【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

定年後再雇用と労働契約法20条(その5:平成28年5月13日東京地裁判決についての思いつき②)

 前のブログを書いてから,随分経ってしまいました。

yokohamabalance.hatenablog.com

 前のブログでも、結局、【考え方の糸口】を書いてみただけで、そこで一度力尽きてしまっていたのですが…。

 しばらく他の仕事などをしているうちに,またいろいろ考えが沸いてきてしまいました。そして、考えが沸いてしまうと、文献を漁ったりもしてしまうのですが、文献を読むのに結構時間がかかりそうな気もしますので、入り口だけ書いてみようと思います。

 前のブログでは,「60歳定年」の会社において定年後に有期雇用社員として継続される場合の労働契約法20条の考え方について,【考え方その2】として

 もう一つ,考えられるのはこれなのでしょうね。
 つまり,
 ① 高年齢者の雇用の安定等に関する法律は60歳定年までしか定めておらず,当該会社の就業規則も60歳定年だったのだとすれば,労働者は(民事的効力として)60歳以降も当然に雇用が続くわけではない。
 ② ①を前提に,会社が就業規則を変更して65歳定年にすると仮定した場合,60歳以降の雇用条件を低くしても,そもそも労働者は60歳以降雇用される権利までは有していなかったことからすれば,就業規則の不利益変更には当たらない可能性がある。
 ③ そうすると,被告会社が65歳定年を採用していたとしても、その場合の期間の定めのない社員の雇用条件は,現在の期間の定めのある社員の雇用条件と変わらないと思われる。

 こう考えてしまうと,例え「定年直前の正社員」との間に差があったとしても,「採用時の定年以降の雇用については,それまでの労働条件が補償されるものではないから,差があっても合理的である」となる可能性があるのかもしれませんね…。 

ということを書きました。

 上の②で「可能性」と書いたのは、実はここのところについて、きちんと調べことがなく、自分の中で理解ができていなかったためです。

 60歳までの雇用条件を下げることがないまま、60歳を超えて65歳までの雇用を追加する形であれば、たとえ65歳以降の労働条件が下がったとしても、「60まででよい人はそこで退職もできるし、65までいたい人は条件を容認しているし、より不利益に変わったわけではない」として不利益変更とならない、あるいは合理性が認められる可能性もあるかな、と思いましたが、他方で、それほど簡単ではないのではないか、という思いもあり、「可能性」という書き方をすることにしました。

1 正社員の定年延長と,労働条件の変更

  調べてみると、「期間の定めのない社員(いわゆる正社員)の定年を延長(定年後に有期雇用をするのではなく)し、それと同時に従来の定年後の勤務については労働条件を下げる」ということが争われた事例は、多くはないものの、いくつかあるようです。多くは、平成6年に高年齢法が改正され、定年が55歳から60歳に引き上げられた時期の前後に生じた紛争ではないかと思います。
 こうした定年延長と労働条件の変更について、典型的なケースとされているのは,「第四銀行事件」という最高裁判決です(最高裁判所平成9年2月28日第2小法廷判決)。
 この事例では,55歳定年としながら,労働者が希望すれば58歳まで在職できる定年後在職制度という制度がもともとあった会社において,定年を55歳から60歳まで延長するとともに,55歳を超えた場合の就労条件を従前より下げたというもので、最高裁判所「不利益変更には当たる」が「合理性がある」から変更は有効である(原告側労働者の請求を棄却)としています。
 上の裁判所の判例集のリンクでは事例について以下のように要約されていますし,この判例について触れている文献等でも同旨の要約がされていることが多いです。

  右変更により、定年後在職者が五八歳まで勤務して得ることを期待することができた賃金等の額を六〇歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるなど、その労働条件が実質的に不利益に変更されるとしても…

 つまり、従来なら、55歳から58歳までの勤務で得られた賃金等の総額と、新制度では55歳から60歳までの勤務で得られた賃金等の総額が大体同じ、という場合にそれは、「就業規則の不利益変更」にあたるか、ということが、法律的な争点であったために、そちらが判示事項として有名になっています。
 しかし,事案をきちんと読んでみると,この事案で行われた【変更】【差異】は、以下のようなものだったことがわかります。

(1)給与等

  従前の本俸を基本本俸、加算本俸に分割し、加算本俸は満五五歳に達した日の翌月一日以降支給しないこととされたため、従前は五四歳時の定例給与が引き続き支給されていたのが、加算本俸分(上告人のような事務行員については、月五万八一〇〇円)の支給がされなくなった。
(2)役付手当の減額
 新制度の下では、新設する職位を含め、職位に対応した手当に改定して支給することとされ、役職者は五七歳以降原則として新設する職務に就くと定められた。(上告人は、昭和六一年一一月に五七歳に達し、同年一二月に部長補佐から業務役の職に変更に
なったため、役付手当が五万円減額された。)
(3)定期昇給の不実施
 従前は満五五歳以降も定期昇給が実施されていたのが、実施されなくなった。
(4)賞与の減額
 従前は、満五五歳以降も「(本俸+家族手当+役付手当)×六・八箇月+資格別定額」と計算されていたのが、「(基本本俸+家族手当+役付手当)×三箇月+資格
別定額」と計算されることとなった。

 そして、

 (1)ないし(4)の変更の結果、五五歳に達した後に上告人が得た年間賃金は五四歳時のそれの六三ないし六七パーセントになり、上告人が従前の定年後在職制度の下で五五歳から五八歳までに得ることを期待することができた賃金合計額は、本件定年制の下で行われたのと同様のべースアップ等がされたという仮定をした場合、二八七〇万九七八五円であるのに対し、本件定年制の下で五五歳から五八歳までの間に得た賃金合計額は一九二八万〇一三三円であり、後者が九四二万九六五二円少なくなっている。なお、本件定年制の下で五五歳から六〇歳までに得た賃金合計額は、三〇七八万七二七八円である。 

と事実認定されています。

 もちろん、この判例では、変更に合理性があるかについて様々な要素を検討していますので、単に差額があったことのみで有効と認めたものではありません、【正社員ですら、定年延長をした場合には、定年前と定年後でこうした差を設けても違法ではない】とすると、有期雇用社員の場合に(同一労働等の場合に限るとしても)定年前と同じ労働条件を享受できる、としてしまうと、ある意味、【有期雇用社員】を【期間の定めのない社員】よりも有利に取り扱ってしまっているようにも思われます。そのあたりが、前のブログを書くきっかけになった違和感でもあるのですが…。

 2 今後調べてみたいこと

 この最高裁判決の事案も、1審と2審で判断が分かれたようですし、最高裁判決自体にも反対意見が付されているようです。

 そして、この最高裁判決後も、いくつかの下級審において、定年を延長するとともに従来の定年後の就労条件を低下させたことについて、争われた事例があるようです。

 「定年後継続雇用」の場合の就労条件についても、「定年後」というだけで直ちに「合理性あり」という結論としてしまうのではなく、そうした「正社員の定年を延長すると同時に、労働条件を下げた場合の、考慮要素」を、労働契約法20条の「不合理ではないか」を判断する要素としてもってくる、というのは、【考えられるかもしれない一つの立場】かもしれないと思っています

 そうした場合に気になっている、今後時間があったら調べてみたいなと思う点としては…

高年齢者雇用継続給付及び高年齢者雇用確保措置(高年齢法9条)は、【代償措置】と評価しうるか

 上に引用した第四銀行事件などでは、就業規則の不利益変更の「合理性」の考慮要素について以下のように判示しています。

 右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。 

 ここにあるように、賃金等が不利益となった場合には、「代償措置」が問題となることがあるのですが、「定年後も勤務できるということ」や、「継続雇用給付金」の存在が、この代償措置といえるのかどうかなどは、一つ問題になりうる気がしています。

労働組合・労働者代表との協議の扱い

 上の判例でも挙げられていますし、こうした判例を具体化した労働契約法10条でも挙げられているのですが、就業規則の不利益変更の場合、労働組合との協議の有無が考慮要素とされることがままあります。

 第十条  使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。 

  しかしながら、いわゆる定年後に有期雇用を行う継続雇用制度の場合は、「従前の就業規則の不利益変更」ではなく、「新たな就業規則」を作ることになりますので、当然にこうしたものが考慮要素となるか(積極的に合理性を認める考慮要素にはなると思うのですが、不合理性認定の考慮要素としてしまってよいか)は、問題となりうるのかな、と思います。

 もっとも、今回の事例(平成28年5月13日東京地裁判決)では、「高年齢者雇用確保措置」自体はもっと前から導入されていたように思われますので、労働組合との協議が問題となるとしても、「導入当時の協議」がどうであったかが争点となる気がしますね。

 もちろん、その後のある年度において、労働組合から団体交渉を求められたことに対する対応が誠意を欠く等の理由で、(労働条件の変更とは別に、労働条件の変更が有効であっても)不法行為を構成することはあり得るのかもしれません(協和出版販売事件。平成20年3月27日東京高裁判決、平成19年10月30日東京高裁判決)。

③賞与・退職金の扱い

  下級審を見ていても、いわゆる賃金とは、賞与・退職金は別の扱いで判断をしている判例が散見されます。そうした点はどうなのかも、問題となりうるのかもしれませんね。

④単純な定年延長の場合と異なるか

 ①とも少し重なりますが…。

 高年齢法で義務定年が55歳から60歳に引き上げられた平成6年改正と違って、現在はの高年齢法では、あくまでも、定年として義務化されているのは60歳であり、高年齢者雇用確保措置は3つのいずれかを採用すればよいということになっています。

 そして、裁判例では、この高年齢者確保措置をたとえ導入していなくても、当然に60歳を超えて雇用が継続するという効果までは生じない(私法的効力までは生じない)とされていたように思われます。

 そうすると、義務定年が引き上げられた平成6年改正の前後に生じた紛争についての裁判例の判断基準を、そのまま今回適用できるのかどうかは、問題となりうるのかな、と思っています。

3 まとめ

  これ以上書くためには、また大量の文献を読まねばならず、時間がかかりそうなので、ここまでにします。

 高年齢法、そして定年の義務化の問題は、「年金」の問題と密接に絡んでいます。年金支給年齢の引き上げに伴い平成19年の高年齢法の改正-高年齢者雇用確保措置が導入された際にも、「国の年金財政が厳しいのはわかるけれど、それを企業にそのまま負担させて良いのかな…」という躊躇を少し感じていました(その後勉強が多少進みましたので、年金支給年齢の引き上げは、企業年金制度の問題等他の制度とも関連があるので、国の年金財政の一言で割り切れる問題でもないのだろうと、今では思っています)。

 年金が払えないからといって、その分、年金の「掛け金」を高くすれば、これから長期間にわたってそれを払うことになる【若者】がより損をしてしまうことになります。 

 かといって、ただ定年を延長しただけでは、年功制がまだまだ多かった当時の日本では、結局高齢者に多額の賃金が行ってしまい、【若者】の雇控えが起きないかどうか―結果として【若者】につけがまわってしまわないかが、やはり気になってしまいます。

 年金の財源そのものは、私たち自身が払うもので、【有限】ですので、その中で、どこで線を引くか、【若者】も【高齢者】も、どこで我慢してもらわないといけないのか…。

 この問題は、そういった面を持っていると感じていますので、なかなか「みんなにとって幸せ」な結論を見つけることはできないのかもしれませんね…。

 それが、6月21日に【その2】のブログを書いた時に触れた、「出口がない感じ」でもあるのですが…。

 難しいですね…。

※ 次にこの話題を書くのは、また当分先になる気がします。ほかに書きたい(あるいはすでに書いた)こともありますし、この件について集めた文献を全然まだ読んでいませんので…。なお、この判例の評釈がどこかで出ているのかまでは、チェックしていませんので、もし見当はずれの記載などありましたら、申し訳ありません。