【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

成年後見にかかる法改正(成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律)

標記の法律が、可決されたようです。

衆法 第190回国会 20 成年後見制度の利用の促進に関する法律案

以前、「通知カードが転送された時に、成年後見人が開封してよいのか」という問題を書いた際に、触れた法律案すが、このたび正式に成立しました。施行はまだですが、交付より6か月以内となるはずです。

提出時の法律案を読んでみて、思ったところを書いてみました。全くの私見であり、今後違う運用が公表されれば素直に撤回すると思いますので、その程度の内容としてお読みいただければと思います。

1 法律のポイント

 ポイントは以下の3つです。

成年被後見人に宛てた郵便物の配達の嘱託等の審判事件の創設

成年被後見人に宛てた郵便物の開被の権限の明文化

③死後事務の根拠規定の明文化(及び火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為についての許可の申立ての創設)

2 成年被後見人に宛てた郵便物の配達の嘱託等の審判事件の創設

  成年後見人は,被成年後見人を「代理」する権限を持っていますが,そのことと【成年後見人宛】の郵便を受け取ったり,開封する権限があるかとは別の問題でした。

  被成年後見人にも個人的な手紙もあるでしょうし,憲法上も「通信の秘密」がありますので,被成年後見人本人から都度許可を受けていればともかく,そうでなければ他人である成年後見人が当然に郵便を開封することには問題もあるからです(被後見人と同居する親族であれば,場合に寄りますが本人から一定程度許容を受けていると見ることができる余地はあるかと思われます。)。

  もちろん,手紙の送信先に連絡して,自らが成年後見人であることを伝えて,【宛先を成年後見人】として郵便を出して貰えれば問題はないのですが,「どういった手紙が成年被後見人に届いているか」をそもそも把握することは簡単ではありませんでした。

  成年後見人宛の手紙の中には,成年後見人の財産管理にとって重要な郵便があることもありますので,それを成年後見人がきちんと把握出来ることは,被成年後見人本人の財産管理のためにも重要です。

  そこで,成年後見人がその事務を行うに当たり必要がある場合には,裁判所の審判により,六か月以内の期間を定めて,被成年後見人宛の手紙を,成年後見人の元に「回送」することを嘱託できるものとした制度となります。これは、破産法81条に定められた「嘱託回送」とほぼ同じ申立てを、成年後見人にも認めたものとなります。

  過去,以下のように成年後見制度の改正が議論される度に,こうした制度創設の必要性はたびたび求められてきていました。

(1)制度概要

  •  申立人 : 成年後見
  •  実体要件: その事務を行うにあたって必要があると認めるとき
  •  期  間: 6箇月を超えることができない
  •  管  轄: 後見開始審判を行った家庭裁判所
  •    果: 成年被後見人に宛てた郵便物及び民間事業者による信書の送達に関する法律第2条第3項に規定する信書郵便物成年後見人に配達すべき旨を嘱託
  •  手続き : 被後見人の意見の陳述を聴かなければならない (ただし「成年被後見人となるべき者及び成年被後見人については、その物の心身の障害によりその者の陳述を聴くことができないときは、この限りでない。」とされます。実際実務においては、「陳述を聴取することができないことが明らかであり、かつ、親族間にも本人の判断能力について争いがなく、本人の監護状況を把握すべき事情(虐待やその疑いなど)が見られない場合には、陳述聴取の手続きを行わないことがあります(法120条1項ただし書)とされています)
  •  通  知: 決定は被後見人本人に通知されます。 なお、破産法の嘱託回送もそうですが、こうした裁判所から被成年後見人宛の通知は「回送嘱託」から除外されると思います。参照:司法協会「倒産法実務講義案」p39等)
  •  不服申立: 成年被後見人及びその親族は、「嘱託の審判」があった場合にこれに対して即時抗告をすることができます
  •  取消・変更:審判が出た後事情の変更が生じた時は、「成年被後見人成年後見人、成年後見監督人の「請求又は職権」で、裁判所はこの嘱託を取消または変更することができます

(2)「嘱託回送」の効果について

 【破産法81条の嘱託回送】と同じ効果を生じるとすると,【転送不要郵便】や【本人限定受取】も成年後見人に送られることとなると思われます

本人限定受取 - 日本郵便

 とはいえ,現在では様々な制度の中で,代理人と本人の意思が異ならないかを確認するために,【転送不要郵便】【本人限定郵便】で本人に意思確認の書類を送る場面もありますので,こうしたものまで成年後見人のところに送られてしまって良いか,それで「本人の意思確認をした」といいうるかは,少し悩ましい問題を残します。むろん,最長6か月間だけ認められる一時的なものであることを勘案すれば,そうした運用もありうると思われます。

 全ての郵便の回送を嘱託するのではなく,「一定の範囲を定めて」の回送の嘱託ということも可能性としてはあるかもしれませんが,①回送から除く郵便が外観から判断できなければならないと思いますし,②個々の回送嘱託で異なる条件を定めることは,郵便の現場が混乱してしまいますので,基本的には事前に裁判所と郵便局との間で協議して,どういった形で回送を嘱託するかを取り決めておくのではないかと思っています。

 金融機関側でも,被後見人の意思確認を必要とする場合,従来通りの運用で問題がないかを,チェックしておく必要があるかもしれませんね(後見制度支援信託における意思確認等)。

(3)必要な期間が6か月を超える場合,再度の申立てが可能か?。

 私見ですが,再度の申立も「必要性」があれば可能だろうと思っています。ただ,「必要性」が認められるケースは少ないかもしれません。

 破産法と異なり,回送嘱託の審判に最長「6か月」の期間が定められたのは、①成年後見人は自然人であるため、通信の秘密との抵触の観点から期間を区切ったことと,②破産に比べても後見は長期間に及ぶことが多いため,期間を区切ることが望ましいとされたのだろうと思います(推測ですので,違っていたらすみません)。なお,破産法の嘱託回送でも,個人の破産者の場合には,期間を区切ることもあるようです(司法協会「破産事件における書記官事務の研究―法人管財事件を中心として―」p60参照)。

 こうした期間制限があること自体は,回送が必要な期間が6か月を超える場合に,再度の申立をすることを禁じたものではないと思われますので,再申立も可能ではないかと思っています。

 他方で,もし,この「嘱託回送」で【転送不要郵便】や【本人限定受取】にまで及ぶとすると,あくまで一時的な処分と捉えるべきとと思われますので,再申立の場合には相当に説得的な「必要性」がいるのではないかと思っています。

(4)「その事務を行うにあたって必要があると認めるとき」

  もっとも典型的なのは、本人の財産関係が不明な場合―例えば、①実際に被後見人を監護している親族とは異なる親族から後見開始の申し立てがされ、専門職後見人が就いたような場合や、②突然の事故でご本人が後見状態になられてしまったような場合,③裁判所が後見監督の際に,財産関係が不明確だとして専門職後見人を伏した場合など-でしょうか。こうした場合には、嘱託回送により被後見人が実際にどのような財産をお持ちかを調べる必要があります。もっとも,③は審問期日まで時間がないことも多いかとは思われますので、意味は限定的かもしれませんね。

  ほかには、後見制度支援信託を含め,専門職後見人が付される場合に活用する運用も考えられます。こうした場合,専門職後見人は被後見人の財産について財産目録を作成し提出する必要があるためです。後記のように申立人がそのまま親族後見人となるような場合と比較すると当然に違う運用をすべきかは何とも言えませんが,①専門職が付く場合は,被後見人に一定程度の財産があり,他にも財産をお持ちの蓋然性があるケースもあれば,②親族間紛争があるなど,こうした点に気を配っておいた方が良いケースもあると思われるからです。

  これに対し,親族後見人が付くケースでは,この嘱託回送の運用は考えにくい気がします。同居している親族が申し立てた(そしてそのまま後見人となった)ケースであれば,これによって新たな財産が見つかる,ということは考えにくいと思いますし,親族間に紛争がある事案では,そもそも親族後見人が選任されること自体,稀ではないかと思います。自宅で一人暮らしをしていた被成年後見人が施設に入居して,自宅に誰も居住しておらず,かつ,施設が郵便を受け取ってくれない場合には活用の余地はあると思いますが,それでも,嘱託回送が【本人限定受取】や【転送不要郵便】も回送されるという効果を持つ(一時的な制度)とされれば,最初の6か月を超えて嘱託回送を認めることはあまり望ましくはない気がします。

3 成年被後見人に宛てた郵便物の開被の権限の明文化

 これは、成年後見人が【成年被後見人宛】の郵便物を開被することのできる権限を明定したものです。

 なお、改正後の民法860条の3は、開被可能な郵便物を改正後の民法860条の2によって回送されたものに限定していませんので、たとえば、親族から受け取った過去の郵便物等も開被できることになります。

 (現行破産法81条は、旧破産法190条からそのように変更されていますので、同じ文言の改正後の民法860条の3も同様に解釈されると思います。)。

4 死後事務の根拠規定の明文化(及び火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為についての許可の申立ての創設)

(1)被成年後見人がお亡くなりになったときの原則 

 被成年後見人がお亡くなりになった際には,その方の【遺産】について【相続】が開始しますが,相続が単純承認(民法920条)され,かつ相続人が1人であればその方が原則として遺産を相続することになるでしょうし,相続人が複数で遺産分割が終わるまで【遺産の管理】が必要な場合などは,共同相続人が共有(民法898条)で管理することが通常です。そのため、成年後見人は、相続人が明らかになり、かつ、相続人間で財産を引き取ることができるのであれば、相続人代表者等に財産を引き継ぐことになります。

 また、そうした遺産以外の問題として、死亡診断書等の取得や,死亡届(戸籍法86条1項)の提出,火葬(埋葬)許可証(墓地埋葬法5条1項)の取得,葬儀等がありますが、この死亡届の提出義務者も,親族等の同居者等とされており(戸籍法87条2項)、成年後見人としては、死亡届を出すことこそ可能となりましたが(戸籍法87条2項。平成20年の戸籍法改正により設けられたものです。ただし、「義務者」とはされていません。)、 これまでは葬儀を行う権限も義務も明定されていませんでした。 

 この問題も,「1」と同様,成年後見制度の改正が議論される度に指摘されてきた問題でした。

(2)概要

  改正後の民法873条の2は、「成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。」として、以下の3つを挙げています。

  1. 相続財産に属する特定の財産の保護に必要な行為
  2. 相続財産に属する債務の弁済
  3. その死体の火葬又は埋葬に関する契約その他相続財産の保存に必要な行為

 そして、「3」については、「ただし書」において家庭裁判所の許可を得なければならない。」としています。

(3)成年後見人の義務に変化はあるか

 上記のように、成年後見人が「することができる」ことが定められたものの、義務として規定されているわけではありません。

 そして、成年被後見人がお亡くなりになられた場合の、成年後見人の義務について定めた民法874条により準用される民法654条には、今回の改正で変更は加えられませんでした。

 そのため、成年後見人が法的に負う義務としては、従前と大きく変化するものではないと思われます。

(4)「応急処分義務」に当たる「3」にも、家庭裁判所の許可は必要か

 他方で、これまでは、民法874条により準用される民法654条に該当する「応急処分義務」がある場合には、成年後見人は事務を行えるとされてきましたが、今後は、この義務のうちでも、上記「3」の「その死体の火葬又は埋葬に関する契約その他相続財産の保存に必要な行為」に当たる場合には、家庭裁判所の許可を取得する必要があるようにも読めます。

 ①改正民法873条の2が、従前なかった権限を創設したものであり、従前から認められていた権限を制限するものではないと考えれば、不要となりえますが、②そもそも民法654条は義務を定めたもので権利を当然に定めたものではないとすれば、その行使方法についての規定である改正民法873条の2には従わなければならないことになるかもしれませんね。

 (委任の終了後の処分)

第六百五十四条  委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。 

 (5)【相続人兼成年後見人となる親族後見人】の場合

  改正後の民法873条の2は、主体を「成年後見人」としており、専門職や第三者の場合に限っているわけではありませんので、自身が被成年後見人の相続人である親族後見人の場合には、こうした「3」の許可が必要かが問題となりえます。

 財産上の管理行為については、おそらく、法的には不要ではないかと思います。相続人であれば可能な管理行為について、たまたまその親族が後見人だったからと言って制限されることは、違和感を覚えます。

 とはいえ、親族間での紛争等がある場合には、こうした許可も取得しておいた方が「より手厚い」こともあるかもしれません。

 また、厳密には「相続人」と「成年後見人」の立場は異なるとはいえ、【相続放棄】をする場合などは、注意がいるかもしれません。支払い等の死後事務が「法定承認」とみられてしまう可能性などもあるかもしれませんし、そうではなくても、一部の債権者だけに返済するような形となれば、紛争化する可能性も全くないとは言えない気もしますね。

(6)最後に

 もっとも、実際に、これらの制度の具体的な内容は、これから、関係各機関ですり合わせ等が行われるようです。

 ひとまず、法律案だけを見た時点での、「感想」として書いてみたものにすぎませんので、実際に運用される場合には、今後公表されるであろう最新の情報に注意していただければと思います。 

 ※ なお、この論稿で触れた「法定単純承認と死後事務との関係」については、(その2)に、また、この論稿であまり踏み込まなかった死後事務の具体的な内容や金融機関との関係については、(その3)(その4)に記載しました。関心がありましたらどうぞ。

 

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