【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

成年後見に係る法改正(その4)-成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について

1 成年後見の死後事務と金融機関の扱い

(1)口座名義人がお亡くなりになったときの,金融機関の扱い

 さて,(その3)では,成年被後見人の債務(相続債務)を返済することを始め,さまざまな出捐を伴う死後事務について触れましたが,これらの行為も,その原資となる「お金」がなければ行うことはできません。

 通常、成年後見人が現金をそのまま保管していることはあまりありませんので、成年被後見人名義の預金等からお金をおろす必要があるのですが、金融機関の現在の運用は,口座名義人の相続人間での紛争を避けるために,【預金口座の名義人がお亡くなりになったときには,遺産分割協議等が終了するまで,その金融機関の口座からの引き下ろし等をできないようにする(凍結する)】ことが原則となっています。

そのため,このままであれば,お金をおろすことができないことになり,折角【死後事務】を定めた法改正を行っても『画に書いた餅』となってしまうかもしれません。 

(2)改正法の成立と,金融機関の予想される運用

 では,今回改正法ができたことで,1号から3号までの死後事務の場合には,金融機関は,元成年後見人がお金をおろすことに応じてくれるのでしょうか?。

 個人的には,家庭裁判所の許可がある3号を除いて応じて貰えない】ことになるのではないかと思っています。 

 金融機関は,裁判所が認める法定代理人成年被後見人生存時の成年後見人、相続財産管理人、不在者財産管理人等)にも預金の払い戻しを認めてくれます。

 たしかに,成年被後見人死亡後の成年後見人も、これと同じと考えられそうなのですが従来引き下ろしが認められている者と,【成年被後見人死亡後の成年後見人】との間には明らかな【差】があります。

 それは,【払い戻しが請求された時点で,成年被後見人死亡後の成年後見人が死後事務を行う権限をまだ持っているかを金融機関側で確認するすべがない】ことです。

  改正民法の873条の2を見て頂ければ分かりますが,後見人が同条1号から3号までの死後事務を行うことができるのは,「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」に限られています。

 そうすると,まだ【相続人が相続財産を管理することができていない】ことを,銀行はどう確認すればよいのでしょうか?。払戻に応じてしまった後,後から相続人から「とっくに財産の引き渡しを受けている」「その成年後見人はもう辞めた人間なのに,どうして支払ったんだ」等と言われてしまう可能性はないでしょうか?。ほかの要件である「必要性」や「相続人の意に反していないか」についても、同じ問題が残ります。

 従来金融機関が認めてきた法定代理人の払い戻しについては,必ずその者が【法定代理人】としての権限(払い戻しを受けることのできる権限)を持つことを確認できる書面を提出させてきます。成年後見登記や、審判書といったものがこれに当たります。

 しかし,【成年被後見人死亡後の成年後見人】のケースではこれができません。もちろん,成年被後見人の生前に「成年後見人であったこと」は成年後見登記等で証明できるかもしれませんが,「まだ相続人が財産を引き継げる状態ではないのかどうか」等はわかりません。

 そのため,銀行としては,払戻を拒否するのではないかと思っています。

 ただし,3号の場合は家庭裁判所の許可がありますので,その書面によって「払戻権限がある」と認めてもらえるのではないかと思っています。

2 私見

※ 5/13 従前、「死後事務についての許可申し立て等の件数が多かった場合にどうするか」等を考えた事柄を記載していましたが、現状では、専門職後見人は死後事務についての権限を用いることなく相続人に財産を引き継ぐことを優先するのではないか、それほどの件数はないのではないかということですので、後に「続きを読む」に格納しておこうと思います(読み手を混乱させてしまうかと思いますので、「続き」に持って行くことにしました。他方で、浅はかな考えとはいえ、一度書いてしまったことですので、そこに残しておこうと思います。)。

3 参考文献

 通読してあるものも、一部しか目を通していないものもありますが、とりあえず、一部だけでも目を通したものとして。

(1)後見人の死後事務関係

・井上計雄「死後事務の在り方を巡る再検討」実践成年後見No33p105

 成年後見人を務める際に問題となる一連の死後事務について、法的構成・対応策等について一通り記載されています。

・多田宏治「本人の死亡による後見終了に伴う事務手続と注意点」実践成年後見No38p14

 上記文献と同様、一通りの死後事務について触れられている文献です。上記と比べると、遺体の引き取り等葬祭に関する事項と、行政等への通知等について記載があります。

・藤原正則「死後事務における応急処分義務と事務管理の交錯」実践成年後見No38p22

 死後事務を、委任契約の応急処分義務から基礎づけられないかについて検討した論考で、最後にドイツにおける解決法(ドイツ法)との比較がされています。

・遠藤英嗣「任意後見契約における死後事務委任契約の活用」実践成年後見No38p30

 死後委任事務契約を締結する際の、一般的な注意事項等について触れられた論考です。

・松川正毅「死後の事務に関する委任契約と遺産の管理行為」実践成年後見No58p41

 主に、契約によって死後事務を行うための「死後事務委任契約」の、民法上の問題点について検討されていますが、相続法の関係等、非常に深い考察がされており、勉強になりました。

一般社団法人日本財産管理協会編集「Q&A成年被後見人死亡後の実務と書式」(新日本法規

 購入してはみましたが、マニュアル本なので、応用的な論点等については記載がありませんでした。とりあえず難しいこと抜きにしたいという方にはよいのかもしれません。

(2)財産管理人関係

司法研修所編「財産管理人選任等事件の実務上の諸問題」(司法研究報告書No55-1)

 法曹会HPを見る限り、販売はされていないようですが、日弁連の資料課等に置いてあります。CiNii Articlesを見る限り、大学図書館などにも置いてあるようです。

 少し古いですが、裁判所サイドからの、財産管理人の事件について一通り書かれているので、参考になります。

片岡武・金井繁昌・草部康司・川畑晃一著「第2版 家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務」(日本加除出版株式会社)

 成年後見人のみならず、あまりお目にかかることのない各種の財産管理人についても一通り記載がある本です。裁判官、書記官の方々が書かれた本なので、信頼性もあります。

小圷眞史「相続財産法人をめぐる諸問題」(新日本法規出版株式会社 新家族法実務体系第3巻418頁)

松尾知子「相続財産の管理―相続人による管理と各種相続財産管理人の権限」(新日本法規出版株式会社 新家族法実務大系第3巻29頁)

 少し前の出版物で、いまは入手できないようですが、新日本法規の「新家族法大系全5巻」は、権威ある学者の方々が執筆されている良書ですので、何かしら疑問に思うことがあれば、関連する部分に目を通したりはしています。もっとも、もってはいないので、そのたびに資料課で借りていますが…。

(3)家事事件手続法関係

金子修「一問一答 家事事件手続法」商事法務

 とりあえずまずは手元に置いてみる「一問一答」です。実際、改正内容が端的にまとめられていておすすめです。ただ、今であれば、同じ著者・同じ出版社で「逐条解説」がでていますので、そちらの方がよいかも。

裁判所書記官研修所監修「家事審判法実務講義案(6訂版)」(司法協会)

 廃止された家事審判法についての書籍です。まだ家事事件手続法の改正に対応した版は出ていないのですが、家事事件手続法を解釈する場合も参考にできると思います。

 なお、同じ司法協会から「家事事件手続法執務資料」という書籍も出ていますが、ちょっと目次を見た限り、あまり関心をひかれなかったので、購入見送り中です…。

(4)銀行法務関係

斎藤輝夫・田子真也監修「Q&A家事事件と銀行実務」(日本加除出版)

 銀行等、金融機関側の視点から、成年後見や相続と言った場面にどう対応したらよいかについて書かれています。銀行・金融機関の法務を行う場合の書籍としては不足するでしょうが、成年後見や相続事件を受任したものが、金融機関等とやり取りをする際に、【相手の立ち位置】を知っておくには、良いと思います。

石井眞司・大西武士・木内是壽「相続預金取扱事例集第2版」

 第2版は平成15年に出版されているので、金融機関の取り扱いについて書かれた部分などは、現在の運用と違っていることもあるかもしれません。とはいえ、法的リスクだけではない金融機関として考慮すべき事項が書かれており、参考になります。

(5)葬儀関係

長谷川正浩、石川美明、村千鶴子「葬儀・墓地のトラブル相談Q&A」(民事法研究会)

 この分野は、法律の専門家であっても詳しくは知らないことが多いのですが、その割に問題に直面することも多い分野です。はじめの一冊としてはとっかかりやすくて、よい本だと思います。

・長谷川正浩「葬祭・埋葬をめぐる法律問題」実践成年後見No38p44

 上記の書籍と比べると、後見人の立場から整理された記載となっているため、読みやすくわかりやすいです。全体像をとらえるなら前書、後見人の職務との関連をとらえるならこの論稿でしょうか。

 2 以上を前提にして,あり得る裁判所の運用(100%私見ですが)

(1)口座からの引き下ろしに関して

 裁判所として,3号の申立ての件数がある程度あり、かつ、3号により口座から死後事務に必要な費用を引き出すことを認める運用を取るとなれば,死後事務の必要があるとわかった早めの段階で,元成年後見人に今後の一定期間の死後事務の【計画】と,それにかかる費用の見積もりを提出させ,それとともに,必要な原資の引き出しを命じる第3号の許可を出す,という方法をとることが考えられます。

 ただし,この方法を採ったとしても,元成年後見人が提出した計画書についてチェックを行う必要は出てくるために,裁判所側が現在の人的資源で対応できるかは不明確です。裁判所ホームページの司法統計年報(家事)平成26年度の、「第3表 家事審判事件の受理、既済、未済手続別事件別件数―全家庭裁判所」によれば,「後見開始の審判及びその取消し」は新樹も既済も約2万7000件となっていますので、一年にこの程度の件数後見事件が増えていることがわかります。このうちどれだけが成年被後見人がお亡くなりになったのか、また【死後事務についての裁判所の許可】が必要になる件がどのうらいあるかはわかりませんが、ちょっと怖いですね。 

 予算措置等が講じられ、配置人員を増やすことができればよいのですが,そうしたものが無いと,裁判所が上記のような対応まで取ることが難しいかもしれません。

 もし,上記のような方法を採ることができない場合には,裁判所としては,成年後見人に,死後事務を行うための費用をあらかじめ後見人の預り金名義の別口座などに保管するよう指導しておくことも考えられます。

 もちろん、3号申立ての件数が少ないと見込むことができるのであれば、各許可請求に個別に対処することでもよいかもしれませんが、どうでしょうか…。

 3号の申立がされる場合,問い合わせを受けるのはまず現場の書記官であり,現場の裁判官であることからすると,「どういう場合にこれを認め」「どういう場合に断るか」といった【手続きの動線】を考えて備えて置かないと,結果として相当の事務の増大・混乱につながってしまう可能性もあるような気がしますね…。また問い合わせに対応するために、ある程度の「額の目安」等も決められるのであれば決めておいた方がよいかもしれませんが…。 

 裁判所側では、そうしたことを悩んだりするのではないかと思っています。

(2)相続人の探索と,火葬・埋葬に関連して

 (1)の前半で触れた,【計画】提出の方法を採る際に,もっとも【支障】となるのが,前回のブログ(その3)で「3号に当たる可能性がある」と分類させて頂いた「相続人の調査」「火葬・埋葬」となります。

 この2つは,相続開始後に、死後事務が必要になるとすれば一番始めに出てくる可能性が高い問題です。そして,「相続人の調査」については,この結果がわからないと「死後事務の計画」の立てようがないところがあります。 

 これについては,後見開始直後,専門職後見人が就任した時点で,ある程度相続人の調査を行う「指示」を出すような形を取り,そうした運用を法務省(戸籍)との間で詰めるとよいのではないか…,と個人的には思っています。

 もともと,相続人の調査のためには,被相続人の「戸籍」を事前に調べておくことが非常に重要ですが,今の後見事件の運用では、開始時等にそれを当然のように行っているわけではありません。また、戸籍法では【本人、配偶者、直系尊属及び直系卑属】は特に理由を示すことなく」(戸籍法10条)、それ以外の者は【正当な理由あることを明らかにして】請求することができるという扱いにしていますので、特に傍系血族の方が成年後見人を務めておられると、この「正当な理由」があるかどうかが問題となることがあるようです(少し前の文献ですが、井上計雄「死後事務のあり方をめぐる検討」(民事法研究会 実践成年後見NO33p105~)では、支払いを拒否された例があると側聞しているとの記載があります。)。

 そうすると、後見開始時に、少なくとも成年被後見人となられるご本人の、生まれてからお亡くなりになるまでの戸籍を取得するなどして、「その時点での推定相続人」を明らかにする運用を行うようにしていけば、少なくとも「それらの推定相続人に問い合わせをして、それでも財産の引継ぎができなかったか」どうかを判断できることになるのではないか…とも思います(まあ、電話番号がわからず、郵便等での問い合わせとなる可能性もあることからすると、火葬・埋葬の問題はいずれにせよ生じてくる可能性はあるのですが…。)。 

(3)債務超過の場合・相続財産管理人就任の場合の運用に関して

 どうなのでしょうね?。注意点として以前のブログ((その1)(その3))などで触れてみましたが、果たしてこうした事件がどれだけあるのかどうか…。

 あまり多いような場合には、生前の専門職後見人にそのまま相続財産管理人に就任してもらい、その代わりに予納金を柔軟に扱う、等の運用等について、弁護士会と裁判所で検討してもよいのかもしれませんね。

 もっとも、件数が多ければ、すでにそうした運用がされていると思うので、私が知らないだけかもしれませんが…(札幌の家庭裁判所にいた時には、相続財産管理人の事件はほとんどありませんでしたので、こうした事件が多いのかどうかは私にはわかりませんね…)。

※ 5/13 本文中に書きましたとおり、こうした対応が必要となる事態は多くないと思われ、かえって混乱を招きかねないかと思い、こちらに格納しました。その点も留意して読んでいただけると助かります。