【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーと人事労務(その1:不提供と懲戒)

1 労働者が事業主にマイナンバーを提供しなかったら?

 7月21日には,神奈川県社会保険労務士会横浜南支部で「マイナンバー法のポイント」を講義してきました。

 マイナンバーは,【税】とともに【社会保障】分野において適用されるものですので,むしろ従業員を雇用してる弁護士であれば、いろいろな手続きを社会保険労務士さんにやってもらう立場になりますが,まあ,そこは社会保険労務士さんだけでは分からない,「裁判所などの手続きが関係する可能性のあるところ」を聞きたいのかな…と思い,①人事労務とマイナンバー,②損害賠償とマイナンバー,③受託契約をするにあたっての注意点等についても、追加してお話ししてきました。
 といっても,ほとんどは事業者向けガイドライン等の公表資料を整理し直し,少しだけ私見を付け加えただけなのですが…(^^;)。

 その研修会で使うだけでももったいない気もしますので,ブログに転載を…。

 その1は,「労働者が事業主にマイナンバーを提供しなかったら?」となります。

2 平成28年1月1日以降役所に出す書類が改訂

  マイナンバー法は,平成28年1月1日から全面施行されますが,それ以降,事業主が役所に提出する税務書類や社会保障関係の書類に,マイナンバーの記載が求められるものがあります。

国税分野における社会保障・税番号制度導入に伴う各種書式の変更点

事業主の皆さまへ |厚生労働省

(時期についての詳細は,国税庁HP税務関係書類への番号記載時期及び「社会保障番号・税番制度の導入に向けて(社会保障分野)~事業主の皆様へ~」5頁に記載されています。)

 このうち事業主が提出する主なものとしては,税務関係であれば従業員についての【給与所得の源泉徴収票】や【給与所得者の扶養控除等(異動)申告書】がありますし、社会保障関係であれば【雇用保険被保険者資格取得届等】もあります。

 マイナンバー法では,14条で,事業者側(個人番号利用事務等実施者)に対しては,これらの書類作成に必要な場合に従業員に「個人番号の提供を求めることができる。」とし,19条で,従業員側に対しては,「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、特定個人情報の提供をしてはならない。」とした上で,同条2項で,これらの書類作成に必要な場合提供しても良いとしています。

 マイナンバー法では,このとおり提供が「義務である」とはしていませんが,これらの記載を求める根拠法,例えば【給与所得者の扶養控除等(異動)申告書】であれば所得税法194条では,その提出義務者を「国内において給与等の支払を受ける居住者」とした上で,申告書の記載事項について,「控除対象配偶者の氏名及び個人番号(個人番号を有しない者にあつては、氏名)並びに控除対象配偶者が老人控除対象配偶者に該当する場合には、その旨及びその該当する事実」「控除対象扶養親族の氏名及び個人番号(個人番号を有しない者にあつては、氏名)並びに控除対象扶養親族のうちに特定扶養親族又は老人扶養親族がある場合には、その旨及びその該当する事実」(赤字部分は,マイナンバー法の施行と同時に施行される予定で,現時点では未施行の、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律の一部を改正する法律:平成二十五年五月三十一日法律第二十八号)としていますので,申告書に書く必要があることになります。

3 従業員が提供してくれなかったら?。

 では,従業員がこれらのマイナンバーを提供しなかった場合,事業者としてはどうすればよいのでしょうか?。
 こうした書類にマイナンバーの記載を求めることは各法律に書かれているようですが,かといって,記載されていない場合にどうするか,役所が受け付けてくれないのかまでは書いていません。
 現時点で内閣官房から説明されているのは,以下の通り,
「Q4-2-5 税や社会保障の関係書類へのマイナンバー(個人番号)の記載にあたり、事業者は従業員等からマイナンバーを取得する必要がありますが、その際、従業員等がマイナンバーの提供を拒んだ場合、どうすればいいですか? 」
「A4-2-5 社会保障や税の決められた書類にマイナンバーを記載することは、法令で定められた義務であることを周知し、提供を求めてください。それでも提供を受けられないときは、書類の提出先の機関の指示に従ってください。」(下線はブログ筆者が加えたものであり,原文は下線は引いていません。)
ということのみです。

内閣官房HP:よくある質問

 結局,ケースバイケース、各行政機関の裁量的なところも一部あるでしょうし、本人が国の税金から具体的な給付を受けたり,特別な免除(マル優の口座など)を受けるような場合であれば,記載を厳密に求められることもあるのかもしれません。

4 事業者として,提供しない従業員に何かすべき?

 民間の事業者としては,従業員が提供してくれなかった場合に,その従業員に何らかの懲戒処分を行うことはできるのでしょうか?。以下,この部分は私見であり,また,検討不十分なところがあるかもしれないことをお断りしておきます。
 個人的には,「お勧めし難い」ということになるでしょうか。

 なぜなら…、給与所得者の扶養控除等(異動)申告書等を見る限りでは、マイナンバーの提供を従業員が拒んだからといって,会社の事業運営に【大きな】支障が出ることが多いかというと,それほど多くないのではないかと思われるからです(具体的なケースによるかもしれませんが)。

 たとえば、上に出てきた【給与所得者の扶養控除等(異動)申告書】であれば、この書類自体を従業員が提出しなかった場合、源泉徴収額が高額(乙欄)となって、返還を求めるためには従業員本人が確定申告を行わなければならないなど従業員にとっては不利益になりますが、直ちに事業者の不利益になるというわけではありません。そうすると、提出しなかった場合ですらそうなのですから、マイナンバーの提供のみ拒否したからと言って、事業に支障が出るとか、懲戒処分につながるということは、直ちにはイメージしにくいところがあります(なお、マイナンバーだけ書かれていない給与所得者の扶養控除等(異動)申告書が提出された場合、甲欄で源泉をすればいいのか、乙欄で源泉をすればいいのか等は、それこそ国税庁に問い合わせることになるのかな、と思います。)。

 とはいえ、マイナンバーは複数の手続きに必要とされることになりますし、上記「よくある質問」のように役所に問い合わせを行わなければならないとなると、具体的な場面では、広義の「企業秩序の維持」上問題があるという場合が、全くないとまでは言い切れません。

 しかし、①上記「よくある質問」にもまず「法令で定められた義務であることを周知し、提供を求めてください。」とあるわけですから、こうした説明をし、再提供を求めることが最初でしょう。それでも提供してくれなかった場合に懲戒処分まで行うかは、②あらかじめ提供について社内規定等を設けているか否か具体的に社内にどのような混乱がおきるのかにもよると思われますので、そうした事情を踏まえて弁護士等に相談されてはどうかと思われます。

 まだ、制度そのものが始まっていないので、【戒告】くらいの軽い懲戒処分が適当な場合があるか、それすらないのかも、なかなか予測がつかないところがあります。

 もちろん,根拠法によっては事業者が不利益を受ける可能性もあるかもしれませんし、そうした場合は懲戒処分も問題になるかもしれません。また、多くの従業員が業務妨害的に提供を拒んだような例外的な場合は,違ってくるのかもしれませんね。