以前,ブログでも書いた,平成28年5月13日東京地裁判決を読んでみました。
まだ,判例雑誌等にも載っていないと思いますし,裁判所のHPにも掲載されていませんでしたが,判例検索システムのウエストロー・ジャパンには掲載されていました。
しかし…、読んでいて辛い判決でした。
どういう解決をしたとしても、どこかに【歪み】が出てきそうな事件で、出口がないというか、解決が見つからないというか…、そんな気持ちを感じながら目を通していました。
正直、この判決について、自分にまともなことが書けるわけもない気はしますね…。
これからで書いてみるのも,「自分なりの整理」のようなもので,「正しい」「間違っている」という話は書けないと思います。
なお、今回は判決内容の紹介までになってしまいました。また今後、この判決の影響や、疑問点等も含めて、書ければいいな…と思っています(書くつもりですけど、少し弱気です…。)。
1 事案の概要
判決文から伺われる事案の概要は、こういったもののようです。
(1)当事者
被告となった会社は、バラセメントタンク車(こんな車でしょうか)を保有してセメント輸送などを行う会社で、原告らは、いずれもこのバラセメントタンク車の乗務員として定年前から勤務し、平成26年に定年退職し、定年後も有期労働契約を締結して勤務を続けた方々です。
(2)定年制度
被告においては、従業員の定年は満60歳とされ、定年で退職するもののうち本人が継続勤務を希望し、被告が雇用を必要と認めて採用されたものを【嘱託社員】として1年の有期雇用契約を結ぶこととしていました。
(3)正社員の給与体系
被告における正社員の賃金体系は、以下のようなものだったようです。
・基準内賃金:基本給、職務給、精勤手当、約付手当、住宅手当、無事故手当、能率給
・基準外賃金:家族手当、超勤手当、その他手当、通勤手当
そしてこのうち、基本給は、
①在籍1年につき800円ずつ加算される在籍給(上限あり)
②20歳を超えるごと1歳につき200円を加算する年齢給(上限あり)
で構成され、それ以外の主なものとしては、能率給が月稼働額に職種(運転する車の種類)に応じた一定割合を乗じたものとして支給されていたようです。
賞与は、原則として基本給の5か月分、退職金は3年以上勤務して退職した現務員に支給するとされていました。
(4)嘱託社員の労働条件
嘱託社員は、契約期間は1年間で、賞与・退職金の支給はなく、賃金は以下のようなものとされていました。
・基本賃金 125000円
・歩合給 稼働額に、職種(運転する車の種類)に応じた一定割合を乗じたもの(割合は正社員の能率給より多い)
・無事故手当、調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまで月額2万円)、通勤手当、時間外手当、欠勤控除
(5)配置転換・業務内容等
判決の事実認定では、いずれの契約においても、業務の都合により勤務場所や担当業務を変更することがある旨の記載がされていたようです。また、原告らの業務内容は、正社員である乗務員らと同じく、指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、嘱託社員である原告らと正社員である乗務員らとの間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなかったと認定されています。
2 事実から伺えること
正社員の賃金体系を見ると、この会社は【そもそも社員の流動性が高い会社】に見受けられます。
終身雇用・年功制を前提とした会社のいわゆる「正社員」の場合、給料は【S字カーブ】を描く、つまり、若いころは低額であるものの年齢を重ねるにしたがって高額となるとされており、これに対して、非正規社員の場合、ある程度フラットになる場合が多いとされています。
これは、たとえば平成27年度賃金構造基本統計調査の、雇用形態別でのグラフなどによく表れています。
また、現在、厚生労働省で議論されている「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」においても、
実際に我が国の正規・非正規間の賃金格差について、企業規模別、また、年齢別に見ていくと、大企業の正社員ほど大きな年功賃金カーブを描くのに対して、非正規のほうは企業規模も年齢も問わずに、基本的にフラットになっており、この差がマクロで見たときの賃金格差につながっているのであろうということです。
こうした年功賃金カーブを代表とする正社員の賃金体系の背景には、新卒一括採用で長期に人材育成を行うという「日本型雇用慣行」の存在がまずあって、その中では S 字型の賃金カーブを設定することがあり、その S 字型の中のある一時点の賃金を瞬間的に切り出して単純比較してよいかどうかというのは、やはり留意を要するのではないかと。一方で、正社員は若いうちにそういった能力発揮に見合わない低い賃金であったとしても、非正規の方がそれよりも更に低い賃金が設定されているという側面も留意しながら、引き続き検討する必要があるのではないか
(いずれも、第3回「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」議事録より)
という発言があります。
そこで、戻って「1」の事実認定を見てみると?。
(3)の基本給(①在籍給及び②年齢給)を見るとわかるのですが、上がってはいるものの、上がり方は常にフラット(一定年齢以降は平行線)のように見受けられます。その意味では、もともと新入社員で従業員を確保して、長期で雇用することを想定しているというよりも、途中入社・途中退者の社員がいる(労働力が【流動的】である)ことを前提としている賃金体系に見えます。
もちろん、基準内賃金の中で、能率給が占める割合が大きい可能性もありますが、【セメントバラストを運ぶというその業務】からすると、能率給については「会社側の仕事の配分方法」や「季節的な業務の繁閑」に影響を受ける可能性はあっても、年功的な賃金カーブを描くことに繋がるようなものではないのではないようにも思われます(このあたりは、判決文には書かれていないので、正確にはわかりませんね…)。
判決文の事実認定を見る限り、各原告は平成26年に定年退職しているものの、入社時期は前後10年ほどの差異があることも、そうした推定を裏付けているように思われますし、また、判決文でいわゆる正社員用の就業規則と、定年後の「嘱託社員就業規則」が挙げられているのに、有期雇用の就業規則や、そうした社員の存在については触れられていないことからしても、この会社は、いわゆる典型的な非正規雇用の社員というものがいるというわけではなく、【定年前の社員】と【定年後の社員】があり、たまたま前者について雇用の期限の定めがなく、後者について雇用の期限の定めがあった、ということのように思われます。
その意味では、【正規雇用VS非正規雇用】という典型的な場面での争いとは、少し違うのかもしれませんね…。
3 労働契約法20条を巡る主張と、判断
(1)争点及び当事者の主張
この事件で、原告側の主張の根拠とされているのは、下に挙げた労働契約法20条となります。
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
(なお、太字、下線、色等は、私の方で加筆したもので、法律の原文にあるわけではないです。)
ここで、太字になっているけれども、下線が引かれていない部分(「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」)は、【1(5)の事実認定を前提とする限り】違いがないことになります。
そのため、法律の解釈が問題になる点は、
①「期間の定めがあることにより」とは、有期労働契約であることを【理由】にする労働条件に限られるのか、そうではないのか
②「その他の事情」があるか否か
③「不合理と認められるものであってはならない」という場合の判断基準
④仮に②の「その他の事情」があった場合、個々の賃金項目ごとに不利益ではないかを判断するのか、賃金は賃金全体で判断するのか
⑤仮に「嘱託社員就業規則」が労働基準法に違反した場合、嘱託社員(定年後の社員)には正社員の就業規則が適用されるのか
の54点のようです。
これらの論点について、原被告の主張は、簡単にまとめると以下のようなものです(あくまで「簡単」にまとめただけですので、正確性を欠くところもあるかもしれません。関心のある方は原文に当たっていただいた方がよろしいかと思われます。)。
(2)裁判所の判断
裁判所は、争点①については、
労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理なものであることを禁止する趣旨の規定であると解されるところ,同条の「期間の定めがあることにより」という文言は,ある有期契約労働者の労働条件がある無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで,当然に同条の規定が適用されることにはならず,当該有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が,期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが,他方において,このことを超えて,同条の適用範囲について,使用者が期間の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい。
として、労働契約法20条は、「期間の定めがあることを理由」とする労働条件の相違に限られないから、本件でも適用されるとして、被告の主張を取りませんでした。
そして、争点②について
その他の事情として考慮すべき事情について特段の制限を設けていないから,上記労働条件の相違が不合理であるか否かについては,一切の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解される
として、ここでは原告の主張を取りませんでしたが、同時に、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条を参考にして、
これらの事情に鑑みると,有期契約労働者の職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず,労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について,有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは,その相違の程度にかかわらず,これを正当と解すべき特段の事情がない限り,不合理であるとの評価を免れないものというべきである。
としています(6/27 その3にも書きましたが、「違った基準」ではない可能性もありますので、訂正しました。)。、争点③の基準としては、原被告が主張した基準とはまた違った基準を立てて判断する方法を取っています。
そして、被告の主張している「その他の事情」から、その後「これを正当と解すべき特段の事情」があるかどうかについて、数点を検討しています。
そのなかでは、「定年退職者との間で、高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置として締結されたものであった」ことが、「特段の事情」に当たるかを検討した個所が最も重要です。
判決は、
一般に,従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり,その賃金が引き下げられる場合が多いことは,公知の事実であるといって差し支えない。
としながらも、
原被告両当事者がそれぞれ主張で触れている、「改正高年齢者雇用安定法の施行に企業はどう対応したか―『高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査』結果―」(独立行政法人労働政策研究・研修機構調査シリーズNo121)に挙げられた数字について解釈を示しつつ、
他方,我が国の企業一般において,定年退職後の継続雇用の際,職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが広く行われているとか,そのような慣行が社会通念上も相当なものとして広く受け入れられているといった事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
とした上で、さらに被告の賃金体系を検討しつつ、被告の新入社員の賃金よりも原告らの賃金の切り下げの方が大幅に上回ること、そのような賃金コスト圧縮を行わなければならない財務状況・経営状態に置かれていたという証拠がなかったこと等から、「特段の事情」を否定しています。
そして、労働契約法違反の結果問題となる争点⑤について、判決は、嘱託社員就業規則が無効になるとした上で、正社員の就業規則は、嘱託社員へは適用されないとされているものの、原則として全社員に適用されるものであるから、嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については、正社員就業規則その他の規定が適用されるとしています。
これからすると、本判決は、①定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、②賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定すること、そして③そのような賃金コスト圧縮の必要性がなかったことなどの事実をもとに、「特段の事情」を否定していますので、まったく同じ法解釈を取る裁判官の場合でも、これらの事実が違えば結論が同じかどうかはわからないところを残す書きぶりとなっています(事例判断的な面を多分に含んでいると思います)。
また、②については、この会社にいわゆる「有期雇用社員」(定年後再雇用ではない通常の)がいなかったという事情から新規採用の正社員と比べられたようにも思われますし、これらの事情の1つでも書ければ同じ結論にならないというわけではないと思いますので、注意が必要です(さらに、あくまで地方裁判所の1判決にすぎませんので、控訴審で維持されるかや、類似事件でほかの裁判官が同じ基準等を採用するかはわからないところを残します。)。
そして、⑤について、当然に正社員の就業規則の適用を認めるかどうかは、裁判官によって判断が異なるのではないかと思っています。
そうしたことを含めて、続きは次回に書きたいと思います。
…いえ、続きをいろいろ考えていて、この記事も書くことが遅れたのですが、いざ書いてみたら判決紹介だけで「それなりの量」になってしまいましたので…。
今回の内容は判例紹介に留めて、まっしろな紙(画面?)の上で、続きを考えてみたいと思います。
すみません。
※ 6/27 判決文を読んでの、雑感的なことを書いてみました。力不足のため、見落としていることや、適当でない記載も多々あるかと思いますが、関心がおありの方はどうぞ。
yokohamabalance.hatenablog.com
※ 6/28 (その3)の中で、「正社員就業規則の適用すること」についても、ところどころ触れましたので、判例の紹介であるこちらでも書き足しておいた方がよいかと思い、書き足しました。
※ 7/2,7/20 「違和感を覚える根本的な問題」について、少し気が付いたところがありましたので、以下二つのブログで書いています(最終的には、7/20がもっとも進んだ内容の見解になっていますね。)関心がおありの方はどうぞ。