執行猶予や仮釈放の取消のリスク、定期的なプログラムの受講や回復支援施設への入所・通所、簡易薬物検査など、本人にとって相当なプレッシャーがかかるのではないかと思われ、「1」の小林先生のお話に合ったように、他人を頼ることが難しく、「ストレス」に対して「薬」を使ってしまう依存症の方が、こうしたプレッシャーを乗り越えられるかが、非常に大きいと思います。

 川崎ダルクのセミナーで、それを質問してみたところ、「受刑中できるだけ早いうちから、出所後の帰住先と人間的なつながりを作ることが大切ではないか」という話がありました。

 基本的に私は私選での刑事事件をお受けしていませんのでこうした事例に関わることはあまりないのと思います。

 とはいえ、少しでもこうした制度で立ち直ってくださる方がいらっしゃるとよいと思います。

 (4)その他

 一部執行猶予制度について書かれた、今福章二「保護観察の実情と対象者増の検討-刑の一部執行猶予制度施行を目前に控えて-」(判例時報2282号8頁~)の中では、

  保護観察に付する旨の判決において、保護観察の前提となる社会復帰後の帰住先や処遇を実施する上で必要不可欠な事項(例えば、薬物依存者であるため保護観察所が実施する専門的処遇プログラムを受けること、引受人の事業所で就労することを法廷で誓約しており、同事業所で就労を継続するための指導を受けるべきであることなど)など、被告人の改善構成に資すると判断される処遇の在り方等が、判決書の量刑の理由の中でできる限り具体的に明記される運用 

がなされると、感銘力や円滑な移行の点でよい、とされていますが、上記(3)にも書いたように、この制度がなかなか覚悟が必要なものであることからすると、弁護人が被告人と話しても、被告人としても積極的に一部執行猶予を求めるかは、なかなか決断できないケースが出てきそうにも思われます。

 もっとも、これらの事項は、こうした薬物事犯で弁護人が行う情状弁護の事項と相当程度重なるので、結果として裁判所が判断に困るわけではないのかもしれません。

 同じ著者が更生保護学研究33号に書かれた論稿(今福章二「更生保護と刑の一部執行猶予」)では、

 検察官は、適正な科刑の実現のために必要と考えらえる場合には、刑の一部執行猶予の言渡しの要件を踏まえ、事案に応じた適正な量刑を求める観点から、論告求刑において、刑の一部執行猶予の適用についても意見を述べることがありうると考えられる。

との記載もありますので、そうした検察側の運用がどうなるのかも、少し気になりますね。

 もちろん、刑事弁護委員会に所属されるなど詳しい先生であれば、そうしたことについてもご存じなのかもしれませんね。