【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

成年後見にかかる法改正(その3)-成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について

 何度か「成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続き法の一部を改正する法律」について書いていますが,疑問を持っていたにもかかわらず、自信がなかったために書くのを避けてきたところがあります。

 それは,以下の条文(民法)に関連する事柄です。

 (成年被後見人の死亡後の成年後見人の権限)

 第八百七十三条の二 成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。ただし、第三号に掲げる行為をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。

一 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為

二 相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済

三 その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)

  「財産の保存に必要な行為」と,「【特定の財産】の保存に必要な行為」について、権限や手続きを分けるという構造は,他の制度では見られなかったと思います。

 相続財産管理人(民法951条~)や,不在者財産管理人(民法25条~)等の法定代理人の場合にも,民法103条の「権限の定めのない代理人の権限」を準用する,という形態を取っていたので,【一般的な保存行為】と,【特定の財産のための保存行為】を別途規定するという構造にはなっていませんでした。

 (権限の定めのない代理人の権限)

第百三条  権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。

 保存行為

 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為 

 そのため,類似の制度における法解釈や,運用等を参考にし難く,法律が施行された場合の具体的なフローが想定しにくいところがありました。

 とはいえ,疑問に思う点を含めて書いておくだけでも,議論の役くらいには立つかもしれませんので,「法施行前の暫定的な私見・感想」にすぎず,裁判所等から異なる解釈が示された場合には速やかに自説を変更することを前提に,書いてみようと思います。

1 最初に:リスクヘッジからは避けるべき

 まず始めに,各号に当たる【具体的な行為がなんなのか】に関心を持つ前に,気をつけなければならないことが,「この条文を使用すること自体,極力避蹴ることが望ましい」ことを頭に置いておくことが大切です。

 なぜなら,この条文の1号から3号までには,いずれも,

①「必要があるとき」

②「成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き」

③「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」

という【3つの要件】が必要とされています。

 そのことは,この権限行使があくまでこれらの要件を満たす場合の【例外的】な位置づけであることを示していますし,場合によっては,これらの要件を満たしているか否かについて,相続人や相続財産管理人等との間で紛争化するリスクもあることを示しています。

 もっとも,これらの権限行使による財産流出は,多額に及ぶことは考えにくいため,紛争化までするか否かはわかりません。また,3号の「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)」については【裁判所の許可】が必要とされていますので,許可を取得した場合にまで紛争化することは多くはないと思われます。

 それでも、甲類の審判には既判力はないとする見解も有力ですし(家事事件手続法制定前の文献ですが、「家事審判法実務講義案4訂版」(司法協会)p116)、相続債権者から詐害行為取消の主張をされるリスクもあるかもしれません。相続人に適切かつ速やかに引き継ぐことを第1目標とし、それがどうしてもできない場合に、リスクとはかりにかけて、慎重にこの条文を使うことを検討する方がよいかと思われます。

2 各号への該当性について(私見)

 なお、ほかにも当然、私が思いつかない費用等はあると思います。思いついたものについてとりあえず感じたことを書いてみます。

(1)総論:1号と3号をどう区別すべきか

 1号から3号までの間で,2号の「相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済」については,その内容自体は明らかです(【具体的にどういった場合に行っても問題がないか】という点をひとまず置きますが)。

 これに対し,1号「相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為」と,3号「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)」の区別は,必ずしも明確ではないところを残しています。

 文言上は,特定の財産の価値の毀損を防止するための行為であることが明らかなものは1号,それ以外で,特定の財産の保存に直結しないが,相続財産全体の価値の保存に役立つ場合は3号,と読めるのですが,はたして単純にそう考えて良いのかは分かりません。

 はじめに改正法の文言を見た際には,弁済順位等も念頭に置いて,「動産保存・不動産保存の先取特権民法320条,326条)」が成立する場合を別扱いしたのかとも思いましたが,「特定の財産」とされている以上,「動産」・「不動産」以外に「債権」も当然に含みますので,文言上の説明がつきませんし、わざわざ一般先取特権委が成立しそうな場合を別扱いする理由もなさそうです。

 現時点では、後見人としては、上記の語義に従って解釈して申請をするほかはありません。ただ、この1号と3号の違いは【家庭裁判所の許可】を要するかどうかですので,裁判所側の運用いかんによっては、家庭裁判所の許可を要する重大な行為かどうか】で区別される運用となってくる可能性もないとは言い切れません。

(2)相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為

・「新聞,電気,水道,ガス,電話等の解約」「家屋の戸締まり」等は可能でしょう。

△「屋根や門扉の応急的な修理」も程度によりますが、可能な場合があると思います。程度による、というのは、急がないのであれば必要性の点で疑問が生じることもあるためです。

△(相続発生後の)「家賃・地代の支払」については、少し悩ましい問題を残す気がしますね。

 「特定債権」の保存に資すると解することはできるのですが、①相続人全員が相続放棄する場合や放棄が予測される場合は、むしろ相続財産管理人に任せるべきかもしれませんし、また、②相続人が当該賃貸借契約の解除を考えるようなケースでは、「意に反しないかどうか」「必要性」等が問題になる気がします。

・「金融機関への本人の死亡の通知」も、口座の保存に必要と言ってよいと思います。

△「建物の内部が汚染等されている場合の清掃」や「明らかに交換価値の認められないもの・腐敗したものの処分」については、悩ましいところを残します。

 相続財産管理人の場合には,これらは権限内の行為とされていますが,相続財産管理人は、一般に「保存行為」さらには「管理・改良行為」の権限を持つことと、相続財産管理人が相続財産の【清算】を本来的には予定しているという点がありますので、成年被後見人死亡後の成年後見人に当然妥当するかは、分からないところを残します。3号に当たる可能性もあると思います。建物を立ち退く際に(相続人が保管できる状況になく)動産をすべて保管するとなると、当然保管費用が掛かることになりますので、そうしたこととの比較考量も必要だとすれば3号になるかもしれません。

 また、残されているものの中には、それ自体に財産的価値はなくても証拠となりうべきものがある可能性もありますので、相続人にその処置を任せられるのであれば、それに越したことはない気もしますし、急いで処分する必要がないこともある気がします。

△「国民健康保険後期高齢者医療保険介護保険,年金(国民年金,厚生年金,共済年金),恩給等の担当部署に,本人の死亡を通知すること」も、これらの金員が預金口座等から差し引かれる(過納付)事態を防ぐため、保存行為としてよい気がします。

(3)相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済

 当然ですが、相続発生前の債務である必要があります。

 公共料金,水光熱費,施設利用料,病院費用,家賃,地代等がこれに当たりえます。

 なお、家賃・地代については、相続人が全員相続を放棄するような場合には、(2)同様の問題があります。また、相続人が今後賃貸借契約を解約する場合であっても、相続を承認するのであれば、いずれにせよ相続までに発生したこれらの債務も相続ことにはなるので、(2)とは問題状況が少し異なりますが、急ぐ必要がないのであれば、会えて元後見人が行う必要もない気もします。

 後見人報酬については、相続時までの行為に対する報酬と考えればここに含まれることになりそうですが、死後事務への報酬も含むと考えると【3号】になるようにも思われます。法的性質が代理か事務管理かにもよるのかもしれませんが…(なお、いずれにせよ、後見人への報酬は、裁判所の決定により支給されますので、重複して3号の許可がいるという趣旨ではないと思います。)。

(4)その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)

・火葬・埋葬

 3号では、「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結」を冒頭にあげて、「その他…」と続けることで、火葬・埋葬のための契約が3号に当たることを示しています。

 そして、火葬・埋葬については、墓地、埋葬等に関する法律2条1項・2項で定義が定められています。

 第二条 この法律で「埋葬」とは、死体(妊娠四箇月以上の死胎を含む。以下同じ。)を土中に葬ることをいう。

 この法律で「火葬」とは、死体を葬るために、これを焼くことをいう。 

  そして、この定義の中には、祭祀や法事といった、いわゆる【お葬式】そのものは、含まれていないとされていますし(実際、同法9条によって、親族が火葬・埋葬を行わない場合には自治体がこれを行うことになっていますが、お葬式等まで行ってくれるわけではありません。)、相続財産管理人の実務でも、【保存行為に当たらない行為】(すなわち相続財産管理人でも【裁判所の許可を要する行為】)と解されているようです。

・預金の解約

 特定の財産の「保存」と言っていいのかどうかが微妙であること、財産の形態を変じる行為であること等からすると、こちらに分類してもよいのではないかと思います。

 また、実際上、裁判所の許可がないと、金融機関が引き下ろし、解約に応じないと(個人的には)考えていることもあります。

△相続人の確定・調査の費用

 これまでも行為自体は行われてきたことですので、あえてこちらに分類することでもないかもしれません。費用の帰属を明確にすることなどを考え、あえて分類するとすればこちらになりますが…。

 後見開始の審判時の書類だけでは相続人がわからないこともありますし、後見開始からある程度期間が過ぎていると相続人が変わっている可能性もあります。そうした場合、まず戸籍を取り寄せて相続人を調査する必要がありますので、そうした費用の帰属をどうするのかの問題でしょうか。

※ 5/13 この費用は、1号・2号に分類し難かったため、3号に「△」で分類していましたが、さすがに、このために裁判所の許可を取らなければならないというの煩雑に過ぎると思いますので、後記のとおりの考えに改説しようと思います。

△相続財産管理人の申立て

 法改正前でも、成年後見人は「利害関係人」として申し立てできるとされていた事項ですので、あえてここに分類する必要はないかもしれません。とはいえ、申立費用等の帰属が明確になる可能性もありますので、分類するとすればこちらでしょうか…(分類すれば、というものではあっても、相続財産管理人の申立てが認められるかどうか自体、裁判所が判断しますので、申立て前に重複して裁判所の許可が必要と言うことはないと思われます。)。

(5)債務超過あるいはそれに準じる場合の問題点

 債務超過あるいはそれに準じる場合に、相続債務の支払いができるのかどうかは、問題となります。

 この点、債務超過の場合には、直接的には元後見人は相続財産の破産申立て権限を有しないように見えますので(破産法224条の文言解釈。ただし、申し立て権限ありと解釈する余地もあるかもしれません。)、本来、法律で予定されている手続きは「相続財産管理人申立て」のはずです。

 相続財産管理人は、請求申出期間満了前においては、原則として、弁済期の到来した相続債権者・受遺者からの弁済の請求を拒絶することができる民法957条2項、928条)とされていますので、一つの考え方は、「この場合には債務の支払い、支出は行ってはいけない。」「仮に行った場合には元後見人の立替えとして、その後の相続財産管理手続きの中で清算する」というものかと思われます。

 もう一つの考え方としてありうるのは、同手続きの中で優先弁済を認められる権利、すなわち「相続開始時までに対抗要件を具備している」「先取特権、質権、抵当権又は留置権を有する債権者」に対しては弁済できる、というものになるでしょうか(なお、この考え方は、神奈川県弁護士会高齢者・障碍者の権利に関する委員会の先生が指摘してくださったことをもとにしています。お名前を出してよいかは、改めて確認していませんので、とりあえず伏せておきます。)。裁判所がこうした考え方をするかどうかまではわかりませんが、黙認される可能性もあるかもしれません。

 また、債務超過で、かつ1号・3号の各行為が出捐を伴う場合に、相続財産から出捐できるかも問題となりえます。この場合にも、「仮に行った場合には元後見人の立替えとして、その後の相続財産管理手続きの中で清算する」考え方もあり得ますし、ほかにありうるとすれば、相続財産管理人自らの相続財産管理費用の償還(民法650条。家事事件手続法208条、125条6項)に準じて扱ってもらえる可能性もあるかもしれません。

 この辺りは、実際に家庭裁判所の運用を見てみるか、あるいは、もう少し議論が煮詰まるのを待ってみないと、分からないかもしれませんね。

 なお、相続財産管理人選任の申立てにも費用の予納が求められることが一般的のようですので、成年後見の申立てにおいて、債務超過が判明し、相続人が全員相続放棄した

場合に、わざわざ相続財産管理人の選任を申し立てるかというと、疑問なしとはしません。

 そうした場合にどうするか、これら相続財産管理人と同じことを、成年後見人が死後事務として行ってよいのかどうか…、この辺りは、裁判所がどのような運用を考えているのかにもよる気はしますね…。

3 訴訟代理

 この法律を見て,もっとも懸念を持ったのがこの点です。

 つまり…

 成年被後見人の死亡後の成年後見人」は,相続財産又は相続人のために,訴訟の【原告】あるいは【被告】となり得るのか,という点です。

 素直に考えた場合,これは「なりうる」ように見えます。たとえば,遺産のうちに「債権」がある場合,その時効中断のために訴訟提起を行うなどは,「特定財産の保存に必要な行為」といえるでしょうし、相続財産管理人などでは典型的な「保存行為」とされているものです。

 しかし,例えば被相続人が借りていた借家の明渡請求訴訟や賃料請求訴訟の被告となれるのか,という点を考えていくと,難しいようにも思われます。

 上にも書いたとおり,共同相続となった場合の不動産賃借権は,継続すれば賃料の支払い義務が生じますし,逆に解除してしまうとその借家・借地等を利用する権限を失うことになります(賃貸借契約の解除は、一般的には処分行為とされています。)ので,まさに共同相続人の意向により【どうしたらよいか】が大きく変わってくることになります。その意味で,「成年被後見人の死亡後の成年後見人」がこれを適切に行使することは非常に困難に思われます

 この点については,「成年被後見人の死亡後の成年後見人」の「権限」が代理権なのか,事務管理なのかによっても変わってくるかもしれません。事務管理である場合には訴訟代理権はない,ということになりそうですが,そうすると「時効中断のための訴訟提起」等もできないと思われるので,それで法の趣旨に合致するのかどうかという問題は残ります。

 また,「成年被後見人の死亡後の成年後見人」の権限が「一種の法定代理」であるという場合にも,訴訟代理ができる場合は限られるのかどうか。ここはまだ自信をもって考えを書くことができませんね…。

※ なかなか、書くことがまとまらなかったのですが、とりあえず書いてみました。そんな状況ですので、また何か思いついて書き直しをすることもあるかもしれません。すみません。

※ 5/13 その後、「相続人の確定・調査の費用」については、法律上、後見終了後に財産を相続人に引き渡さなければならないことに当然必要となる費用として、【873条の2】とは別に支出できると考えてよいのではないかと思うようになりました。ここは改説しておこうと思います。すみません。(もっとも、こうした考えをあまり進めてしまうと、【837条の2】の内容がまたなし崩し的に不明確になる可能性もありますので、あまりこうした873条の2に該当しない費用をたくさん認めてしまうことはよくないのでしょうが…。)。