労災:心理的負荷による精神障害
Q&A職場のメンタルヘルス(三協法規出版)を読み終わりました。
私見と異なるところはもちろんありますが、深く、いろいろな場面について検討されていて、非常に勉強になりました。こうした本を読みながら、ある時は感心させられ、あるときは「ここに書いてあることを実現するためにどうしたらよいか」と考え、またあるときは「ここは自分だったらこう考えるだろうか?」などと考えることは、良い勉強になります。
職場のメンタルヘルスについては、前回のブログで書いた通り最近多くの書籍が発行されていますし、また、昨年度ブログで書かせていただいた「一般社団法人産業保健法務研修センター」など、それに対応するためのセミナー等も活発に行われています。
こうした動きの背景には、平成23年に労災保険の基準が変わったことにより、『労災認定の件数が増えるのではないか』と予想され、そのため各会社や弁護士が、「従業員が精神疾患にり患しないよう、一層注意しなければならない」「万が一り患してしまった場合にも、そのあとの対応をどうするかきちんと決めておかなければならない」と考えたことがあると思います。実際、新しい基準は平成23年12月26日以降に適用されましたが、その前後における精神疾患の労災の請求件数と、支給決定件数(業務上の労災と認められた数)は、以下のような推移を見せています。
請求件数 支給決定件数
平成22年度 1181 308
平成23年度 1272 325
平成24年度 1257 475
このうち、平成23年度は途中(12月)から新基準が適用され、平成24年度は当初から新基準が適用されることと、上記の数字を見比べると、労災として認定される件数が増加していることが分かるかと思います。
「基準が変わった」ところは、簡単に言うと、①業務による心理的な負荷を評価する基準の改善、や②審査方法等の簡略化になりますが、実務上大切なのは、①の基準の改善で、従来分かりにくい書き方がされていた基準について、より明確な形に書き直されたり、具体例を挙げたり、あるいは、負担の重みを変更したりといった箇所になります。新しい基準というのは、平成23年12月26日「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発1226第1号)をさします。
例えば、もっとも典型的に問題とされる「労働時間」の問題で言うのであれば、新基準は、心理的負担が「強」い場合の一例として「極度の長時間労働」を挙げています。
これは、発症日から起算した直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合をいうとされます。
さすがに、これは多くはないと思います。
例えば今月(平成25年10月)に当てはめて考えてみると、週休2日制(土日及び祝日である14日が休み)の会社で働いていると仮定すれば、「22日間」働く日があることになります。
この「22日間」には、「1日8時間」の労働はあるでしょうが、それは時間「外」の労働ではありません(労働基準法32条)。時間「外」の労働というのは、この8時間を超えた部分の労働時間を言い、それが合わせて1か月に160時間を超えた場合に、初めて上に言う「極度の長時間労働」に当たることになります。
そうすると、160時間を22日間で割った約7時間30分を毎日時間「外」で働く、つまり、今月22日間就労日があるのであれば、その各日に平均して1日15時間半近く働いた場合(休憩時間がある場合には、もちろんそれを除いて)ということになります。
ただ、新基準では、これ以外の場合には労災にあたらないとしているのではなく、「直前の2か月に1月あたりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の時間を要するものであった場合」という基準や、「直前の3か月に1月あたりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の時間を要するものであった場合」というものも挙げていますし、これらに及ばない時間外労働も、他に心理的負荷を及ぼす出来事があれば、それと合わせて判断されることになっています。また、新基準では、恒常的に長時間労働(月100時間程度の時間外労働)が認められる場合に、他の心理的負荷を及ぼす出来事もある場合には、両者を関連させて判断するという判断手法を採用しています。
もちろん、こうした基準が出来て、労災認定が増えたことは、会社が対策を行わなければならない動機の一つになると思います。
しかしながら、本当に対策を考えなければならないもっと大きな理由は、別にあります。
もし、万が一、一度従業員が精神疾患にかかってしまうと、そうした状況は会社や他の従業員にとっても、当の従業員にとっても、非常につらいものになります。それについては以前このブログ(2013.2.10:人事労務「メンタルヘルス」)でも書かせて頂いた通りです。私も、労災で相談に来られた方には、まず何より労災保険を用いて治療を受けられることをお勧めしています。
そうした疾患をできる限り防ぐことができるように工夫していくとともに、また、万が一そうした事態が起きた場合に備えて、あらかじめ弁護士等に相談して就業規則を整備し、従業員との間でも相互理解を深めておくこと、そして仮にそうした事態が起きたときには、一人で物事を決めるのではなく、複数の人で話し合って方途を探していくことが大切だと思います。