少し経ってしまいましたが、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(いわゆる「行政機関個人情報保護法」)あるいは地方自治体の個人情報保護条例に基づいて、親権者等が子供の個人情報を取得する場合について、書いてみたいと思います。
「親権者」の話ですので、両親がいまだ離婚していないか、離婚した後親権を有する側の親からの請求の話になります。
1 法律上の定め
行政機関個人情報保護法は、12条1項において、「何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長に対し、当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる」としています。
この条文では、「本人」のみが開示請求権を有することになりますが、同条2項では「未成年者または成年被後見人の法定代理人は、本人に代わって前項の規定による開示の請求をすることができる。」としており、任意代理人は開示請求できないものの、法定代理人は開示請求できることとされています。
ただし、上の条文を見てもわかる通り「本人に代わって」とあるものなので、本人の個人情報開示請求権と別個独立の権限を持っているわけではありません。そのことをあきらかにするために、同法14条1号において以下のような記載があります。
第十四条 行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る保有個人情報に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが含まれている場合を除き、開示請求者に対し、当該保有個人情報を開示しなければならない。
一 開示請求者(第十二条第二項の規定により未成年者又は成年被後見人の法定代理人が本人に代わって開示請求をする場合にあっては、当該本人をいう。次号及び第三号、次条第二項並びに第二十三条第一項において同じ。)の生命、健康、生活又は財産を害するおそれがある情報
実は、平成15年に行政機関個人情報保護法ができる前の、「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」では、以下の通りこの下線部分がありませんでした。行政機関個人情報保護法は、本人と法定代理人が異なる利益を持ち、法定代理人からの請求であっても本人の利益を害してよいものではないことを明らかにするために、下線部の記載を加えたものと思われます。
第 十四条 保有機関の長は、開示請求に係る処理情報について開示をすることにより、次の各号のいずれかに該当することとなると認める場合には、当該処理情報の全部又は一部について開示をしないことができる。
三 個人の生命、身体、財産その他の利益を害すること。
そうした点からすると、少なくとも現行法のもとでは、法定代理人の開示請求の場合には、子供の生命、健康、生活又は財産を害するおそれがある情報に当たるか等本人である子の利益を害しないかを厳密に検討し、これに当たる場合には開示が許されないと解されると思います。
2 情報公開・個人情報保護審査会の答申例
こうした、個人情報に基づく開示請求についての不服を審査する、情報公開・個人情報保護審査会の答申例では、上記のような判断枠組みに基づいた判断がされています。
典型的な例としては、以下のものを挙げることができます。
事案の概要:法定代理人親権者父が、国立大学法人である大学教育部付属小学校が保育する、自身の子の指導要録に記載された情報の開示を求めた事案。
以上のことから,本件においては,児童aが,その法定代理人である父親から物理的又は精神的に暴力を受けている可能性は否定できず,それゆえ,このような事情の下では,児童aにとっては,小学校児童指導要録に記載された自己の情報を父親が開示請求すること自体が,その意向に反するものであろうことは,おのずと推認され得るところである。
(4)このような状況を踏まえ,かつ,法定代理人の開示請求権はあくまでも本人(児童a)の利益を実現する手段として設けられていることを考慮すれば,本件対象保有個人情報の開示・不開示の判断に当たっては,児童aの生命,健康,生活又は財産を害するおそれについては,広く解することが適当である。
本件対象保有個人情報が記載されている小学校児童指導要録の様式は,上記1(1)に示したとおりであり,当審査会において本件対象保有個人情報を見分したところ,本件対象保有個人情報には,大別すると,ア)児童aの氏名,性別等の児童aの父親であれば当然に了知していると解される内容,イ)児童aの成績,学級担任者(氏名を含む。)による評価や出欠等に係る内容,そして,ウ)現在の児童aの所在や現況把握に直接につながるであろうと思われる内容があるものと認められる。
そして,上記第2に示した異議申立人の主張をみると,異議申立人は本件の開示請求を通じて,児童aを含む子供2人の所在が分かる情報又は当該所在そのものが判明しないまでも,それにつながる可能性のある情報を得ようとしていることは明らかであるから,ウ)については言うまでもないが,イ)についても,父親の家庭内暴力の原因が分からない状況下においては,これを開示することによって,およそ児童aの生命,健康,生活又は財産を害するおそれがないとまでは言い切れず,これらの情報は不開示とすることが相当である。
また、以下のような各答申例でも、同方向の判断が示されています。
3 地方自治体と国との関係
しかしながら、前回のブログで取り上げた「居所登録制度」との関係では、上記の理屈が『当然に』あてはまるとはいいきれません。
なぜなら、行政機関個人情報保護法は、いわば国の機関を対象とするもので、地方自治体を対象とするものではないためです(適用を受ける「行政機関」の正確な定義は、行政機関個人情報保護法2条で定められています。)。各地方自治体については、それぞれ定める条例によることになります。
そして、前回のブログで取り上げた居所登録制度は、各市町村が保有する文書ではないかと思われますので、各地方自治体の条例が適用されることとなります(個人情報保護法5条により、地方公共団体には条例制定の義務があるようです。)。
そのため、個々の条例の内容いかんによっては、解釈に疑義を残す可能性があるかもしれません。
とはいえ、個人情報保護法が法定代理人のためのものではなく、まさにその本人の人格的利益に結びつくものであることからすれば、法律の運用と同様に、本人の利益を害しない方向での運用が多くの場合条例の趣旨に合致するのではないかと思われます。
4 マイナンバー法との関係
マイナンバー法との関係では、個人番号を含む「特定個人情報」については、法定代理人だけではなく任意代理人からの開示請求も可能となる点が、これまでの運用と一部異なる部分になります(マイナンバー法29条による行政機関個人情報保護法12条2項の読み替え)。
とはいえ、すでに離婚等をし、親権者ではない側の親が、子の「任意代理」となるのは困難と思われます。
そして、これまで書いたような「開示の除外」の運用からすれば、いずれにしても【DV・児童虐待等が疑われる事件】については、子の居所等の開示が相当ではないということになりそうです。この点、一般的な【法定代理権】と異なるその手続きごとに本人から授権された任意代理権でも同様の危険があるといえるかは何とも言えませんが、マイナンバー法29条では行政機関個人情報保護法14条1号の上記の規定も「代理人」と読み替えをしているため、「代理人」による申請の場合には「本人」の利益を害しないかどうかを検討することになります。いずれにせよ、「代理」が本人の真意に基づくかどうか等を含め検討することになるのではないかと思われます。)。
行政にはそうした運用を心がけていただくとともに、そうしたケース(DV・児童虐待が訴えられているケース)については、任意代理権についても慎重に判断していただけると、よりよいのではないかと思います(いわゆる支援措置を用いていない場合にそうした運用が可能かは、わからないところが残るのですが。)。
5 DV・児童虐待について
DV・児童虐待は、非常に難しい問題です。
今年に入って、DVに関連して相手を車で轢いたという記事を目にしましたし、他方で、DVの中には冤罪が含まれているという意見を目にすることもありました。
裁判所は、神が裁判をするわけではなく、人が裁判をするものですので、その判断にもおのずと限界があります。
とはいえ、誰に対しても公開される【情報公開】の問題と異なり、【個人情報保護】の問題は、本来【本人】だけが請求できるものです。
そうすると、個人情報保護請求権に関しては、それが本人である「子」の権利である以上は、子自身が請求する場合と異なる【法定代理人からの請求の場面】において、制限を受けることもやむを得ないのではないのだろうか。
そのようにも、考えています。