【天秤印】横浜弁護士雑記

横浜で弁護士をしている元裁判官が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーと人事労務(その5:会社と従業員の立ち位置)

 おおむね,人事労務の各場面でマイナンバーが問題になるのは,こういったところかな,と思います。

 最後に,これまでから分かるマイナンバー法の特徴について触れた上で,マイナンバー法における「会社」と「従業員」の立ち位置について,思うところを書いてみたいと思います。 

1 マイナンバー法の特徴

 人事労務的な,つまり会社の立場から見たマイナンバー法の特徴は,以下の点にあると思います。

 ① 個人の同意があっても取得できない(取得は法令に規定された場合のみ)

 ② 取得の際には原則として「本人確認」

 ③ 取得後は,委託先を含めて徹底的な安全管理(含む廃棄)

 民間事業者がこれらの行動を行うことにより、マイナンバーが安易に社会に流通することを防ぎ,かつ,「本人確認」を原則として求めることで「なりすまし」を防止するという構造になっています。 

2 マイナンバーが用いられる「事務」

 さて,ここでマイナンバーが利用される事務,というものを思い返してみると…,

 マイナンバー制度は別名「社会保障・税番号制度」と呼ばれているところ、マイナンバー法における会社や従業員の立ち位置は,この原点から考えると理解しやすくなります。

 会社=民間事業者は法人税を納める主体ですが、そのことはマイナンバー法との関係で特段困難な問題を生じるわけではありません。

 困難な問題が生じるのは、「税」の分野では源泉徴収、「社会保障」の分野では社会保険料等の法定控除という形で、【本来個々人が税金や社会保険料を納め、あるいは本来国が個々人から徴収すべき手続きを行うところ、これを事業主が給料から天引きして行うこととなっている】場面についてです。

 従業員にマイナンバーを提出してもらうというのは、民間事業者の事業と直接かかわりがあるわけではありません。いわば、民間事業者は、国等と、個々の従業員との間の【仲介役】、あるいは【中間管理職】のような立場にあることになります。

 それが、マイナンバーの不提出について、会社が懲戒処分を行うことを、あまり勧めないという私見以前のブログ)に繋がっています。 

3 会社は「仲介者」あるいは「中間管理職」?

 さて、仲介役あるいは中間管理職のよう立場だとすると、会社が気を付けるべきは何でしょう?。

 マイナンバーは、多くの税金・社会保障等の手続で、書類の記載事項になっています。これは何を意味するかと言うと、その記載を欠いた場合に、「サービスの受け手である従業員が、所期のサービスを受けられないという不利益を被る可能性がある」ことを意味します。

 むろん、強制加入の雇用保険などであれば、マイナンバーの記載を欠いたからといって加入が認められないという可能性は低いと思います。

 しかし、個々具体的な請求や特にその申請によって何か利益・メリットを受けるような手続であれば、マイナンバーの記載を厳密に要求されてもおかしくない気がします。以前引用した所得税法(未施行の改正部分)でも、記載事項等として個人番号(個人番号を有しない者にあつては、氏名)」とされる個所と、単に「個人番号」とされている個所があることも、少し気になります。

 正当な理由があるわけではないのにマイナンバーの記載が欠けていることは、国税庁から「足りない」「適正でない」と評価されることにもなるのかもしれません。会社としては、それを従業員に十分説明しておく必要はあるのかもしれません。 

 また、国の側からマイナンバーの記載のない書面を見れば、「従業員が他に副業で収入を得ているのでは?」「(社会保障の給付を受ける際などに)他の給付を受けていることを隠蔽したいと考えているのでは?」という疑いを招き、審査に時間がかかり、結果として給付が遅くなる可能性もあるかもしれません。

 こうした疑いを掛けられた場合に備え、会社側は従業員にきちんと説明し、マイナンバーの提供をお願いしたことを証拠として残しておく必要はあるのだろうと思います。いわば、従業員と国との争いに巻き込まれないようにしておくためのものでしょうか。

 国税庁がホームページに掲載しているFAQにも、以下のように記載されています。

 Q2‐10 従業員や講演料等の支払先等から個人番号の提供を受けられない場合、どのように対応すればいいですか。

(答)

法定調書作成などに際し、個人番号の提供を受けられない場合でも、安易に個人番号を記載しないで書類を提出せず、個人番号の記載は、法律(国税通則法所得税法等)で定められた義務であることを伝え、提供を求めてください。

それでもなお、提供を受けられない場合は、提供を求めた経過等を記録、保存するなどし、単なる義務違反でないことを明確にしておいてください。

経過等の記録がなければ、個人番号の提供を受けていないのか、あるいは提供を受けたのに紛失したのかが判別できません。特定個人情報保護の観点からも、経過等の記録をお願いします。

なお、法定調書などの記載対象となっている方全てが個人番号をお持ちとは限らず、そのような場合は個人番号を記載することはできませんので、個人番号の記載がないことをもって、税務署が書類を受理しないということはありません。  

 この国税庁のFAQの他のところを見ても、マイナンバーの記載が欠けていることで、国税庁としても、仲介者のような立場の会社をいたずらに不安にさせないようとしているように見えます。

 また、会社が具体的に何かする場合に、マイナンバーの記載のない書類について疑問等があるのであれば、これも役所に問い合わせたり、それを記録に残したりしておいた方がよいのではないかと思います。

4 従業員の立場は?

 さて、従業員の中には、個人的なポリシーからマイナンバーを提供したくないという人もいるかもしれません。

 しかし、私であればお勧めしないでしょう。以下は私見となります。

 もちろん、マイナンバーというものを他人に教えることに全く危険がないとは言いません。危険があるからこそ、法律は厳密な規定を設けているのですし、悪意はなくとも会社から他にもれてしまうことが「決してない」かはわかりません。

 しかし、法律で制度として定められた以上、本人にも、周りの人にも従う義務が生じますし、「仮に従わなかった場合にどうなるのか」ということまで法律は詳しく書いていませんので、本人に不利益が及んだり、周りの方を混乱させる可能性もあると思っています。

 国の制度で要求される書類に、氏名等と同じく記載を求められるものですので、それが欠けていることによって従業員が期待した効果が生じない、サービスが受けられないなどの事態が生じることがないとは言えません。以前にも書いた通り、労災保険のいくつかの請求についてすら今後記載が求められるとすると、詳細はわからないものの軽視してよいものとは思われませんし、「意地」や「立場」で行動することは決しておすすめできません。

 また、きちんと法律を守ってマイナンバーの提供を求めている会社に対しては、国と当該従業員との私的な争いに会社を巻き込み、会社の多くの人を混乱させることになっているように思われます。私自身は以前書いた通りマイナンバーの提供がなかったことを理由に懲戒をすることを勧めません。

 しかし、提供を求められた本人が、提供を求めたり説明をする従業員に乱暴な対応などをすれば、それ自体が懲戒の対象となることはあり得ますし、そうしたことがなくとも、他の従業員から良い感じを受けない可能性はあります。その方に説明を行う従業員や、役所に問い合わせたりする従業員からすれば、仕事を増やされるように思わないでしょうか?。

 他の方に迷惑をかけずとも、法律に反対なのであればそれを示すことはできるでしょう。法律に反対したいのであれば、他の方に迷惑をかけない形で反対すべきではないかと個人的には思っています

※ 私見だらけのつたない文章に目を通していただき、ありがとうございます。

会社全体=企業法務としてみれば、まだ書くべきこともあると思いますが、人事労務の観点からは主なところは書いた気もするので、一度これで止めたいと思います。

8月末に委員会で発表する判例研究の論文と、9月初旬に神奈川県製本工業組合向けに行うマイナンバーの研修の準備もしないといけませんので。