【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

居所登録制度について(ドメスティックバイオレンス(DV),児童虐待等の被害者と,「マイナンバー」のその後)

 以前、「ドメスティックバイオレンス(DV),児童虐待等の被害者と,『マイナンバー』について、3回ほど書いてきましたが、【居所登録制度】が開始され総務省のホームページでその内容が明らかにされたことで、【一区切り】ついたように感じて、しばらく遠ざかっていました。

 しかし、先日、横浜弁護士会にて【居所登録制度の解説】を行った際に、DVの被害者について【居所登録制度】を利用する場合の問題点について、新たに分かったところもありましたので、書いておこうと思います。

 1 【居所登録制度】の利用で、個人番号を知られずに済むのか

 一つは、居所登録制度を利用しただけでは、「個人番号をDV加害者に知られること」を防ぐことができない、という話です。

 マイナンバーは、平成27年10月5日以降、同日時点での住民票上の住所宛に、転送不用の簡易書留にて、世帯単位で通知カードが郵送さられることで、一人一人の利用者に周知されることになります。

 この通知カードは、単に「個人番号を知らせる」という機能のみならず、個人番号の記載が必要な手続きに法律上要求されている【本人確認】の場面において、「自分の個人番号は×××番ですよ」ということを証明する機能(番号確認)も持っています。

 すなわち、番号法16条の本人確認は、「自分の番号は×××番です」という【番号確認】と、その番号を証明する書類に書かれた番号が、手続きを行う本人のもので間違いがないことを証明するための書類(写真付きの運転免許書等による、氏名・住所・生年月日等の照合)による【身元確認】という「二つ」の行為を行うことが要求されており、これによって「なりすまし」を防ぐという構造をとっています。

 そして、【番号確認】のための証明書類としては、①通知カード、②個人番号カード、③個人番号付きの住民票が代表的なものとして予定されています。

 内閣官房ホームページ:本人確認の措置について

 この【個人番号付きの住民票】というのは、「後見人とマイナンバー」のところでも書きましたが、住民票を取得するものが、自己又は自己と同一の世帯に属する者に係る住民票の写しを請求する際に【特別の請求】を行えば、個人番号も住民票の写しに記載される、というものです。

 詳細は明らかではありませんが、住民票コード等の扱いから推測すると、申請書類のチェックボックスに印をつけるか、あるいは職員に申し出るなどすれば、世帯全員の個人番号が記載された住民票が入手できるという運用になることも、ありえます。

 そうすると、結局、DV被害者が【居所登録制度】を用いて通知カードを自らの居所に送ってもらったとしても、自らの住民票が元のところに残されており、DV加害者と「同一世帯」のままである場合には、DV加害者が【特別の請求】をして住民票の写しを入手することで、個人番号を知られてしまう、そして、個人番号付きの住民票を入手されてしまうことが起こりえます。

 また、住民票上の住所に通知カードが送られてしまった後に、【不正に利用される恐れがある】として個人番号の変更を請求し、仮に認めてもらえたとしても、そのままの状態では「変更後の個人番号が住民票に記載され、同一世帯のものは見ることができる」ことになりえます。

 そのため、こうした場合には「住民票を移すかどうか」をひとまず置いたとしても、同一世帯のものに個人番号を知られないためには、少なくとも「世帯の分離」を行っておく(同一世帯ではない形にしておく)必要はあるのではないかと思います。行政の側に置かれましても、単に番号の変更に応じるだけでは、DV被害者の意図と異なった結果を生む可能性もありますので、手続教示等の際に重々注意いただきたいところです。

2 居所情報登録制度を利用しないほうが良いか

 もう一つ、DVの相談に携わっておられる人の中では、「居所情報を登録すると、一緒に逃げている子供の情報について聞きだされたりしてしまい、結局相手にわかってしまうこともありうるから、【居所登録制度】を利用せずに、後で通知カードの再交付を受けたほうが良い」という教示をされる方もいらっしゃるようです(この場合、自らの居所を行政に教えないと、通知カードが【他の者(DV加害者)のところに届いた】ことの説明が困難ですので、番号の変更まで認めていただくことは難しいかもしれません。)。

 これは、①「相手に居所を知られるというリスクを避けることを第1にして、行政機関にも居所を決して知らせない」という選択をするか、あるいは、②「【通知カードや番号付き住民票】を相手が取得できないようにすることを第1にして、住民票に記載されない範囲であれば行政機関に居所を知らせる」という選択をするかの問題です。

 そして、どちらがよりよいかを私も判断できないところがあります。なぜなら、「相手に【通知カードや番号付き住民票】が渡ることが、どういったリスクを招くのかは、DV被害者の方が利用される『各社会保障制度におけるマイナンバーの扱い』によって異なると思われるところ、これがわからないからです。

 たとえば、石井妙子・相原佳子・佐野みゆき著「セクハラ・DVの法律相談」(青林書院)375頁では、「できるだけ本名を使用せず、通称名を使用したほうが安全です。」「通称名のままでも、生活保護の受給、国民健康保険への加入」「など、さまざまな行政サービスが受けられるようになってきています。」と書かれています。

 実際にDV相談の現場でこうした対応がされているのか、私自身詳しくないのですが、仮にこうした形でDV被害者の方が社会保障等を利用しているのであれば…、番号法が施行された後もこれらの行政サービスに「個人番号の記載が要求されるのか」「どれだけ厳密に要求されるのか」によって、事情は大きく異なってきます。

 「個人番号の記載が求められる」、ということは【本人確認の措置】を求められるということになりますので、そのサービスの利用の主体は、番号確認、身元確認の資料に書かれた「本名」「住民票上の住所」とされる可能性もあり得ます。そうなると、その「本名」「住民票上の住所」についての「通知カード」あるいは「個人番号付き住民票」を取得したDV加害者が、それら行政サービスについての何らかの「なりすまし」を行える可能性が、まったくないかはわかりません(もちろん、最悪の場合でもせいぜいサービスを解除されてしまう等のことでしょうから、行政機関が居所を把握していなければ、居所情報が漏れることにはつながりにくいと思います。)。それによって、【個人番号を相手に知られる】ことを超えて「番号を証明する資料である通知カードあるいは個人番号付き住民票が他者の手にわたるリスク」がどのくらい大きいのかが変わってくると思っています。

 このあたりのことは、運用が始まってみないとわからない気がしますので、「いずれのリスクをとるか」をそれぞれの人が選んでいただくほかないのかもしれません。申し訳ありませんが、私の力量では、「どちらが良い」ということを断言できないところが残ります。

 子供の情報について、(親権者である)親が開示請求をすることについては、個人情報保護法との関係は次回まとめてみようかとも思いますが…。

 各市町村役場の方々に置かれましても、こうした方々の声に注意して、登録された居所情報を事実上伝えてしまうことのないよう、くれぐれも注意していただければと思います…。