【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーと裁判

 …う~ん。。。。

 この話題、書きたくなかったんですけどね…。

 何の話題かというと、マイナンバーの書かれた証拠書類を裁判に提出すること」の問題点についての話です。

  なぜ書きたくなかったかというと、

①どうみても、弁護士等法曹関係者しか関心を持たない(普通の人は関心を持たない)

②私見として明確に結論を提示できない

③過剰反応…かどうかはともかく、裁判の本質とはあまり関わりがない

 以上の3点からです。

 日弁連の情報問題対策委員会では自分の意見を言っていたのですが、また同じ疑問が弁護士同士の間で出てきはじめたので、書いておこうと思います…(なお、末尾注記の通り、現時点ではこの問題は解消に向かったと思われます。)。 

1 マイナンバーと証拠

 マイナンバー法が施行されると、会社から交付される源泉徴収票】には、自分のマイナンバーだけではなく、扶養家族のマイナンバーも記載されることになりますされることもあるかもしれません(必要ではなく不要であるが、記載しても違法ではないという扱いのようです。末尾のの10/6付注記参照)

>国税分野における社会保障・税番号制度導入に伴う各種様式の変更点

 そして、この【源泉徴収票】。裁判ではたびたび証拠として提出されます。

 交通事故の裁判で、「仕事を休まなければいけなかったことによる損害」や、「後遺症が残ったことで今後収入が減ることによる損害」を証明するためには、その人が「幾ら収入を得ているのか」を明らかにすることが必要になります。

 離婚の裁判で、「子どもの養育費」を決める時などにも、離婚する両親の収入を明らかにしてもらって、それに基づいて、養育費算定表という表を参考に決めることが多いと思われます。

 こうした【収入を明らかにする証拠】としては、【源泉徴収票】は一番適切と言ってよい証拠でした。

  そして、横浜弁護士会マイナンバーの研修会の講師としてレジュメを作っていた際に気付いてしまったのが、「これ、マイナンバーが書かれるとなると、裁判に出していいのかな?、黒塗りにすべきかな?」ということでした。 

2 マイナンバー法における規定

 マイナンバー法では、以下の通り、「誰であっても」マイナンバーを含む特定個人情報の提供をしてはいけない、とした上で例外を列挙しています。

第十九条 何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、特定個人情報の提供をしてはならない。

 そして、「次の各号のいずれかに該当する場合」=列挙された例外として、以下の場合があります。

十二 各議院若しくは各議院の委員会若しくは参議院の調査会が国会法(昭和二十二年法律第七十九号)第百四条第一項(同法第五十四条の四第一項において準用する場合を含む。)若しくは議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(昭和二十二年法律第二百二十五号)第一条の規定により行う審査若しくは調査、訴訟手続その他の裁判所における手続、裁判の執行、刑事事件の捜査、租税に関する法律の規定に基づく犯則事件の調査又は会計検査院の検査(第五十三条において「各議院審査等」という。)が行われるとき、その他政令で定める公益上の必要があるとき。

 これだけ見ると、

「あ、訴訟手続その他裁判所における手続では、提出していいのじゃないか」

そうなりそうです。 

3 規定の解釈

 しかし、どうでしょう?。

 交通事故の事件や、離婚の事件では、別にその人のマイナンバーが何番であろうと、裁判の結論に関係はありません。そんな場合でも提出してしまっていいのでしょうか?。 

 この規定の解釈としては、二つの立場があり得ると思います。

A説 訴訟手続その他の裁判所における手続である以上、必要性・関連性が無いマイナンバーを提出しても違法ではない。

B説 この条文で提出が認められるのは、あくまで、その裁判・訴訟手続にとってマイナンバーが必要性・関連性がある場合に限られる。 

 そして、内閣官房のHPに掲載されている「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律【逐条解説】」には、こう書いてあります。

(10)各議院審査等その他公益上の必要があるとき(第12号)

各議院による国政調査、訴訟手続その他の裁判所における手続、裁判の執行、刑事事件の捜査、犯則事件の調査、会計検査院の検査において、その調査等の対象たる資料中に特定個人情報が含まれる場合が想定される。例えば、個人番号を漏えいした本法違反の刑事事件において、漏えいに係る特定個人情報を証拠として裁判所に提出する場合などである。このような場合にも調査等を制限することなく行うため、提供制限の例外とするものである。 

 これは、A説、B説どちらでもあたりまえのことであり、どちらの説が正しいかを判断する決め手になりません(それに後述する通り、この両説の違いは、別訴で損害賠償を争う場面で違いが出る程度のことになると思います。)。

4 自分なりの対応(私見)

 私だったら、「依頼人から受け取った証拠にマイナンバーが記載されていれば、目隠しテープで隠したり、コピーしたうえで黒塗りにして再度コピーしたりして、原本は本人に返す(なお、裁判所から原本確認をもし求められたら、改めて本人に持ってきてもらう)」という運用をするかな、と思い、横浜弁護士会の研修などではその私見を言ってみたりしました。理由は以下のようなものです。

 ①裁判所にマイナンバー付きの証拠が、必要もないのに提出される、ということは依頼者にとって客観的なメリットがなくデメリットはありうることになりますし、②第三者が訴訟記録を閲覧することだってあり得ます(民事訴訟法91条)。

 ③元の結婚相手などが訴訟の相手方である場合の、相手方のマイナンバーにしても、それを黒塗りにしないまま証拠として提出するメリットはほぼないと思われるのに対し、相手の感情を悪化させ、訴訟を長引かせるという意味では、デメリットがあると思います。

 なお、上記のようなやり方であれば、【特定個人情報の収集】(法20条)には当たらないと考えています。特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)には以下のような記載があります。

 「収集」とは、集める意思を持って自己の占有に置くことを意味し、例えば、人から個人番号を記載したメモを受け取ること、人から聞き取った個人番号をメモすること等、直接取得する場合のほか、電子計算機等を操作して個人番号を画面上に表示させ、その個人番号を書き取ること、プリントアウトすること等を含む。一方、特定個人情報の提示を受けただけでは、「収集」に当たらない。 

 なお、裁判においては、【黒塗りされた状態のコピーそのものを原本(写しを原本)】として証拠提出することも一つですし、裁判官が原本確認を求めるのであれば、【原本確認をしてもらって、原本性に争いのないことを確認したうえで、原本に代えて番号部分を黒塗りした写しを提出】してもよいのではないかと思っていました。  

5 相手方から証拠として提出されたら

 そうしたところ、弁護士同士のやり取りの中で、「相手方がそうした配慮をせずに証拠を提出して来たらどうするのか、何かできるのか」などの質問がありました。

 その場合には、裁判官の対応いかんによっては、請求すれば民事訴訟法92条の閲覧制限(プライバシーに係る事項として)を認めていただけるかもしれません(必要がないのに黒塗りせずに自分のほうから証拠を出しておきながら、その後で裁判所に閲覧制限を申し立てても、「それなら、黒塗りしたものを提出して下さい」と言われるでしょうが、相手方が提出してしまった証拠について申し立てるのであれば、認めていただけるかもしれません。)。

 なお、たとえ上記B説に立ったとしても、その裁判を行っている裁判所としては、「相手方が必要性があると自分で判断したから、相手方は黒塗りせずに証拠提出した」と一応考えられるので、任意の釈明等はできても、その裁判の中で証拠申し出の問題に直接対応することは難しいでしょう。もちろん、後に別訴で賠償等を争う余地が全くないとは言いませんが、費用・効果等の点において到底お勧めできないでしょう。

6 その他

 マイナンバーは法令上、第三者に開示することを非常に制限しているので、民間事業者もそれを取り扱うことを負担に思っていますが、そうした視点からすれば、必要がないのであれば裁判所にとっても弁護士にとっても、そうしたものを「保有」しないに越したことはないのですよね…。

 たとえば、閲覧の制限についても、当事者がそれに気づいて「申立て」を行わなければ閲覧制限できません。

 閲覧だけで、メモなどを取ることはできないのであれば、上記4で引用したように、「提供や収集ではない」ということは可能であり違法とまでは言えないと思われますが、避けられるのであれば、避けたい問題です。

 また、めったに認められないためあまり問題にはならないでしょうが、訴訟記録の謄 写を請求された場合も問題が残るかもしれません。

 あとは、「判決文」などに書くかどうかですね。

 刑事事件で、マイナンバー法に定める個人番号の売買等の犯罪の場合には、「売買したのがその個人番号かどうか」を被告人に確認してもらう必要がある気がするので、起訴状や判決文に、別表のような形で個人番号の一覧がついたりするのではないか、と思うのですが、そうなると、①「起訴状の朗読」や「判決の宣告」の際に朗読してしまわないかという問題や、②そうした判決文を被告人に送付してしまってよいかどうか、という問題も生じてくるように思います。

 特に、最後の判決文の送付は、どうするんでしょうね…。情報漏えいが生じれば被害者は個人番号の変更を請求することも可能ではあるのですが、本人が変更を請求するかはわかりませんので、個人番号が書かれた別表付きの判決文を被告人に送ってしまってよいのかとか…。

 まあ、まず起訴状に番号を書くかどうかについて、法務教官室で検討されて、「研修」などの雑誌に方針が掲載されるのではないかと思っていますが…。

 考えていくときりがありませんね…。

※ 10/6 会社から従業員に交付される源泉徴収票には、個人番号の記載が不要とされましたので、この問題はほぼ解消したのではないかと思われます。とはいえ、「記載不要」というのみで、「記載してはいけない」というものではないため、ここに注記し、ブログの記載自体は残すことにします。