【天秤印】横浜弁護士雑記

横浜で弁護士をしている元裁判官が、日々感じたことなどを書いています。

組織変革のビジョン【書評】

 各イベントで買ってきた本以前に、各イベントでもらってきた資料を読み込むのに忙しかったです…。

 一つの資料を読むと、その資料の参考文献を読んだり、書いてあることを理解するために他の資料を調べたり…。

 とはいえ、そんなことばかりしていては、気がめいってしまうので、新書版なども通勤時間に読んでいます。

 子ども関係の親書も2冊ほど手を出しましたが、今回良かったと思ったのはこちら。 

 

組織変革のビジョン 金井壽宏 | 光文社新書 | 光文社

 

 組織変革がなぜ必要なのか、組織変革のために人を動かすにはどうしたらいいか、組織変革を阻むものは何か、リーダーシップはどうしたらよいか、そして最後に組織変革のビジョンについて語られていますが、なんというか、「悩みながら書かれている本」という印象があります。

 一つの結論が明確に用意されているというものではなく、いろいろな考え、いろいろな方の言葉を紹介しつつ、著者が悩んできた内容を書き綴ってあるような…。

 それだけに、「組織変革」を考えたことがある人には、随所で、「あ」と思うヒントや、琴線に触れる言葉がちりばめられていると思います。

  個人的に、印象に残ったところは、

①変革を進めるためには「このままではだめになりそうだという不安」の方が、「新しいことを学習する不安」よりも大きくないといけないところ、経営者は前者を上げることに力を注いでしまうが、後者を下げるという道もあること(140頁)、

②また、組織変革を行うリーダーシップのためには、「こうすればそこにたどり着けるという見通しやシナリオをロジカルに描き語る」ことが必要であること(202頁)

 などの個所が感銘を受けました。

 言われてみれば当たり前のことですが、常に念頭に置いておかないとおろそかにしてしまいそうなことに思えます。

 もっとも、これまでに組織変革を考えた経験など、弁護士会の委員会くらいしかないのですが…。

 おすすめの本です。

日本子ども虐待防止学会第23回学術集会ちば大会に参加してみて

http://zenninnet-sos.org/ こう土日が潰れると,前に参加したイベント等や,前に読んだ本についてブログに書くことが,どんどん難しくなっていくなあ…と思いつつ。

 12月2日は,日本子ども虐待防止学会の,第23回学術集会ちば大会に参加してきました。

1 1日目

 この大会への参加は初めてになるので,最初から参加したいと思い,また抄録を見て参加する分科会を決めたいと思い,8時30分に海浜幕張に着くようにしましたが,それでも,参加する分科会はなかなか選べませんでした。
 他のセミナーの演題と比べると,【子どもを含めた当事者】の意向を聞いてそれをソーシャルワークに活かす内容の演題が心持ち多めな気もします。

 

 大会特別講演と,国際招聘講演は,他の企画とかぶっていないのでよいのですが,午後をどうするか…。
 先日,第20回子ども虐待防止シンポジウム(書き残せていませんね,この時感じたことも…)に参加した際に関心が強まったのが「リスクアセスメント」についてであり,また,日本子ども虐待防止医学会に参加した際に関心が強まったのが「在宅支援」についてでしたので,その関係のことを知りたいと思っていました。
 迷いましたが,結局,「大会企画シンポジウム2」と「S-19家族応援会議は何故効果があるか」に参加してお話を伺ってきました。でも,こうしていろいろと自分で選んでお話を聞けるのはいいですね。より関心を持ちやすく,お話の内容をよく吸収できそうに思えます。

 国際招聘講演では,エビデンスに基づくソーシャルワークの話を伺うことができました。「エビデンスに基づく」といわれると,法律家としては「裁判での証拠」を考えてしまうのですが,そうではなく,いわば「債権・証券」の世界における「格付け」に近いもののようです。つまり,一種の格付け機関が,「その福祉サービスが本当に効果があったのか」を「統計的に調べて検証」し,それを参考に自治体やファンドがお金を出す,というシステムに思えます。
 こうしたエビデンスに基づくソーシャルワークがどれだけ根付くかも,補助金を出す自治体(ひいては住民)や,寄付金等を出す企業や慈善団体等が,どれだけそういったものを要求するかにもよるのかな,と思います(そうしたエビデンスを作成すること自体にコストが掛かりますので,自然,それは福祉サービス等どこかに転嫁されるか,税金がそれに回されることにもなりうるのかもしれません。もっとも詳しくはないので,わかりませんが)。金融について先進的なイギリスだからこそ,そういった判断手法が根付いたものかもしれませんね。
 「大会企画シンポジウム2」と「家族応援会議は何故効果があるか」では,在宅支援の手法として,子ども本人や,加害親をも参加して子どもの家庭復帰,在宅支援について話し合っていく実践例等(サインズオブセーフティ、家族応援会議等)が紹介されました。
 その手法には,とても感銘を受け,あるいは自分がこの手法を知っていたら,いくつかの事件でまた違ったアプローチを試みることができたかもしれない…そんなことを思いました。
 他方で,本当に効果をあげるためには,家族からの同意の取得や,支援者からの支援の取り付けなどに,膨大な時間がかかるケースもあるようなので,すべての事件にこうした方法を用いることができるかというと,そこまでは難しいかもしれませんし,事件によってはより簡易な形で活用することもあるのかもしれません。在宅支援が,こうした手法だけなのか,他にも手法があって使い分けているのかなどは,また今後勉強してみたい気もしますね。
 とはいえ,大会企画シンポジウム2において,講師の先生が言われた,ソーシャルワーカーは専門家の意見を聞こうとするが,だれよりも実践家こそが専門家であるから,実践家が自らの体験を発表し,理論として示していくべき】という趣旨の言葉や,ソーシャルワーカーは失敗したときだけ世間から注目されることを知っているのだから,親に対してもそれと同じ目を向けるだけではいけないのではないか,良い努力も一緒に聞くべきではないか】という趣旨の言葉は,感銘を受けるものでした(漠然と記憶しているものなので,正確ではないかもしれません。すみません。)。

 会場では,パネル展示もあり,かねて関心のあった「SOS子どもの村JAPAN」の資料なども頂けましたし,子どもの虹情報研修センター平成28年度研究報告書「児童相談所における弁護士の役割と位置づけに関する研究」も頂くことができました。

 また,出版社の出張販売がありましたので,ついつい6冊ほど書籍を購入しました…。関心があるから買うのだとは言え,永遠に追いつけない鬼ごっこに参加している感じになってきました…。
 さて,今日はこれから抄録集を読みながら,明日お話を聞く分科会を決めないといけませんね…。

2 2日目

 

  2日目は,「S-16 子どもを中心に家族を支援するとは?(省略)」「S-45 生後0日の虐待死亡を防ぐ(省略)」「S-15 養子縁組分野における官民連携の課題と展望」「実践からの学び3 児童虐待防止医療ネットワーク事業」の4つの話を,伺ってきました。

 「子どもを中心に家族を支援するとは?」は,今年読んだ「子ども虐待在宅ケースの家族支援」の著者の方が名前を連ねていたこともあり,お話を伺いに行ったものです。

 内容としては,主に平成28年の児童福祉法改正で本格化した,市町村と県の役割分担・協働についての内容で,通告の振り分け方,共通アセスメントシートを使用しているかどうか,県から市町村に移送する場合にどれだけの記録を送るか,などといったことについて,各県・市の取り組みが紹介されると共に,①市町村としては「介入」と「支援」を一緒に考えるのは難しくかといって分けてしまうと混乱する,②セーフティとリスクをどう活かすかが難しい,③DVや保護者の精神疾患が関わる事件については,保護者の支援と立場が異なることがあるなどの「悩み」があることも紹介されました。

 次に「生後0日の虐待死亡を防ぐ」は,本当に中身のある,有意義なお話でした。

 これまでは【妊娠期からの切れ目のないサービス】を行うにあたっては、①「妊娠の届け出を行うかどうか」②「出産直後から生後1か月までのサービスがない」ことの2つが「切れ目」になってしまっていたところ、子育て世代包括支援センターができることで②については切れ目が解消されつつあるとのことでした。

 ①については、【妊娠した後はじめて産婦人科等に行く場合には、いまだ母子健康手帳をもらっていないため割引が利用できない】ことと、【母子健康手帳自体「子どもを産む母親のためのもの」と見られ、産むかどうか迷ってしまう人はもらいに行こうと思わない】ことなどが【切れ目】を作ってしまっているとのことでした。そうした人からの相談に対応するために、全国妊娠SOSネットワークなどが、ラインなども使って妊娠相談を行っているとのことです。こうしたことは不勉強でしたね…。考えさせられました…。

 さらには、「こうのとりのゆりかご」などの取り組みを行っているドイツへ調査に行かれたことが紹介され、「匿名出産」という制度があることや、「秘密出産法」という法律があるということが、とても勉強になりました。

 その後の「養子縁組分野における官民連携の課題と展望」においては、これまでに養子縁組を長年にわたって行ってきた民間団体等のお話を伺うことができましたし、「児童虐待防止医療ネットワーク事業」においては、医療機関が連携を行うことで、他の医師の意見などを聞くことができることや、関係機関と顔の見える関係を構築できることなどについて、お話を伺うことができました。

3 参加してみて

 

 2日間にわたる濃密な研修漬けで、なかなかすべてを吸収することはできなかったように思います。

 また、興味のある分科会を選んで参加できる反面、他に聞きたい分科会があっても聞くことができないなど、「せっかくこれだけの発表があるのに、なんだかもったいない」気もしました。

 とはいえ、児童虐待分野について、どれだけの人が熱心に取り組んでいるか、先進的な取り組みとしてどんなことがなされているのかの一端を知れるだけでも、参加する価値があると思います。

 また、関心のある分野については、書籍等も購入できましたし…。いつ読むのでしょうね…(汗)。

 この分野において、自分がまだまだ勉強が足りないことがわかったことは、良かったと思っています。

 本当にありがとうございました。

臨床心理士・カウンセラーの技法と弁護

 他にも書き留めておきたいイベント等は降り積もっているのですが(そして時間が経ってしまって書くことをあきらめてしまうのですが),昨日弁護士会で聞いたお話について少し。

1 治療的司法

 昨日は,弁護士会「治療的司法」についてのお話がありました。
 「治療的司法」というのは,いわゆる「修復的司法」とは違うもののようです。
 正確な定義は知らないのですが,「修復的司法」というのは,犯罪=社会の規範から外れることを行ってしまった人について,被害を受けた人に償いをして関係を修復することで,再び社会の中に受け入れてもらうようにする,そんなイメージを持っています(必ずしも正確ではないかもしれません。すみません。)。
 これに対して,「治療的司法」というのは,薬物依存や窃盗症といった「依存症」という病気の方々について,そのままでは社会で一緒に生活していくことに問題が生じてしまうこともあるため,まず「治療」をしましょう,そんなイメージに聞こえました(違っているかもしれません。すみません。)。
 以前,ブログに書いてみた,「刑の一部執行猶予」も,この治療的司法を活かそうとする試みの一つのようですし,矯正の場面でのこころみについてブログで触れたこともありました。
 
 高齢者・障害者の権利に関する委員会に所属していますので,障害をお持ちの方が事件を起こしてしまった場合に,その方が社会復帰する際の支障について,社会福祉士の先生に更生計画を作ってもらう等のことをして,福祉サービスとの間をつなげる弁護活動等があることは知っており,それと似ていると思います。ただ,治療的司法は,「治る病気」に対して「治療」を行うという点が,また違うように感じました。

 調べて見ると,今年の春に成城大学「治療的司法研究センター」ができたようで,そちらに所属する弁護士の先生方が,今回講師として来て下さったものです。
 そのうちのお一人,カウンセラーの資格も持つ,奈良弁護士会の菅原先生のお話が,とても興味深かったです。

2 カウンセリング・臨床心理の技法と弁護

 私自身,弁護士になったときにまず読んでみたのは,カウンセリングの書籍でした。
 それまで役人だったころも,民事裁判については,「当事者の本当のこだわりがなんなのか」を推測することが和解等に役立つと思い,リーガル・カウンセリングの書籍などを読んでいたのですが,弁護士ともなれば,それ以上に当事者の話を聞くことは多くなると思ったからです(仕事にかまけていて,書評で書くことができたのはこの本くらいでしょうか。)。
 主に刑事関係の事件などで,当事者の話を聞いた後,自分の発問と当事者の話を,記憶の範囲内で再現し,「スーパーバイズ」のようなことを行って,より相手を理解できないものか,あるいは,違う聞き方があるのではないか等,模索したこともりました。
 しかしながら,ある意味,当事者が「治療を受けることを望んで来る」ことを前提に,その「本人の意思」のもとで成立するカウンセリング・臨床心理の技法は,罪を犯して強制的に裁判手続きに付されることが決まってしまった刑事弁護の場面では,活かし難いのではないかとも感じていました。
 私自身が,刑事事件を私選ではお受けせず,国選事件のみに限っていたことも,そうした技法が活かし難かったことの要因の一つだったとは思うのですが…。

 しかし,菅原先生は,カウンセラーの資格も持ち,接見の際にも,「ラポール」「アイスブレイク」といった技法や,ご自身で考えられたノートを差し入れることで,被疑者との会話の端緒を掴むなどといった工夫を,相手に心を開いて話をして頂くことの一助としているようでした。

 これには,「限界」を勝手に考え,工夫を怠っていた自分が恥ずかしくなりました。
 やはり,刑事弁護で接見に行くときには,どうしても早く事件の概要を知りたいと思い,弁護に必要な事柄を聞くことに囚われてしまっていたようです。

 以前,ブログにも書いた社会福祉士会での成年後見の勉強会でも,臨床心理士の資格をお持ちの方が,「絵などのコミュニケーションツールを使えば,言葉でのやりとりができなくとも,被後見人ご本人の望まれていることを把握することもできるのではないか」という趣旨の発言をされ,はっとさせられたことがありました。
 これなどは,素人がやってしまうのはいろいろと問題があると思いますので,他職の専門家との協働が問題となると思いますが,「そうしたことができるかもしれない」という「気づき」ができることは,大切かもしれないな…と思うことがあります(もちろん,具体的事例でそうしたことが活かせる場面は決して多いわけではないと思うのですが。)

 調べて見ると,『司法臨床』とか『加害者臨床』という研究が,そういったことを扱っているのかもしれません。
 ううん…,勉強が追いついていない。
 情けないですね…。
 (刑事は,あまり中心的に取り組んでいる分野ではないため(私選をお受けしていないくらいですので…),限界はあるのですが…。)

イベント「常勤弁護士のいる児童相談所と子どもの権利保障」に参加して

 10月27日は,東京弁護士会主催の,「常勤弁護士のいる児童相談所と子どもの権利保障」というイベントを聴きに行ってきました。
 以前別のブログに書いたとおり,児童相談所の弁護士に関心はあります。神奈川県弁護士会の子どもの権利に関する委員会を辞めた今でも,自分の心を偽ることはできませんので,やはり聞きたいと思い参加しました。

1 インハウスローヤー

 常勤弁護士を配置している児童相談所や,嘱託弁護士を持つ児童相談所はこれまでにもありました。しかし,平成28年の児童福祉法の改正によって法律に定めが置かれたため,近時,配置が増えているものです。

12条3 都道府県は、児童相談所が前項に規定する業務のうち法律に関する専門的な知識経験を必要とするものを適切かつ円滑に行うことの重要性に鑑み、児童相談所における弁護士の配置又はこれに準ずる措置を行うものとする。
(児童福祉法)

 もっとも,「配置またはこれに準ずる措置」というものがどういったものを指すのか,非常勤職員や嘱託等でもよいのか,中央児童相談所に1人配置すればよいのか等については,かならずしも明確となっていなかったと思います。

 こうした弁護士も,いわゆる「インハウスローヤー」ですので,【弁護士を内部に持ったことのない組織が,弁護士に何をさせるか】が難しく,逆に弁護士としても【弁護士としても何を行うことを持って組織に貢献するか】が課題であり,組織も弁護士も,そうしたことをお互い【手探り】で探っていくことも多いように聞いています。
 単に,裁判を任せるだけならば組織内に弁護士を置く必要まではないこともあるでしょう。

 そうした点からすると,インハウスローヤーは,それを使う組織の意識や,またそこに所属する弁護士の創意工夫によって,その効果が大きく変わるものではないかと思っています。

 そのため,はたして児童相談所に常勤弁護士が配置された場合に,(訴訟代理や法的アドバイスは勿論として)実際の所,どういった点で役に立てるのかは,関心がありました。

2 シンポジウムの内容

 シンポジウムの内容は,①東京弁護士会の3人の先生が,いずれも常勤弁護士が配置されている福岡と名古屋の児童相談所を,4~5日見てきたことに基づく報告と,②名古屋の常勤弁護士である橋本佳子先生を交えてのパネルディスカッションというものでした。

 前者については,それぞれの児童相談所の常勤弁護士のスケジュールや,職員との距離感などが伺え,非常に興味深いものでした。ただ,できうれば数日見学した結果だけではなく,常勤弁護士が入る前から児童相談所に勤めていた職員の方々の具体的な声などを聞いてみたいな,と思いました。
 そこで役に立てていると思われているかが,やはり一番気になりますので…。

 後者については,まだ常勤弁護士が何をやるかが必ずしも明確でなかったころに児童相談所に入り,まさに体当たりで組織の一員になっていった先生のお話に,正直頭が下がりました。

3 思うこと

 インハウスローヤーについて書かれたこちらの文章などでは,われわれ独立して事務所を構えている弁護士を「監督でありコーチ」と表現しているのに対し,インハウスローヤーのことを「選手」と表現しています。
 しかし,はたして「選手」をやったことのない状態で,「監督・コーチ」といての役割も十分に果たせるのでしょうか。
 児童福祉審議会に所属し,またときおり横浜市児童相談所の申立代理人等を勤めてつつも,ずっと,自分の児童福祉についての理解が現場を見ていないことで表面的なものにとどまっているのではないか,血の通ったものになっていないのではないかという恐れも感じていました。
 また,現場の苦労を自ら体験しないままに,法律家として話をすることに,忸怩たるものも感じていたことも否定できません。
 だから,やっぱり,話を聞きながら,
 うらやましいと思いましたね。

 お話をお聞かせ頂き,有り難うございました。

里親大会「大切なあなただから」に参加して

 10月21日は,第30回神奈川県里親大会「大切なあなただから」に行ってきました。
 「里親大会」なので,本来は「里親」として登録している方向けなのだと思いますが,一般参加もできます。私自身は,横須賀市の児童福祉審議会に所属していたときにその登録に少し関わったことがあったこともあり(児童福祉法6条の4),関心もったために,参加してみることにしました。 

1 里親って?

 「里親」は,児童相談所から委託を受けて、児童相談所が保護した子どもの養育をして下さる方々のことです(児童福祉法27条1項3号)。普通の里親は,いわゆる「養子」のように法律上「子どもの親族」になるわけではありません。
 とはいえ,全ての子どもを施設で見ることには限界があることや,施設では職員の交代があるなど特定の大人が【子どもをずっと見ていく】ことが難しいこともあり得るため,子どもが養親家庭とある程度継続して関係を築ける【里親】は非常に大切な制度の一つです。
     
 他方で,里親として担当できる「子ども」の人数にも限界があるため,多様な子どもに対応できる経験の蓄積という点では施設が勝ることもあり得ますし,なかなか「相性」的に上手くいかないときに「里親を変える」ことが難しい(できるのですが,そうすると施設において「担当を変える」以上に子どもの心に傷になってしまう恐れがあることや,里親家庭以外の第三者が見ていないため,そうした対応が必要なことに気がつきにくいこと)こと,そして,実親の理解を得ることが難しいことがあること(施設等と異なり,実親に毅然と対応することは,なかなか難しいと思われますので…)等の難点もあるように,個人的には感じています。

 2 大会の内容

  大会の内容としては,①まず児童虐待にあった子どもが立ち直っていく様を描いた「わたし,生きてていいのかな」という映画の上映があり,②その制作者の方々から話を聞いたあとに,③実際に里親として長年活動してこられた方かたお話を伺う,という内容でした。
 映画は,少し見ることがつらく感じました。やはり,私自身子どもシェルターの子ども担当弁護士などをしたこともありましたので,「なかなかそんな風に上手くはいかないんじゃないか…」というような感情がこみ上げたり,他方でフィクションとはいえ子どもや親の言葉が食い込んでくることもありますので…。でも,とてもよい映画だと思います。
 制作者のお話によると,いま,続編(映画の主人公の子どもが,子ども食堂でボランティアをしていく話のようです)を作成されているとのことで,クラウドファウンディングで資金も募っておられるようです。ただ,そうした話以上に,制作者の方がこうした映画を作ることになった切っ掛けが,子どもシェルター「カリヨン」からつながった「人の繋がり」にあるということは,驚きましたし,すごいな,と思いました。
 里親経験者のお話は,実際の経験者しか語れない言葉が心に響くもので、正直,もっといろいろなことを伺ってみたいと思いました。小グループでのカンファレンスや検討等もあっても良いのではないかという印象も持ちましたが,そうしたことは各里親会で里親サロンなどで行われているようです(たしかに、それが本来の形ですね。)。
 会場の外では,各里親会の紹介掲示もあり,興味深く読ませて頂きました。

3 参加してみて

  やはり,こうした会に参加したからと行って,【里親の難しさ】などは,わかるものではないのだろうな…,と思います。

 しかし、実際に子どもを見ておられる方々の、「人のつながり」の一端を垣間見れたことは、うれしかったですね。
 今回様々な里親会の紹介や広報誌を見ることもできましたので,その【人の繋がり】をたどっていったり,そこで知った他のイベントに参加することはできますし,そうしていくと自分の中で、自分なりにもっとわかることが出てくるのだろうな…。

 そんなことを思っています。

【ぱあとなあ神奈川研修】第三者後見人による事例検討会

 

 10月20日には、ぱあとなあ神奈川の研修会に参加してきました。

 …いえ、「はあとなあ」は、家庭裁判所成年後見人候補者の名簿を提出している社会福祉士会の組織なのですが、「どうせなら他職種も参加しませんか?」とお誘いが弁護士会にあったものです。

 

1 社会福祉士って?

 

 社会福祉士は、「福祉に関する相談援助の専門職」です。

 成年後見の際に選任される専門職後見人の中では、「身上監護」面での課題があるときなどに選任されることが多いようです赤沼康弘他「Q&A成年後見実務全書第1巻」p259(民事法研究会))。

 成年後見以外の場面でも、弁護士として活動していると、障害のある方の刑事弁護の際に、その方の支援計画作成に協力していただくこともありますし(いえ、私はまだ経験がないのですが…)、病院におけるメディカルソーシャルワーカー(MSW)、学校におけるスクールソーシャルワーカー(SSW)など、弁護士として相談を受ける件の中でご一緒させていただいたり、お話しさせていただくことも多い方々です。

 とはいえ、実際のところどういった活動をするのかは、SSWの研修会等に参加したこともある私も、実は良くはわかっていません。

単に「福祉に関する相談援助」というばかりではなく、いわば「社会としてのつながりが薄くなってしまった現代」において、「社会とのつながりが弱くなってしまった人を、うまく社会と結びつける仕事をされている」というのが、個人的な印象でしょうか…。

 あくまで「個人的な印象」ですので、違うかもしれませんし、社会福祉士にもそれぞれ「得意分野・取扱分野」「向き不向き」があるのだろうと思うので、ひとくくりにとらえてしまってよいものかは、わからないのですが…。

2 多職種連携

 

 研修会では、社会福祉士のみならず、弁護士、司法書士行政書士など、さまざまな多職種が参加していて、いろいろな観点からの発言があり、とても有意義でした。

 法的な問題点や、事案の整理といった点では、弁護士が本来得意とするところですが、社会福祉士の先生方は、そういったものにとらわれない発想―被援助者とその周辺者や、行政をつないだり、巻き込んだりして「より良い方向」に持っていく―ということに長けている印象を持ちました。

 その話を聞くだけでも、後見人を勤めるときの「発想の幅」は確実に広がると思います。いえ、勉強しなきゃいけないかな?、と思う内容もつられて広がっていってしまうんですが…;。

 成年後見制度利用促進基本計画で示された、「地域連携ネットワーク」というものも、そうした「多職種連携」を想定していますし、今後さまざまな社会問題に対応するために、確実に必要になっていくことだと思いますので…。

 実際に社会福祉士と意見を交わす、こうした機会に、もっと弁護士もたくさん参加していくといいな、と思います。

cf.なお、私は研修会の席上で、「個人情報の開示制度」を利用する意見を述べさせていただいたのですが、この制度は、被後見人がお亡くなりになってしまわれると、「元」後見人は使えなくなってしまいます(後見人でなくなってしまいますので…)。

 その点、もう一言説明しておけばよかったかな、と反省しました(こうして話が長くなっていくんですが…)。

 

人が集まって生きるということ(「オオカミの護符」【書評】)

1 昔は木がたくさん

 先頃,横浜市の「北」に行った際,そこの方から「この辺りは,昔,木がたくさんあったんですが…」ということを言われ,この本のことを思い出しました。

www.shinchosha.co.jp

 この本は,宮前の土橋にて幼少期を過ごされた方が書かれ,土橋が多摩丘陵の「谷戸」-丘陵地の小高い丘が重なる谷間の地の集落-であったときのことに触れていますので,昔の横浜市の北部での生活を連想することができます。
 というか,私自身が育ったのも,昔の「緑区」であり旧都筑郡なので,同じような「谷戸」だったのかもしれませんが…。

2 「オオカミの護符」-平地と山の繋がり

 この本は,著者が,子どもの頃の暮らしや,その頃の人が大切にしていた物に思いをはせる中で,家の土蔵に張られていた「オイヌ様のお札」が何であったのかを調べ,「御嶽講」について尋ね歩いて行く…というような内容です。
 大学生だった頃,奥多摩の山に登に行ったことは幾度かあったものの,「御嶽山」は,必ずしも高くなく,またケーブルカーがあったことで敬遠してしまっていた山でした。
 ただ,いつだったか,朝寝坊をしてしまい,他の山に登るには時間が足りない…というときに,一度登った記憶があります。
 参道には,宿房があり,また,複数の「講」が納めたと思われる大きな石の碑(そういう言い方が正しいのかは知らないのですが…)があって,「どうしてこんなに,崇拝されてきたのか」と,奥多摩の他の山や,家の近所にあった神社などと比べ,何となく不思議に思った記憶があります。
 この本によると,武蔵のお百姓さん達が,信仰し,年に一度代表者が詣でるなどしていたと言うことなので,「なるほど…」と納得しました。

3 社会の成り立ち

 この本によると,土橋は昔は50戸くらいの集落であったものが,その後7000世帯近くにまでなったと書かれています。
 昔の集落の成り立ちについて,この本では,民映研の『秩父通過儀礼』シリーズに触れ,「誕生から少年期,成人,結婚,長寿のお祝い,葬式に至る『人の一生』に対し,その成長を見極め,丹念に祈り,寿ぎ,そして見送る人々の姿が鮮やかに映し出されている。」として「人は,人をこんなにも大切に扱ってきたのだ」と書いています。
 また,「村落社会というのは,初めて村を訪れる外来者に対しては慎重に接する」「限られた自然の恵みの中で維持されている村落に,全く異なる暮らし方が持ち込まれることは,村の破壊につながりかねない重大事なのだ。」とも書かれています。
 他方で,雪の多い土地から冬の間に関東に農作業を手伝いに来ていた人(作男)について触れ,「かつては,土地の持つ天然の資源に頼る他なく,多くの人を養うことはできなかった。特に寒さが厳しく冬に耕作できない東北や信州などでは,家を守る長男以外はこうして『作男』として外に出されるか,手に職をつけ,大工や植木屋などの『渡り』職をして暮らすか,あるいは肩身の狭い思いをしながら故郷で生き延びる他はなかった。」とも書かれています。

 むかしは,集落という社会の構成員が「移動」等をすることは容易ではなく,そうした構成員がきちんと助け合っていける人になってくれるかどうかは,集落という社会にとってとても重要なことだったのでしょう。
 だからこそ,構成員に所属しない人が集落を訪れた場合には慎重にもなったのでしょう。

4 今とこれから

 今,50戸が7000世帯になることができたのは,世界規模で分業(グローバル経済,といえばいいのでしょうが)をすることで,「天然の資源」によらなくても「物を作って売る」ことで,食べていくことができていたからでしょう。

 それを可能にするためには,そうした集落というものに囚われずに,人が移動して集まって働けるようにすることが必要であり,合理的だったのでしょう。
 ただ,【世界規模で分業】をしているということは,他の国の状況が変わってこれば,自分の国の状況も変わってくることになります。「うちの国でもそれを作りたい」「うちの国で作った方が安い」という外国も,あるでしょうから。
 そうすると,今までと同じように7000世帯を維持していくのは,なかなか難しくなっていくのでしょう。1人1人の就職や進路も,選べる選択肢が変わってくると思いますし,税金の収入が変われば税金で行われていること-教育や福祉といったことにも影響していくのでしょう。
 とはいえ,いまから50戸に戻ることができるわけではありませんし,50戸に戻ったからといって上手くいくという話でもありません(「外国」「他国」が無くなるわけではありませんので)。

 ですので,これからどうするかを試行錯誤していくしかないのだろうな…。
 そんなことを,つらつら思ったりもします。