【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

マイナンバーと人事労務(その3:派遣)

 

 前回(その2)は、事業主と、事業主に雇用される人の関係について書きましたが…

事業主に雇用されない派遣労働者の場合はどうなのか、書いてみようと思います。

1 派遣労働者の契約関係

 派遣労働者、というのは派遣会社(派遣元)に雇用されながら、他の会社(派遣先)の指揮命令を受けて、他の会社(派遣先)のために働くもののことを言います(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律2条1項)。

 派遣の場合,労働者との雇用関係は,以下の通り「派遣元」との間にあることになります。そのため,【雇用保険被保険者資格取得届等】等の書類を作成する必要=マイナンバーを取得し管理する必要があるのも,「派遣元」となります。

f:id:yokohamabalance:20150803131504p:plain2 派遣事業者に対する規制とマイナンバー

 派遣事業者は、派遣労働者を保険に加入させないことで刑罰を科せられた場合、それが派遣事業者として欠格事由になったり、許可の取消事由等になります(一般労働者派遣事業につき法6条2号、14条1項2号。特定労働者派遣事業につき法17条、21条1項。)。

 そして、派遣元は、派遣先に対して、派遣労働者の①健康保険被保険者資格取得届、②厚生年金保険被保険者資格取得届、③雇用保険被保険者資格取得届等が行政機関に提出されているかを確認し,提出されていないときは,その提出されていない理由も伝えなければならないとされています(法35条1項3号、規則27条の2)。

 そのため、マイナンバーをきちんと取得して、社会保険関係の手続きを行っておくことは、通常の事業者と比べても重要になります。

3 マイナンバー取得のタイミング

 派遣労働者には、派遣されているかどうかにかかわらず常時派遣元事業主に雇用されている「常用雇用型派遣労働者と、派遣労働者があらかじめ派遣元事業主に登録しておき、派遣する際に一定の期間を定めて派遣労働者を雇用する「登録型派遣労働者の場合があります。

 常用雇用型の場合は、フローとしては通常の事業者の場合と大きな違いはないように思います。

 他方で、登録型の場合は、マイナンバー取得のタイミングが問題になりますが、前回でも書いた通り、【これらの書類は、正式採用になった従業員について、正式採用になってから作るもの】であることからすれば、具体的に派遣される際に派遣元に雇用されたとき、あるいはそれが確実に予想されるときとなるはずです。

 この点、「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」及び「(別冊)金融業務における特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」 に関するQ&Aにおいては、以下の記載があります。 

 Q4-5人材派遣会社は、派遣登録を行う時点で、登録者の個人番号の提供を求めることはできますか。

A4-5人材派遣会社に登録したのみでは、雇用されるかどうかは未定で個人番号関係事務の発生が予想されず、いまだ給与の源泉徴収事務等の個人番号関係事務を処理する必要性が認められるとはいえないため、原則として登録者の個人番号の提供を求めることはできません。

ただし、登録時にしか本人確認をした上で個人番号の提供を求める機会がなく、実際に雇用する際の給与支給条件等を決める等、近い将来雇用契約が成立する蓋然性が高いと認められる場合には、雇用契約が成立した場合に準じて、個人番号の提供を求めることができると解されます。

4 派遣先事業主の視点-派遣を増やすべきなのか

 上記の通り、労働者派遣の場合は、派遣元の事業者がマイナンバー対応を行い、派遣先の事業主はマイナンバー対応を行う義務はひとまず生じないことが原則です。

 それもあってか、最近「派遣労働に切り替えればマイナンバー対応が不要になる」という宣伝を、ときどき見かけます。

 しかし、それだけの理由で派遣労働に切り替える、というのは、ほとんどの事業者にとって適切な選択とはならないように思われます。

 まず、派遣労働者は、期間制限がある一時的な就労であるため、OJTを行っても数年のうちに交代してしまうなど、継続的に当該企業に長く勤める人に適用するには向きません。事業を支える一定数の正社員は多くの企業で不可欠であり、派遣労働者を利用しているところも、正社員ときちんと使い分けをして雇っているはずです。そうである以上、「正社員」については結局マイナンバー対応が必要になります。

 なお、安全管理措置との関係では、「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」に添付された「(別添)特定個人情報に関する安全管理措置)」は、従業員の数が100人以下で、かつ一定の要件を満たす事業者については「中小規模事業者」として安全管理措置を「中小規模事業者」に適したものにすることがより望ましいとしています。その点で負担が減じる可能性はあるかもしれませんが、いずれにせよ個人情報取扱事業者(5000人以上の個人情報を取り扱う事業者)は「中小規模事業者」にあたらないとされていますし、現在国会審議中の個人情報保護法の改正案が通過してしまえば、あと数年の内(施行期日)にはこの5000人要件は撤廃されてしまいますので、必要な安全管理措置が変わってくるリスクがあるでしょう(ただし、年金情報流出事件の関係で、上記の法案は現在審議が止まった状態です。また、仮に5000人要件が撤廃された場合には、安全管理措置のガイドラインが変更される可能性はあるのかもしれません。)。 

 また、派遣事業者にマイナンバー対応をしてもらうことで、結果としてそれが派遣料に跳ね返ることもあり得ますし、後から「やっぱり派遣でない方法に戻そう」と思っても簡単ではないでしょう。 

 そして、派遣に切り替えるためには、「今いる社員をどうするか」という大きな問題があります。解雇は法律上違法となる可能性が高いでしょうし、合意に基づいて派遣会社に移ってもらうなどの方法も、紛争・訴訟となるリスクが非常に高いうえに、特定派遣(派遣法7条1項1号)や関係先派遣(法23条の2)に抵触する恐れもあります。何より、社員のモラル(士気)を大きく減じて、人の流出等を招き、結果としてデメリットが大きくなるリスクも高いように思われます。

 派遣法の改正も現在審議中ですし、その推移も考慮したうえで、正規・非正規労働の問題については、マイナンバーへの対応に過剰反応をするよりもむしろ、継続可能な事業モデル・人事モデルをきちんと見定めることが大切だろうと思います。