【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

「戦略的な就業規則改定への実務」(書評)

 「戦略的な就業規則改定への実務」(浅井隆著:労働開発研究会)を読み終わりました。

 昨年、安倍首相もこのような発言をしていましたし、その後は日立の記事なども出ていましたね。それで買ったり、読んだりしたわけではないのですが…。 

1 購入の動機

 「就業規則の【改訂】」に焦点を当てていたことと,【題名に惹かれて】購入した本です。

 浅井隆先生の本は,人事労務に関心を持っていると「知りたいな」と思うツボに結構はまります。

 会社には「人」「物」「金」という事業資産がありますが,そのうちの「人」をどのように動かすかが人事労務の課題なのでしょう。

 だとすれば,高度成長期と異なり不況が長く続く時代においては,それに適した人事労務へ変化する方法というのは,押さえておかなければいけないかもしれない,そう思って以前買った本です。 

2 就業規則の改訂って…。

 会社の人事労務制度を変えたいという場合,個人個人の従業員との間で一つ一つ合意を取っていては,当然変えられるものも変えられなくなります。そうした場合に,「(正)社員全員に適用される就業規則」を変えることで,全員の就労条件を変えることが、一般的ではないかと思われます。

 とはいえ、会社に就職した人は、一人一人、期待を持って就職していますから、簡単に、理由も無く処遇を変えられては大変です。

 そのため、就業規則の変更について判例は、「新たな就業規則の作成または変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって当該規則条項が合理的なものである限り個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであ」るとして,合理的なものであれば就業規則の変更は可能であるとしています(秋北バス事件:最高裁昭和43年12月25日)。

 そして、その合理性についての具体的要素として、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日)、第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日)では、

①労働者が被る不利益の程度

②変更の必要性

③変更後の内容自体の相当性(代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況)

労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合または他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等

を総合考慮すべきとしています(各項目のまとめ方は私見によります)。

  この本では,「採用及び試用」「人事異動」「休職」「退職」など、就業規則の主な記載項目について改訂を行うとした場合に、①の【労働者が被る不利益の程度】がどの程度かという点から,一般的に想定されうる傾向(②高度の必要性が必要か、③内容の相当性や代償措置はどの程度必要か、など)について触れたものです。

 3 本の評価

  平成24年の法改正により,有期労働者についての部分は時代に遭わない部分が出ています。とはいえ、全体的に簡明に整理され,「就業規則の改訂」という全体像の理解が進む,面白い本です。

 ただ,不満があるとすれば,具体的な各就業規則の改訂場面についての下級審裁判例が,ほとんど掲載されていないことでしょうか。

 これは,おそらく「そうした裁判例を挙げたほうが,分かり難くなる」と判断されて,あえて意図的に具体的な裁判例に触れない形で書かれたのだろうと思います。より深く考えるために、下級審裁判例の読み込みをしてみたい気にもさせられますね。

 実は,題名を見た段階では,もっと期待が先走ってしまっていました。

 「戦略」とあったので、「このようなな業界、業務形態のもとでは、このような人事労務体制を取るべきであり,それにはどんな就業規則が望ましい」というような、戦略の内容を含めたアドバイスが書かれているのか、とか、「就業規則に変更する際に,できるだけ社員に不満を生じさせない進め方」なども書かれているのではないか、など…。

 いろいろと期待してしまっていました。

  値段的にも,本の厚さ的にも,分かり易くて読みやすい本だと思います。

 上記の通り法改正があった関係で、お勧めはしにくいのですが…。

 4 就業規則、変えたほうがいいの?。

 冒頭の記事でも挙げた通り、世間的には年功制の見直しがされつつある方向のようです。

 ただ、見直された先が成果主義賃金」なのかというのは、今一つ分からないところを残します。純粋な成果主義賃金は人事評価の仕方が非常に難しく、導入が難しいものだと思いますので、各会社なりに工夫を凝らし、それぞれ修正を加えて導入しているのではないかと思います。

 一度、就業規則を変えてしまうと、その影響は大きいですし、万が一裁判でその効力が否定された場合などは、全社的な統合をどのように図るかの問題に直面させられてしまうのでしょう。

 軽々しく行うようなものではなく、慎重に検討して、自社に合った方法を慎重に考えないといけないのでしょうね。

 人事労務は、一時的に会社の利益を大きくするためではなく、社員のモチベーションを上げるためにあります。大方の社員の納得を得られる「戦略」がなければ、就業規則だけを変えても、それこそ「画餅」になってしまうのかもしれませんね…。

 

 次は2月頃のセミナーに備えて、インターネット関係の本を(通勤時間に)読もうかと思っていましたが、折角なので買っておいた「季刊労働法2014/夏」の特集「アベノミクスの労働政策を点検する」に目を通してみようかと思います。

 以前書こうかと思った労働法改正も、その後、さらに再度労働法が変わるのか変わらないのか分からないままで、書くきっかけを失ってしまいました。

 どうも、得意分野がいろいろ(?)で、その時その時に興味がわいたものに手を出してしまうので、ついつい読むのが遅くなりますね…。