【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

【書評】安達千夏「モルヒネ」

 表題を見られた方は、なんだろう、と思うかもしれません。

 15年ほど前に、札幌家庭裁判所に赴任する前の僕が、本屋で平積みされているこの本を見て、

 「これから少年審判を担当するのなら、こうした若い人が読みそうな本も読んだ方がいいのかな」

 そんな、本当に傲慢な、浅薄な思いで手に取った本。そして、偶然出会うことになった一冊です。

 この本を、札幌につくまでの飛行機の中で読んだ結果、家庭裁判所に到着する前に、僕は少年審判を担当できる自信を無くしていました。

www.kinokuniya.co.jp

 …被虐待歴のある女性を主人公とした物語です。

 なぜ、僕が自信を無くしてしまったかというと、作品全体に色濃く描写された「絶望」が、あまりにも強く感じられたからです。はたして、こんな絶望を抱いた子がきたら、自分はどう声をかけられるのだろう…、どう声を掛けたら、こうした子が変わっていけるきっかけになるのだろう…。何度考えても、手も足も出ない思いになりました。

 この物語は、一応、ハッピーエンドの終わり方をしているのですが、はじめ読んだときには、「どう声を掛けたら…」ばかり考えていたせいか、「なぜ主人公が救われた気持ちになれたのか」が分かりませんでした。恥ずかしながら、2度目か3度目に読んだときに、ようやく分かりました。

 

 もしかしたら、どこかにこの本を読んだときの無力感が残ったのかもしれない、僕を児童福祉の道に進ませる一つのきっかけになったかもしれない本。名古屋には持って来ませんでしたが、日本子ども虐待防止学会学術大会の際、横浜の実家に戻ったので、夜に再読しました。

 15年前に僕が思ったことの答え…こんな子が目の前に現れたら、僕はどんな声をかけるのだろう…。

 その答えは、残念ながら、4年間を名古屋市東部児童相談所で過ごした今も、まだ見つけられていません。

 

 気分を上向かせてくれる本ではないのですが、もし、関心がおありでしたら、一読してみてもよいかもしれません(今見たら、絶版になっていますが…)。検索したら、「長編恋愛小説」と書いてありましたけど、長編恋愛小説なのかなあ…。

 同じ作家の本は、もう一冊「おはなしの日」も持っていますが、こちらも同じく、被虐待歴のある子を主人公にした短編集ですね。

 こんな子が友達にいたら、どんな声をかけてあげればいいんだろう、どんな声をかけられるんだろう。

 そんなことを、考えてみませんか?