【天秤印】横浜弁護士雑記

横浜で弁護士をしている元裁判官が、日々感じたことなどを書いています。

イベント「常勤弁護士のいる児童相談所と子どもの権利保障」に参加して

 10月27日は,東京弁護士会主催の,「常勤弁護士のいる児童相談所と子どもの権利保障」というイベントを聴きに行ってきました。
 以前別のブログに書いたとおり,児童相談所の弁護士に関心はあります。神奈川県弁護士会の子どもの権利に関する委員会を辞めた今でも,自分の心を偽ることはできませんので,やはり聞きたいと思い参加しました。

1 インハウスローヤー

 常勤弁護士を配置している児童相談所や,嘱託弁護士を持つ児童相談所はこれまでにもありました。しかし,平成28年の児童福祉法の改正によって法律に定めが置かれたため,近時,配置が増えているものです。

12条3 都道府県は、児童相談所が前項に規定する業務のうち法律に関する専門的な知識経験を必要とするものを適切かつ円滑に行うことの重要性に鑑み、児童相談所における弁護士の配置又はこれに準ずる措置を行うものとする。
(児童福祉法)

 もっとも,「配置またはこれに準ずる措置」というものがどういったものを指すのか,非常勤職員や嘱託等でもよいのか,中央児童相談所に1人配置すればよいのか等については,かならずしも明確となっていなかったと思います。

 こうした弁護士も,いわゆる「インハウスローヤー」ですので,【弁護士を内部に持ったことのない組織が,弁護士に何をさせるか】が難しく,逆に弁護士としても【弁護士としても何を行うことを持って組織に貢献するか】が課題であり,組織も弁護士も,そうしたことをお互い【手探り】で探っていくことも多いように聞いています。
 単に,裁判を任せるだけならば組織内に弁護士を置く必要まではないこともあるでしょう。

 そうした点からすると,インハウスローヤーは,それを使う組織の意識や,またそこに所属する弁護士の創意工夫によって,その効果が大きく変わるものではないかと思っています。

 そのため,はたして児童相談所に常勤弁護士が配置された場合に,(訴訟代理や法的アドバイスは勿論として)実際の所,どういった点で役に立てるのかは,関心がありました。

2 シンポジウムの内容

 シンポジウムの内容は,①東京弁護士会の3人の先生が,いずれも常勤弁護士が配置されている福岡と名古屋の児童相談所を,4~5日見てきたことに基づく報告と,②名古屋の常勤弁護士である橋本佳子先生を交えてのパネルディスカッションというものでした。

 前者については,それぞれの児童相談所の常勤弁護士のスケジュールや,職員との距離感などが伺え,非常に興味深いものでした。ただ,できうれば数日見学した結果だけではなく,常勤弁護士が入る前から児童相談所に勤めていた職員の方々の具体的な声などを聞いてみたいな,と思いました。
 そこで役に立てていると思われているかが,やはり一番気になりますので…。

 後者については,まだ常勤弁護士が何をやるかが必ずしも明確でなかったころに児童相談所に入り,まさに体当たりで組織の一員になっていった先生のお話に,正直頭が下がりました。

3 思うこと

 インハウスローヤーについて書かれたこちらの文章などでは,われわれ独立して事務所を構えている弁護士を「監督でありコーチ」と表現しているのに対し,インハウスローヤーのことを「選手」と表現しています。
 しかし,はたして「選手」をやったことのない状態で,「監督・コーチ」といての役割も十分に果たせるのでしょうか。
 児童福祉審議会に所属し,またときおり横浜市児童相談所の申立代理人等を勤めてつつも,ずっと,自分の児童福祉についての理解が現場を見ていないことで表面的なものにとどまっているのではないか,血の通ったものになっていないのではないかという恐れも感じていました。
 また,現場の苦労を自ら体験しないままに,法律家として話をすることに,忸怩たるものも感じていたことも否定できません。
 だから,やっぱり,話を聞きながら,
 うらやましいと思いましたね。

 お話をお聞かせ頂き,有り難うございました。

里親大会「大切なあなただから」に参加して

 10月21日は,第30回神奈川県里親大会「大切なあなただから」に行ってきました。
 「里親大会」なので,本来は「里親」として登録している方向けなのだと思いますが,一般参加もできます。私自身は,横須賀市の児童福祉審議会に所属していたときにその登録に少し関わったことがあったこともあり(児童福祉法6条の4),関心もったために,参加してみることにしました。 

1 里親って?

 「里親」は,児童相談所から委託を受けて、児童相談所が保護した子どもの養育をして下さる方々のことです(児童福祉法27条1項3号)。普通の里親は,いわゆる「養子」のように法律上「子どもの親族」になるわけではありません。
 とはいえ,全ての子どもを施設で見ることには限界があることや,施設では職員の交代があるなど特定の大人が【子どもをずっと見ていく】ことが難しいこともあり得るため,子どもが養親家庭とある程度継続して関係を築ける【里親】は非常に大切な制度の一つです。
     
 他方で,里親として担当できる「子ども」の人数にも限界があるため,多様な子どもに対応できる経験の蓄積という点では施設が勝ることもあり得ますし,なかなか「相性」的に上手くいかないときに「里親を変える」ことが難しい(できるのですが,そうすると施設において「担当を変える」以上に子どもの心に傷になってしまう恐れがあることや,里親家庭以外の第三者が見ていないため,そうした対応が必要なことに気がつきにくいこと)こと,そして,実親の理解を得ることが難しいことがあること(施設等と異なり,実親に毅然と対応することは,なかなか難しいと思われますので…)等の難点もあるように,個人的には感じています。

 2 大会の内容

  大会の内容としては,①まず児童虐待にあった子どもが立ち直っていく様を描いた「わたし,生きてていいのかな」という映画の上映があり,②その制作者の方々から話を聞いたあとに,③実際に里親として長年活動してこられた方かたお話を伺う,という内容でした。
 映画は,少し見ることがつらく感じました。やはり,私自身子どもシェルターの子ども担当弁護士などをしたこともありましたので,「なかなかそんな風に上手くはいかないんじゃないか…」というような感情がこみ上げたり,他方でフィクションとはいえ子どもや親の言葉が食い込んでくることもありますので…。でも,とてもよい映画だと思います。
 制作者のお話によると,いま,続編(映画の主人公の子どもが,子ども食堂でボランティアをしていく話のようです)を作成されているとのことで,クラウドファウンディングで資金も募っておられるようです。ただ,そうした話以上に,制作者の方がこうした映画を作ることになった切っ掛けが,子どもシェルター「カリヨン」からつながった「人の繋がり」にあるということは,驚きましたし,すごいな,と思いました。
 里親経験者のお話は,実際の経験者しか語れない言葉が心に響くもので、正直,もっといろいろなことを伺ってみたいと思いました。小グループでのカンファレンスや検討等もあっても良いのではないかという印象も持ちましたが,そうしたことは各里親会で里親サロンなどで行われているようです(たしかに、それが本来の形ですね。)。
 会場の外では,各里親会の紹介掲示もあり,興味深く読ませて頂きました。

3 参加してみて

  やはり,こうした会に参加したからと行って,【里親の難しさ】などは,わかるものではないのだろうな…,と思います。

 しかし、実際に子どもを見ておられる方々の、「人のつながり」の一端を垣間見れたことは、うれしかったですね。
 今回様々な里親会の紹介や広報誌を見ることもできましたので,その【人の繋がり】をたどっていったり,そこで知った他のイベントに参加することはできますし,そうしていくと自分の中で、自分なりにもっとわかることが出てくるのだろうな…。

 そんなことを思っています。

【ぱあとなあ神奈川研修】第三者後見人による事例検討会

 

 10月20日には、ぱあとなあ神奈川の研修会に参加してきました。

 …いえ、「はあとなあ」は、家庭裁判所成年後見人候補者の名簿を提出している社会福祉士会の組織なのですが、「どうせなら他職種も参加しませんか?」とお誘いが弁護士会にあったものです。

 

1 社会福祉士って?

 

 社会福祉士は、「福祉に関する相談援助の専門職」です。

 成年後見の際に選任される専門職後見人の中では、「身上監護」面での課題があるときなどに選任されることが多いようです赤沼康弘他「Q&A成年後見実務全書第1巻」p259(民事法研究会))。

 成年後見以外の場面でも、弁護士として活動していると、障害のある方の刑事弁護の際に、その方の支援計画作成に協力していただくこともありますし(いえ、私はまだ経験がないのですが…)、病院におけるメディカルソーシャルワーカー(MSW)、学校におけるスクールソーシャルワーカー(SSW)など、弁護士として相談を受ける件の中でご一緒させていただいたり、お話しさせていただくことも多い方々です。

 とはいえ、実際のところどういった活動をするのかは、SSWの研修会等に参加したこともある私も、実は良くはわかっていません。

単に「福祉に関する相談援助」というばかりではなく、いわば「社会としてのつながりが薄くなってしまった現代」において、「社会とのつながりが弱くなってしまった人を、うまく社会と結びつける仕事をされている」というのが、個人的な印象でしょうか…。

 あくまで「個人的な印象」ですので、違うかもしれませんし、社会福祉士にもそれぞれ「得意分野・取扱分野」「向き不向き」があるのだろうと思うので、ひとくくりにとらえてしまってよいものかは、わからないのですが…。

2 多職種連携

 

 研修会では、社会福祉士のみならず、弁護士、司法書士行政書士など、さまざまな多職種が参加していて、いろいろな観点からの発言があり、とても有意義でした。

 法的な問題点や、事案の整理といった点では、弁護士が本来得意とするところですが、社会福祉士の先生方は、そういったものにとらわれない発想―被援助者とその周辺者や、行政をつないだり、巻き込んだりして「より良い方向」に持っていく―ということに長けている印象を持ちました。

 その話を聞くだけでも、後見人を勤めるときの「発想の幅」は確実に広がると思います。いえ、勉強しなきゃいけないかな?、と思う内容もつられて広がっていってしまうんですが…;。

 成年後見制度利用促進基本計画で示された、「地域連携ネットワーク」というものも、そうした「多職種連携」を想定していますし、今後さまざまな社会問題に対応するために、確実に必要になっていくことだと思いますので…。

 実際に社会福祉士と意見を交わす、こうした機会に、もっと弁護士もたくさん参加していくといいな、と思います。

cf.なお、私は研修会の席上で、「個人情報の開示制度」を利用する意見を述べさせていただいたのですが、この制度は、被後見人がお亡くなりになってしまわれると、「元」後見人は使えなくなってしまいます(後見人でなくなってしまいますので…)。

 その点、もう一言説明しておけばよかったかな、と反省しました(こうして話が長くなっていくんですが…)。

 

人が集まって生きるということ(「オオカミの護符」【書評】)

1 昔は木がたくさん

 先頃,横浜市の「北」に行った際,そこの方から「この辺りは,昔,木がたくさんあったんですが…」ということを言われ,この本のことを思い出しました。

www.shinchosha.co.jp

 この本は,宮前の土橋にて幼少期を過ごされた方が書かれ,土橋が多摩丘陵の「谷戸」-丘陵地の小高い丘が重なる谷間の地の集落-であったときのことに触れていますので,昔の横浜市の北部での生活を連想することができます。
 というか,私自身が育ったのも,昔の「緑区」であり旧都筑郡なので,同じような「谷戸」だったのかもしれませんが…。

2 「オオカミの護符」-平地と山の繋がり

 この本は,著者が,子どもの頃の暮らしや,その頃の人が大切にしていた物に思いをはせる中で,家の土蔵に張られていた「オイヌ様のお札」が何であったのかを調べ,「御嶽講」について尋ね歩いて行く…というような内容です。
 大学生だった頃,奥多摩の山に登に行ったことは幾度かあったものの,「御嶽山」は,必ずしも高くなく,またケーブルカーがあったことで敬遠してしまっていた山でした。
 ただ,いつだったか,朝寝坊をしてしまい,他の山に登るには時間が足りない…というときに,一度登った記憶があります。
 参道には,宿房があり,また,複数の「講」が納めたと思われる大きな石の碑(そういう言い方が正しいのかは知らないのですが…)があって,「どうしてこんなに,崇拝されてきたのか」と,奥多摩の他の山や,家の近所にあった神社などと比べ,何となく不思議に思った記憶があります。
 この本によると,武蔵のお百姓さん達が,信仰し,年に一度代表者が詣でるなどしていたと言うことなので,「なるほど…」と納得しました。

3 社会の成り立ち

 この本によると,土橋は昔は50戸くらいの集落であったものが,その後7000世帯近くにまでなったと書かれています。
 昔の集落の成り立ちについて,この本では,民映研の『秩父通過儀礼』シリーズに触れ,「誕生から少年期,成人,結婚,長寿のお祝い,葬式に至る『人の一生』に対し,その成長を見極め,丹念に祈り,寿ぎ,そして見送る人々の姿が鮮やかに映し出されている。」として「人は,人をこんなにも大切に扱ってきたのだ」と書いています。
 また,「村落社会というのは,初めて村を訪れる外来者に対しては慎重に接する」「限られた自然の恵みの中で維持されている村落に,全く異なる暮らし方が持ち込まれることは,村の破壊につながりかねない重大事なのだ。」とも書かれています。
 他方で,雪の多い土地から冬の間に関東に農作業を手伝いに来ていた人(作男)について触れ,「かつては,土地の持つ天然の資源に頼る他なく,多くの人を養うことはできなかった。特に寒さが厳しく冬に耕作できない東北や信州などでは,家を守る長男以外はこうして『作男』として外に出されるか,手に職をつけ,大工や植木屋などの『渡り』職をして暮らすか,あるいは肩身の狭い思いをしながら故郷で生き延びる他はなかった。」とも書かれています。

 むかしは,集落という社会の構成員が「移動」等をすることは容易ではなく,そうした構成員がきちんと助け合っていける人になってくれるかどうかは,集落という社会にとってとても重要なことだったのでしょう。
 だからこそ,構成員に所属しない人が集落を訪れた場合には慎重にもなったのでしょう。

4 今とこれから

 今,50戸が7000世帯になることができたのは,世界規模で分業(グローバル経済,といえばいいのでしょうが)をすることで,「天然の資源」によらなくても「物を作って売る」ことで,食べていくことができていたからでしょう。

 それを可能にするためには,そうした集落というものに囚われずに,人が移動して集まって働けるようにすることが必要であり,合理的だったのでしょう。
 ただ,【世界規模で分業】をしているということは,他の国の状況が変わってこれば,自分の国の状況も変わってくることになります。「うちの国でもそれを作りたい」「うちの国で作った方が安い」という外国も,あるでしょうから。
 そうすると,今までと同じように7000世帯を維持していくのは,なかなか難しくなっていくのでしょう。1人1人の就職や進路も,選べる選択肢が変わってくると思いますし,税金の収入が変われば税金で行われていること-教育や福祉といったことにも影響していくのでしょう。
 とはいえ,いまから50戸に戻ることができるわけではありませんし,50戸に戻ったからといって上手くいくという話でもありません(「外国」「他国」が無くなるわけではありませんので)。

 ですので,これからどうするかを試行錯誤していくしかないのだろうな…。
 そんなことを,つらつら思ったりもします。

養護教諭のためのいじめ対策プログラム(平成29年度こころの健康セミナー)

1 養護教諭が「いじめ」の問題にできること?

 前の記事よりも、日付は遡ることになりますが…。
 8月26日の土曜日には,平成29年度の「こころの健康セミナー」(神奈川県精神保健福祉協会主催)に参加してきました。
 このセミナーは、以前勉強会で面識を得た児童精神科医の先生が、主に関わっておられたもので、その縁で一度参加して以降,割と毎年参加しているイベントです。

 今年は、養護教諭の先生が「いじめ」の問題に気付き・関わって行くにはどうしたらよいか、というお話でした。

 まず、ベテランの養護教諭の先生から、ストレスなどを過剰に抱えた子に気がついたり、そうした生徒が保健室を訪れるきっかけになるものとして、「”こころのSOSサイン”に気づくためのチェックシート」というものを作成した試みなどが紹介されました。こうしたチェックシートだけではなく、保健調査票や来室カードなどから、問題に気がつくことができることもある、ということでした。
 インターネットで見てみても、全国いろいろな学校で、こうした取組みを独自に行っているところも,ある気がします。

2 養護教諭のためのいじめ対策プログラム

 また、東京大学大学院教育学研究科の北川裕子先生からは、日本学校精神保健研究会において作成された養護教諭のためのいじめ対策プログラム」の紹介(こちらの記事などで紹介されていますね。)と、さらに現在行っている【保健室にタブレット端末を置いてもらって、そのタブレット端末での質問に生徒が答えることで、メンタルヘルスに関連する注意点をスクリーニングできるアプリケーションの開発】について、話していただけました。
 これらの取り組みは、以前私も別のブログで簡単に触れた、「オルヴェウスいじめ防止プログラム」を参考にしたものだということです。
 また、同じく前にお話を伺ったカナダのクッチャー先生も、日本で児童・生徒のメンタルヘルスへの意識を高めるためには養護教諭のかかわりが重要ではないか、と言っておられました(あ、これ同じ「日本学校精神保健研究会」のイベントでしたね。)。

3 個人的な感想(養護教諭のかかわり方はどうしたらいいのか)

 この取り組みは、養護教諭からの情報をきちんと学校が受け止めることができれば、受け止めてくれるのであればある程度の効果を発揮するかもしれないと思います。

 実は、別のブログをそれぞれ見ていただければわかるのですが、私自身は、オルヴェウスいじめ防止プログラムにも限界は感じたところがありますし、クッチャー先生のお話でも、養護教諭に過大な負担を負わせてしまう可能性が問題ではないかと思ったところはあります。

 オルヴェウスいじめ防止プログラムは社会学的な要素を含んでおり、本来的にはいじめへの教育指導の方法等を考えたというにとどまらず、「地域社会における自治としていじめにとりくむ仕組み」を開発したものではないかと感じています。
 いじめの問題は、「どうしたらよい」という「正解」が常にあるものではない(と私個人としては思っています)ので、それを学校の先生の責任だけにしてしまうと答えが出せないこともでてきてしまう-【だから地域社会の人もどうしたらいいかを一緒に考えよう】というのがオルヴェウス・プログラムの一番の骨ではないかな・・・と思っていました(まあ、そうした自治を作るためにもまず学校の先生がいじめ根絶に声を上げましょう、となっているのですが)。
 学校から求められる業務も多くPTA活動もなかなか担い手がいないと伝え聞くところですので(その背景には経済的に厳しく地域社会の人も学校支援に回せるリソースがないのではないかと思っていますが…)、「地域社会」の自治としてそういった取組みを行うことは難しいのではないかと考えていました。

 また、クッチャー先生のカナダでのメンタルヘルスの取組みを聞いた際も、養護教諭が「この子には、ストレスがかかっているのではないか」と判断できたとしても、【そのあとどうするのか】という「道筋」ができていないと、養護教諭が一人で抱え込んでしまうことにならないかが、心配でした。

 しかし、今回の「養護教諭のためのいじめ対策プログラム」であれば、養護教諭は「この子にはストレスが強いかな」と感じたときに、それを学校側に伝え学校として組織的に対応していくという形のようですので、「学校側がそれを受け入れてくれれば」養護教諭が一人で抱え込むことにはならないのかもしれません。
 そして、メンタルヘルス」の問題は、いじめと関係はあってもいじめそのものと必ずしも同じではないので、いじめの被害者や加害者が生じてしまう前に、学校側からの働きかけて生徒の心の負担を軽くすることができる場合もあるかもしれません。

 それが、「一定の効果はあるかも」と思うところですね。

 他方で、税収や予算等が増えているかは私は把握していませんので、学校にそれだけのリソースがあるかはなかなか悩ましいと思うのですが・・・。

4 こうした問題について

 私自身は以前このブログで書いたとおり、【経済的な問題】がこうした問題の背景にあると思っていますし、それについては、他国との関係もあることで容易に好転させる方策があるわけではないのではないか(少なくとも自分自身は思いついていない)と思っています。
 そうした状況の中では、①家庭でも共働きや仕事にまわす時間が増えて子供に回せる時間が減ってしまったり、子供がストレスに直面することが増えるかもしれないと思っていますし、②同時に地域社会全体で見ても、子供にまわせるリソースが少なくなっていく可能性はあると思っていますし、③税収も減る可能性がありますので、学校等の対応にも限りはくるのではないかと思っているところがあります。

 そのため、こうした問題に対応する「答え」が、何かあるのかはわかりません。
 でも、何もしないよりは、一つ一つは効果が限られるかもしれませんがこうした取り組みを増やしていくことからはじめてもよいのではないか、そんなことを思います。
 私自身は、教育に関しては素人なので、正しいのかはわかりませんが・・・。
 そんなことを、思いますね。

母子保健:さいたまの取り組みを伺って(父子手帳と産後うつのパンフレットなど)

1 「母子保健」のお話

 日曜日に,さいたまの母子保健の話を伺う機会がありました。

 裁判所,という役所にいて,児童相談所は多少なりとも関わりを持つことがあったのですが,保健師,あるいは精神保健福祉士社会保険福祉士といった方々は,児童福祉や高齢者福祉に非常に重要な役割を果たされていることは知っていても,実際にお会いする機会はあまりなく,どういった仕事をされているのか知ることが難しかった方々です。

 ですので,そうした方々がどのような活動をしているのか,お聞きできるのはうれしかったですね。
 児童虐待等の問題に関わると,やはり,こうした問題は早いうちから「そうした問題が起こらないように」働きかけたほうが,少ない労力で大きな結果に結びつくのでは?,と思っています。そのため,この問題をある程度かじった立場からすると,実は「保健」の分野の取り組みが最も重要ではないか,という気もしています。

2 やっぱりあった「父子手帳」

 今回,面白かった,というか「やっぱり」と思ったのは,「父子手帳」でしょうか。
 埼玉では,「父子手帳」を作って,配っているそうです。
 母子手帳は,少年非行などがあったときの家庭裁判所調査官の調査において,その子が生まれたときのことを知るため,あるいは,お母さんにその時のことを思い出してもらうために,お母さんに持ってきてもらうことも多いものです。

 私なども少年事件の付添人になったときには,同じようにお母さんに持ってきてもらい,話を伺っていました。

 そして,今年AHTの論文を書いたときに「揺さぶられ症候群(SBS)」についての注意書きが「母子手帳」にあることも知り,そのすごさに感心しました。

 他方で。
 「何で『母子』だけで,『父子』はないんだろう?。赤ちゃんが泣き止まなくて困ってしまうのはお父さんも々だと思うし,そういうことはお父さんが知っていてもいいのじゃないかな…?」と思い,「父子手帳」が何故ないかが疑問だったので,今回のさいたまの「父子手帳」は,我が意を得たりというか,「やっぱりあった!」と思いました。
 早速,インターネットで検索したところ,見つかりました。 

http://www.city.saitama.jp/003/001/012/p022335_d/fil/hushitecho.pdf

 柔らかい色のイラストなどが使われていて,見やすくていいと思います。

 個人的には,「手帳のような文字が一杯書かれたものを渡して読んで貰えるだろうか…」と思っていたところもあるので,「母子手帳アプリ」とか「父子手帳アプリ」なども,つくってみてもよいのじゃないかと思ったりもします。
 子どもの写真を貼り付ける欄があったり,スマートフォンで検温できる機能があったり(あれ?,未来に進みすぎですかね??)したら,なんか,使って貰える人も多くならないかな…なんてことを思ってしまうのですが。どうでしょうね?。

3 SBSや「産後うつ」のパンフレットも

 また,埼玉では,SBSや,産後後うつ予防のパンフレットも配布いているようです。
 SBSは,日本小児科学会のパンフレットかなと思いますが,産後うつ予防のパンフレットは,さいたま市で作られたもののようです。
 これみたいですね…。

 こうしたものが,少しでも助けになるといいな,と思います。
 そのほか,「子育て世代包括支援センター」の話も出てきました。
 調べてみると,今年の4月に,ガイドラインも発表されているんですね。

 必要な支援を受けられるように,窓口を一本化してそこから各機関に繋ぐという点などは「法テラス」などと似た発想にも感じますが,それにとどまらず各機関の情報を集約できることはちょっと期待してしまいます。
 もっとも,そのためには労力も必要になりますし,児童相談所の役割との関係などもあると思いますので,実際のところどのような感じになるのかは,なかなかイメージできないのですが…。
 
 いまは,児童虐待関係の仕事に就いているわけではないので,こうした知識は必須のものではないのですが,もともと知りたかった分野の話ですし,「社会のなりたち」として他の制度にも関係してくるように思いますので。

 ちょこっと書き留めておくことにしました。

※ なんてことをいっていたら、「母子手帳アプリ」なるものが、結構あちらこちらのサイトにあることに気が付きました。

 どれがいいのかは全くわかりませんが、NTTドコモなどが開発に関わっているという、これが主なものなのでしょうか?。 

www.boshi-techo.com

 …う~ん。時代に置いて行かれていますね…。

 また、「父子手帳」は、こちらのサイトなどで見ると、30パーセントくらいの自治体で配布されているようですね。 

父子手帳調査報告書(全国都道府県版) - 論文・レポート

 実際に、読んでいただけているのかどうかとか、そのほか問い合わせが増えたか、受診が増えたかなど、わかるといいのですが、それはさすがにわからない…ですよね…。う~ん。。。。

(いえ、また調べてみたら、どこかに調査結果が載っているかもしれませんが^^;) 

※ 神奈川県も、母子手帳アプリを導入しているようです。

www.pref.kanagawa.jp

  でも、神奈川県には、横浜市は含まれていないみたいです…;。

 まあ、扱う情報はどこまでかわかりませんが、もしかしたら要配慮個人情報も含むのかもしれませんし、情報セキュリティの問題や、システム的な整備等が必要なのだろうと、と思います。費用をかけて導入しても、あまり利用していただけないと悲しいでしょうし。

 あとは、どれだけ利用してもらえるかが、まだ分からないということもあるからかもしれません。

 今後の推移をまた見てみたいな、と思います。

「手をつなぐ~子どものためにさらなる連携を~(第9回日本子ども虐待医学会学術集会)」に参加して

1 どちらに参加しよう?

 昨日(8月5日)と、今日(8月6日)は、日本子ども虐待医学会学術集会「手をつなぐ~子どものためにさらなる連携を~」に参加してきました。 

 私自身は、弁護士会の子どもの権利に関する委員会を4月で辞め、今現在そうした関係の仕事はしていませんが、他方で、まだ参加を続けている勉強会の関係でこのイベントのチラシを頂いてもいましたし、演題の中には去年専門実務研究に書いた論文「虐待の疑いのある乳幼児頭部外傷についての法的考察」と関連するものもありましたので、個人的な興味もあり、参加してみました。

 いえ、直前まで迷っていました。

 同じ勉強会の関係から案内を頂いていた神奈川県立こども医療センターの『子どもの心へのさまざまなアプローチ』が、同じ8月5日(土)に開催され、そちらは無料でしたから(日本子ども虐待医学会学術集会は、一般参加の参加費として6000円かかります。) 

 とはいえ、比較検討した結果、こちらに参加することにしました。

 一度、書いた論文と関わりがある方が関心があったことと、一度「医学会」「医師の学術集会」というものを見てみたかったことが、決め手でしょうか。 

2 「医学会」「学術集会」への関心

 裁判官であったときは、どうしても「判決の結論を導くことに必要な」「法律関係の書籍・文献」に関心が向いていました。

 裁判官が自分で「どちらかの当事者に有利に働く」証拠を集めてしまうと「公平」にならないので、証拠は、当事者が自分で集めることが裁判の原則です。そのため、基礎的知識(「顕著な事実」にあたるような知識ですね…。民事訴訟法179条)については書籍を購入したり読んだりすることはあっても、結論を決めるような(法律学以外の)専門的知見について、自ら調べて判決に活かすことはしてはいけないことが原則です。

 しかし、弁護士になってからは、①そうした「限定」がなくなったことと、②平日の10時から17時の間でも、仕事さえ入れていなければ調査に時間を回すことができるため、飛躍的に調査対象とする文献の範囲が広がりました。

 横浜市大の医学情報センターなどは、初めて足を踏み入れたときは「わくわく」しました。「自分の知らなかった知識が、こんなにあるのか」と思って。

 しかし、いざ医学情報センターで集めた文献を読むと、「わくわく」が半分になってしまいました。

 集めた文献の中には、いろいろな医学会の学術集会等のものがあったのですが、非常にあっさりした記載が多かったためです。

 面白そうに感じたものほど、「抄録」ということで10行程度の記載のものも多く、「おかしいな」と思っていました。

 実際に、医師の学会・学術集会に参加すれば、そうした疑問が解けるかもしれない…。

 そう思っていました。 

3 参加してみて

 参加してみると、配布資料に「抄録」しか書かれていないものも、当日の発表は非常に充実しており、とても面白かったです。

 …いや、「抄録」に書かれている内容が読み上げられるだけだったら、8月5日の午前中で席を立って、こども医療センターのイベントのほうに足を運んでいたかもしれません。

 児童虐待の問題は、児童の身体に与えられた「傷害」が問題になることも多いので、当たり前ですが医師の研究が一番進んでいます。そして、行われた発表に対して、会場の医師からも率直な疑問が出され、立場にこだわらずにやり取りが行われているところを見ると、本当に「いいなあ」と思います(いや、私が知らないだけで、本当はいろいろ気が遣われているのかもしれませんが;)。

 もっとも、もともと民事裁判官として「高次脳機能障害」等の理解に関連して脳のことや受傷機序を学び、刑事裁判官として「創傷」等の法医学的な知識を学び、さらにその上で、昨年AHTについての論文を書いていたから、理解できたこともあったのでしょうが、とにかく充実していました(ちょっと時間が長くて、色々疲れましたけど^^;)。 

4 診療や、学術研究目的での、医学データの利用

 ただ、発表の中で、症例数が限られていると、やはり「もっと多くの事例があっても同じなのかどうか」がとても気になりました。

 そうした視点からは、以前「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会」のブログを書いたときに、ちょっと勉強したような、「レセプト情報・特定健診等情報データベース」や「がん登録」と同じような、「子どもの死因」や「脳外傷」についてもデータベースを作って、他の症例と比較ができるようになるといいのにな…と思っています。 

 もちろん、医療情報を共有することは危険もありますので、いろいろなことを考え、配慮して作る必要はあるのでしょうが…。