【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

未成年後見と、国家賠償責任(宮崎地裁平成26年10月15日判決)

本当は、後見事件について、別の切り口から書く予定だったのですが…。

 先日、横浜弁護士会の高齢者・障害者の権利に関する委員会において、「未成年後見人」が本人の財産を横領してしまった事について、その後見人を監督すべき立場にあった家事審判官の責任を問うた、平成26年10月15日宮崎地裁判決について、委員の寺岡幸吉先生が事例紹介をしてくださいましたので、それを聞いて思ったことなどを書いておこうと思います。なお、以下の記載は、委員会の見解でも、寺岡先生の見解でもなく、筆者の試験であることをあらかじめお断りしておきます。

 裁判所は、民法上、いろいろな場面で後見人を監督することになっています。

そのため、後見人が財産を横領・費消してしまった場合に、後見人を監督する裁判所(国)に国家賠償責任があるかどうかが問題になります。

これまでにあった裁判例としては、以下のものがありますね。

①平成22年9月15日広島地裁福山支部判決(結論:否定)

平成24年2月20日広島高裁判決(①の控訴審。結論:肯定)

③平成25年3月14日大阪地裁堺支部判決(結論:否定)

 これらは「成年後見人」の事例であるのに対し、今回は「未成年後見人」の事例という点では違いますが、裁判所の監督といいう視点では、法律上は未成年後見成年後見に大きな違いがあるものではないので、同じ様に判断されることは予想できます。

ただ、そもそも「その国家賠償責任を認める基準としてどのようなものを用いるか」自体が一定していませんでした。このことは、後見人と同じく家庭裁判所がいろいろ監督を行うことになっている「不在者財産管理人」についての以下の事例も考えると、一層そういえる状態でした。

④平成22年2月24日東京地裁判決(結論:肯定

⑤平成22年10月7日東京高裁判決(④の控訴審。結論:否定)

1 事案の概要(詳細はわかりません。判決文から分かるものです。)

 原告は母親および父親(母親と婚姻はしていないものの、認知はしていた)と一緒に暮らしていたものの、5歳のころ母親が交通事故で死亡し、母方祖母に引き取られています。

 母方祖母は、交通事故保険金の受領と、児童扶養手当の受給のために、平成19年2月に自分を後見人候補者とする未成年後見の申立てをしました。それに続いて父親も、平成19年3月に自己を後見人候補者とする未成年後見の申立てをしています。

 家庭裁判所は、平成20年2月に、父親の申し立てを却下し、母方祖母を原告の未成年後見人に選任しました。

  母方祖母は、交通事故保険金の請求を弁護士に依頼したことを平成20年3月に裁判所に報告しており、裁判所書記官はその弁護士から自賠責保険金を先にもらい、不足する分(任意保険)は裁判を行う予定であると聞き出しています。

 また、父親は平成20年3月に、自分を原告の親権者とすることを求めるとともに、母方祖母の未成年後見人からの解任を求める申し立てを行い、その理由として、母方祖母がお金にルーズであり原告が食い物にされる危険があること、母方祖母が2度も自己破産し現在も債権者に追われていることなどを主張していました。

 母方祖母は、平成20年7月に約2000万円の自賠責保険を受け取り(母方祖母の口座に振込)、さらには平成21年3月には判決に基づき4000万円の任意保険の支払いを受けています。

  しかしながら、母方祖母が家庭裁判所に提出した書類上では、①平成20年7月の財産目録・収支状況報告書には自賠責から受け取った約2000万円の保険金が記載されておらず、②平成21年9月の財産目録・収支状況報告書では、前回の報告から収支が途切れていた箇所があった(平成20年7月から平成21年1月の収支の記載なし。)ほか、保険金として約4000万円が本人の財産として記載されていたものの、これが任意保険なのか自賠責なのかは明確ではなく、かつ、約4000万円のうち2000万円は母方祖母名義の口座で管理されている記載がありました。

 その後父親が、平成22年6月に、裁判所に、損害賠償請求訴訟の判決を提出し、そこには任意保険約4000万円の他に自賠責として約2000万円が既に支払われていることが書かれていました。

 そのため家庭裁判所平成22年6月に銀行に調査嘱託等を行うとともに、その結果を見て母方祖母の職務執行を停止するとともに職務代行者として弁護士を選任しています。

 その後、平成22年9月には母方祖母は後見人から解任され、弁護士が未成年後見人に就任しています。

 更にその後には、父親が親権者に指定されているようです。

 そして、父親は平成25年7月に、この裁判(裁判所への国家賠償)を提起した様です。

 2 結論と争点

  判決では、裁判官(家事審判官)の国家賠償責任を認めるとともに、被告の主張した消滅時効の主張を退けています。個人的には、この二つがこの事件の解決で悩ましい問題だろうと思います。

 3 国家賠償訴訟における「違法性」

 (1)「職務基準説」

 公務員の行為について国家賠償訴訟で争われる場合には、その公務員の行為が違法かどうかの判断において、「職務基準説」という基準がとられることが多いです。

 これは、普通の不法行為のようにその公務員の行為に何らかの不備があったというだけでは足りず、具体的事情の下において、公務員に与えられた権限が逸脱されて著しく合理性を欠くと認められる場合に違法性があるとする説です。

 これは、公務員には基本的に裁量権があることに基づき、そのような裁量違反があるか否かを判断するものといえます。

最高裁判所昭和57年3月12日などで、判例上、おおむね確立している基準です。

 (2)「違法限定説」

 これに対して、裁判官の「争訟の裁判」については「違法限定説」という基準が適用されることが多いです。

これは、裁判官が独立の判断権を持つことや、そもそも真偽が明確ではないところに判断を下すものであって、仮に判決に不服がある場合にも本来は三審制で是正が図られるべきものであること等の理由から、当該裁判に裁判手続上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず、当該裁判官が違法または不当な目的を持って裁判をしたなど、裁判官がその付与された趣旨の権限に背いてこれを行使し、または行使しなかったと認め得るような特別の事情があることを必要とするという説です。

 (3)裁判における両者の主張と、判決の採用した基準

 そこで、本件では、後見人に対する裁判所の監督が、「争訟の裁判」に当たるといえる(=「違法限定説」)のか、そうではない(=「職務行為基準説」)かが争われ、原告は後者、被告は前者を主張しました。

  判決は、被告の主張を排斥し、原告の主張した「職務行為基準説」を採用して、上記のとおり違法性・国家賠償責任を認める結論を導いています。

 (4)他の事件では

 では、冒頭に挙げた後見人についての

①平成22年9月15日広島地裁福山支部判決

②平成24年2月20日広島高裁判決(①の控訴審

③平成25年3月14日大阪地裁堺支部判決

 そして不在者財産管理人についての

④平成22年2月24日東京地裁判決

⑤平成22年10月7日東京高裁判決(④の控訴審

では、どういう基準で判断されたのでしょうか?

 

これが、①③⑤は違法限定説、②④は職務行為基準説と、全くバラバラです。

 後見だけを見ると、①の広島高等裁判所が「職務行為基準説」をとっているように見えますが、不在者財産管理人も含めると、⑤の東京高等裁判所が「違法限定説」をとっているため、高等裁判所の見解自体が分かれているともいいうる状態です。

  実際、「違法限定説」を採用してしまうと、後見監督事件で国家賠償責任を認めることはまず難しいと思われるため、これらの基準の採用が、結論に直結してしまっているところがあります。

 今回の判決は、こうした対立に「職務行為基準説」の一事例を追加したものとなりますが、まだ裁判所の見解が固まったのかは、明確でない所も残しています。

 また、後述するように、現時点では裁判所の国家賠償責任について判断されているのは、後見人が不正を行ったとして刑事事件で有罪の判決がでているものに限られていますので、仮に「職務行為基準説」に立ったとしても、こうした訴訟は極めてハードルが高いと思います。

 4 消滅時効の進行と職務代行者

 また、本件では、父親が裁判を提起したのが、本人に職務代行者として弁護人が選任されてから3年以上経過していたため、消滅時効が成立していたのではないか(職務代行者として弁護士が選任された時点で、民法724条にいう「損害および加害者を知った時」といえるか)が争われました。

 判決は、①職務代行者は暫定的な代行者で、就任後すぐに未成年者の請求権を行使することまで想定されていないから、後見人などと同視はできない、②国に賠償請求をするかどうかは、その成否や範囲について高度な法的判断を要するから、職務代行者に選任された弁護士が事件記録を謄写しただけは、被告に対する損害賠償請求が可能な程度に損害および加害者が分かったとは言えない、として、時効は成立していないとしました。

  ただ、これは論理的には幾分無理があるように思われ、この判決が個別事例を救済するために判断したもの考えるべきであり、他の同じような事件で、他の裁判官が当然に同じ判断をするとまでは考えないほうが安全かもしれません。

 なぜなら、職務代行者は「後見人の職務を代行」するものなので、後見人と同様国家賠償裁判を起こすこともできますし、「高度な法的判断」をしなければならないから時効が成立しないとすると、世間の人たちにしてみればいつ時効が成立するかが全く分からなくなってしまうからです。

 ただ、こうした判断の背景に「刑事事件の進行」という要素がからんでいる可能性はあるのかもしれません。

 これまで、国家賠償が争われた本件および上記の①ないし⑤では、いずれも刑事事件の判決で、従前の後見人に有罪の判決が出ています。

 「従前の後見人が不正をしたかどうか」は、捜査機関である警察・検察が捜査を尽くしたうえでないと、裁判所も軽々に判断し難いところを残すようにも思われます。

 そうしたことも考慮したうえでの判断なのかどうかまでは、わからないところも残します。

 いずれにせよ、結論については、本件では消滅時効の主張は排斥することに賛成です。 

 5 判決を踏まえて

 (1)後見人選任の審判

 この判決を見て思うことは、初めの後見人選任の時点で親族間の対立があることが明らかで、かつ、交通事故の保険金で多額のお金が入ることも想定できるものなので、初めから後見人に弁護士等の第三者を選ぶことも、十分選択肢としてあったように思います(とはいえ、不正行為を疑う具体的な事情が出ていたわけではないので、職務行為基準説に立っても「裁量違反」まは認められないと思います。)。

 裁判例①②の事件も、もともと後見人になった親族に中程度の知的障害があることに気が付かなかったことが問題であると文献などでは書かれていますし、後見人の監督について「適任の後見人等を選任することが最良の後見監督である。」とする文献もあります(坂野征四郎「成年後見人等の選任・解任・後見監督の実務」新家族法実務体系第2巻494頁)。 

(2)職務代行者の選任と消滅時効の進行

 上の4で書いたように、「職務代行者が記録を閲覧しただけでは時効は進行しない」というのは、あくまでこの事例に限られた、イレギュラーな救済判断ではないかと思います。

 そうすると、弁護士としては、職務代行者になった場合、あるいは職務代行者の後を引き継いで未成年後見人となった場合に、時効の進行に注意して、後任者への引き継ぎや注意喚起を行う必要はあるかもしれません。

 他方で、上記のように、刑事事件の有罪判決およびその証拠が、実際上は国家賠償が認められるために極めて重要と思われるため、「過去の裁判では刑事事件の判決が出た後に国家賠償がされており、そうしたものなしに認められるかどうかはわからない、自信を持てない」というようなことは、説明せざるをえないのかもしれません。

 過去の例をみると、短期的に数千万円の不明金が生じている事例であることは、最低限必要と思われますが、まず、解任や後見監督の調査や審判での結果を見てからでないと、警察も被害申告を取り扱ってくれない気もしますね。

 (3)調査嘱託・送付嘱託の活用

  また、普通の方がこの記事を読むと、「裁判所が銀行に調査嘱託や送付嘱託を行うことができるなら、もっと早くにやればいいのでは?」と思われるかもしれません。

 本件では、平成21年9月に提出された財産目録・収支報告書に不備が多いので、後見人にその訂正・補正等は求めるべきでしたでしょうし、後から振り返ってみれば、ここで調査嘱託・送付嘱託を行ってみるという選択はあったかもしれません。

 しかしながら、後見人の方が提出する資料に不備がある場合に、すべて送付嘱託・調査嘱託をおこなってしまうことは、費用面でも労力面でも望ましいとは言えません。また、提出資料に不備がある多くの例は、悪気があってのものではないことが多いので、後見人がきちんと収支を管理できるように、裁判所が必要資料を指示し、事情を聴くことなどを通じて、後見のやり方を後見人に教えていく必要はあると思います。そのため、いきなり調査嘱託や送付嘱託を行うことが良いとは思っていません

 とはいえ、金額的に大きい案件で、かつ、提出書類の不備がある程度大きく、後見人が裁判所の指示になかなか従ってくれない場合には、もう少し早めに調査嘱託、送付嘱託を行ってもいいのかもしれないな、と思いました。 

(4)未成年後見と後見制度支援信託

 あとは、未成年後見に、後見制度支援信託をどの程度使うかですね…。

 後見制度支援信託というのは、あらかじめ本人に必要な収入と支出を計算した上で、日常必要な200~300万円の預貯金以外の財産を信託銀行に預けてしまい、収支が赤字の場合には毎月決まった額のお金を振り込んでもらうようにするほか、一時的にお金が必要な場合や毎月振り込んでもらうお金の額を変えてほしいときには、裁判所に申し出て裁判所の許可(指示)を受けるという方法です。

 裁判所の職員数では、後見人を監督することにはどうしても限界がありますし、不況下の現状では職員数を増やすことも、その原資(税金)との関係で難しいように思われます(ここは想像にすぎませんが)。

 もちろん、専門職後見人が付けばいいのかもしれませんが、専門職後見人にはどうしても報酬を払う必要が出てしまいます(後見制度支援信託では、運用利益の中から管理費用を信託銀行がもらう、という形態をとるところもあります。)。

 そのため、日常必要ではないお金は信託銀行に預けることで、裁判所が「その管理を信託銀行に手伝ってもらう」という制度のように思っています。

 本件では、後見が始まった時点では、まだ保険金が入っていないので無理ですが、保険金が入った後であれば、後見制度支援信託を使うということも選択肢の一つにあったのかもしれません。

 こうした事件があった以上、今後は、未成年後見についても、裁判所が後見制度支援信託の利用を進めてくることが増えてくるかもしれません。

 

 ただ、悩ましいですね…。

 高齢者の場合と違って、未成年者の場合には、中学、高校と、3年ごとに支出の額が大きく変わることが想定されますので、後見制度支援信託にしてしまってうまく親族が対応できるのか、という心配は少しあります。

  不正に使われてしまっては子どものためにもなりませんので、信託に適する案件が全くないとは思いません。ただ、硬直的な運用ではなく、個別の事情に応じて柔軟に対応していただけると、弁護士としてもうれしいし、子どものためになるのかな、と思いますね…。

 

※ 刑事事件の進行とこうした事件とのかかわりについて、後からその可能性に気が付いたところもあり、平成26年12月28日に一部修正しました。申し訳ありません。

※ 表題に書くべき裁判例の記載を、「宮崎地裁」とすべきところ、「東京地裁」に間違っていたことに気が付きましたので、平成27年7月30日に一部修正しました。申し訳ありません。