【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

プロカウンセラーの聞く技術(書評)

 さて,マイナンバーに一区切りが付いたので,違う分野の本を少し…。

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 法律家も,まず依頼者の話を聞いて,「過去にどんなことがあったのか」がわからなければ,「法律」の使いようがありません。そうした意味では,「話を聞く」方法については,大なり小なり関心を持っていると思います。
 特に,私が精神科医の書籍に手を出すのは,まさに法律では解決できない,法律家の持ち合わせていない部分を,精神科医が持っていると感じているせいもあります。

1 「LISTEN」と「ASK」

 この本は,明確に体系的な順序で論述されているわけではありません。
 ただ,一定のスタンスに立った「聞き方」について,様々場面での小話を重ねて展開することにより「カウンセラーにとって望ましい聞き方」とはどういうものか,読み手に理解させる形を取っています。
 それが端的に示されていると感じられるのが,「22」の「LISTENせよ,ASKするな」という話です。
 ここで著者は,

 「きく」という日本語には,LISTENつまり「聞く」という意味と,ASK「たずねる(質問する)」という意味が含まれています,

とした上で,その二つの違いについて

  たずねるのと聞くのとの一番大きな差は「たずねる」のが質問する人の意図にそっているのに対して,「聞く」のは話し手の意図にそっていることです。だからたずねてばかりいると,自分が望んでいる情報ばかりを集める結果になり,相手がその人なりの相手の立場から発した情報が得られなくなってしまいます。当然のことに,そこに集められた情報は情報収集者(聞き手)のバイアスが入り,偏りがちです。 

と説明しています。
 そして,この前の箇所において,著者は,「聞き上手とはLISTENすることであって,ASKすることではありません。」と,自らの立場,カウンセラーにとって望ましいと思われる立場を明確にしています。

2 法律家は「LISTEN」すべき?

 法律家-弁護士,検察官,裁判官の本来の在り方は,これとは異なり「ASK」の聞き方なのだろう、と思います。
 なぜなら,法律というのは,【ある条件】がそろった場合に,【ある効果】が生じるということを定めているものだからです。
 ですから,法律家の関心は,【ある条件】があるかどうか,に基本的には向けられるはずです。
 いいかえれば「ASK」は,勝敗・白黒を付ける聞き方であり,「LISTEN」は,勝敗や白黒を付けない聞き方,といってもよいかもしれません。
 そうすると,裁判官がどちらの当事者の話も「LISTEN」するだけでは,判決=結論が出せなくなりかねないことになります。

 それが、「本来の在り方は」「ASK」ではないか、と考える理由です。

3 相談に来る人は「LISTEN」と「ASK」どちらを?

 では相談に来る当事者は何を求めているかというと,話を聞いてもらう方法」として言えば,圧倒的に「LISTENしてほしい」という気持ちを持っています。
 カウンセラーならば,それに応じることで問題はないのでしょう。聞いた話を他人に説明するわけではなく,本人との対話を重ねるだけですので…。
 しかし,弁護士であれば,そこで聞いた話を裁判官に伝える仕事をすることになります。
 そして,「裁判官」「法廷」というのは基本的に「ASK」の場面ですので,裁判官に伝えた話が,裁判官の求める「ASK」と違っていれば,裁判には負けてしまう可能性は高くなります。
 もちろん,依頼人が,「裁判の結論はどうでもいい,負けてもいいからから自分の話を聞いてくれ」というのであれば…,それが,弁護士が対価をもらってやる事かどうかということをひとまず置けば,「LISTEN」をするのみでかまわないのだろうと思います。
 しかし,相談者の多くは,同時に,本来「ASK」の不可欠な「裁判に勝つこと」を望んでいます。
 そのため,多くのケースでは,まず相談者に裁判の場では「LISTEN」してもらえるのではなく「ASK」されるということを,相談者と何度もやりとりする中で説明し,納得してもらうことから初めて行かざるを得ません。
 これが,とても時間がかかります。

4 法律家も「LISTEN」することはあり得る

 そのため,弁護士でも,裁判官でも,検察官でも、「LISTEN」をするやり方で進めることもありますし、その方が得意な方もいらっしゃいます。
 弁護士であれば,基本的に依頼者の言うことをそのまま書面にする方法がこれにあたります。
 依頼者が,「裁判官に自分の話をLISTENしてほしい」と思っているのであれば,この方法は間違いとはいいきれません。ただ,こうした作業は法律家でなくてもできる作業=もしかしたら,法律家以外の人の方が向いているかもしれない作業だけに,「何の専門家としてお金を頂くのか」ということを考えてしまうこともあります。
 また,結論が出るまでは,「裁判官にLISTENしてもらえた」という満足を依頼人が感じる可能性も多少はありますが,逆にこれは「裁判官のASKには答えなかった」ことを意味しかねない可能性もありますので,裁判で負けることもあり得ます。
 もちろん,当事者の感情が強すぎ,裁判のような場で感情を吐露させなければ,前向きに人生を考えられないというようなケースなど,勝ち負けを度外視しても「言いたいことを裁判で言う」ことを当事者が本質的には求めていることもあると思います。ただ,これは当事者がその事を納得していないと,後でもめてしまう可能性は高いように思えますね。

5 「LISTEN」の作法,そしてこの本の使い方

 この本では,そのような「LISTEN」の聞き方というものはどうあるべきかについて,多くの側面から紹介しています。
 小話の表題だけ挙げても,「聞き上手は話さない」「避雷針になる(聞いた話を忘れる)」「相手の話は相手のこと」「共感とは芝居上手」「説明しない」「聞き出そうとしない」など,この本が「LISTEN」する「聞き手」にどういったことを求めているかが伝わってきます。

 その聞き方は、クライアントがカウンセラーに求めているものにはマッチしているのかもしれません(カウンセラーに詳しくはないので、あるいは違うという先生もいらっしゃるのかもしれません)。ただ、クライアントが弁護士に求めているものにマッチしているのかというと、そこは必ずしもそうはいえないかな、と思います。。

 依頼人の求めている聞き方と、依頼者が弁護士に求めている成果を達成するために適した聞き方と、そうした食い違いを明確にして自分で認識できるようにし,整理するためには,一読の価値がある本ではないかと思います。