【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーを第三者に保管・収集させる場合(企業法務とマイナンバー:こぼれ話)

※ 申し訳ありません。10月19日に一部(ポイント②)を書き直ししています。

 ご無沙汰してしまってすみません。このところ、少し立て込んでいたこともあり…。

 しかも、久々に書いてみれば、「企業法務とマイナンバー」の「本話」をすっぽかして「こぼれ話」だったり…(本話書くのかなあ…?)。

 以下のような、『第三者にマイナンバーの収集・保管を任せる』場合に生じる問題について、考えてみたいと思います。

<事案>

 【甲】社は自らその従業員の個人番号を収集せず、税務処理を委託している【乙】税理士事務所に従業員の個人番号の収集・保管を任せている。

 この場合に、【丙】社会保険労務士事務所が【甲】社から委託を受けて【甲】社の従業員についての社会保険労務事務を行うに際し、【乙】税理士事務所から個人番号を提供してもらうことができるか。

<結論>

 方法によっては可能であるが、注意しておくべき点がある。また、相当程度のリスク(困難さ)は伴うと思われる。

<解説>

 方法としては、《方法A》【乙】税理士事務所が個人番号についての税務のみならず社会保険労務も含めて【甲】社から委任を受けて、そのうちの社会保険労務を【丙】社会保険労務事務所に再委託するか、《方法B》【甲】社から【丙】社会保険労務事務所が個人番号の管理等も含めた社会保険労務の委託を受けた上で、個人番号のみ【甲】社の使者としての【乙】会計事務所から提供してもらうか、ということになると思います。

 ポイントとしては以下の3点に留意する必要があります。あくまで私見です。

①【甲】社としては、個人番号の収集を含めて【乙】社に仮に委託していたとしても、「個人番号利用事務等実施者」としての責任を免れるものではない。そのため、【甲】社としては、(【乙】社に任せている税だけではなく)「社会保険労務事務での個人番号の扱いを誰に任せ、誰を監督するのか」を明らかにし、番号法に従った委任契約を結ぶ必要がある。

個人番号の『提供』を受ける場合には,本人確認を行わなければならないため(番号法16条),上記①の方法で個人番号を取得していたとしても,『従業員等が個人番号を記入して提出してくる書類』があれば,それについては本人確認の必要がある。

③責任の所在が不明確にならないようにする必要がある。

という点です。 

2 ポイント①(委託契約の結び方)について

  「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」及び「(別冊)金融業務における特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」に関するQ&Aにおいて、以下の通り書かれているとおり、適切に契約で定めれば、【甲】社はみずから従業員の個人番号を取集するのではなく、税や社会保障等の「個人番号関係事務」を委託した委託先にその収集を任せることもできます。

Q3-11委託契約に定めれば、委託先が、委託者の従業員等の特定個人情報を直接収集することはできますか。

A3-11個人番号の収集を委託すれば、委託先が収集することができます。

 そのため、設問にある通りに、【甲】社としては、みずから従業員の個人番号を保管することなく、その収集・保管を【乙】税理士事務所に任せることは、一応可能です。

 ただし、ここで注意しなければならないことは、直接収集・保管をしていなくても【甲】社は従業員の個人番号関係事務実施者であることは変わらず、【乙】税理士事務所への委託元であるという責任も変わりはありませんので、番号法11条にある通り、【甲】社は【乙】税理士事務所の監督を行わなければなりません。

11条 個人番号利用事務等の全部又は一部の委託をする者は、当該委託に係る個人番号利用事務等において取り扱う特定個人情報の安全管理が図られるよう、当該委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。

 そして、11条に、「個人番号利用事務等の全部または一部」とあるように、【甲】社としては個人番号利用事務等のうちの「何を」【乙】税理士事務所に委託するのかを明らかにしなければなりませんので、【乙】税理士事務所が「税務」だけではなく「社会保険労務」も委託を受けていればともかく(《方法A》の場合)、そうでなければ、【乙】税理士事務所が委託を受けていない【甲】社の「社会保険労務」を【丙】社会保険労務士事務所に再委託することはできない(すなわち【丙】社会保険労務士事務所は、原則として【甲】社から直接委託を受ける必要がある。《方法B》)ことになります。 

 つまり、【丙】社会保険労務士事務所が【甲】社の従業員の個人番号を扱う以上は、それが【甲】⇒【丙】という形の委託(《方法B》)であれ、あるいは、【甲】⇒【乙】⇒【丙】という再委託(《方法A》)であれ、【甲】が直接あるいは間接(甲社の許諾に基づく再委託:法10条)に委託し、【甲】社の直接・間接の監督責任が及ぶ形でなければならないということです。

 こうした「必要かつ適切な監督」のために何をしなければならないかについて、個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)では、以下のとおり定めていますので、【甲】社としては、《方法B》であれば直接【丙】社会保険労務士事務所との間でこうした要件を満たす契約を締結することになるでしょうし、《方法A》であれば【乙】税理士事務所に税のみならず社会保険労務についてもこうした要件を満たす契約を締結し、かつ、【乙】税理士事務所と【丙】社会保険事務所との間でもこうした要件を満たす契約が締結されることで、【甲】社の監督が間接的に可能な状態を作り出さなければならないことになるでしょう。

B 必要かつ適切な監督

「必要かつ適切な監督」には、①委託先の適切な選定、②委託先に安全管理措置を遵守させるために必要な契約の締結、③委託先における特定個人情報の取扱状況の把握が含まれる。

委託先の選定については、委託者は、委託先において、番号法に基づき委託者自らが果たすべき安全管理措置と同等の措置が講じられるか否かについて、あらかじめ確認しなければならない。具体的な確認事項としては、委託先の設備、技術水準、従業者(注)に対する監督・教育の状況、その他委託先の経営環境等が挙げられる。

委託契約の締結については、契約内容として、秘密保持義務、事業所内からの特定個人情報の持出しの禁止、特定個人情報の目的外利用の禁止、再委託における条件、漏えい事案等が発生した場合の委託先の責任、委託契約終了後の特定個人情報の返却又は廃棄、従業者に対する監督・教育、契約内容の遵守状況について報告を求める規定等を盛り込まなければならない。また、これらの契約内容のほか、特定個人情報を取り扱う従業者の明確化、委託者が委託先に対して実地の調査を行うことができる規定等を盛り込むことが望ましい。

 そして、《方法A》は、【乙】税理士事務所が社会保険労務士の資格を持っていないとすれば、社会保険労務士法上の問題を生じる可能性はある気がします(ここは詳しくないですが。)。

3 ポイント②(個人番号を事前に入手しても,改めて『個人番号の提供』を受ければ本人確認が必要)について

 そして、番号法では,民間事業者は「必要」が有れば従業員に対して個人番号の提供を求めることができるとしながら,他方で,個人番号の提供を受けた場合には本人確認をしなければならない(法25条)という定めになっています。

 ここで注意すべきは,社会保険労務で用いる各書式の「作成者(個人番号の記入者)」が誰なのか,という点です。

 事業主(及び委託を受けた社会保険労務士)が書式を作成(従業員の個人番号を記入)する書式については,事業主(及び委託を受けた社会保険労務士)は従業員から改めて個人番号の提供を受けなくても,あらかじめ事前に取得した個人番号をそれに転記することができます個人情報保護法の制限に従う必要があります)。

 しかし,従業員や,従業員の扶養親族が作成(個人番号を記入)して事業主(あるいは委託を受けた社会保険労務士)に提出する書面では,原則としてその書面が提出された際に「個人番号の提供」があることになり,番号確認を行う必要が生じます。

 健康保険被扶養者(異動)届、国民年金第3号被保険者関係届がこれにあたりますので,これが提出された場合には,その際に本人確認が必要ということになると思います。

 (なお,この本人確認の方法について,個人番号利用事務等を第三者に委託している場合に,その本人確認の一部を委託元が行い,他の部分を委託先が行うことができるかどうかなどは明確でないところもあります。)

 また、税務・社会保険の書式の中には【従業員本人ではなく扶養親族の個人番号を記載してもらうもの】があるところ,それぞれの法律で「扶養親族」とされるものが異なりますので,税理士事務所が社会保険労務に必要な全ての個人番号を取得しているというわけでもなく,それにも備えることは必要でしょう。

 【乙】税理士事務所は、《方法A》のように社会保険についても委託を受けていればともかく、そうでなければ、税務処理に必要な個人番号しか取得できません。

 「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」及び「(別冊)金融業務における特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」に関するQ&Aには、以下の記載があります。

Q4-1-2個人番号関係事務実施者である事業者(事業者から個人番号を収集する事務の委託を受けた者を含む。)は、従業員等の家族全員の個人番号を収集することができますか。

A4-1-2個人番号関係事務実施者である事業者(事業者から個人番号を収集する事務の委託を受けた者を含む。)は、個人番号関係事務を処理するために必要がある場合に限って、本人又は他の個人番号関係事務実施者に対して個人番号の提供を求めることができます。

したがって、例えば、家族であっても社会保障や税における扶養親族に該当しない者などは、事業者として個人番号関係事務を処理する必要がないことから、それらの者の個人番号の提供を求めることはできません。(平成27年8月追加)

4 ポイント③(責任の所在)について

 そして、【甲】社が、個人番号の収集・保管を他者にゆだねてしまっているということは、逆にいうと、【甲】社のなかで個人番号について責任を持って判断を下せるものがいない可能性を示しています。

 たとえば、上記3のように【丙】が従業員の親族の個人番号が必要だといっても、【乙】税理士事務所が持っているじゃないかといったり、従業員への説明や番号確認の手間をまったく負ってくれない可能性はあります。

 また、【乙】税理士事務所との間で、安全管理についての責任分界等も含めて紛争になった場合(たとえば、【乙】税理士事務所が、【丙】社会保険労務士事務所に、『必要な』個人番号をキチンと選別し、それ以外は渡さないとすると、かなりの負担になる気がします。)【甲】社が責任者としてきちんと対応してくれるのかという問題も出てくる気もします。

 ほかにも、【甲】社が個人情報保護法上の個人情報取扱事業者である場合には、従業員に利用目的の通知を行う必要がありますが、これもきちんと【甲】社がやってくれるのか、あとで紛争になる可能性もないとはいいきれない気がします。社会保険労務士事務所では、従業員に記載してもらうものではなく、社会保険労務士事務所側で記載する個人番号もあるでしょうから、目的の通知・公表は給与所得者の扶養控除等(異動)申告書を従業員に書いてもらう税理士事務所よりも問題が起きやすい気がします。

 そして、ある日突然【乙】税理士事務所なり【丙】社会保険労務士事務所と、【甲】社の契約が終わった時、それはきちんと通知されるでしょうか?。【甲】社が個人番号制度を理解していないと、通知がされず、知らない片方がもう片方に個人番号を教えたりして、【個人番号の漏えい】が生じてしまったりしないでしょうか?。

 いろいろと、気になる問題点は、ほかにもたくさん出てくる気がしますね…。

※ 10/19 私自身の講義レジュメを見直していて,ポイント②についてかなりの書き落としがあることが分かり,赤字部分を訂正しました。申し訳ありません。

 なお,以前のポイント②に書かれていた,「社会保険と税の場合の,扶養親族の違い」に関する記載は,冗長であり以下の「続きを読む」に落としました。

 

 税と社会保障の分野では,従業員本人ではなく,扶養親族の個人番号を記載する書式があります。

 具体的には以下の書式です(今後増えるかもしれませんので、現時点で私が把握しているものになりますが…)。

【税】

・給与所得者の扶養控除等(異動)申告書

 ⇒ 給与所得者、控除対象配偶者、扶養親族の個人番号が必要

・給与所得の源泉徴収票(国に提出する分のみです。)

 ⇒ 支払いを受ける者、控除対象配偶者、扶養親族の個人番号が必要

国税分野における社会保障・税番号制度導入に伴う各種様式の変更点より

 【社会保険

・健康保険被扶養者(異動)届、国民年金第3号被保険者関係届

 ⇒ 被保険者、配偶者である被扶養者、その他の被扶養者の個人番号

厚生労働省ホームページ:年金関係 新様式より

 そして、この「被扶養者」等の範囲は、それぞれの法律で違います。

 たとえば、給与所得者の扶養控除等(異動)申告書に書くべき「配偶者」「扶養親族」とは、以下のような範囲になります。

 <配偶者>

 控除対象配偶者とは、その年の12月31日の現況で、次の四つの要件のすべてに当てはまる人です。

(1) 民法の規定による配偶者であること(内縁関係の人は該当しません。)。

(2) 納税者と生計を一にしていること。

(3) 年間の合計所得金額が38万円以下であること。

 (給与のみの場合は給与収入が103万円以下

(4) 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないこと又は白色申告者の事業専従者でないこと。

No.1191 配偶者控除|所得税|国税庁

 <扶養親族>

2 控除対象扶養親族

 控除対象扶養親族とは、扶養親族のうち、その年12月31日現在の年齢が16歳以上の人をいいます。

3 扶養親族

 扶養親族とは、その年の12月31日(納税者が年の中途で死亡し又は出国する場合は、その死亡又は出国の時)の現況で、次の四つの要件のすべてに当てはまる人です。

(注)出国とは、納税管理人の届出をしないで国内に住所及び居所を有しないこととなることをいいます。

(1) 配偶者以外の親族(6親等内の血族及び3親等内の姻族をいいます。)又は都道府県知事から養育を委託された児童(いわゆる里子)や市町村長から養護を委託された老人であること。

(2) 納税者と生計を一にしていること。

(3) 年間の合計所得金額が38万円以下であること。

 (給与のみの場合は給与収入が103万円以下)

(4) 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないこと又は白色申告者の事業専従者でないこと

No.1180 扶養控除|所得税|国税庁

つぎに、健康保険の被扶養者とは、以下のような範囲になります。

1.被保険者の直系尊属、配偶者(戸籍上の婚姻届がなくとも、事実上婚姻関係と同様の人を含む)、子、孫、弟妹で、主として被保険者に生計を維持されている人

※「主として被保険者に生計を維持されている」とは、被保険者の収入により、その人の暮らしが成り立っていることをいい、 かならずしも、被保険者といっしょに生活をしていなくてもかまいません。

2.被保険者と同一の世帯で主として被保険者の収入により生計を維持されている次の人

※「同一の世帯」とは、同居して家計を共にしている状態をいいます。

① 被保険者の三親等以内の親族(1.に該当する人を除く)

② 被保険者の配偶者で、戸籍上婚姻の届出はしていないが事実上婚姻関係と同様の人の父母および子

③ ②の配偶者が亡くなった後における父母および子

 ※ただし、後期高齢者医療制度の被保険者等である人は、除きます。

 (収入がある方についての被扶養者の認定基準について)は、こちら です。

被扶養者とは? | 健康保険ガイド | 全国健康保険協会

 そして、上で「こちら」としてリンクを張っている生計維持の基準はこうなります。

「主として被保険者に生計を維持されている」、「主として被保険者の収入により生計を維持されている」状態とは、以下の基準により判断をします。

 ただし、以下の基準により被扶養者の認定を行うことが実態と著しくかけ離れており、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなると認められる場合には、その具体的事情に照らし保険者が最も妥当と認められる認定を行うこととなります。

 【認定対象者が被保険者と同一世帯に属している場合】

 認定対象者の年間収入が130万円未満(認定対象者が60歳以上またはおおむね障害厚生年金を受けられる程度の障害者の場合は180万円未満)であって、かつ、被保険者の年間収入の2分の1未満である場合は被扶養者となります。

 なお、上記に該当しない場合であっても、認定対象者の年間収入が130万円未満(認定対象者が60歳以上またはおおむね障害厚生年金を受けられる程度の障害者の場合は180万円未満)であって、かつ、被保険者の年間収入を上回らない場合には、その世帯の生計の状況を果たしていると認められるときは、被扶養者となる場合があります。

【認定対象者が被保険者と同一世帯に属していない場合】

認定対象者の年間収入が130万円未満(認定対象者が60歳以上またはおおむね障害厚生年金を受けられる程度の障害者の場合は180万円未満)であって、かつ、被保険者からの援助による収入額より少ない場合には、被扶養者となります。

そして最後に、国民年金の第三号被保険者は、こうした範囲のようです。

第3号被保険者とは、次の条件をすべて満たす方のことです。どれか1つでも該当しなくなったら、その時点で第3号被保険者ではなくなります。

1.20歳以上60歳未満であること

2.第2号被保険者に扶養されている配偶者であること

3.第2号被保険者ではないこと

横浜市 健康福祉局 国民年金に加入する方 第3号被保険者

 こうして、各法律で手続きによって個人番号を書いてもらわなければならない親族が違ってくることになります。

 そのため, 《方法A》であればともかく《方法B》の場合、社会保険の手続きに必要な個人番号を【乙】税理士事務所がすべて持っているか、というと、そうとは限りませんよね?(典型的な場合は、奥さんの給与収入が103万円は超えるけれど、130万円未満の場合などでしょうか。)。

 その場合には、「足りない従業員の親族の個人番号を取得する手続き」や、「その番号確認の方法」を、【丙】社会保険労務士事務所は考えておく必要があることになります。