【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

脳脊髄液こぼれ話その2(ガドリニウム造影とブラッドパッチ)

1 関心を持った経緯

 「脳脊髄液減少症」。これが世界的に注目を集めたのは、アメリカのMokri教授が「ガドリニウム造影」による頭部MRIで、侵襲性が高い検査を行わずに判別する診断法を生み出したからのようです。

 脳脊髄液減少症の事件を担当したことはありませんでしたが、勉強会を通じて、「モクリ教授」「ガドリニウム造影」等の言葉は、さすがに聞いていました。

 しかし、では、「そのガドリニウム造影って、何?」ということについては、法律家の見る書籍にはあまり書かれておらず、私自身も事件を担当したことがなかったため、調べないまま放置していました。しかし、いろいろと想像で考えてしまってはいましたね。

 例えば、脳のMRIと思しき証拠だけが裁判に出ている場合「ガドリニウム造影」なのかどうかはどこを見れば分かるのかとか、あるいは、裁判になった後でも、ガドリニウム造影のMRIを撮影すれば明確な診断ができるのかなどなど…。

 脳脊髄液減少症の判決文を読むたびに、「もう少しはっきり白黒が付ける方法はないのかな?」と、思うことはありました。

 2 ガドリニウム造影って?

 先日も触れた「医と法から検証した脳脊髄液減少症低髄液圧症候群)の理論と実務─医の診断と法の判断─」(杉田雅彦・吉本智信著,民事法研究会。)では、ガドリニウム造影について、こんな記載がありました。

「造影剤を髄液腔内に投与しX線撮影を行うこと」

「髄液候を穿刺してアイソトープを髄腔内に注入するRI脳槽シンチより、造影剤を静脈注射する頭部MRIのほうが、人体に対する侵襲がはるかに少ないという意味」(いずれも20頁)。

 そして、今回論文を書くに当たって医学文献で頭部MRIについて調べてみたところ、ちゃんと記載されていました。

 「基本的には造影剤等を使用することがなく、また、放射線も使用しないため、人体に対する侵襲性は無いが、造影剤であるガドリニウムを使用する増強MRIを撮影する場合は、造影剤を静脈注射する必要が有るため、若干の侵襲性を伴う」山浦晶, 田中隆一編著「標準脳神経外科学」第9版。医学書院133頁)。

  これで、撮影されたものを現像する際に使えばよいものではなく撮影時に髄液腔に造影剤を注入する必要があることや、侵襲性はないわけではないもののRIシンチグラフィ―よりも低いこと、そして、高次脳機能障害における脳萎縮のように事故後の一定期間しか検査できないというわけでもないことが、わかりました。

 もっとも、裁判に持ち込まれる事例というのは、大抵ブラッドパッチを何回か行い、症状が一時的に改善したなどと主張されるので、裁判になった後にガドリニウム造影のMRIを撮影しても、あまり根拠にならないことが多いでしょうね。

 3 各検査の侵襲性

  「理論と実務」の本では、Mokri教授がこの方法を開発し、これがそれまでの他の検査法に比べて侵襲性が低いために、脳脊髄液減少症の解明が進んだとされています。

 また、その本の「序章」「1はじめに」の箇所において、吉本智信先生は、「医療行為は、本質的に傷害行為であり、障害行為が医療行為として合法化されているのは、その行為に合理性があることが必要であることをもう一度考え直す必要がある。」と書いておられます(5頁)。

 では、脳脊髄液減少症を判別するための他の検査法では、侵襲性はどうなっているのでしょうか?。

 こんな感じのようです(素人調べなので、不正確かもしれませんね。)。

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 こうしてみると、たしかに「頭部MRI」「脊髄MRミエログラフィー」は、他の検査より侵襲性は低いといえます。

 しかし、「脳脊髄液減少症の診断・治療の確立に関する研究」の「脳脊髄液漏出症の画像判定基準・画像診断基準」を見ても、この2つの検査だけで脳脊髄液漏出症・低髄液圧症候群を判別できるというわけではないようですし、どの検査がどの程度有効なのかは、いまだ各文献や各基準によって差がある状態です。 

4 検査の侵襲性と治療法

 先に挙げた吉本先生の記載からすれば、侵襲性の乏しい「頭部MRI」「脊髄MRミエログラフィー」等を先行して行うということは、考えられてもよいのかもしれません。

 また、こぼれ話その1でも触れたとおり、いまだブラッドパッチは先端医療として認められる(保険の適用対象となる)間口が狭いので、他の検査を行った上で行うのが、本来的な在り方ではあるのでしょう。

  ただ、頭部MRIや脊髄MRミエログラフィーも判別法として他に勝ると言い切れるわけではなく、そして、他の判別法と比べるとブラッドパッチが特に侵襲性が高いとまでも言い難いところはあるようにも思われます。

 そうすると、素人考えでは、リスクの説明や、保険がきかないこと、そして起立性頭痛の有無について詳細に聞き取り一応の症状を認めた上で、それでも患者さんが希望する場合には、お医者さんがブラッドパッチを施術することも、やむを得ない気もしますね。 

 もちろん、こうした治療には費用・時間がかかることもあります。そして、先日も欠いたとおり、裁判でそれほど「脳脊髄液減少症」が認められているわけではなく、かかった治療費やその間の休業損害等が当然に補償されるかというと、そうではない状態です。

 法律家の立場では、裁判ではまだまだこの疾患が認められるケースは少なく、そうした治療費や休業損害は補償されない(自腹)となる可能性が高く、軽々にはお勧めできなことは、念のために伝えておく必要があるのかなと、個人的には思っています。 

※「賠償科学」の最新号で、ほとんど丸々一冊、「脳脊髄液減少症」の特集が組まれています。裁判において認められることは希だけれども、主張されることは多いからなのかもしれませんね。まだ目を通せていませんが、そのうち目を通したいと思います。