【天秤印】横浜弁護士雑記

横浜で弁護士をしている元裁判官が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーと人事労務(その4:出向・転籍)

 なんだか、少し間が空きましたが、人事労務の話に戻ろうかな、と思います。

 もっとも、そろそろ書くことも無くなってきたのですが。

 第1回は、前から在職していた労働者の関係、第2回と第3回はこれから働く労働者の話でしたので…

 今回は、在職これから働くこと中間というか…在職していた労働者に他の会社で働いてもらう、「労働力の移動」に関連することを書いてみたいと思います。

1 労働力の移動

  A社で雇われている社員に、B社で働いてもらう方法としては、「労働者個人」単位の方法として、①AB社間の【業務委託や請負】(図1)というものも考えられますが、これはB社が労働者に指揮命令ができないので、使いづらいこともあります。また、②A社が派遣業の許可・届出を持ち、当該労働者が派遣労働者であれば【派遣】(図2)という方法がありますが、これは場合が限られます。

 そうなると、③【在籍出向】(図3)、そして④【転籍】(図4)という方法が一般的なのではないかと思われます。f:id:yokohamabalance:20150817100119j:plain

  「労働者個人」単位ではなく、「事業単位」あるいは「会社単位」となると、⑤「合併」なども考えられます。

  こうした「労働力の移動」の場面では、どちらの会社がマイナンバーを扱うのか、まず確認する必要があります。

2 マイナンバーの取り扱い

(1)請負・派遣・転籍の場合(図1,2,4)

 前回【派遣】の話でも触れましたが、【雇用保険被保険者資格取得届等】などの書類を作成するのは、【雇用】の関係のある会社ですので、【請負】(図1)【派遣】(図2)の場合はA社が、【転籍】(図4)の場合はB社が、それらの事務を行うために個人番号を取得することが原則です。

(2)在籍出向の場合(図3)

 問題となるのが【在籍出向】(図3)のケースで、A社ともB社とも雇用関係がある状態ですので、これだけからでは、どちらがこうした書類を作成するのかが分かりません。

 以下、労働者が、各保険の対象としての資格を満たしている場合に、どちらが保険者になるのかについて整理してみます。

ア 労災保険

 労働者災害補償保険法第3条には、「この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。」としか書かれていませんが、行政解釈では、労災保険は、報酬支払いに関わらず実際に労務を提供する出向先で適当されるとあるため、B社で適用されることになります(昭35.11.2基発932号)。

 なお、いまのところ、労災保険の手続きに関して個人番号は必要という定めになっておらず、対応は必要ありません。ただ、現在一部の【請求】には個人番号が必要という改正が検討されており、今後その動向を見守る必要があります。

www.mhlw.go.jp

(追記)厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会第59回第60回の議事録を見る限り、労働裁判補償保険法に基づく請求のうちの一部、労働者災害補償保険特別支給金支給規則に基づく申請のうちの一部について、個人番号の記載が求められるとの内容の改正(労働者災害補償保険法施行規則、労働者災害補償保険特別支給金支給規則)が、平成28年1月1日から施行されることとされ、特に上記部会では異議なく承認されているように見えますので、そのような改正となると思われます。

イ 雇用保険

 雇用保険法は、第5条で「この法律においては、労働者が雇用される事業を適用事業とする。」としています。

 そして、在籍出向の場合これをどう適用するかについて、行政解釈では【生計を維持するのに必要な主たる報酬を受ける】側でのみ適用されるとされていますが(昭43.6.11職発302号)、雇用保険の場合は、片方の事業者から支払われた賃金のみを基準に失業保険等の額が定まることから、場合によっては労働者の【選択】が認められることもあるようです。

雇用保険に関する業務取扱要領20352)

(2)労働者の特性・状況を考慮して判断する場合

その他、労働者の特性・状況を考慮して判断する場合の具体例は次のとおり。

イ 2 以上の事業主の適用事業に雇用される者

(イ) 2 以上の事業主の適用事業に雇用される者の被保険者資格

a 同時に2 以上の雇用関係にある労働者については、当該2 以上の雇用関係のうち一の雇用関係(原則として、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係とする)についてのみ被保険者となる。

b 特に、適用事業に雇用される労働者が、その雇用関係を存続したまま他の事業主に雇用されること(いわゆる在籍出向(21203 イ(ロ)fの移籍出向以外の出向))となったことにより、又は事業主との雇用関係を存続したまま労働組合の役職員となったこと(いわゆる在籍専従)により同時に2 以上の雇用関係を有することとなった者については、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける一の雇用関係すなわち主たる雇用関係についてのみ、その被保険者資格を認めることとなる。ただし、その者につき、主たる雇用関係がいずれにあるかの判断が困難であると認められる場合、又はこの取扱いによっては雇用保険の取扱い上、引き続き同一の事業主の適用事業に雇用されている場合に比し著しく差異が生ずると認められる場合には、その者の選択するいずれか一の雇用関係について、被保険者資格を認めることとしても差し支えない(なお、(ニ)参照)。

 なお、引用した文章の下に、具体的に出向の場合に事業者等が行うべき手続きについても書かれていて、なかなか興味深い内容です。 

ウ 健康保険・厚生年金保 

 健康保険法第3条は、この法律において「被保険者」とは、適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者をいうとし、厚生年金保険法第9条は、適用事業所に使用される七十歳未満の者は、厚生年金保険の被保険者とするとしています。

 そして、二以上の事業所に勤務した場合、各事業主から報酬に応じて算出したものを徴収するようですが(健康保険法44条3項、厚生年金保険法82条、同法施行令4条)、二以上の事業所の保険者(健康保険の場合、同法施行規則1条)や、年金事務所(健康保険法施行規則2条、厚生年金保険法施行規則1条)が異なった場合は、そのいずれかを選択することとしているようです(保険料については、変わらず報酬の合算によるようです。)

 (以上については、全国社会保険労務士会連合会編「社会保険の実務相談(平成27年度)」中央経済社のp13、p24の記載を参照しました。)

 もっぱら報酬が一方のみから支払われるなど、出向先・出向元と「使用される」関係を全く失っているような場合を除けば、上記の運用となるのではないかと思われます。

エ 源泉徴収関係

  これについては、出向先と出向元の二社から給与の支払いが行われる場合は、扶養控除等申告書は原則として主たる給与の支払者のみに提出し、その提出した側は源泉徴収税額欄甲欄での源泉徴収、もう一社では源泉徴収税額票乙欄での源泉徴収となるようです。

3 転籍・出向の場合のマイナンバーのやり取り?。

 こうした転籍、出向の場合に、A社とB社との間で直接マイナンバーのやり取りをしてよいかということになると、これは【駄目】ということになります。

 特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)(本文及び(別添)特定個人情報に関する安全管理措置)には、以下の記載があります。

* 「提供」に当たる場合
事業者甲から事業者乙へ特定個人情報が移動する場合は「提供」に当たる。同じ系列の会社間等での特定個人情報の移動であっても、別の法人である以上、「提供」に当たり、提供制限に従うこととなるため留意が必要である。例えば、ある従業員等が甲から乙に出向又は転籍により異動し、乙が給与支払者(給与所得の源泉徴収票の提出義務者)になった場合には、甲・乙間で従業員等の個人番号を受け渡すことはできず、乙は改めて本人から個人番号の提供を受けなければならない。

 ただし、グループ会社間で同一のシステムを使う場合などは、「就業している以外の会社からは個人番号を見ることができず」「就業している会社に個人番号を開示する際にも本人が許可が必要」であれば、可能であるようです。

* 同じ系列の会社間等で従業員等の個人情報を共有データベースで保管しているような場合、従業員等が現在就業している会社のファイルにのみその個人番号を登録し、他の会社が当該個人番号を参照できないようなシステムを採用していれば、共有データベースに個人番号を記録することが可能であると解される。
* 上記の事例において、従業員等の出向に伴い、本人を介在させることなく、共有データベース内で自動的にアクセス制限を解除する等して出向元の会社のファイルから出向先の会社のファイルに個人番号を移動させることは、提供制限に違反することになるので、留意する必要がある。
一方、共有データベースに記録された個人番号を出向者本人の意思に基づく操作により出向先に移動させる方法をとれば、本人が新たに個人番号を出向先に提供したものとみなすことができるため、提供制限には違反しないものと解される。なお、この場合には、本人の意思に基づかない不適切な個人番号の提供が行われないよう、本人のアクセス及び識別について安全管理措置を講ずる必要がある。

 なお、こうした扱いは、あくまでも行政のガイドラインに反しないというにとどまります。私見としては、こうした扱いとすると、どの法人がシステムの管理責任を負うのかについての責任が不明確になる恐れもありますので、注意が必要だろうと思います。

 そのほか、転籍先・出向先となるB社が、マイナンバー取得事務を出向元・転籍元A社に委託し、A社においてあらためて取得手続き(本人確認等)を行ったうえであれば、マイナンバーをA社からB社に渡すこともできるようですが(以下の4引用の、内閣官房HPのFAQ参照)、いずれにせよ本人確認手続きが必要なうえに、委託先への管理責任が生じますので、限定された場合を除いてはあまり有効ではないかもしれないと感じます(私見。なお、後記4参照)。

4 出向の場合で、マイナンバーの取り扱い法人が異なったら?

 マイナンバー法施行後に出向契約を結ぶような場合であれば、上記2のような取り扱いを考慮して出向契約を定めることはできますし、いずれにせよ出向元のA社は、当該従業員のマイナンバーをすでに取得していると思われます。

 しかし、法施行時にすでに従業員がB社に出向しているにもかかわらず、A社も社会保障などの関係でマイナンバーを取り扱わなければならず、従業員のマイナンバーをこれから取得しなければならない場合は、どうしたらよいでしょうか?。

 もちろん、A社において郵送等の方法により本人確認をすることで、マイナンバーを取得することも一つです。

 ほかに、私見としては、以下の内閣官房HPの記載を見る限り、B社が従業員からマイナンバーを取得する際に、A社の分のマイナンバーの取得もその時だけ委託してしまって、一緒にマイナンバーの取得・本人確認を行ってもらうこともできるのではないかと思われます。

 もちろん、委託契約や、管理責任は生じますが、この場合はすでに従業員が出向先に出ているため出向先に一緒に取得してもらうことにも合理性がありますし、法施行に伴う取得の際の一時のみの委託であれば、それほど大きな負担にはならないように感じます。

内閣官房HPのFAQ

Q4-5-1 子会社などに出向・転籍する場合、従業員の特定個人情報(マイナンバー(個人番号)を含む個人情報)を出向・転籍先に提供することに問題はありますか?

A4-5-1 出向・転籍先の事業者に特定個人情報([Q5-4]参照)を提供すること、出向・転籍元の事業者から特定個人情報を取得することは、番号法第19条、第20条に違反するので、出向・転籍先の事業者が直接本人から提供を受けていただく必要があります。ただし、従業員の出向・転籍元の事業者が、出向・転籍先の事業者と委託契約又は代理契約を交わして個人番号関係事務([Q2-7]参照)の一部を受託し、従業員から番号の告知を受け、本人確認を行うこととされている場合は、出向・転籍元の事業者が改めて本人確認を行った上で、出向・在籍先の事業者に特定個人情報を提供することも認められます。
 なお、出向・転籍元の事業者が現に保有している特定個人情報は、当該事業者の個人番号関係事務の処理のために保有しているものであり、これを出向・転籍先の事業者の個人番号関係事務に転用することは目的外利用となるため、出向・転籍先の事業者の個人番号関係事務の受託者として、改めて本人から番号の告知を受ける必要があります。(2014年6月回答)

5 出向の場合で、一方が全くマイナンバーを取り扱わなかったら?

  また、法施行後に、すでにマイナンバーを取得しているA社が、従業員をB社に出向させ、まったくその従業員のマイナンバーを取り扱う事務がなくなった場合、法定の保管期間を経過した後でもマイナンバーを取得し続けていてよいかという問題は、法定の保管期間を超える出向なども場合には問題になりうるのかもしれません。以下は私見ですが。

<考え方1>休職の場合と同様に考える

 ガイドラインにある休職の場合と同様、まだ雇用関係が続いている以上は、マイナンバーを保有し続けてよいという考え方はあると思います。

 * 雇用契約等の継続的な契約関係にある場合には、従業員等から提供を受けた個人番号を給与の源泉徴収事務、健康保険・厚生年金保険届出事務等のために翌年度以降も継続的に利用する必要が認められることから、特定個人情報を継続的に保管できると解される。なお、従業員等が休職している場合には、復職が未定であっても雇用契約が継続していることから、特定個人情報を継続的に保管できると解される。

 <考え方2>休職の場合と異なり、資格喪失の届けを出すことを重視する。

 休職の場合には、社会保険の資格は失われるわけではなく、たとえ無給であったとしても、原則として社会保険料の負担は継続するとされています。

 日本年金機構HP:主な疑義照会と回答について(厚生年金(適用)整理番号24)

 しかし、出向の場合、出向元が給与等の支払いをせず、雇用保険労災保険、健康保険、厚生年金保険などの適用を生じない場合には、出向元は資格喪失の届出等を行うとされているようです。

 そうした点に着目すれば、形式上雇用契約が続いていたとしても、保有する理由がなくなったとして、法定の保有期間を経過したマイナンバーは一度廃棄するということも、考えられる扱いかもしれませんね。

 私見としては、この二つの考え方のどちらを取るかについては、なにか行政側から指針が示されない限りは、どちらを採用したとしても違法といえるわけではないようには思います。 

※ 8月18日 末尾の3行の加筆および、労働政策審議会労災保険部会の議事録を確認し、文中赤字部分を加筆しました。すみません。

 なお、同審議会の参考資料には、保険関係成立届等についての改正書式も掲載されていますが、こちらは「法人番号」の記載欄を追加するものにとどまっています。