【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーと人事労務(その2:内定)

1 これから勤める人と、マイナンバー

 さて、前回その1で書いたのは、どちらかというとマイナンバー導入前から勤めていた従業員と、事業主のことになりますが…。

 では、「これから勤める人」と事業主との関係はどうでしょうか?。

 あるいは前回の話を見て、「雇った後にマイナンバーを教えてもらおうとすると、いろいろ面倒そうだから、雇う前にマイナンバーを教えてもらえばいいじゃないか」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

 また、経団連の「『採用選考に関する指針』の手引き」にも、【広報活動】の開始時期(卒業・修了年度に入る直前の3月1日)以降は、「学生の個人情報を取得する活動をしてもいい」と書いてあるのだから、プレエントリーのとき一緒にマイナンバーを提供してもらえればいいのではないか、と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、後者は違法ですし、前者もリスクがあるので、注意が必要です。

2 個人情報とマイナンバー(個人番号)は法規制が違う。

 マイナンバー(個人番号)、そしてマイナンバーと氏名や住所が結びついた「特定個人情報」について定めているマイナンバー法(正式名称は「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」)は、個人情報保護法(正式名称は「個人情報の保護に関する法律」)とは別の法律で、内容も違います。

 個人情報保護法は、【本人の同意】があるかどうかをその基本的な要素にしています(個人情報保護法16条)。そのため、本人が「個人情報を教えてもよいか」を判断するために必要な「利用目的の特定」(個人情報保護法15条)、「利用目的の通知等」(個人情報保護法18条)が求められますし、本人の同意さえあれば、取得した個人情報を「第三者に提供」することもできます(個人情報保護法23条)。

 これに対し、マイナンバー法では、マイナンバーを含む「特定個人情報」は【法律で定められた場合】でなければ、【本人】も提供することは出来ず(マイナンバー法19条)、それを取得することもできない(=違法)ことになります(マイナンバー法20条)

 法律で定められた場合には、前回も書いたように、【給与所得の源泉徴収票】や【給与所得者の扶養控除等(異動)申告書】,【雇用保険被保険者資格取得届等】の作成がありますが、これらの書類は、正式採用になった従業員について、正式採用になってから作るものです。【プレエントリーした人】全員について特定個人情報を取得してしまえば、「取りすぎ」ということになって違法になるでしょう

3 正式採用になるまで取得できない?、また取得のリスク?

 では、「正式採用になるまでマイナンバーを含む『特定個人情報』は取得できないのか」というと、そうではありません。

 【給与所得の源泉徴収票】や【給与所得者の扶養控除等(異動)申告書】,【雇用保険被保険者資格取得届等】の作成のためであればいいので、「これらを確実に作成することが予想される」時点であれば、取得してもよいのでしょう。

 「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」及び「(別冊)金融業務における特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」に関するQ&Aでは、以下のように記載されています。

Q4-1事業者は、「内定者」に個人番号の提供を求めることはできますか。

A4-1いわゆる「内定者」については、その立場や状況が個々に異なることから一律に取り扱うことはできませんが、例えば、「内定者」が確実に雇用されることが予想される場合(正式な内定通知がなされ、入社に関する誓約書を提出した場合等)には、その時点で個人番号の提供を求めることができると解されます。

 そして、以下は私見となりますが…

 「内定者」が確実に雇用されることが予想される場合に、マイナンバーを取得してよい、ということは、逆に言えば、企業がマイナンバーを取得したことは、その時点で、その相手との間に【法律上の内定】、すなわち始期付解約留保権付労働契約が成立したとみなされうることを意味します。よって、それ以降の不採用は、解雇制限法理(労働契約法16条)の適用を受ける可能性があります(なお、逆に「マイナンバーを提供してもらっていないから、まだ内定ではない、とは言えないと思われます。就労後にマイナンバーを提供してもらってもよいわけですので。)

 事業者としては、そうしたリスクを勘案したうえで、マイナンバーの取得手続きをどこに位置付けるかを考える必要があるでしょう。

 4 では、正式採用後に取得したほうがよいのか?。

 「なら、いっそ正式採用された後にマイナンバーを取得したほうが安全では?」と思われる方もいるかもしれませんし、それはそれで一理あるのかもしれません。

 ただ、個人的には、以下の点も勘案したうえで、それでよいかをきちんと勘案していただければと思っています。

 マイナンバーの記載が求められる書類のうち、【雇用保険被保険者資格取得届】は「雇用被保険者となった日の属する月の翌月10日まで」に提出することとなっています(雇用保険法7条、雇用保険法施行規則6条)し、【給与所得者の扶養控除等(異動)申告書】は「その年の最初に給与の支払を受ける日の前」に提出する必要があります(所得税法194条)。

 もちろん、これは「毎年やってきたこと」にすぎません。

 しかしながら、これらの書類にマイナンバーの記載が必要になるということは、事業主が従業員から個人番号の適用を受ける際に【本人確認の措置】マイナンバー法16条)を行わなければならないこと意味し、これが、従来と最も違う手続き(フロー)になるのではないかと思います。

 この【本人確認の措置】は、おおざっぱにいうと、主に①個人番号が書かれている書類を確認する手続き、と、②その個人番号が、まさにその従業員の番号であることを確認する手続き、の二つからなります。

 前者については、平成27年10月5日から郵送される予定の【通知カード】や、この通知カードと引き換えて交付を受けることができる【個人番号カード】、あるいは特に請求して個人番号を記載してもらった住民票などを確認することが原則となります。

 後者については、運転免許証パスポートなど、写真つきの身分証明書があれば、それを確認することが原則ですが、そういった写真つきの証明書がない場合には、保険証や年金手帳等、写真のついていない二つ以上の書類が必要になることもあります。

内閣官房HP「本人確認の措置について」

「国税分野における番号法に基づく本人確認方法(事業者向け)」

 この【本人確認の措置】をどのように、どのくらいの時間的余裕を見てやるかが、まさに問題となります。

 これらの措置は、【対面】で行わなければならないわけではなく、【郵送】の方法も可能ですが、【電話】での方法は雇用して初めての確認には難しいと思われますし、【オンライン】についてはこの資料を見る限りちょっと可能かどうかわかりませんでした。

 そうすると、例えば新規採用従業員が全国にいるような会社では、この本人確認を本社一括でやるのか、各支社・支店の担当者に任せるのかが問題になり、いずれの場合であっても、その担当者自身が本人確認資料等について従業員からの問い合わせに対応でき提出された本人確認資料が適切かを確認できるようにしておく必要があるように思われます(安全管理措置との関係では、担当者に誓約書を提出してもらったりすることも問題となるかもしれません。)。

 そして、本人確認のために必要な書類は、場合によっては役所にいかないと取得できないこともあると思われますし、従業員の平成27年10月5日時点での住民票上の住所が遠方(実家等)であったような場合には取得に時間がかかることもあるかもしれません。

 そして、マイナンバー法が適用される初めの年の問題としては、通知カード自体平成27年10月5日以降ではないと発送されないことや、住民票を移していないなどの理由でそもそも通知カードが従業員のところに届かない可能性(そのため通知カードの取得・住民票の取得等に時間がかかる可能性)も考慮する必要があります。後者の点は、従業員の中に被災者の方などがいらっしゃると、特に可能性があるかもしれません。さらに、個人情報保護法が適用されれば、取得目的を本人に公表・通知する必要がありますし(個人情報保護法18条)、マイナンバー法では安全管理措置が義務付けられていますので(マイナンバー法12条、特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)(別添)の「特定個人情報に関する安全管理措置」)、事業者が安全管理措置を講じた上でなければ取得できないことになります。

 こうした手続きにかかる時間と、書類の提出時期、そして、上記の法的リスクを勘案したうえで、各会社ごとにスケジュールを組んでいくしかないのではないか…と思っています。

 私自身は、コンサルタント業をしているわけではないので、あるいは手続き面に何か見落としがあるかもしれません。各会社でこれまでやってきたことの延長上にあることと思われますので、あとはそれぞれの会社にて検討いただければ、おのずとあった方法にたどり着くのではと思います。