【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

成年後見にかかる法改正(成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律)

標記の法律が、可決されたようです。

衆法 第190回国会 20 成年後見制度の利用の促進に関する法律案

以前、「通知カードが転送された時に、成年後見人が開封してよいのか」という問題を書いた際に、触れた法律案すが、このたび正式に成立しました。施行はまだですが、交付より6か月以内となるはずです。

提出時の法律案を読んでみて、思ったところを書いてみました。全くの私見であり、今後違う運用が公表されれば素直に撤回すると思いますので、その程度の内容としてお読みいただければと思います。

1 法律のポイント

 ポイントは以下の3つです。

成年被後見人に宛てた郵便物の配達の嘱託等の審判事件の創設

成年被後見人に宛てた郵便物の開被の権限の明文化

③死後事務の根拠規定の明文化(及び火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為についての許可の申立ての創設)

2 成年被後見人に宛てた郵便物の配達の嘱託等の審判事件の創設

  成年後見人は,被成年後見人を「代理」する権限を持っていますが,そのことと【成年後見人宛】の郵便を受け取ったり,開封する権限があるかとは別の問題でした。

  被成年後見人にも個人的な手紙もあるでしょうし,憲法上も「通信の秘密」がありますので,被成年後見人本人から都度許可を受けていればともかく,そうでなければ他人である成年後見人が当然に郵便を開封することには問題もあるからです(被後見人と同居する親族であれば,場合に寄りますが本人から一定程度許容を受けていると見ることができる余地はあるかと思われます。)。

  もちろん,手紙の送信先に連絡して,自らが成年後見人であることを伝えて,【宛先を成年後見人】として郵便を出して貰えれば問題はないのですが,「どういった手紙が成年被後見人に届いているか」をそもそも把握することは簡単ではありませんでした。

  成年後見人宛の手紙の中には,成年後見人の財産管理にとって重要な郵便があることもありますので,それを成年後見人がきちんと把握出来ることは,被成年後見人本人の財産管理のためにも重要です。

  そこで,成年後見人がその事務を行うに当たり必要がある場合には,裁判所の審判により,六か月以内の期間を定めて,被成年後見人宛の手紙を,成年後見人の元に「回送」することを嘱託できるものとした制度となります。これは、破産法81条に定められた「嘱託回送」とほぼ同じ申立てを、成年後見人にも認めたものとなります。

  過去,以下のように成年後見制度の改正が議論される度に,こうした制度創設の必要性はたびたび求められてきていました。

(1)制度概要

  •  申立人 : 成年後見
  •  実体要件: その事務を行うにあたって必要があると認めるとき
  •  期  間: 6箇月を超えることができない
  •  管  轄: 後見開始審判を行った家庭裁判所
  •    果: 成年被後見人に宛てた郵便物及び民間事業者による信書の送達に関する法律第2条第3項に規定する信書郵便物成年後見人に配達すべき旨を嘱託
  •  手続き : 被後見人の意見の陳述を聴かなければならない (ただし「成年被後見人となるべき者及び成年被後見人については、その物の心身の障害によりその者の陳述を聴くことができないときは、この限りでない。」とされます。実際実務においては、「陳述を聴取することができないことが明らかであり、かつ、親族間にも本人の判断能力について争いがなく、本人の監護状況を把握すべき事情(虐待やその疑いなど)が見られない場合には、陳述聴取の手続きを行わないことがあります(法120条1項ただし書)とされています)
  •  通  知: 決定は被後見人本人に通知されます。 なお、破産法の嘱託回送もそうですが、こうした裁判所から被成年後見人宛の通知は「回送嘱託」から除外されると思います。参照:司法協会「倒産法実務講義案」p39等)
  •  不服申立: 成年被後見人及びその親族は、「嘱託の審判」があった場合にこれに対して即時抗告をすることができます
  •  取消・変更:審判が出た後事情の変更が生じた時は、「成年被後見人成年後見人、成年後見監督人の「請求又は職権」で、裁判所はこの嘱託を取消または変更することができます

(2)「嘱託回送」の効果について

 【破産法81条の嘱託回送】と同じ効果を生じるとすると,【転送不要郵便】や【本人限定受取】も成年後見人に送られることとなると思われます

本人限定受取 - 日本郵便

 とはいえ,現在では様々な制度の中で,代理人と本人の意思が異ならないかを確認するために,【転送不要郵便】【本人限定郵便】で本人に意思確認の書類を送る場面もありますので,こうしたものまで成年後見人のところに送られてしまって良いか,それで「本人の意思確認をした」といいうるかは,少し悩ましい問題を残します。むろん,最長6か月間だけ認められる一時的なものであることを勘案すれば,そうした運用もありうると思われます。

 全ての郵便の回送を嘱託するのではなく,「一定の範囲を定めて」の回送の嘱託ということも可能性としてはあるかもしれませんが,①回送から除く郵便が外観から判断できなければならないと思いますし,②個々の回送嘱託で異なる条件を定めることは,郵便の現場が混乱してしまいますので,基本的には事前に裁判所と郵便局との間で協議して,どういった形で回送を嘱託するかを取り決めておくのではないかと思っています。

 金融機関側でも,被後見人の意思確認を必要とする場合,従来通りの運用で問題がないかを,チェックしておく必要があるかもしれませんね(後見制度支援信託における意思確認等)。

(3)必要な期間が6か月を超える場合,再度の申立てが可能か?。

 私見ですが,再度の申立も「必要性」があれば可能だろうと思っています。ただ,「必要性」が認められるケースは少ないかもしれません。

 破産法と異なり,回送嘱託の審判に最長「6か月」の期間が定められたのは、①成年後見人は自然人であるため、通信の秘密との抵触の観点から期間を区切ったことと,②破産に比べても後見は長期間に及ぶことが多いため,期間を区切ることが望ましいとされたのだろうと思います(推測ですので,違っていたらすみません)。なお,破産法の嘱託回送でも,個人の破産者の場合には,期間を区切ることもあるようです(司法協会「破産事件における書記官事務の研究―法人管財事件を中心として―」p60参照)。

 こうした期間制限があること自体は,回送が必要な期間が6か月を超える場合に,再度の申立をすることを禁じたものではないと思われますので,再申立も可能ではないかと思っています。

 他方で,もし,この「嘱託回送」で【転送不要郵便】や【本人限定受取】にまで及ぶとすると,あくまで一時的な処分と捉えるべきとと思われますので,再申立の場合には相当に説得的な「必要性」がいるのではないかと思っています。

(4)「その事務を行うにあたって必要があると認めるとき」

  もっとも典型的なのは、本人の財産関係が不明な場合―例えば、①実際に被後見人を監護している親族とは異なる親族から後見開始の申し立てがされ、専門職後見人が就いたような場合や、②突然の事故でご本人が後見状態になられてしまったような場合,③裁判所が後見監督の際に,財産関係が不明確だとして専門職後見人を伏した場合など-でしょうか。こうした場合には、嘱託回送により被後見人が実際にどのような財産をお持ちかを調べる必要があります。もっとも,③は審問期日まで時間がないことも多いかとは思われますので、意味は限定的かもしれませんね。

  ほかには、後見制度支援信託を含め,専門職後見人が付される場合に活用する運用も考えられます。こうした場合,専門職後見人は被後見人の財産について財産目録を作成し提出する必要があるためです。後記のように申立人がそのまま親族後見人となるような場合と比較すると当然に違う運用をすべきかは何とも言えませんが,①専門職が付く場合は,被後見人に一定程度の財産があり,他にも財産をお持ちの蓋然性があるケースもあれば,②親族間紛争があるなど,こうした点に気を配っておいた方が良いケースもあると思われるからです。

  これに対し,親族後見人が付くケースでは,この嘱託回送の運用は考えにくい気がします。同居している親族が申し立てた(そしてそのまま後見人となった)ケースであれば,これによって新たな財産が見つかる,ということは考えにくいと思いますし,親族間に紛争がある事案では,そもそも親族後見人が選任されること自体,稀ではないかと思います。自宅で一人暮らしをしていた被成年後見人が施設に入居して,自宅に誰も居住しておらず,かつ,施設が郵便を受け取ってくれない場合には活用の余地はあると思いますが,それでも,嘱託回送が【本人限定受取】や【転送不要郵便】も回送されるという効果を持つ(一時的な制度)とされれば,最初の6か月を超えて嘱託回送を認めることはあまり望ましくはない気がします。

3 成年被後見人に宛てた郵便物の開被の権限の明文化

 これは、成年後見人が【成年被後見人宛】の郵便物を開被することのできる権限を明定したものです。

 なお、改正後の民法860条の3は、開被可能な郵便物を改正後の民法860条の2によって回送されたものに限定していませんので、たとえば、親族から受け取った過去の郵便物等も開被できることになります。

 (現行破産法81条は、旧破産法190条からそのように変更されていますので、同じ文言の改正後の民法860条の3も同様に解釈されると思います。)。

4 死後事務の根拠規定の明文化(及び火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為についての許可の申立ての創設)

(1)被成年後見人がお亡くなりになったときの原則 

 被成年後見人がお亡くなりになった際には,その方の【遺産】について【相続】が開始しますが,相続が単純承認(民法920条)され,かつ相続人が1人であればその方が原則として遺産を相続することになるでしょうし,相続人が複数で遺産分割が終わるまで【遺産の管理】が必要な場合などは,共同相続人が共有(民法898条)で管理することが通常です。そのため、成年後見人は、相続人が明らかになり、かつ、相続人間で財産を引き取ることができるのであれば、相続人代表者等に財産を引き継ぐことになります。

 また、そうした遺産以外の問題として、死亡診断書等の取得や,死亡届(戸籍法86条1項)の提出,火葬(埋葬)許可証(墓地埋葬法5条1項)の取得,葬儀等がありますが、この死亡届の提出義務者も,親族等の同居者等とされており(戸籍法87条2項)、成年後見人としては、死亡届を出すことこそ可能となりましたが(戸籍法87条2項。平成20年の戸籍法改正により設けられたものです。ただし、「義務者」とはされていません。)、 これまでは葬儀を行う権限も義務も明定されていませんでした。 

 この問題も,「1」と同様,成年後見制度の改正が議論される度に指摘されてきた問題でした。

(2)概要

  改正後の民法873条の2は、「成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。」として、以下の3つを挙げています。

  1. 相続財産に属する特定の財産の保護に必要な行為
  2. 相続財産に属する債務の弁済
  3. その死体の火葬又は埋葬に関する契約その他相続財産の保存に必要な行為

 そして、「3」については、「ただし書」において家庭裁判所の許可を得なければならない。」としています。

(3)成年後見人の義務に変化はあるか

 上記のように、成年後見人が「することができる」ことが定められたものの、義務として規定されているわけではありません。

 そして、成年被後見人がお亡くなりになられた場合の、成年後見人の義務について定めた民法874条により準用される民法654条には、今回の改正で変更は加えられませんでした。

 そのため、成年後見人が法的に負う義務としては、従前と大きく変化するものではないと思われます。

(4)「応急処分義務」に当たる「3」にも、家庭裁判所の許可は必要か

 他方で、これまでは、民法874条により準用される民法654条に該当する「応急処分義務」がある場合には、成年後見人は事務を行えるとされてきましたが、今後は、この義務のうちでも、上記「3」の「その死体の火葬又は埋葬に関する契約その他相続財産の保存に必要な行為」に当たる場合には、家庭裁判所の許可を取得する必要があるようにも読めます。

 ①改正民法873条の2が、従前なかった権限を創設したものであり、従前から認められていた権限を制限するものではないと考えれば、不要となりえますが、②そもそも民法654条は義務を定めたもので権利を当然に定めたものではないとすれば、その行使方法についての規定である改正民法873条の2には従わなければならないことになるかもしれませんね。

 (委任の終了後の処分)

第六百五十四条  委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。 

 (5)【相続人兼成年後見人となる親族後見人】の場合

  改正後の民法873条の2は、主体を「成年後見人」としており、専門職や第三者の場合に限っているわけではありませんので、自身が被成年後見人の相続人である親族後見人の場合には、こうした「3」の許可が必要かが問題となりえます。

 財産上の管理行為については、おそらく、法的には不要ではないかと思います。相続人であれば可能な管理行為について、たまたまその親族が後見人だったからと言って制限されることは、違和感を覚えます。

 とはいえ、親族間での紛争等がある場合には、こうした許可も取得しておいた方が「より手厚い」こともあるかもしれません。

 また、厳密には「相続人」と「成年後見人」の立場は異なるとはいえ、【相続放棄】をする場合などは、注意がいるかもしれません。支払い等の死後事務が「法定承認」とみられてしまう可能性などもあるかもしれませんし、そうではなくても、一部の債権者だけに返済するような形となれば、紛争化する可能性も全くないとは言えない気もしますね。

(6)最後に

 もっとも、実際に、これらの制度の具体的な内容は、これから、関係各機関ですり合わせ等が行われるようです。

 ひとまず、法律案だけを見た時点での、「感想」として書いてみたものにすぎませんので、実際に運用される場合には、今後公表されるであろう最新の情報に注意していただければと思います。 

 ※ なお、この論稿で触れた「法定単純承認と死後事務との関係」については、(その2)に、また、この論稿であまり踏み込まなかった死後事務の具体的な内容や金融機関との関係については、(その3)(その4)に記載しました。関心がありましたらどうぞ。

 

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後見人とマイナンバー(その3:マイナンバーが必要な主な事務)

  委員会の関係で、後見とマイナンバーの整理を担当することになりましたので、それに関連した内容を。 

1 後見人の業務の中で、マイナンバーを取り扱うものは?。

 この質問、聞かれることあるんですよね…。

 とはいえ、後見人は、被後見人の持つ権利のうち、一身専属権を除くすべての権利を代理行使できることが原則ですので、まあ、正確にいえば、「マイナンバー法に規定されているほとんどすべての事務を取り扱う可能性があります」となるんじゃないかな…という気がします。

 ですので、実際には役所や施設、会社等から請求された場合に、個々的に確認するしかないのではないか、という気がしますが、主なものを挙げるとしたら、以下のようなものかな?、と思います。

 見落としもあるかもしれませんし、独断での記載となってしまいますが…。

  なお、内閣官房のホームページの「マイナンバーの提供を求められる主なケース」を参照されてもよいと思います。

2 高齢の方の【成年】後見人

 マイナンバーは、「税」「社会保障」番号ですので、

「税」

社会保障」そして

マイナンバー法固有の場面」

「その他」

の4つに分けて書いて見てます。

(1)税金関係

ア 確定申告

 被後見人に収入があり確定申告を行わなければならない場合、後見人が確定申告を行う必要があります。そして、確定申告書には被後見人の個人番号を書かなければなりません。

 なお、老齢年金や退職年金など課税年金の受給者は、その年の公的年金等の収入金額の合計が400万円以下で、かつ、公的年金等以外の所得金額が20万円以下である場合は、確定申告は不要とされています(公的年金等に係る確定申告不要制度)。該当するか疑問があるときには、国税庁の一般相談に問い合わせるなどして確認するとよいと思います。

イ 相続税の申告

 被後見人の親族がお亡くなりになり、被後見人が財産を相続される場合があります。

 その場合、平成27年1月1日以降に相続が発生した場合であれば、遺産の額が基礎控除額である「3,000万円+600万円×法定相続人の数」を上回れば、確定申告の必要かもしれません。

 そして、平成28年1月1日以降に相続税の申告を行う場合には、その申告書第1表には、被相続人、相続人の個人番号の記載が必要となります。

ウ 法定調書に個人番号を記載する必要がある場合

 「法定調書」とは、税務署が取得税に関わるお金の動きを知るために、法律で定められた特定の取引等について、お金を支払う側が、支払った額やお金を支払った相手の情報を、税務署に報告するためのものです。

 いわゆる源泉徴収票も、こうした法定調書の一つとなります。

 具体的には、以下の法定調書に個人番号の記載が必要とされています。

 https://www.nta.go.jp/mynumberinfo/jizenjyoho/hotei/index.htm

 このうち、後見業務である程度取り扱いそうなものを見ていくと…。 

① 法人から不動産等の使用料の収入がある場合

 年額15万円以上の家賃や地代等を法人や不動産業者が支払う場合には、法人・不動産業者は「不動産の使用料等の支払調書」を国税庁に提出しなければならず、そこには【支払先】である「大家・地主」の個人番号を書かなければなりません。

 そのため、こうした賃貸物件をもつ被後見人の場合には、「店子・借り手」である法人・不動産業者から個人番号の提供を求められると思われます。

② 不動産を売却した場合

 被後見人の所有不動産を、法人や不動産業者である個人に売却し、支払額が100万円を超える場合には、譲り受けた「法人・不動産業者」は「不動産等の譲受けの対価の支払調書」を作成しなければならず、そこには「支払先」の個人番号を書かなければなりません。

 そのため、これらの場合には、「買主」である法人・不動産業者から「売主」である個人番号の提供を求められると思います。

③ 株式・投資信託

 株式等を保有している被後見人に対して、その会社が配当金を支払う場合、会社は原則として(提出省略範囲は、細かく定められていますので、記載を省略します。以下この③について、同様の扱いです。)「配当、剰余金の分配及び基金利息の支払調書」を税務署に提出する必要があり、ここには「支払先」である株主の個人番号を記載する必要があります。また、株式が売買された際の譲渡益についても、それが一般口座で行われたものであれば、対価を支払うものが「株式等の売却の対価等の支払調書」を税務署に提出しなければならず、これにも支払先の個人番号を記載する必要があります。そして、特定口座で取引を行っている場合には、配当・譲渡益ともに「特定口座年間取引報告書」において申告され、これにも支払先の個人番号を記載する必要があります。

 そのため、こうした場合、株主等である被後見人の個人番号について、後見人は、会社(非上場の場合)又は証券会社(上場の場合)から、個人番号の提供を求められると思われます(既存顧客等については制度導入後3年間の猶予期間があります。)。

④ 生命保険関係

 生命保険については、一時金の支払いのうち1回の支払金額が100万円を超えるもの、また、年金の支払額が年20万円を超えるものについては保険会社において法定調書の作成が必要とされ、そこに支払先の個人番号も記載しなければならないこととなります。

 また、被後見人の親族等がお亡くなりになって、その生命保険金を被後見人が受け取る場合にも、生命保険金・共済金受取人別支払調書において、受取人の個人番号の記載が求められます。

 これらの場合は、保険会社等から個人番号の記載を求められると思われます。

⑤ 損害保険関係

 損害保険契約等の満期返戻金等の支払金額が100万円を超える場合、年中の年金の支払額が20万円を超える場合にも、支払う側は支払調書を作成しなければならないため、支払先の個人番号の記載を要します。

 また、損害保険金・共済金のうち、死亡に伴って支払われるもので保険金の支払金額が100万円を超えるものについては、受取人別支払調書に受取人の個人番号の記載を要することになります。

 そのため、これらの場合にも、保険会社等から個人番号の記載を求められると思われます。

(2)社会保障関係  

ア 医療保険(健康保険・国民健康保険後期高齢者医療保険

 被後見人について、これらの資格の取得、喪失が生じたり、高額費用の還付や限度額認定請求等を行う場合に、被後見人の個人番号の記載が必要となります

 なお、「療養費の請求」にも必要ですが、これは【現物としての療養】を受けることなく、後で療養費を請求する場合の話ですので、通常の病院の診察等で必要になるわけではありません。

イ 介護保険

 介護保険資格の取得は、高齢で成年後見となられている方の場合、すでに手続きが済んでいるかと思われます。資格を喪失した場合や、高額費用の還付・限度額認定の請求といった医療保険と同じような場面でも、被後見人の個人番号は必要になってきます。

 さらに、要支援・要介護の認定・更新の際に被後見人の個人番号の記載を求められる点が重要です。

ウ 生活保護

 被後見人について生活保護を申請する場合には、被後見人の個人番号の記載を求められます。

エ 年金

 法施行時期が延長されたこととの関係で、現時点ではどういった場面で個人番号が要求されるかはわかっていません。 

(3)マイナンバー固有の手続き

ア 転居等の届出

 いわゆる(住民基本台帳法の)転入届を提出する際、マイナンバー法では、「通知カード」(7条)、「個人番号カード」(17条)についても同時に地方自治体に提出しなければならないとされています。カードに記載された住所等を書き変えるなどの作業のためです。

 法令上はこの届けを代理人が行ってよいか明らかではありませんが、「通知カードおよび個人番号カードの交付等に関する事務処理要領について」(平成27年9月29日総行住第137号)では、法定代理人等もこれを行うことができるとされています。ただし、「個人番号カード」による手続きの場合には、住民基本台帳アプリケーションについての4桁の暗証番号を記入しなければ住所の書き換えができないことになりますので(上記通知第3-3-(1)-ア)、被後見人等からこれを教えてもらっておくと手続きがスムーズに行えるのでしょう。

 暗証番号を教わらないままに法定代理人が手続きを行おうとする場合は、上記の通知でははっきり書かれていませんが、①自治体からの被後見人に「回答書」を送ってもらい、本人に暗証番号を記載してもらうか(第3-1-ウ―(オ)-C。本来は法定代理人以外の任意代理人についての処理なので、自治体が認めてくれるかどうかはわかりません)、②個人番号カードの暗証番号の変更の手続き(第3‐3-(3))を行うことになるかと思われます。

 法定代理人は、暗証番号を入力できるとされ、暗証番号変更の手続きもできるようですので、法定代理人がいる場合には法定代理人が暗証番号、個人番号カードの管理を行うことを念頭に置いているのかもしれませんね。

 ちなみに、上記で引用した「通知カードおよび個人番号カードの交付等に関する事務処理要領について」は、ぎょうせいの「平成27年版住民基本台帳法令・通知集」を参照しています。

イ 個人番号カードの受領    

 15歳未満の方や被後見人が個人番号カードの申請を行った場合には、法定代理人である後見人が市町村の事務所に出頭して、個人番号カードの受領を行うことになるようです(第3-2-(1)-ウ―(ウ))。また、このときに法定代理人である後見人に暗証番号の入力を求められるのではないかと思われます。

ウ 個人番号の指定の請求

 マイナンバー法では、「個人番号が漏えい」して「不正に用いられる恐れ」がある場合に、従前の個人番号に代わる個人番号の指定を請求できる(法7条2項)とされています。

 法律では、本人しか請求できないように見えますが、法施行令3条6項により本人が個人番号指定請求書を作成すれば、その提出は代理人でも行うことができるとされています。

 さらに、上記通知では、「法定代理人に限」っては「本人に代わって請求することができることとするのが適当である。」としていますので、法定代理人である成年後見人は、みずから請求書を作成し、申請することもできると思われます。

(4)その他:死後事務について

 本来の成年後見人の職務ではありませんが、被後見人がお亡くなりになった後にも、被後見人の個人番号が必要とされる手続きがあります。

 医療保険において葬祭費等を請求する場合には、個人番号の記載が必要とされていますし、生命保険や損害保険(死亡)の保険金を請求する場合、そして、相続税の申告の場合にも、お亡くなりになられた被後見人の個人番号は必要とされます。

 そうした手続きの多くは、成年後見人が行うものではありませんが、親族が被後見人の個人番号を知らず、被後見人と同一世帯ではない場合には、個人番号を伝えてあげる必要が出てくることもあります。

 マイナンバー法で「第三者への提供」が制限されているのは、「特定個人情報」(法19条)であり、「特定個人情報」の中にはお亡くなりになられた方のものは含まれません。そのため、お亡くなりになられた被後見人の個人番号を、その親族にお教えしてもマイナンバー法には触れないことになります。

 Q17-5死亡保険金の支払に伴って提出する支払調書に記載する保険契約者の個人番号について、保険契約者が死亡しているケースが想定されますが、その場合どのような対応が適切ですか。
A17-5保険契約者が死亡している場合であっても、支払調書には保険契約者の個人番号を記載することとなっています。死者の個人番号については番号法上の提供制限は及びませんので、保険契約者の個人番号を知っている者に適宜提供を求めることとなります。 

「特定個人情報の適正な取り扱いに関するガイドライン(事業者編)に関するQ&A」Q17-5

 ただ、親族間で紛争にならないよう、引継ぎを行うときと同様の配慮は必要と思われます。

3 【未成年者】の後見人(未成年後見人)

 上記2の「高齢の方の成年後見」で触れた手続きで、未成年後見人の場合でも問題となる手続きもありますが、それについては重複するので説明を省きます。

 未成年後見人に特に関係してくるものは、以下のようなものでしょうか。

(1)児童手当の新規認定請求

 児童手当法施行規則が改正され、児童手当を新規に認定してもらうための様式である、第1条の4の様式2号【児童手当・特例給付認定請求書】に、当該請求者(つまり、未成年後見人)及び配偶者がいるときには配偶者の個人番号が必要とされます(平成27年12月18日内閣府令第73号)。 

(2)児童扶養手当の認定請求

 児童扶養手当の受給は、未成年者の「養育者」が行うものですので、未成年者の親族等の後見人であればともかく、弁護士のような専門職後見人請求することはあまりないのかもしれませんね。

 児童扶養手当法施行規則が改正されたことにより、1条の様式第1号【児童扶養手当認定請求書】に、当該請求者及びその扶養親族、そして対象となる児童の個人番号が必要とされるようになっています(平成27年9月29日厚生労働省令第150号の、第19条)。

(3)子ども・子育て支援法20条の支給認定(20条1項)

 幼稚園・認定子ども園・保育所・小規模保育への申し込み等に関係してくる、子ども・子育て支援法20条の支給認定を受けるためには、保護者(この場合は未成年後見人)の個人番号の記載が必要とされています(子ども・子育て支援法施行規則第2条)。

(4)奨学金

 奨学金については、まだ制度導入時期となっていないため、現時点では詳細は定まっていません。

 

※ あるいは、間違い、見落としもあるかもしれませんが、メモとして書き残しておくこととしました。

 実際に手続き等を行う場合には、管轄の役所に問い合わせ等を行われてはどうかと思います。 

認知症高齢者の鉄道事故について

1 平成28年3月1日最高裁判決について

 認知症の高齢者が徘徊していて、駅構内の線路に立ち入り鉄道事故となってしまい、鉄道会社が親族に監督責任等を問うていた事件について。

 最高裁判所の判決が出ましたね。

 今は一時的にこちらに掲載されているようです。

 ※ 一時的な公開用のHPが削除されたようです。今はこちらで公開されています。

 この事件について、高等裁判所は、奥さんを民法714条の法定監督義務者に当たるとして、具体的事情の下で損害額を大きく減額(5割)したうえで責任を認めていました。

 七百十四条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

 しかしながら、最高裁においては

精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。

 とした上で、

もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである

としながら、

 具体的事情を検討し、【法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはで
きない】として鉄道会社側の請求を全面的に棄却し、親族に責任はないとしたものでした。 

 すごいな、と思います。

2 弁護士会で検討したときに

 この事件は、地方裁判所の判決が出た時に、弁護士間の勉強会で取り上げられたことがあり(他の方が発表されましたが)、簡単にですが一読していました。

 しかし、高齢者で責任能力がないと思われる方について、民法714条1項の「法定監督義務者」が誰もいないというような判断をすることは難しい事案ではないかと感じざるを得ませんでした。 

 この事件では成年後見人は選任されていませんでしたが、ものの本には714条の「法定監督義務者」に当たる典型例として【後見人】が挙げられていることなどから、「たまたま後見の申し立てをしなかった」から責任を負うものがいない、という結論はさすがに書けないと感じていたからです(つまり、責任無能力と評価できるほどの認知症だとすれば、仮に成年後見を申し立てていれば当然「後見」が認められます。そして、「後見」となると後見人が賠償義務を負うけれど、後見人がいなければ賠償義務を負わない…ということになると、法律に従って高齢者を守るために「成年後見」を申立てた人が不利益を負う結果になり、不公平になってしまいます。そのため、【本来であれば後見人となっていたような親族は、後見を申し立てていなくても、責任を負う(法定監督義務者に当たる・準じる)】ということにならざるを得ないのではないかと考えていました。後見人にならなければ責任を負わないのであれば、成年後見の申立てが避けられるようになり、結果として本来成年後見が目的としていた悪徳商法等からの保護が不十分となくなったり、後見人がいないことを不安に思う相手方からの契約拒否等が起こりえますので…。【わかりにくいかと思い、3/3加筆】)。

 最高裁判所は、その点について以下の通り、【成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない】として、前提を否定していますね。

後見人の禁治産者に対する療養看護義務は,上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると,平成19年当時において,保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。 

 勉強会のときは、私も何とかならないかと思い、【精神疾患者に治療を施す際に、開放処遇の選択をすることについて医師の裁量を認めた一連の裁判例の存在などから、義務を軽減することはできないか】、という意見を述べてみました。

 しかし、他の先生から、「精神疾患者の開放処遇についても、その結果無関係の第三者に損害が生じた時には、裁判所は厳しい判断をしている」との指摘を受け、確かにそうだったようにも思い、やはり責任を否定することは難しいのではないかと思っていました。

3 最高裁判所の変化?

 ただ、平成27年に入って、「最高裁判所の判断が変わってきているのかな?」と感じさせられた出来事がありました。

 平成27年4月9日最高裁判所判決の存在に気が付いたときです。

 この事件は、11歳の子どもが蹴ったサッカーボールを避けようとして、自転車に乗っていた他の子どもが転倒し、その後死亡してしまった事件について、亡くなられお子どもの両親が、ボールを蹴った子どもの両親に、監督責任を追及した事件です。

 これまでの法律論からすれば…、【成人がサッカーボールを蹴りそれを避けようとした人が亡くなってしまえば責任を負う可能性が高い】と思いますので、この案件でも、「責任無能力者」であるお子さんの事件について、代わりに親権者である両親が責任を負うとされることは通常であれば避けがたいと感じる事案でした。

 しかしながら、最高裁判所は以下の通り判断して責任を否定しました。

 責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが,本件ゴールに向けたフリーキックの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。 

 また、集めておいた文献もそのうち読んで、考えをまとめてみたいところですが…。

 認知症高齢者をはじめとして、社会には防ぎようのない一定の危険な出来事もあることもあり、それをただ親族・家族というだけで責に帰することはできず、社会に生きている我々全員も受け入れなければならない時期に来ている。

 そのような視点を、最高裁判所から示されているようにも感じますね…。 

 とはいえ、どちらの最高裁判決も、未成年者や認知症高齢者が事件を起こしたときに、親族や後見人が「全く責任を負わなくてよい」としているものではなく、あくまで具体的事情に基づく判断の余地を認めたものとどまりますので、後見人や親族も監護・介護に努力を重ねなければならないことに、変わりはなのだろうと思います。

※ あまりちゃんと検討できていないので、間違っているところもあるかもしれません。とりあえず感動を書き留めておくことに…。

マイナンバーは危険なのか(その3:詐欺・消費者被害を少なくするために)

1 はじめに

 マイナンバーに関して、詐欺等の電話がかかることが続いているようです。

 以前、タウンニュースの取材をいただいた時にもお答えしたことですが、個人的にはこれが一番懸念していたことなのですよね…。

  なぜこういったことが起こるかと言うと、①マイナンバー制度(及びそれに伴く個人番号カードの制度)自体が、まだ実施されていないところ、未確定のところがあること、②そもそも制度が複雑で、なかなかわかりづらいこと、によって、【一般の方々が混乱してしまっている】ことが背景にあります。

 こうしたことが、①犯罪者にとっては付け込む余地になりますし、②こうした方々から相談を受ける立場のものにとっても、なかなか明確な回答がし辛いことに繋がります。

  ②のわかりにくさ、については、内閣官房がホームページで「マイナンバーの提供を求められる主なケース」が掲載されたので、これを見ると、少しわかりやすいかもしれません。ただ、これに挙げられたものがすべてではないことも、悩ましいところです。 

 しかし、付け込まれているのは、「分かり辛い」こともさることながら、そこから生じる「混乱」なのですから、【本人】も【周りの相談者や支援者】も、少しでも本人の「混乱」を収めることで被害の発生をある程度減らすことができると思います。

 そうした意味では、「制度がどうなっているか」を事細かく正確に知らなくても、【間違っていないこと】を把握し、そこから考えて、仮に不当な電話があったときに【おかしい】と思える知識を身に着けて、冷静な対応をするよう心がけるが重要だろうと思います。

 2 どんな混乱に付け込まれやすいか

 これまでに役所に報告された主な手口は、国民生活センター警察庁消費者庁などのサイトで掲載されています。

 最近の特徴としては、お金を要求するだけではなく、まず資産状況等を聞きだすケースもあることや、メールでの事例が増えつつあることなどがあげられるでしょうか。

 ともあれ、犯人の最終目的は「お金」なのですから、「マイナンバーに関わること(漏えい等)で、このまま放置すると、あなたに【強い不利益】が及ぶ可能性がある。それを防ぐためには費用がかかる」等として、【不利益】を告げ、それを避けるためにはお金が必要、と告げることが最も考えられることになります。

 告げられる【強い不利益】の内容としては、

A 犯罪

B 損害賠償の請求

C プライバシー情報の流出

D 「なりすまし」

などが考えられるでしょうか。

 だとすれば、そうした不利益が生じる可能性が【ない】あるいは【低い】ことを理解していれば、少なくとも「何かおかしい」と感じ、混乱を少しでも収めて対応できるのではないかと思います。

 CとDについては、基本的に危険はないことをこれまで触れてきました。

yokohamabalance.hatenablog.com

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3 マイナンバーに関して、【消費者】が犯罪に問われることがあるか

 結論から言えば、まずないです。

 マイナンバー法が定める犯罪は、以下の通りです。

  主体 行為 法定刑
1 情報連携や情報提供ネットワークシステムの運営に従事する者が従事していた者 情報連携や情報提供ネットワークシステムの業務に関して知りえた秘密を洩らし、または盗用 3年以下の懲役、または150万円以下の罰金(併科刑あり)
2 国、地方公共団体地方公共団体情報システム機関などの役職員 職権を乱用して、もっぱら職務以外の目的で個人の秘密に属する特定個人情報が記録された文書などを収集 2年以下の懲役、または100万円以下の罰金
3 特定個人情報保護委員会の委員長、委員、事務局職員 職務上知ることのできた秘密を洩らし、または盗用 2年以下の懲役、または100万円以下の罰金
4 個人番号利用事務、取扱事務などに従事する者や従事していた者 正当な理由なく、業務に関して取り扱う個人の秘密が記録された特定個人情報ファイル等を提供 4年以下の懲役または200万円以下の罰金
5 同上 業務に関して知りえた個人番号を不正な利益を図る目的で提供または盗用 3年以下の懲役、または150万円以下の罰金(併科刑あり)
6 「何人も」 人を欺き、人に暴行を加え、人を脅迫する行為、または財物の奪取、施設への侵入、不正アクセス行為により個人番号を取得 3年以下の懲役、または150万円以下の罰金
7 「何人も」 偽りその他不正の手段により個人番号カードまたは通知カードの交付を受けた 6か月以下の懲役、または50万円以下の罰金
8 特定個人情報の取扱いに関して法令違反のあったとして特定個人情報保護委員会から命令を受けた者 特定個人情報保護委員会の命令に従わなかった 2年以下の懲役、または50万円以下の罰金
9 特定個人情報保護委員会から報告や資料提出の求め、質問、立ち入り検査を受けた者 報告・資料提供をしない 虚偽報告、虚偽の資料の提出 職員の質問に答えない、虚偽の答弁をする 検査を拒否したり、妨げたり、忌避する 1年以下の懲役、または50万円以下の罰金

 このうち、番号1から3は、それらの仕事についている公務員に成立するものですので、公務員でない消費者に成立することはありません。

 番号4と5は、会社の仕事などでマイナンバーを扱う業務についている人に成立するものなので、そうした立場にない通常の消費者に成立することはありません。

 番号8と9は、特定個人情報保護委員会から、命令を受けたり、調査等を求められたときに従わなかった場合の話なので、通常の消費者には関係ありません。

 残された、番号6と7を見てみましょう。

「人を欺き、人に暴行を加え、人を脅迫する行為、または財物の奪取施設への侵入不正アクセス行為により個人番号を取得」

偽りその他不正の手段により個人番号カードまたは通知カードの交付を受けた」

 これ、マイナンバー法があろうがなかろうが、ほとんど犯罪です。

 通常の消費者であれば、「そんなことはしていない」ことがわかるのではないかと思います。

 このように、まず通常の消費者に犯罪が成立すること自体が考え難いことになります。もちろん、誤って情報を漏らしてしまったなどの【過失】の場合は犯罪にはなりません。それでも不安なら、警察やマイナンバーコールセンターに相談をしてはどうかと思います。

4 マイナンバーに関し、消費者が損害賠償を問われることはあるか

 

 これもまずないと思います。

 情報漏えいなどをしたことで損害賠償を負うのは、原則としては「情報漏えいしない義務」=「管理義務」を負っている人になります。

 会社の仕事でそう言う立場に立っている人であればともかく、普通の消費者がこうした義務を負うことはありません。

 それでも心配な時は、マイナンバーコールセンターなどに問い合わせをされてはどうかと思います。

5 他の方法

 

 他には、マイナンバーを取り扱う公務員や、業者だと名乗って、会話ややり取りをするうちに信頼させて、情報やお金を引き出そうとするケースがあるかもしれません。

 こうした場合はなかなか気が付きにくいですが、資産情報や、費用の話になったらおかしいと思いましょう。

 そして、相手が名乗った役所や、マイナンバーコールセンター、国民消費者センターなどを、きちんと自分で電話番号を調べて電話しましょう。そこで聞けば、「そんな話はない」ことがわかるのではないかと思います。

6 最後に

 

 詐欺や消費者被害では、次々と新しい手口が考え出されてきます。

 すべての手口を事前に考え、予測することまではできません。

 世の中の仕組みの基本を押さえることで、「おかしい」と気が付くようになれることが、身を守る方法としては有効でしょう。

 多くの場合、相手は「今ここで話を決めないといけない」という印象を与えるでしょうが、そうしたことは世の中にあまりありません。すぐに、相談すべきところにきちんと相談しましょう。

 そして…。

 政府・警察におかれても、こうした事案の摘発・防止に力を注いでいただけるよう、是非お願いしたいと思っています。

マイナンバー:紛失・漏えい時に行うべきこと(本人)

 これまでで、マイナンバーに「なりすまし」や「情報漏えい」などについての【大きな危険】まではないのではないかということを書いてきました。

 

yokohamabalance.hatenablog.com

 とはいえ、「個人番号カード」や「通知カード」を紛失したり、マイナンバー自体が漏えいしてしまったりした場合に、不安になることもあるでしょうし、絶対に害が生じないとまで言いうるものではありません。

 そこで、そうした場合にどうするかを書いておきたいと思います。 

1 個人番号カード(ICカード)を落とした(紛失した)

 やること① カード利用の一時停止:マイナンバーコールセンターに電話

 【個人番号カード】には、前にも書いた通りICチップがついていますので、念のため、カードの利用を一時停止してもらった方がよいでしょう。

www.kojinbango-card.go.jp

 やること②:警察への遺失物届提出

 そして、警察に遺失物届を出しておかれるとよいと思います。住民基本台帳カードなどは、再発行のために警察が届出証明を出してくれていたと思いますので、【個人番号カード】でも同様の取り扱いをしてもらえる余地はあると思います。届け出ておいて無駄になるわけではありませんので。

神奈川県警察/落とし物(遺失物)の取扱いについて

 やること③:市区町村長への届出

 紛失した旨を、市町村長に届け出ておきましょう(マイナンバー法17条5項)

 やること④:番号変更の申請

 念のために個人番号の変更を市区町村に請求してもよいかもしれません(マイナンバー法7条2項)。ただ、変更を認めるかどうかは市区町村の判断によることとに注意してください(「情報の漏えい」に当たるとは言いにくいため、認めてもらえないかもしれません。あくまで念のためになります。)

 やること⑤:再発行

 その後、再発行を希望する場合には、カードの再発行をお願いしてもよいでしょう。ただ、費用が掛かることに注意してください。

 もっとも、再発行をしないままだと、個人番号の提示を求められたときに個人番号付きの住民票を取得することになりますので、より費用が掛かる可能性もあります。

 やってもよいこと⑥:信用情報機関へ、そのマイナンバーカードを紛失したことを届け出ること。

 下の※印を参照してください。  

2 通知カードを落としてしまった。

 ICチップはないので、上記1①に相当する「やること」はないですね。

 やること①:市町村長への届出

 紛失した旨を、市町村長に届け出ておきましょう(マイナンバー法7条6項)

 やること②:警察への遺失物届提出

 上記1と同じですが、警察に届出ておいてはどうかと思います。通知カードの再発行の際に、警察が届出証明を発行してくれるかはわかりませんが、届け出ておいて無駄になるわけではありませんので。

 やること③:番号変更の申請

 念のために個人番号の変更を市区町村に申し出てみてもよいかもしれません。変更を認めるかどうかは市区町村の判断によることとは、上記1で触れた通りです。

 やること④:再発行

 再発行を希望する場合には、カードの再発行をお願いしてもよいでしょう。ただ、費用が掛かることに注意してください。 

3 カードは落としていないが、マイナンバーを他人に知られた

 マイナンバーは、「自己と同一の世帯に属する者」(法15条、20条)や、雇用主、代理人等に知られることは、ある程度想定されています。ですので、「知られた」だけで何かが起きるわけでもなければ、何かできるわけでもありません。

 ただ、「不正に利用される恐れ」が具体的に認められる場合には、番号の変更が認められうるかもしれませんので、市区町村長に申し出てみてもよいでしょう(上記1④参照)。

※ 2018/1/5加筆 『本人申告制度』並びに、裁判等について

 やけにこの記事のアクセスが多くなっていたため、こうした事例が多いのかと思って、調べなおしてみました。

 すると、【個人信用情報機関が設けている『本人申告制度』を利用してもよいのではないか】と、国民生活センターのホームページに記載があることを見つけましたので、加筆しておきます。

悪用が心配される健康保険証や運転免許証の紛失(相談事例と解決結果)_国民生活センター

 なお、この『本人申告制度』というのは、その身分証明書が悪用されて「お金を借りられてしまう」ことを少しでも防ぐために、銀行やクレジットカード会社・貸金業者がお金を人に貸すときに、照会を行うことになっている「信用情報機関」に、身分証明書を紛失した旨などを届けておけるもののようです。

 各信用情報機関のサイトは、以下のもののようです。

消費者金融系>

www.jicc.co.jp

<クレジットカード系>

www.cic.co.jp

<銀行系>

www.zenginkyo.or.jp

  また、裁判例などでこうしたことが端的にわかりやすく争われた例がないかどうか見てみたところ、裁判所のHPで公開はされていませんが、ウエストロー・ジャパン(判例の有料検索システムです。)に収録されていた、平成28年9月16日東京地裁判決でまさに「悪用された」ことを裁判で争い、勝つことができた例がありました。

 ただ、この事例も、上記のようなやるべきことをすべてやっていたことや、他の諸事情を証拠で証明できたという、恵まれた事例のようですので、訴訟の見込みについて、一概にいうことはできないのですが…。

マイナンバーは危険なのか(その2:情報漏えいの危険)

お久しぶりです。

年末・年始から、少し自分を見失ったような感じで、気力を無くしてしまっていました。すみません。

以前、マイナンバーの危険性の一つである、「なりすまし」について書いてみましたので、今度は「情報漏えいの恐れ」について書いてみたいと思います。 

1 「情報漏えい」とは

 「情報漏えい」がニュースに載ることも多くなりましたね。ごく最近の出来事として記憶に残り、法改正等に影響を与えたものとしても,こうしたことがありました。 

①年金情報流出事件

 日本年金機構の職員の端末に、平成27年5月8日以降コンピュータウイルスメールが大量に届き、職員が開封したことなどによってウイルスに感染し、その後攻撃者が管理者権限を窃取して他の端末に感染を拡大させ、結果としておよそ125万件の個人情報(基礎年金番号、氏名等)が流出した事件 

ベネッセコーポレーションお客様情報漏えい事件

 ベネッセがシステム開発・運用を委託していた業務委託先の元社員が、ベネッセのお客様情報(名前、性別、生年月日、住所、電話番号等)を不正に取得し、約3,504万件分の情報を名簿業者3社へ売却した事件。平成26年6月27日に顧客からの問い合わせにより発覚。

 ニュースでは当然のこととされるせいか,わざわざ紹介されませんが,情報が漏えいされてしまうと,どういった点で困ることがあるのでしょうか?。

 考えてみると、基本的には、この2つだろうと思います。 

A:消費者契約や勧誘・詐欺のメール・電話がかかってくる

  ①の事件では、流出した顧客に対し、詐欺の電話や情報を聞き出そうとする電話がかかってくることがあったようですし、②の事件でも、勧誘の電話等がかかってきたようです。

 B:「知られたくないことを知られてしまった」

  ②の事件では、他の事業者等には明らかにしていない情報をもとに勧誘がされたことが、顧客が問い合わせたきっかけだったと報道で見た気がします。

  過去には、エステティックサロンの顧客情報が流出した事件などもありましたし(東京地裁平成19年2月8日判決)、過去ブログに書いたようにDV被害者などにとっては住所そのものが「知られたくない情報」になります。

 グーグルマップストリートビューが訴えられたこともありましたし(請求棄却)、「知られたくない」という欲求は、だんだん強くなっているような気がしますね。

2 マイナンバーの導入で、「情報漏えいの危険がある」とは?

 では、どうしてマイナンバー制度の導入に際して、「情報漏えいの危険が高まる」と言う話になるのでしょうか。

 マイナンバーは、一人一人違う番号が付くことで、【個人個人を識別できる】ことに最大の特色があります。個人個人の氏名だけですと、同姓同名の人は世間にいらっしゃるでしょうし、養子縁組や婚姻等により変わることもあります。

 氏名や住所だけだと「いろいろな役所の持っている情報」「いろいろと役所に提出している情報」を役所同士で突き合わせたときに、同じ人の情報なのかどうかがわからなくなってしまいますが、「同じマイナンバーの人」の情報は「同じ人についての情報」であることがはっきりします。

 こうしたマイナンバーの機能から、マイナンバーは、その人についてのたくさんの情報を一つに結びつける【マスターキー情報】といわれることがあります(【マスターキー情報】と言う名前だと、「それさえあれば、どんな情報でも手に入るパスワード」にように誤解されてしまうかもしれませんがそうではありません。)。

 そうすると?。

 【役所の人は、そのマイナンバーに関するすべての情報を扱うことができるのか】となり、【じゃあ、情報漏えいしたら、全部の情報が漏えいしちゃうじゃないか】

 こうした懸念を持つ人がいるのだろうと思います。 

3 情報の一元管理と住民基本台帳最高裁判決

 まさに、こうしたことを懸念の一つとして起こされたのが、住民基本台帳制度が違憲であり、住民基本台帳から住民票コードを削除せよとして提起された裁判でした。

 この裁判で、平成20年 3月 6日最高裁判決は、住民基本台帳制度を合憲としたことに関連する判示で、以下の通り書いており、これは、上記2の【情報漏えいの危険】にも関連してくる要件になります。

現行法上,本人確認情報の提供が認められている行政事務において取り扱われる個人情報を一元的に管理することができる機関又は主体は存在しないことなどにも照らせば,住基ネットの運用によって原審がいうような具体的な危険が生じているということはできない。」

 そのため、この判例が出た後に制度設計されたマイナンバーでは、「情報の一元管理」を避ける方法をとっています。 

4 マイナンバー法でのシステム

 マイナンバー法19条7項では、法律の別表2に「情報照会者」として定められた行政機関等が、「情報提供者」として定められた行政機関等に対して、同別表に定められた特定個人情報の提供を求めた場合に、情報提供者が【情報提供ネットワークシステムを使用して】当該特定個人情報を提供することができるとしています。

 あくまで、情報照会者の職員が提供を求め、情報提供者の職員がこれに応じる必要があるものであって、勝手に情報照会者の職員が他の役所(情報提供者)のコンピューターの情報を検索できるわけではないようです。

 そして、この【情報提供ネットワークシステム】で情報提供等を行った場合には、それを記録することが義務付けられ(法23条)、これらの違反には罰則も定められています。

 すくなくとも、これを前提とすれば行政機関等の職員が、不必要な個人情報まで見ることや、ひとりの職員があらゆる役所が保管していた個人の情報を持ち出す、といったことは困難なように見えますね。 

5 残る課題

 あと、気になるのは、「中間サーバー」のネットワーク設定や、セキュリティ等でしょうか。

 以下の資料を見ると、この「中間サーバー」というのは、東日本と西日本に1つずつ作られ、各地方公共団体が保有する特定個人情報の「写し」を保管しておく場所(ストレージのようなものでしょうか)と、それぞれの役所ごとで使われている【符号】に対応できるシステムを置いておき、情報の照会があった時に自動的に情報を提供できるシステムのようです。

個人番号を活用した今後の行政サービスのあり方に関する研究会(第1回)

 資料2 マイナンバー制度について

第1回番号制度に係る地方税業務システム検討会

 資料3 地方税務システムの構築に係るガイドラインについて

一般財団法人岐阜県市町村行政情報センター広報誌Net&Line.No147

社会保障・税番号制度における中間サーバーの概要について」
 1①の年金情報流出事件では、インターネットとつながった職員の端末から、同じサブネットに接続している他の端末に感染が広がっています。そうした初歩的なセキュリティは大丈夫なのでしょうが(最低限、ルータかFWなどでセグメントを分けると思いますが)、実際のところどのくらいセキュリティがしっかりしているのか、少し気になりますね。

 もっとも、悪用される恐れがあるので、そうしたセキュリティの詳細は明らかにされないのでしょうが…。

 ほかには、個人番号カードのICカードにどういった情報をいれておくのか、スキミングされないのかも、少し気になりますね。

 上にあげた「個人番号を活用した今後の行政サービスのあり方に関する研究会(第1回)」の「資料2 マイナンバー制度について」の16頁を見ると、ICチップに【秘密鍵】を入れ、「無理に読みだそうとすると、ICチップが壊れる仕組み」とされていますが、どういった技術なのか…。また、秘密鍵以外の、今後利用拡大が検討されているICチップへ入れられるアプリや情報については、大丈夫なのか、やはり気になりますね。

 もっとも、これも…、セキュリティ上の理由から、詳しいことは公開されないのだろうと思います。

マイナンバーは危険なのか(その1「なりすまし」の危険)

 ご無沙汰していました。

 やはり、懸念していた通り、マイナンバーによる詐欺被害なども生じているようです。

マイナンバー制度に便乗した不審な電話等にご注意ください!(注目テーマ)_国民生活センター

 こうした詐欺被害の背景には,マイナンバー制度のわかりにくさ・複雑さもあるものの,他方で,いくつかのメディアを通じて世間で言われているマイナンバーの危険性である,「なりすまし」「情報漏えい」に対する不安について、犯罪者に付け込まれてしまっているところもあるように思います。

 そのため、あちらこちらで書かれていることですが、マイナンバーの「なりすまし」「情報漏えい」の危険について、まずは「なりすまし」について触れてみたいと思います。

1 「なりすまし」とは

 マイナンバーを他人に知られると,「なりすまし」が起きる-これは,【アメリカのSSN】(Social Security Number社会保障番号)や,【韓国の住民登録番号】でそうした「なりすまし」が起きているといわれていることが,根拠のようです。

 たしかに,アメリカの社会保障番号について,企業のコンサルタント部門からの情報ではあるものの、

「米国ではこのようにSSNが幅広く用いられ、またSSNの下4桁を知っていることを本人確認の手段として用いることが広く行われてきたことなどから、SSNを利用した成りすましが大きな問題となった。」

という内容が掲載されています。

みずほ情報総研:日本の番号制度(マイナンバー制度)の概要と国際比較(2/2)

 また、韓国においても以下のような文献によれば、なりすましの被害は生じているようです。

「韓国におけるインターネット取引では本人確認手段として住民登録番号を記入させることが慣例となっている。しかし、“他人へのなりすまし”が頻発しており、現在大問題となっている。」

高山憲之「諸外国における社会保障番号制度と税・社会保険料の徴収管理」15頁

 他方で、番号制度の導入については、いろいろな国が番号制度を導入しているという話がありましたが、そのなかで、「なりすまし」が大きく言われているのは、アメリカと韓国のようであり、これが国民性の差で片づけられるものではないのであれば、「なりすまし」が【生じる制度】と【生じない制度】があるように見えます。

 では、日本のマイナンバー制度では、こうしたアメリカや韓国と同じ「なりすまし」というのは、起こりうるのでしょうか?。 

2 本人確認とは?‐「実印」と「お客様番号」

 上の各引用の、下線を引いているところを見るとわかるのですが、アメリカと韓国の番号制度の共通点は「本人確認の手段として」として個人番号を使ってしまったところにあります。

 これは、いわば実印】などと同じように「個人番号を知っていれば(あるいはインターネットで記入できれば)、本人が取引を行っていると扱ってよい」(識別)ということを意味していると思われます。

 これに対して、日本のマイナンバー制度では、相手が番号を知っていたとしても、別途「写真付きの身分証明書」などによる「本人確認」を要求しています。たとえるなら、同姓同名のお客様が複数いる場合に区別するための、「お客様番号」により近いのかもしれません。

 マイナンバー法16条の定めが、これに当たります。

第十六条 個人番号利用事務等実施者は、第十四条第一項の規定により本人から個人番号の提供を受けるときは、当該提供をする者から個人番号カード若しくは通知カード及び当該通知カードに記載された事項がその者に係るものであることを証するものとして主務省令で定める書類の提示を受けること又はこれらに代わるべきその者が本人であることを確認するための措置として政令で定める措置をとらなければならない。

 アメリカや韓国のような「なりすまし」が被害につながるためには、「個人番号を知っていれば本人が取引を行っていると扱ってよい」ということを裁判所が認めることが必要になります。なぜなら、業者がそのあと裁判等でお金の支払いなどを請求したとしても、結局裁判所がそれを有効と認めなければ、強制執行等ができないためです。

 そして、日本のマイナンバー制度は、①利用目的がそもそも厳格に定められており、現時点では民間事業者(クレジットやサラ金業者等)が本人確認などにこれを使用することは近似されているうえに、②マイナンバー法そのものが上記のとおり、「番号を知っているだけでは不十分で別途本人確認をしなければならない」としていることからすれば、「個人番号を相手が知っていたから、取引相手が本人だと判断した」という業者の言い分に裁判所が耳を傾ける可能性は低いように思われます。

 そのため、私自身としては、現時点でのマイナンバー制度で、アメリカや韓国で生じているのと同じような「なりすまし」が起きる危険は、大きくないのではないかと思っています。

3 日本のマイナンバー制度で起きる「なりすまし」?

 ただ、そのことは「なりすまし」が決して起こらないということまでは意味していません。

 一方的に郵送されてくる【通知カード】では無理ですが、【申請】した場合に交付される「個人番号カード」は、写真がついており【身分証明書】として使用できますので、この個人番号カードを【偽造】等されてしまえば「なりすまし」が起きることもないとは言えません。とはいえ、そのこと自体は、「運転免許証」や「住民基本台帳カード」でも起きた危険と同じであり、マイナンバー制度によって危険が大きくなったという話とは違うと感じています(まさか、行政手続きのたびにDNA鑑定や網膜認証をしてもらうことはできないと思いますから…)。 

 また、個人番号カードには「ICチップ」がついていますので、このICチップの中にどのような機能を盛り込むかによっては、「なりすまし」の危険なども出てくるのかもしれないと思います。

 韓国・アメリカの番号カードには、ICチップなどはついていませんでしたので、こちらの危険は、また別の防止が求められるだろうと感じています。

 いま「個人番号カード・公的個人認証サービス等の利活用推進の在り方に関する懇談会」においてこのICチップにどのようなサービスを盛り込むかが議論されているようですが、慎重に議論してほしいな、と思いますね。 

 なお、個人番号カードを落とすなどした場合、【個人番号そのものの変更】は「情報が漏えいし」「不正に用いられる恐れ」が必要ですが、【個人番号カードの公的個人認証の利用停止】であれば、以下とおり「個人番号カードコールセンター」に電話すれば可能のようです(身分証明書として使用された場合などのために、後から「紛失していたということを証明することとの関係」までコールセンターでできるかはわかりませんね。そこまでコールセンターが対応できない場合には、別途警察への届出等もしておいたほうがいいのかもしれません。私自身、コールセンターの取り組みや、警察側の対応がどうなっているかまでは把握していませんので、はっきりしたことを書けないですね…。)。

Q3-7-3 個人番号カードを紛失した場合にはどうすればいいですか?

 A3-7-3 平成28年1月から24時間365日、個人番号カードの一時利用停止を受け付けるコールセンターを開設します。仮に紛失した場合、速やかにコールセンターに連絡いただければ、第三者による成り済まし利用を防止します。(2015年12月回答)

総務省ホームページマイナンバー社会保障・税番号制度FAQより

以下が「個人番号カードコールセンター」の連絡先になります。

 

www.kojinbango-card.go.jp

4 現状の中で、他に選びうる手段はあったのか。

 制度導入から、混乱が続いており、マイナンバーに対する批判の声も聞かれますし、私自身マイナンバー制度に「積極的賛成派」とまでは言えないところを残しています。

 他方で、この高齢化社会・不況社会の中では、税収入が減るのに対し、社会保障費が増大してしまうことは避けられないように思っていますので、その増大につながる不正受給を防止する効果も期待でき、また、増税社会保障費の減額のときにも「より公正に行うためにはどうしたらよいか」を考えていく材料になりうるマイナンバーに対して「反対すればいいわけでもないかな…」という思いを残しています(増税社会保障費の減額を、積極的に歓迎はしていませんので…^^;。)。

 他方で、個人番号カードがより普及するためには、使い勝手を良くしないといけない(その利便性を高めなければならない)のですが、「利益」とつながってしまうとそれが不正に利用されることにつながっていく可能性も否定できず、少しの懸念は持った状態です。

 たとえば、日本の戸籍制度は、諸外国と比べても非常に優れた制度ですが、他方で、それが成り立っていた背景には、「戸籍」があまり「利益」と大きな結びつきがなかった(あるとないとでは大違いですが、不正利用するには魅力が足りないのかもしれません。)、という背景もないわけではないだろうと思っており、そうしたところがどうなってしまうのかについて、少しの心配は持っている状態でしょうか…。