【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

定年後再雇用と労働契約法20条(その3:平成28年5月13日東京地裁判決についての感想)

 前のブログで紹介した、平成28年5月13日東京地裁判決について、感想めいたものを含めて、続きを書いてみたいと思います。

 判決内容の紹介等は、前のブログを見ていただければと思います。

yokohamabalance.hatenablog.com

 まず、判決を読む際の注意点について「1」で触れたうえで、その中でも争いがあると思われる「定年後再雇用の場合に、労働条件を下げる特段の事情があるか」という点に関する、周辺論点のありうべき考え方について「2」で書いてみようと思います。

1 この判決の読み方

 この判決のポイントとしては

 ①定年後再雇用にも労働契約法20条が適用される(労働契約法20条は、期間の定めの有無のみを理由とする労働条件の相違に限って適用されるわけではない。)。

 ②「職務の内容」並びに「職務の内容及び配置の変更の範囲」が【同一】の場合は、特段の事情のない限り、労働契約法20条違反となる。

 ③特段の事情として、今回の事案では、

 ・定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事

 ・賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定

 ・そのような賃金コスト圧縮の必要性がない

 という3つの事実からすれば特段の事情は認められない。

というものになります。

 もう一つ、【嘱託社員の就業規則が違法・無効な場合に、正社員の就業規則を適用できるか】という問題(前の記事で書き足した争点⑤です。)もありますが、この点は、裁判官によっても考え方が違うのではないかと思うことと、各会社の就業規則の定め方によって影響を受ける可能性もあること、いわゆる労働契約法20条の問題とは少し違うことから、あまり書かずにおこうと思います(とはいえ、下の2(2)、3(3)で触れているのですが、様々な事案でより「柔軟な解決」を導くことができるようにするためには、正規社員の就業規則をそのまま適用してしまうことには、個人的には躊躇を感じます。)。

(1)定年後再雇用という、期間の定め以外の理由があっても、労働契約法20条が適用される。

 これは、そうだろうと思います。

 被告側は、「不合理」を検討する前に、そもそも労働契約法20条は「期間の定めがあることを理由とするもののみに適用される」として、定年後再雇用という【別の理由】によって違いが生じている本件では労働契約法20条の適用がない、と主張していたようです。

 しかし、「不合理」か否かを検討する際に「その他の事情」としてあらゆる諸事情を含めて検討するのであれば、これは同じことを2度判断することになってしまうようにも見受けられますので、「定年後」という事情も「その他の事情」の一つとして、労働条件の差が不合理なものかを検討すれば足りると思います。

 確かに、労働契約法の改正時、この点について議論がされた第95回労働政策審議会労働条件分科会の資料「有期労働契約の在り方に関する論点(案)」では、

4 「期間の定め」を理由とする不合理な処遇の解消 有期契約労働者に対する処遇について、「期間の定め」のみを理由とする不合理な処遇(不利益取扱い)を禁止することについて、どのように考えるか。

とされていますが、他方で、同審議会議事録によれば、委員より

 論点4のポイントになるのは、期間の定めのみを理由としたというところだと思うのですが、期間の定めゆえに、例えば責任の所在が違うとか転勤の有無が異なる、職務設計が異なる。期間の定めというものだけを切り出すということは、現実的には余り考えられないのではないかなと思います。 期間の定めというものが1つの要件になって、いろいろな要素が異なってくるゆえにさまざまな処遇あるいは退職金等々、退職金は少し前払い的に考え方ときに、そういった要素への判断が変わってきているというのが現実だと思います。ここに書かれている期間の定めのみを要件としたというお考えを、例えば労働契約法等々で盛り込まれるというのは、現実論に落としていくのに非常に困難ではないかなという意見を持っています。それが1つ。

との見解が示され、その後の96回分科会の資料「有期労働契約の在り方に関する論点(改訂)」

4 「期間の定め」を理由とする不合理な処遇の解消 有期契約労働者の公正な処遇の実現に資するため、有期労働契約の内容である労働条件については、「期間の定め」を理由とする差別的な(不利益な)取扱いと認められるものであってはならないものとしてはどうか。 

 その場合、差別的な(不利益な)取扱いと認められるか否かの判断に当たり、職務の内容、範囲の変更の範囲等を考慮するものとしてはどうか。

【のみ】が削除されるとともに、「職務の内容、範囲の変更の範囲等を考慮するものとしてはどうか。」という文言が加えられ、この内容は その後の「有期労働契約の在り方について(建議)」、そして改正法の条文に反映されているように思われます。

 以前のブログ記事でも引用した厚生労働省の指針でも、「定年後再雇用の場合に、労働契約法の【適用】はある」ことを前提とした書きぶりになっています(以下再掲します。)。

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

 定年後再雇用というのみで、労働契約法20条の保護が全く受けられない(不合理性について検討すらされない)とするのは、法の予定するところではないように思われます。

(2)「職務の内容」並びに「職務の内容及び配置の変更の範囲」が【同一】の場合は、特段の事情のない限り、労働契約法20条違反となる。

 前の記事では、当初、この部分の裁判所の判断を見て、「独特な基準を設けたのかな?」と考えてしまいました。しかし、よくよく考えると、当たり前のことを言っているように思えてきました。

 前にも書いた通り、労働契約法20条は判断要素として以下の3つを挙げています。

①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度

②当該職務の内容及び配置の変更の範囲

③その他の事情

 これらに該当する事実は、労働者側は不合理性を基礎づける事実を、使用者側は合理性を基礎づける事実を主張・立証すべきとされています。

 キ 法第20条に基づき民事訴訟が提起された場合の裁判上の主張立証については、有期契約労働者が労働条件が期間の定めを理由とする不合理なものであることを基礎づける事実を主張立証し、他方で使用者が当該労働条件が期間の定めを理由とする合理的なものであることを基礎づける事実の主張立証を行うという形でなされ、同条の司法上の判断は、 有期契約労働者及び使用者双方が主張立証を尽くした結果が総体としてなされるものであり、立証の負担が有期契約労働者側に一方的に負わされることにはならないと解されるものであること

厚生労働省労働基準局長の平成24年8月10日付施行通達(基発0810第2号)

 とはいえ、①と②は、最初には「労働者側」が主張することが普通です。

 なぜなら、期間の定めのある社員が、「期間の定めのない社員と労働条件が違う!」という裁判を求める場合、【様々な社員】のうち【どの(期間の定めのない)社員】と差があると主張するのか決めてもらわないと、裁判所にも誰と比べてよいかがわからないからです。そのため、まず原告側が、①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が自分と同じだと思う【期間の定めのない社員】を指定するなどの方法で、誰の「労働条件」と違うことが違法か(もちろん、特定の個人ではなく、「この職種の正社員」等の漠然とした主張になることはあり得ます。)を最初に主張することになります(「同じではない」と会社が思う場合には、会社が反論・反証等を行い、双方が主張と立証を重ねていくことになります。)。

 これに対し、③その他の事情については…、当たり前ですが、原告にとっては、「①②以外に、自分と相手との間に差を設ける事情があるのかどうか」は、わかりませんし、それがないと思うからこそ裁判を起こしているはずです。そのため、③その他の事情は、会社側が先に主張立証を行うことが普通だろうと思います。

  そうすると、本件の場合、①と②は同一ということがすでに裁判所によって認められていますので(前のブログの1(5))、後は、③の事情があるかどうか、それを考慮して労働条件の差が不合理と言えるかどうかについて、主に被告(会社)の主張と立証によって判断するということになると思います。

 だとすれば、判決の書いていることは、当然のことを確認したものかもしれません。

(3)特段の事情

 個人的には、仮に控訴されれば最も争われると思っていますし、変更の可能性があるとすればここ(と、上の1の最初で触れた「正規社員の就業規則の適否)ではないかと思っています。

 本来は、この箇所で「定年後再雇用」という特殊性をどう考えるか、が検討されることとなるのでしょうが、本件の場合、前のブログでも書いた通り、【比較される期限の定めのない社員】自体が、そもそも長期雇用を強く予定した形態ではないように見え、職務の点でも、責任の点でも、定年後と違いがみられないようです。

 これが通常の企業を舞台としての争いであれば、①60歳以降は役職・責任が異なるのではないかといった点が問題になるでしょうし、そのほかに、②60歳までの長期雇用を前提にした就労体系と、その後65歳までの5年間の勤務を念頭に置いた就労体系では、「長期間の雇用」に対する会社の期待が異なる(教育訓練や、各部署の経験を積ませること等によって)、などという主張がされるかと思うのですが、本判決ではこういった主張はなく、判断が示されていません。

 そして、特段の事情の有無に関して判決が検討された3つの事情については、あまり重大に捉えるべきではないかな、と感じています。この辺りは、個々の裁判官によって評価も異なりうる気がしますし、対象となる企業が違えば、事情が変わってくる可能性もあるように思われるからです。

 例えば、「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」したことについて判決では、

被告としては,定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させるほうが,新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるということになるから,被告における定年後再雇用制度は,賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ないものというべきである。 

としているのですが、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律では65歳までの雇用継続措置を企業に義務付けていますので、行政法規的に「新規採用する」という選択の余地がない場合に新規採用と比べてよいのか幾分の躊躇は覚えないこともありません。また、新規採用社員の雇用条件が相当に低い企業の場合でも同じ判断要素が妥当するかというと、それはない気がしています。

 いずれにせよこの事案だけの事例判断的な考慮要素と考えたほうが無難ではないかと思っています。

(4)まとめ

 この判決は、地方裁判所の判決ですし、仮に控訴等された場合に、変更されるのかどうか、この内容がこのまま確定するのかどうかはわかりません。また、上の(2)でも触れた通り、通常の企業と異なり、正社員自体が当然に長期雇用を強く予定していると言いきれない就労体系にも見えますので、通常の企業に当然に同じ事情が妥当するかは、わからないところを残している気がします。

 とはいえ、「こうした判決が出うる」ということを前提に、訴訟リスク等を避けるための行動をしている企業もあるようです。

 報道を聞く限りですと、以下のようなやり方をしている企業はあるのかな、と思います。

① 65歳定年制への移行

 まず、労働契約法20条は、「有期」と「無期」の差異を問題とするものですので、法律上は無期の社員同士の労働条件の相違は対象とならないとされています。そのため、65歳に定年を引き上げてしまうこと(60~65歳の社員も、無期としてしまうこと)が考えられているようです。

② 職務・責任等の限定

 もう一つは、定年後の社員に支給する賃金に合わせ、それに見合った職務(勤務日数の限定、ワークシェアリングなど)とすること(今回の判決が出たことも考えると、賃金を下方修正しないのであれば、就業規則上は変更の合理性が認められる可能性もあると思われます。もっとも、実際にそうした処遇を行うときには、顧問弁護士等に相談された方がよいでしょう。)や、さらにすすんで定年後の社員の職務を他の社員とは異なる固有の職務としてしまうことが考えられているようです。この場合には、その職場に配置すること自体が、パワーハラスメントに当たると見られてしまうことのないように、注意が必要だろうと思います。

 配置転換の範囲を正社員と異にしておくことは、可能であれば行っておいてもよいでしょう。ただし、正社員が実際にどの程度配置転換されているかという実情等も加味されて不合理性を判断されるかもしれません。

 

 上のような認識を持ったのは、今年の5月ころ、とある銀行が定年を65歳に延長するとともに、60を超える社員について長年の経験を活かすためお客様相談室に配置する、という報道が見たような、おぼろげな記憶によります。

 その銀行としては、各社員の経験を積極的に活かすと同時に、上記①②の点から、より労働契約法20条違反となる可能性の少ない体制を取ったものかな、と思いました(※7/5 以前は、報道で見た銀行名を記載していましたが、その後「その銀行ではそのような体制を取っていないため、報道の誤りではないか?」という弁護士の方もいらっしゃり、私自身が真偽を把握しているわけではありませんので、固有名詞を削除するとともに、この注記をさせていただきます。もともと「報道をみたようなおぼろげな記憶」という書き方に留めておりましたので、その余の部分については修正するまでの必要はないと判断しました。)

  こうした方法は、訴訟リスクをある程度抑えるかもしれませんが、経営・労務管理として最善かどうかは何とも言えません。高齢の方々により向いた仕事があった可能性もありますし、場合によってはそうした方の仕事へのモラル(士気)の問題もでてくるかもしれません。

 本当は、もっと柔軟な方法を取った方がよいケースもあるとは思うのですが、もし専門家として聞かれたら、訴訟リスクがあれば訴訟リスクは告げざるを得ないのだろうと思いますね…。

 なお、仮に何らかの対策をとる場合にも、高齢者にとって厳し過ぎない配慮をしてもらうことや、必要性についての十分な説明はしていただいた方がよいとは思いますが…。

2 定年後再雇用(高年齢者雇用確保措置)と「特段の事情」等

(1) 雇用雇用確保措置の場合、正社員時代と差があってはいけないか

 そもそも、定年後再雇用(高年齢者雇用確保措置)は、平成12年に高年齢者等の雇用の安定等に関する法律において努力義務として設けられたものですが、これが【義務化】されたのは、平成16年6月11日の同法改正によるものです(平成18年4月1日施行)。

 その法改正について議論がされた、「今後の高齢者雇用対策に関する研究会」の報告書である、「今後の高齢者雇用対策について~雇用と年金との接続を目指して~」には、「はじめに」の中に以下の記載があります。

 少子高齢化の急速な進展により、生産年齢人口は2015年までに約840万人減少し、これに伴って労働力人口も減少することが見通されている。また、今後2007から2009年にかけて、いわゆる団塊の世代が60歳に達することとなる。
 こうした状況の中、既に年金支給開始年齢は段階的に引き上げられつつあり、定額部分については2013年度までに、報酬比例部分については2025年度までに65歳に引き上げられる(女性については5年遅れで引き上げられる)予定である。
 これに対し、現行の高年齢者雇用安定法では、60歳定年は義務化されているものの、65歳までの雇用の確保については努力義務とされており、実態としても、少なくとも65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約70%となっているが、原則として希望者全員を対象として少なくとも65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約30%となっている。また、中高年齢者を取り巻く雇用情勢は依然として厳しく、一旦離職するとその再就職は困難な状況にある。
 一方で、諸外国と比較しても我が国高齢者の就労意欲は非常に高く、実態としても、60歳代前半の男性の労働力率は70%を超えている。
 このような中で、雇用と年金との接続を強化することが喫緊の課題となっており、また、高い就労意欲を有する高齢者が長年培ってきた知識と経験を活かし、生き生きと活躍し続けることができるようにするためにも、意欲と能力のある限り年齢にかかわりなく働き続けることができるように環境整備を行うことが求められている。
さらに、これらの課題の解決を図ることは、若年労働力が大幅に減少する中で、高齢者が可能な限り社会の支え手としての役割を果たすこととなり、今後の我が国経済社会の活力の維持にも資することになると考えられる。

 この記載を見るとわかるのですが、65歳までの高年齢者雇用確保措置は、厚生年金の支給年齢の繰り上げに対応するものとして導入された経緯があります。

 そして、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律も、その目的について

第一条  この法律は、定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もつて高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とする。

としており、福祉目的もあることを認めています。

 そして、同法において定年として義務化されているのは60歳であり(8条)、60歳から65歳までについては「高年齢者雇用確保措置」(9条)としてこれと区別されています。

第八条  事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として厚生労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りでない。

 そして、この「高年齢者雇用確保措置」はあくまで行政法規における義務とされており、民事法的効力まではないとされ、これまでの裁判例でも、会社において【「高年齢者雇用確保措置」が定められておらず、定年を60歳としている場合】、60歳以降も当然に雇用が継続するとまではされていなかったと思います。

 そうした趣旨を勘案すれば、

①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度

②当該職務の内容及び配置の変更の範囲

が異ならない場合であっても、「60歳定年を採用しており、その定年後の雇用継続措置である」という理由により、一定の差異を設けることに合理性は認めてもよいのではないか。

 個人的にはそう思っています。

 1(4)で触れたように、「65歳定年」として同じ「期間の定めのない社員」となれば、60歳直前と、直後で就労条件を変えても、直ちに労働契約法20条違反にならないことを考え合わせると、期間の定めがある場合にだけ差が認められないのは、少し均衡を失する気もします。それは突き詰めれば、「【61歳から65歳の期間の定めのない社員】と比較したわけではない」という点に帰着してしまうのかもしれませんが…。

 今回の判決も、「特段の事情」について「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」という事情を検討しているのは、そうした意識が幾分表れたものではないかと考えています(本件の事例の場合は、格差(主に賞与の点でしょうか?)が大きいかどうかや、そもそも正社員の賃金決定要素に「長期雇用」が考慮されている度合いが限定的である点をどう評価するかでしょうか。いずれにせよ、第1審では、双方の主張も判決の認定事実も、表層的なところにとどまりますので、判断しかねるところは残りますね…)。

 なお、そうした【一定の差異】を認める場合には、「仮にその企業において、定年後再雇用ではない60歳以降の社員がいた場合の、その社員との均衡」をどう考えるかは、問題となりうる余地を残すのかな、と思っています。そうしたケースは多くはないと思っていますが…。

(2)不法行為(予備的主張)について

 本判決では、定年後の社員=嘱託社員の就業規則を違法無効としたうえで、正社員の就業規則の適用を認めた(前の記事の争点⑤)ために、「違法の程度」は直接的には問題になりませんでした。

 ただ、正社員の就業規則の適用を認めるかについては、裁判官によっても判断が異なる可能性はあるかもしれないと思いますし、違う会社の違う就業規則であれば、違う結論になることもあり得ます。また、現在「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」で議論されているような柔軟な解決をも視野に入れると、安易に正社員の就業規則と同じとしてしまって良いかどうかは、少し躊躇を覚えます。

 ここでもし、正社員の就業規則を適用できないと判断されれば、不法行為(予備的主張)が問題となります。

 そうした場合についても少し。

 本判決にみられる被告側の定年後再雇用の方法は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の平成16年改正の時点であれば、違法とは呼べなかったであろうものとなります。

 その後、平成24年には現行の労働契約法20条が定められましたが、幾度か引用しているその指針の記載

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

は、「定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更され」ていれば不合理ではないのではないか、ということはわかるのですが、他方で、そうした変更がなかった場合に当然に不合理となるのかは、明確でないようにも思えます。

 そして、「行政指導」において、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条(以下の引用参照)の均衡処遇については、労働局が事業主に対する報告徴収・助言・指導・勧告を行い(罰則あり)、それに従わない場合に事業主名の公表も可能とされているのに対し、労働契約法20条については、こうした行政指導がされていなかったという経緯があります(第1回同一労働同一賃金の実現に向けた検討会厚生労働省提出資料3頁・8頁)。

第九条  事業主は、職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。

 こうした点を考えると、平成24年以前は公序違反ではないとして、全体で慰謝料の限度で賠償を認めるという考え方もありうるかもしれません。

 これは、男性を基幹要員として採用・育成・処遇し、女性を補助的要員として採用・育成・処遇する男女別雇用管理(いわゆる「男女別コース制」)について、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律で「採用・配置・昇進」の均等取扱いが努力義務とされていた時期については公序に反するとはいえないとし、「採用・配置・昇進」差別が禁止された平成9年改正以降は公序違反とするものの慰謝料請求の限度で賠償を認めるという扱いと、同じような考え方ということになります。

 また、判決が「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」したことを理由の一つとしていることからすれば、「少なくとも新規採用の正社員より低い部分は不合理であり違法」等の結論も、まったくないとは言えなかったのかもしれません。

 ただ、「不法行為」として損害賠償と認めるという構成は、結局、【今後その社員の就労条件がどうなるのか】が不明確のままとなるため、雇用関係が継続している社員を対象にする場合、裁判所としても躊躇が残るだろうと思います。

 たとえば、中間判決で「違法」を宣言した後に(慰謝料を決める前に)和解勧告をする、ということも考えられますが(同一労働同一賃金の実現に向けた検討会で議論されているガイドラインなども、そうした形であれば活かす余地があるか、かえって難しいか…そこまではわからないのですが。)、現在裁判所に処理が求められている事件数等からすると、なかなかそこまでは難しいのかもしれませんね…。

3 その他、今後生じうる問題

 そのほか、判決を読んでいて気になったのは以下の点です。

(1)計算しなおすと【もらい過ぎ】となっていた労働者がいたら?

 正社員時代との格差からすれば、本件の会社ではおそらく【ない】と思うので、あくまで「今後そうした事案が生じたらどうするか」という問題なのですが…。

 本件のように「正社員よりも定年後の嘱託社員の歩合給の方が歩合の掛け率が高い」賃金制度を定めてしまった場合、もし、その賃金制度の下で【正社員として計算しなおすよりも高額の賃金を受け取っていた労働者】がいた場合、【差額を返還するのか】というのは…、実は問題になりうる気がしました。

 不法行為=損害賠償構成ならばともかく、契約法構成とすると、差額返還をしなければならないということになりかねない気がしますね…。

(2)「高年齢雇用継続給付金」をもらっていたら?

 以前のブログで少し「気にしている」と書いた「高年齢雇用継続給付金」を受給していたかどうかですが、判決文を読んでも、原告の皆さんがこれを受給していたのかどうかはわかりませんでした。

 仮に受給されていた場合、少なくとも本判決のように契約法構成で認容判決が出た場合には、過去にいただいた給付金は返還しないといけないのだろうと思います。

 これが、不法行為だったらどうなるかは…ちょっと、分からないところを残しますね…。

(3)差別の解消法には、幾通りかありうるかも…

 本判決が、正社員の就業規則を適用したので、この点は問題にならなかったのですが…。

 おそらく、収益的には問題がないにしろ、被告側にとって、バラセメント車の台数が限られている以上は(常時相当程度の余剰車両がある状態であれば別ですが)、定年後の高齢者雇用を認めることで、その分新規採用者(若者)の就労は制約されることになる気もします

 そうした場合、仮に本件と同じ差別があるという判断であったとしても、その解決方法として、高齢者についてはワークシェアリングで車両を使用してもらい(各就労日の労働条件は正社員に準ずるとしても)、それにより余剰車両を作り出して、若年者の雇用をすすめて、企業内の人員構成の平均化をし、企業の存続を図るということも、それほど不合理なこととは思われません。

 そうした余地を残さなくてよかったかは、すこし悩ましいと思っています。(他方で、そうした場合に企業が極端な労働条件を設定することもありうるため、どうするかなのですが…)。

 4 おわりに

 結局、私自身、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲に差が無くても、60歳定年が採用され、その係属雇用確保措置として継続勤務している場合には、一定程度労働条件が下がってもよいのではないかと思ってはいるものの、それに関する詳しい事情等が第1審では明らかになっていないように思われることから、これ以上についてはちょっと書けませんでした。

 ただ、本件の事例では、定年後の再雇用者について、定額給を下げるとともに、正社員よりも歩合給の掛け率を大きくしており、結果として定年後再雇用者の方が正社員よりも不安定な賃金となってしまっているようです。

 それが不当か、不合理かは、事情によるとは思いますが、「賃金総額で見ればそれほど下げていない」という主張をするのであれば、歩合給の掛け率については正規社員と同じ程度にしてほしかった(その分固定給としてほしかった)気持ちは、少し残るでしょうか。

 原告側が裁判に訴えた気持ちも分からないでもない事案です。

 しかしながら、いまだ地方裁判所の段階であるにもかかわらず、判決文が公表されないまま断定的な報道が先行したこと等の事情もあり、労使双方に混乱を招いてしまっているのではないか、それにより、労働者も使用者も不利益を受けてしまわないかが、どうしても気になってしまうところです。

 もし控訴されているのであれば、控訴審の判断でも様々な検討をしていただけると助かりますし、現在議論がされている「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」などで、何かしらの方向性が示されればよいのですが…。

 こうした問題については、「正解」というものがあるのかどうか、いつも悩んでしまいますね。

 いろいろな人がこの機会に意見を言ってくださるといいな、と思います

※ 6/28、7/1 (その2)に争点⑤を加えたこともあり、言い回しや、表現を含めて少し修正しました。わかりにくい書きぶりで、すみません。

※ 7/1 この裁判では、JILPTが平成25年に行った高年齢者雇用についての調査結果について、当事者の主張や判決理由の中で触れられています。今回ふたたび、JILPTで高年齢者の雇用についての調査が行われたことを、6月30日のプレスリリースで知りましたので、それについて、簡単に以下で書いてみました。関心のある方はどうぞ(こちらは短いです^^;)。

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※ 7/2 「定年後再雇用で有期雇用にしてしまうと差を設けるのがダメになり,逆に65歳まで期間の定めのない雇用にしてしまうと差があってもいいというのはおかしいのでは?」ということを突き詰めて考えると,どうなるのか。思いつきを書いてみました。関心のある方はどうぞ…。

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※ 7/20 7/2に書いた「違和感を覚える問題」を、【法律的に構成】すると、どういった話なのか、少し考えを進めてみました。

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