【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

定年後再雇用と労働契約法20条(その3:平成28年5月13日東京地裁判決についての感想)

 前のブログで紹介した、平成28年5月13日東京地裁判決について、感想めいたものを含めて、続きを書いてみたいと思います。

 判決内容の紹介等は、前のブログを見ていただければと思います。

yokohamabalance.hatenablog.com

 まず、判決を読む際の注意点について「1」で触れたうえで、その中でも争いがあると思われる「定年後再雇用の場合に、労働条件を下げる特段の事情があるか」という点に関する、周辺論点のありうべき考え方について「2」で書いてみようと思います。

1 この判決の読み方

 この判決のポイントとしては

 ①定年後再雇用にも労働契約法20条が適用される(労働契約法20条は、期間の定めの有無のみを理由とする労働条件の相違に限って適用されるわけではない。)。

 ②「職務の内容」並びに「職務の内容及び配置の変更の範囲」が【同一】の場合は、特段の事情のない限り、労働契約法20条違反となる。

 ③特段の事情として、今回の事案では、

 ・定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事

 ・賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定

 ・そのような賃金コスト圧縮の必要性がない

 という3つの事実からすれば特段の事情は認められない。

というものになります。

 もう一つ、【嘱託社員の就業規則が違法・無効な場合に、正社員の就業規則を適用できるか】という問題(前の記事で書き足した争点⑤です。)もありますが、この点は、裁判官によっても考え方が違うのではないかと思うことと、各会社の就業規則の定め方によって影響を受ける可能性もあること、いわゆる労働契約法20条の問題とは少し違うことから、あまり書かずにおこうと思います(とはいえ、下の2(2)、3(3)で触れているのですが、様々な事案でより「柔軟な解決」を導くことができるようにするためには、正規社員の就業規則をそのまま適用してしまうことには、個人的には躊躇を感じます。)。

(1)定年後再雇用という、期間の定め以外の理由があっても、労働契約法20条が適用される。

 これは、そうだろうと思います。

 被告側は、「不合理」を検討する前に、そもそも労働契約法20条は「期間の定めがあることを理由とするもののみに適用される」として、定年後再雇用という【別の理由】によって違いが生じている本件では労働契約法20条の適用がない、と主張していたようです。

 しかし、「不合理」か否かを検討する際に「その他の事情」としてあらゆる諸事情を含めて検討するのであれば、これは同じことを2度判断することになってしまうようにも見受けられますので、「定年後」という事情も「その他の事情」の一つとして、労働条件の差が不合理なものかを検討すれば足りると思います。

 確かに、労働契約法の改正時、この点について議論がされた第95回労働政策審議会労働条件分科会の資料「有期労働契約の在り方に関する論点(案)」では、

4 「期間の定め」を理由とする不合理な処遇の解消 有期契約労働者に対する処遇について、「期間の定め」のみを理由とする不合理な処遇(不利益取扱い)を禁止することについて、どのように考えるか。

とされていますが、他方で、同審議会議事録によれば、委員より

 論点4のポイントになるのは、期間の定めのみを理由としたというところだと思うのですが、期間の定めゆえに、例えば責任の所在が違うとか転勤の有無が異なる、職務設計が異なる。期間の定めというものだけを切り出すということは、現実的には余り考えられないのではないかなと思います。 期間の定めというものが1つの要件になって、いろいろな要素が異なってくるゆえにさまざまな処遇あるいは退職金等々、退職金は少し前払い的に考え方ときに、そういった要素への判断が変わってきているというのが現実だと思います。ここに書かれている期間の定めのみを要件としたというお考えを、例えば労働契約法等々で盛り込まれるというのは、現実論に落としていくのに非常に困難ではないかなという意見を持っています。それが1つ。

との見解が示され、その後の96回分科会の資料「有期労働契約の在り方に関する論点(改訂)」

4 「期間の定め」を理由とする不合理な処遇の解消 有期契約労働者の公正な処遇の実現に資するため、有期労働契約の内容である労働条件については、「期間の定め」を理由とする差別的な(不利益な)取扱いと認められるものであってはならないものとしてはどうか。 

 その場合、差別的な(不利益な)取扱いと認められるか否かの判断に当たり、職務の内容、範囲の変更の範囲等を考慮するものとしてはどうか。

【のみ】が削除されるとともに、「職務の内容、範囲の変更の範囲等を考慮するものとしてはどうか。」という文言が加えられ、この内容は その後の「有期労働契約の在り方について(建議)」、そして改正法の条文に反映されているように思われます。

 以前のブログ記事でも引用した厚生労働省の指針でも、「定年後再雇用の場合に、労働契約法の【適用】はある」ことを前提とした書きぶりになっています(以下再掲します。)。

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

 定年後再雇用というのみで、労働契約法20条の保護が全く受けられない(不合理性について検討すらされない)とするのは、法の予定するところではないように思われます。

(2)「職務の内容」並びに「職務の内容及び配置の変更の範囲」が【同一】の場合は、特段の事情のない限り、労働契約法20条違反となる。

 前の記事では、当初、この部分の裁判所の判断を見て、「独特な基準を設けたのかな?」と考えてしまいました。しかし、よくよく考えると、当たり前のことを言っているように思えてきました。

 前にも書いた通り、労働契約法20条は判断要素として以下の3つを挙げています。

①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度

②当該職務の内容及び配置の変更の範囲

③その他の事情

 これらに該当する事実は、労働者側は不合理性を基礎づける事実を、使用者側は合理性を基礎づける事実を主張・立証すべきとされています。

 キ 法第20条に基づき民事訴訟が提起された場合の裁判上の主張立証については、有期契約労働者が労働条件が期間の定めを理由とする不合理なものであることを基礎づける事実を主張立証し、他方で使用者が当該労働条件が期間の定めを理由とする合理的なものであることを基礎づける事実の主張立証を行うという形でなされ、同条の司法上の判断は、 有期契約労働者及び使用者双方が主張立証を尽くした結果が総体としてなされるものであり、立証の負担が有期契約労働者側に一方的に負わされることにはならないと解されるものであること

厚生労働省労働基準局長の平成24年8月10日付施行通達(基発0810第2号)

 とはいえ、①と②は、最初には「労働者側」が主張することが普通です。

 なぜなら、期間の定めのある社員が、「期間の定めのない社員と労働条件が違う!」という裁判を求める場合、【様々な社員】のうち【どの(期間の定めのない)社員】と差があると主張するのか決めてもらわないと、裁判所にも誰と比べてよいかがわからないからです。そのため、まず原告側が、①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が自分と同じだと思う【期間の定めのない社員】を指定するなどの方法で、誰の「労働条件」と違うことが違法か(もちろん、特定の個人ではなく、「この職種の正社員」等の漠然とした主張になることはあり得ます。)を最初に主張することになります(「同じではない」と会社が思う場合には、会社が反論・反証等を行い、双方が主張と立証を重ねていくことになります。)。

 これに対し、③その他の事情については…、当たり前ですが、原告にとっては、「①②以外に、自分と相手との間に差を設ける事情があるのかどうか」は、わかりませんし、それがないと思うからこそ裁判を起こしているはずです。そのため、③その他の事情は、会社側が先に主張立証を行うことが普通だろうと思います。

  そうすると、本件の場合、①と②は同一ということがすでに裁判所によって認められていますので(前のブログの1(5))、後は、③の事情があるかどうか、それを考慮して労働条件の差が不合理と言えるかどうかについて、主に被告(会社)の主張と立証によって判断するということになると思います。

 だとすれば、判決の書いていることは、当然のことを確認したものかもしれません。

(3)特段の事情

 個人的には、仮に控訴されれば最も争われると思っていますし、変更の可能性があるとすればここ(と、上の1の最初で触れた「正規社員の就業規則の適否)ではないかと思っています。

 本来は、この箇所で「定年後再雇用」という特殊性をどう考えるか、が検討されることとなるのでしょうが、本件の場合、前のブログでも書いた通り、【比較される期限の定めのない社員】自体が、そもそも長期雇用を強く予定した形態ではないように見え、職務の点でも、責任の点でも、定年後と違いがみられないようです。

 これが通常の企業を舞台としての争いであれば、①60歳以降は役職・責任が異なるのではないかといった点が問題になるでしょうし、そのほかに、②60歳までの長期雇用を前提にした就労体系と、その後65歳までの5年間の勤務を念頭に置いた就労体系では、「長期間の雇用」に対する会社の期待が異なる(教育訓練や、各部署の経験を積ませること等によって)、などという主張がされるかと思うのですが、本判決ではこういった主張はなく、判断が示されていません。

 そして、特段の事情の有無に関して判決が検討された3つの事情については、あまり重大に捉えるべきではないかな、と感じています。この辺りは、個々の裁判官によって評価も異なりうる気がしますし、対象となる企業が違えば、事情が変わってくる可能性もあるように思われるからです。

 例えば、「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」したことについて判決では、

被告としては,定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させるほうが,新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるということになるから,被告における定年後再雇用制度は,賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ないものというべきである。 

としているのですが、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律では65歳までの雇用継続措置を企業に義務付けていますので、行政法規的に「新規採用する」という選択の余地がない場合に新規採用と比べてよいのか幾分の躊躇は覚えないこともありません。また、新規採用社員の雇用条件が相当に低い企業の場合でも同じ判断要素が妥当するかというと、それはない気がしています。

 いずれにせよこの事案だけの事例判断的な考慮要素と考えたほうが無難ではないかと思っています。

(4)まとめ

 この判決は、地方裁判所の判決ですし、仮に控訴等された場合に、変更されるのかどうか、この内容がこのまま確定するのかどうかはわかりません。また、上の(2)でも触れた通り、通常の企業と異なり、正社員自体が当然に長期雇用を強く予定していると言いきれない就労体系にも見えますので、通常の企業に当然に同じ事情が妥当するかは、わからないところを残している気がします。

 とはいえ、「こうした判決が出うる」ということを前提に、訴訟リスク等を避けるための行動をしている企業もあるようです。

 報道を聞く限りですと、以下のようなやり方をしている企業はあるのかな、と思います。

① 65歳定年制への移行

 まず、労働契約法20条は、「有期」と「無期」の差異を問題とするものですので、法律上は無期の社員同士の労働条件の相違は対象とならないとされています。そのため、65歳に定年を引き上げてしまうこと(60~65歳の社員も、無期としてしまうこと)が考えられているようです。

② 職務・責任等の限定

 もう一つは、定年後の社員に支給する賃金に合わせ、それに見合った職務(勤務日数の限定、ワークシェアリングなど)とすること(今回の判決が出たことも考えると、賃金を下方修正しないのであれば、就業規則上は変更の合理性が認められる可能性もあると思われます。もっとも、実際にそうした処遇を行うときには、顧問弁護士等に相談された方がよいでしょう。)や、さらにすすんで定年後の社員の職務を他の社員とは異なる固有の職務としてしまうことが考えられているようです。この場合には、その職場に配置すること自体が、パワーハラスメントに当たると見られてしまうことのないように、注意が必要だろうと思います。

 配置転換の範囲を正社員と異にしておくことは、可能であれば行っておいてもよいでしょう。ただし、正社員が実際にどの程度配置転換されているかという実情等も加味されて不合理性を判断されるかもしれません。

 

 上のような認識を持ったのは、今年の5月ころ、とある銀行が定年を65歳に延長するとともに、60を超える社員について長年の経験を活かすためお客様相談室に配置する、という報道が見たような、おぼろげな記憶によります。

 その銀行としては、各社員の経験を積極的に活かすと同時に、上記①②の点から、より労働契約法20条違反となる可能性の少ない体制を取ったものかな、と思いました(※7/5 以前は、報道で見た銀行名を記載していましたが、その後「その銀行ではそのような体制を取っていないため、報道の誤りではないか?」という弁護士の方もいらっしゃり、私自身が真偽を把握しているわけではありませんので、固有名詞を削除するとともに、この注記をさせていただきます。もともと「報道をみたようなおぼろげな記憶」という書き方に留めておりましたので、その余の部分については修正するまでの必要はないと判断しました。)

  こうした方法は、訴訟リスクをある程度抑えるかもしれませんが、経営・労務管理として最善かどうかは何とも言えません。高齢の方々により向いた仕事があった可能性もありますし、場合によってはそうした方の仕事へのモラル(士気)の問題もでてくるかもしれません。

 本当は、もっと柔軟な方法を取った方がよいケースもあるとは思うのですが、もし専門家として聞かれたら、訴訟リスクがあれば訴訟リスクは告げざるを得ないのだろうと思いますね…。

 なお、仮に何らかの対策をとる場合にも、高齢者にとって厳し過ぎない配慮をしてもらうことや、必要性についての十分な説明はしていただいた方がよいとは思いますが…。

2 定年後再雇用(高年齢者雇用確保措置)と「特段の事情」等

(1) 雇用雇用確保措置の場合、正社員時代と差があってはいけないか

 そもそも、定年後再雇用(高年齢者雇用確保措置)は、平成12年に高年齢者等の雇用の安定等に関する法律において努力義務として設けられたものですが、これが【義務化】されたのは、平成16年6月11日の同法改正によるものです(平成18年4月1日施行)。

 その法改正について議論がされた、「今後の高齢者雇用対策に関する研究会」の報告書である、「今後の高齢者雇用対策について~雇用と年金との接続を目指して~」には、「はじめに」の中に以下の記載があります。

 少子高齢化の急速な進展により、生産年齢人口は2015年までに約840万人減少し、これに伴って労働力人口も減少することが見通されている。また、今後2007から2009年にかけて、いわゆる団塊の世代が60歳に達することとなる。
 こうした状況の中、既に年金支給開始年齢は段階的に引き上げられつつあり、定額部分については2013年度までに、報酬比例部分については2025年度までに65歳に引き上げられる(女性については5年遅れで引き上げられる)予定である。
 これに対し、現行の高年齢者雇用安定法では、60歳定年は義務化されているものの、65歳までの雇用の確保については努力義務とされており、実態としても、少なくとも65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約70%となっているが、原則として希望者全員を対象として少なくとも65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約30%となっている。また、中高年齢者を取り巻く雇用情勢は依然として厳しく、一旦離職するとその再就職は困難な状況にある。
 一方で、諸外国と比較しても我が国高齢者の就労意欲は非常に高く、実態としても、60歳代前半の男性の労働力率は70%を超えている。
 このような中で、雇用と年金との接続を強化することが喫緊の課題となっており、また、高い就労意欲を有する高齢者が長年培ってきた知識と経験を活かし、生き生きと活躍し続けることができるようにするためにも、意欲と能力のある限り年齢にかかわりなく働き続けることができるように環境整備を行うことが求められている。
さらに、これらの課題の解決を図ることは、若年労働力が大幅に減少する中で、高齢者が可能な限り社会の支え手としての役割を果たすこととなり、今後の我が国経済社会の活力の維持にも資することになると考えられる。

 この記載を見るとわかるのですが、65歳までの高年齢者雇用確保措置は、厚生年金の支給年齢の繰り上げに対応するものとして導入された経緯があります。

 そして、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律も、その目的について

第一条  この法律は、定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もつて高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とする。

としており、福祉目的もあることを認めています。

 そして、同法において定年として義務化されているのは60歳であり(8条)、60歳から65歳までについては「高年齢者雇用確保措置」(9条)としてこれと区別されています。

第八条  事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として厚生労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りでない。

 そして、この「高年齢者雇用確保措置」はあくまで行政法規における義務とされており、民事法的効力まではないとされ、これまでの裁判例でも、会社において【「高年齢者雇用確保措置」が定められておらず、定年を60歳としている場合】、60歳以降も当然に雇用が継続するとまではされていなかったと思います。

 そうした趣旨を勘案すれば、

①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度

②当該職務の内容及び配置の変更の範囲

が異ならない場合であっても、「60歳定年を採用しており、その定年後の雇用継続措置である」という理由により、一定の差異を設けることに合理性は認めてもよいのではないか。

 個人的にはそう思っています。

 1(4)で触れたように、「65歳定年」として同じ「期間の定めのない社員」となれば、60歳直前と、直後で就労条件を変えても、直ちに労働契約法20条違反にならないことを考え合わせると、期間の定めがある場合にだけ差が認められないのは、少し均衡を失する気もします。それは突き詰めれば、「【61歳から65歳の期間の定めのない社員】と比較したわけではない」という点に帰着してしまうのかもしれませんが…。

 今回の判決も、「特段の事情」について「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」という事情を検討しているのは、そうした意識が幾分表れたものではないかと考えています(本件の事例の場合は、格差(主に賞与の点でしょうか?)が大きいかどうかや、そもそも正社員の賃金決定要素に「長期雇用」が考慮されている度合いが限定的である点をどう評価するかでしょうか。いずれにせよ、第1審では、双方の主張も判決の認定事実も、表層的なところにとどまりますので、判断しかねるところは残りますね…)。

 なお、そうした【一定の差異】を認める場合には、「仮にその企業において、定年後再雇用ではない60歳以降の社員がいた場合の、その社員との均衡」をどう考えるかは、問題となりうる余地を残すのかな、と思っています。そうしたケースは多くはないと思っていますが…。

(2)不法行為(予備的主張)について

 本判決では、定年後の社員=嘱託社員の就業規則を違法無効としたうえで、正社員の就業規則の適用を認めた(前の記事の争点⑤)ために、「違法の程度」は直接的には問題になりませんでした。

 ただ、正社員の就業規則の適用を認めるかについては、裁判官によっても判断が異なる可能性はあるかもしれないと思いますし、違う会社の違う就業規則であれば、違う結論になることもあり得ます。また、現在「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」で議論されているような柔軟な解決をも視野に入れると、安易に正社員の就業規則と同じとしてしまって良いかどうかは、少し躊躇を覚えます。

 ここでもし、正社員の就業規則を適用できないと判断されれば、不法行為(予備的主張)が問題となります。

 そうした場合についても少し。

 本判決にみられる被告側の定年後再雇用の方法は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の平成16年改正の時点であれば、違法とは呼べなかったであろうものとなります。

 その後、平成24年には現行の労働契約法20条が定められましたが、幾度か引用しているその指針の記載

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

は、「定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更され」ていれば不合理ではないのではないか、ということはわかるのですが、他方で、そうした変更がなかった場合に当然に不合理となるのかは、明確でないようにも思えます。

 そして、「行政指導」において、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条(以下の引用参照)の均衡処遇については、労働局が事業主に対する報告徴収・助言・指導・勧告を行い(罰則あり)、それに従わない場合に事業主名の公表も可能とされているのに対し、労働契約法20条については、こうした行政指導がされていなかったという経緯があります(第1回同一労働同一賃金の実現に向けた検討会厚生労働省提出資料3頁・8頁)。

第九条  事業主は、職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。

 こうした点を考えると、平成24年以前は公序違反ではないとして、全体で慰謝料の限度で賠償を認めるという考え方もありうるかもしれません。

 これは、男性を基幹要員として採用・育成・処遇し、女性を補助的要員として採用・育成・処遇する男女別雇用管理(いわゆる「男女別コース制」)について、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律で「採用・配置・昇進」の均等取扱いが努力義務とされていた時期については公序に反するとはいえないとし、「採用・配置・昇進」差別が禁止された平成9年改正以降は公序違反とするものの慰謝料請求の限度で賠償を認めるという扱いと、同じような考え方ということになります。

 また、判決が「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」したことを理由の一つとしていることからすれば、「少なくとも新規採用の正社員より低い部分は不合理であり違法」等の結論も、まったくないとは言えなかったのかもしれません。

 ただ、「不法行為」として損害賠償と認めるという構成は、結局、【今後その社員の就労条件がどうなるのか】が不明確のままとなるため、雇用関係が継続している社員を対象にする場合、裁判所としても躊躇が残るだろうと思います。

 たとえば、中間判決で「違法」を宣言した後に(慰謝料を決める前に)和解勧告をする、ということも考えられますが(同一労働同一賃金の実現に向けた検討会で議論されているガイドラインなども、そうした形であれば活かす余地があるか、かえって難しいか…そこまではわからないのですが。)、現在裁判所に処理が求められている事件数等からすると、なかなかそこまでは難しいのかもしれませんね…。

3 その他、今後生じうる問題

 そのほか、判決を読んでいて気になったのは以下の点です。

(1)計算しなおすと【もらい過ぎ】となっていた労働者がいたら?

 正社員時代との格差からすれば、本件の会社ではおそらく【ない】と思うので、あくまで「今後そうした事案が生じたらどうするか」という問題なのですが…。

 本件のように「正社員よりも定年後の嘱託社員の歩合給の方が歩合の掛け率が高い」賃金制度を定めてしまった場合、もし、その賃金制度の下で【正社員として計算しなおすよりも高額の賃金を受け取っていた労働者】がいた場合、【差額を返還するのか】というのは…、実は問題になりうる気がしました。

 不法行為=損害賠償構成ならばともかく、契約法構成とすると、差額返還をしなければならないということになりかねない気がしますね…。

(2)「高年齢雇用継続給付金」をもらっていたら?

 以前のブログで少し「気にしている」と書いた「高年齢雇用継続給付金」を受給していたかどうかですが、判決文を読んでも、原告の皆さんがこれを受給していたのかどうかはわかりませんでした。

 仮に受給されていた場合、少なくとも本判決のように契約法構成で認容判決が出た場合には、過去にいただいた給付金は返還しないといけないのだろうと思います。

 これが、不法行為だったらどうなるかは…ちょっと、分からないところを残しますね…。

(3)差別の解消法には、幾通りかありうるかも…

 本判決が、正社員の就業規則を適用したので、この点は問題にならなかったのですが…。

 おそらく、収益的には問題がないにしろ、被告側にとって、バラセメント車の台数が限られている以上は(常時相当程度の余剰車両がある状態であれば別ですが)、定年後の高齢者雇用を認めることで、その分新規採用者(若者)の就労は制約されることになる気もします

 そうした場合、仮に本件と同じ差別があるという判断であったとしても、その解決方法として、高齢者についてはワークシェアリングで車両を使用してもらい(各就労日の労働条件は正社員に準ずるとしても)、それにより余剰車両を作り出して、若年者の雇用をすすめて、企業内の人員構成の平均化をし、企業の存続を図るということも、それほど不合理なこととは思われません。

 そうした余地を残さなくてよかったかは、すこし悩ましいと思っています。(他方で、そうした場合に企業が極端な労働条件を設定することもありうるため、どうするかなのですが…)。

 4 おわりに

 結局、私自身、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲に差が無くても、60歳定年が採用され、その係属雇用確保措置として継続勤務している場合には、一定程度労働条件が下がってもよいのではないかと思ってはいるものの、それに関する詳しい事情等が第1審では明らかになっていないように思われることから、これ以上についてはちょっと書けませんでした。

 ただ、本件の事例では、定年後の再雇用者について、定額給を下げるとともに、正社員よりも歩合給の掛け率を大きくしており、結果として定年後再雇用者の方が正社員よりも不安定な賃金となってしまっているようです。

 それが不当か、不合理かは、事情によるとは思いますが、「賃金総額で見ればそれほど下げていない」という主張をするのであれば、歩合給の掛け率については正規社員と同じ程度にしてほしかった(その分固定給としてほしかった)気持ちは、少し残るでしょうか。

 原告側が裁判に訴えた気持ちも分からないでもない事案です。

 しかしながら、いまだ地方裁判所の段階であるにもかかわらず、判決文が公表されないまま断定的な報道が先行したこと等の事情もあり、労使双方に混乱を招いてしまっているのではないか、それにより、労働者も使用者も不利益を受けてしまわないかが、どうしても気になってしまうところです。

 もし控訴されているのであれば、控訴審の判断でも様々な検討をしていただけると助かりますし、現在議論がされている「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」などで、何かしらの方向性が示されればよいのですが…。

 こうした問題については、「正解」というものがあるのかどうか、いつも悩んでしまいますね。

 いろいろな人がこの機会に意見を言ってくださるといいな、と思います

※ 6/28、7/1 (その2)に争点⑤を加えたこともあり、言い回しや、表現を含めて少し修正しました。わかりにくい書きぶりで、すみません。

※ 7/1 この裁判では、JILPTが平成25年に行った高年齢者雇用についての調査結果について、当事者の主張や判決理由の中で触れられています。今回ふたたび、JILPTで高年齢者の雇用についての調査が行われたことを、6月30日のプレスリリースで知りましたので、それについて、簡単に以下で書いてみました。関心のある方はどうぞ(こちらは短いです^^;)。

yokohamabalance.hatenablog.com

※ 7/2 「定年後再雇用で有期雇用にしてしまうと差を設けるのがダメになり,逆に65歳まで期間の定めのない雇用にしてしまうと差があってもいいというのはおかしいのでは?」ということを突き詰めて考えると,どうなるのか。思いつきを書いてみました。関心のある方はどうぞ…。

yokohamabalance.hatenablog.com

※ 7/20 7/2に書いた「違和感を覚える問題」を、【法律的に構成】すると、どういった話なのか、少し考えを進めてみました。

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定年後再雇用と労働契約法20条(その2:平成28年5月13日東京地裁判決の紹介等)

 以前,ブログでも書いた,平成28年5月13日東京地裁判決を読んでみました。

 まだ,判例雑誌等にも載っていないと思いますし,裁判所のHPにも掲載されていませんでしたが,判例検索システムのウエストロー・ジャパンには掲載されていました。

  しかし…、読んでいて辛い判決でした。

 どういう解決をしたとしても、どこかに【歪み】が出てきそうな事件で、出口がないというか、解決が見つからないというか…、そんな気持ちを感じながら目を通していました。

  正直、この判決について、自分にまともなことが書けるわけもない気はしますね…。

 これからで書いてみるのも,「自分なりの整理」のようなもので,「正しい」「間違っている」という話は書けないと思います。

 なお、今回は判決内容の紹介までになってしまいました。また今後、この判決の影響や、疑問点等も含めて、書ければいいな…と思っています(書くつもりですけど、少し弱気です…。)。

1 事案の概要

  判決文から伺われる事案の概要は、こういったもののようです。

 (1)当事者

  被告となった会社は、バラセメントタンク車(こんな車でしょうか)を保有してセメント輸送などを行う会社で、原告らは、いずれもこのバラセメントタンク車の乗務員として定年前から勤務し、平成26年に定年退職し、定年後も有期労働契約を締結して勤務を続けた方々です。

 (2)定年制度

 被告においては、従業員の定年は満60歳とされ、定年で退職するもののうち本人が継続勤務を希望し、被告が雇用を必要と認めて採用されたものを【嘱託社員】として1年の有期雇用契約を結ぶこととしていました。

 (3)正社員の給与体系

 被告における正社員の賃金体系は、以下のようなものだったようです。

・基準内賃金:基本給、職務給、精勤手当、約付手当、住宅手当、無事故手当、能率給

・基準外賃金:家族手当、超勤手当、その他手当、通勤手当

そしてこのうち、基本給は、

①在籍1年につき800円ずつ加算される在籍給(上限あり)

②20歳を超えるごと1歳につき200円を加算する年齢給(上限あり)

で構成され、それ以外の主なものとしては、能率給が月稼働額に職種(運転する車の種類)に応じた一定割合を乗じたものとして支給されていたようです。

 賞与は、原則として基本給の5か月分、退職金は3年以上勤務して退職した現務員に支給するとされていました。

 (4)嘱託社員の労働条件

 嘱託社員は、契約期間は1年間で、賞与・退職金の支給はなく、賃金は以下のようなものとされていました。

・基本賃金 125000円

・歩合給 稼働額に、職種(運転する車の種類)に応じた一定割合を乗じたもの(割合は正社員の能率給より多い)

・無事故手当、調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまで月額2万円)、通勤手当、時間外手当、欠勤控除

 (5)配置転換・業務内容等

  判決の事実認定では、いずれの契約においても、業務の都合により勤務場所や担当業務を変更することがある旨の記載がされていたようです。また、原告らの業務内容は、正社員である乗務員らと同じく、指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、嘱託社員である原告らと正社員である乗務員らとの間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなかったと認定されています。

2 事実から伺えること

 正社員の賃金体系を見ると、この会社は【そもそも社員の流動性が高い会社】に見受けられます。

 終身雇用・年功制を前提とした会社のいわゆる「正社員」の場合、給料は【S字カーブ】を描く、つまり、若いころは低額であるものの年齢を重ねるにしたがって高額となるとされており、これに対して、非正規社員の場合、ある程度フラットになる場合が多いとされています。

 これは、たとえば平成27年度賃金構造基本統計調査の、雇用形態別でのグラフなどによく表れています。

 また、現在、厚生労働省で議論されている「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」においても、

実際に我が国の正規・非正規間の賃金格差について、企業規模別、また、年齢別に見ていくと、大企業の正社員ほど大きな年功賃金カーブを描くのに対して、非正規のほうは企業規模も年齢も問わずに、基本的にフラットになっており、この差がマクロで見たときの賃金格差につながっているのであろうということです。

 

 こうした年功賃金カーブを代表とする正社員の賃金体系の背景には、新卒一括採用で長期に人材育成を行うという「日本型雇用慣行」の存在がまずあって、その中では S 字型の賃金カーブを設定することがあり、その S 字型の中のある一時点の賃金を瞬間的に切り出して単純比較してよいかどうかというのは、やはり留意を要するのではないかと。一方で、正社員は若いうちにそういった能力発揮に見合わない低い賃金であったとしても、非正規の方がそれよりも更に低い賃金が設定されているという側面も留意しながら、引き続き検討する必要があるのではないか 

 (いずれも、第3回「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」議事録より)

という発言があります。

 そこで、戻って「1」の事実認定を見てみると?。

 (3)の基本給(①在籍給及び②年齢給)を見るとわかるのですが、上がってはいるものの、上がり方は常にフラット(一定年齢以降は平行線)のように見受けられます。その意味では、もともと新入社員で従業員を確保して、長期で雇用することを想定しているというよりも、途中入社・途中退者の社員がいる(労働力が【流動的】である)ことを前提としている賃金体系に見えます。

 もちろん、基準内賃金の中で、能率給が占める割合が大きい可能性もありますが、【セメントバラストを運ぶというその業務】からすると、能率給については「会社側の仕事の配分方法」や「季節的な業務の繁閑」に影響を受ける可能性はあっても、年功的な賃金カーブを描くことに繋がるようなものではないのではないようにも思われます(このあたりは、判決文には書かれていないので、正確にはわかりませんね…)。 

 判決文の事実認定を見る限り、各原告は平成26年に定年退職しているものの、入社時期は前後10年ほどの差異があることも、そうした推定を裏付けているように思われますし、また、判決文でいわゆる正社員用の就業規則と、定年後の「嘱託社員就業規則」が挙げられているのに、有期雇用の就業規則や、そうした社員の存在については触れられていないことからしても、この会社は、いわゆる典型的な非正規雇用の社員というものがいるというわけではなく【定年前の社員】と【定年後の社員】があり、たまたま前者について雇用の期限の定めがなく、後者について雇用の期限の定めがあった、ということのように思われます。

 その意味では、【正規雇用VS非正規雇用】という典型的な場面での争いとは、少し違うのかもしれませんね…。

 3 労働契約法20条を巡る主張と、判断

(1)争点及び当事者の主張

 この事件で、原告側の主張の根拠とされているのは、下に挙げた労働契約法20条となります。

 (期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。 

(なお、太字、下線、色等は、私の方で加筆したもので、法律の原文にあるわけではないです。)

 ここで、太字になっているけれども、下線が引かれていない部分(「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」)は、【1(5)の事実認定を前提とする限り】違いがないことになります。

 そのため、法律の解釈が問題になる点は、

①「期間の定めがあることにより」とは、有期労働契約であることを【理由】にする労働条件に限られるのか、そうではないのか

②「その他の事情」があるか否か

③「不合理と認められるものであってはならない」という場合の判断基準

④仮に②の「その他の事情」があった場合、個々の賃金項目ごとに不利益ではないかを判断するのか、賃金は賃金全体で判断するのか

⑤仮に「嘱託社員就業規則」が労働基準法に違反した場合、嘱託社員(定年後の社員)には正社員の就業規則が適用されるのか

点のようです。

 これらの論点について、原被告の主張は、簡単にまとめると以下のようなものです(あくまで「簡単」にまとめただけですので、正確性を欠くところもあるかもしれません。関心のある方は原文に当たっていただいた方がよろしいかと思われます。)。

f:id:yokohamabalance:20160621112112p:plain

 (2)裁判所の判断

  裁判所は、争点①については、

 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理なものであることを禁止する趣旨の規定であると解されるところ,同条の「期間の定めがあることにより」という文言は,ある有期契約労働者の労働条件がある無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで,当然に同条の規定が適用されることにはならず,当該有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が,期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが,他方において,このことを超えて,同条の適用範囲について,使用者が期間の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい

  として、労働契約法20条は、「期間の定めがあることを理由」とする労働条件の相違に限られないから、本件でも適用されるとして、被告の主張を取りませんでした。

 そして、争点②について

 その他の事情として考慮すべき事情について特段の制限を設けていないから,上記労働条件の相違が不合理であるか否かについては,一切の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解される

 として、ここでは原告の主張を取りませんでしたが、同時に、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条を参考にして、

 これらの事情に鑑みると,有期契約労働者の職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず,労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について,有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは,その相違の程度にかかわらず,これを正当と解すべき特段の事情がない限り,不合理であるとの評価を免れないものというべきである。

 としています(6/27 その3にも書きましたが、「違った基準」ではない可能性もありますので、訂正しました。)。、争点③の基準としては、原被告が主張した基準とはまた違った基準を立てて判断する方法を取っています

 そして、被告の主張している「その他の事情」から、その後「これを正当と解すべき特段の事情」があるかどうかについて、数点を検討しています。

 そのなかでは、「定年退職者との間で、高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置として締結されたものであった」ことが、「特段の事情」に当たるかを検討した個所が最も重要です。

 判決は、

 一般に,従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり,その賃金が引き下げられる場合が多いことは,公知の事実であるといって差し支えない。 

 としながらも、

 原被告両当事者がそれぞれ主張で触れている、「改正高年齢者雇用安定法の施行に企業はどう対応したか―『高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査』結果―」(独立行政法人労働政策研究・研修機構調査シリーズNo121)に挙げられた数字について解釈を示しつつ、

 他方,我が国の企業一般において,定年退職後の継続雇用の際,職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが広く行われているとか,そのような慣行が社会通念上も相当なものとして広く受け入れられているといった事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

 とした上で、さらに被告の賃金体系を検討しつつ、被告の新入社員の賃金よりも原告らの賃金の切り下げの方が大幅に上回ること、そのような賃金コスト圧縮を行わなければならない財務状況・経営状態に置かれていたという証拠がなかったこと等から、「特段の事情」を否定しています。 

 そして、労働契約法違反の結果問題となる争点⑤について、判決は、嘱託社員就業規則が無効になるとした上で、正社員の就業規則は、嘱託社員へは適用されないとされているものの、原則として全社員に適用されるものであるから、嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については、正社員就業規則その他の規定が適用されるとしています。

 これからすると、本判決は、①定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、②賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定すること、そして③そのような賃金コスト圧縮の必要性がなかったことなどの事実をもとに、「特段の事情」を否定していますので、まったく同じ法解釈を取る裁判官の場合でも、これらの事実が違えば結論が同じかどうかはわからないところを残す書きぶりとなっています(事例判断的な面を多分に含んでいると思います)。

 また、②については、この会社にいわゆる「有期雇用社員」(定年後再雇用ではない通常の)がいなかったという事情から新規採用の正社員と比べられたようにも思われますし、これらの事情の1つでも書ければ同じ結論にならないというわけではないと思いますので、注意が必要です(さらに、あくまで地方裁判所の1判決にすぎませんので、控訴審で維持されるかや、類似事件でほかの裁判官が同じ基準等を採用するかはわからないところを残します。)。

 そして、⑤について、当然に正社員の就業規則の適用を認めるかどうかは、裁判官によって判断が異なるのではないかと思っています。

 そうしたことを含めて、続きは次回に書きたいと思います。

 …いえ、続きをいろいろ考えていて、この記事も書くことが遅れたのですが、いざ書いてみたら判決紹介だけで「それなりの量」になってしまいましたので…。

 今回の内容は判例紹介に留めて、まっしろな紙(画面?)の上で、続きを考えてみたいと思います。

 すみません。

※ 6/27 判決文を読んでの、雑感的なことを書いてみました。力不足のため、見落としていることや、適当でない記載も多々あるかと思いますが、関心がおありの方はどうぞ。

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※ 6/28 (その3)の中で、「正社員就業規則の適用すること」についても、ところどころ触れましたので、判例の紹介であるこちらでも書き足しておいた方がよいかと思い、書き足しました。

※ 7/2,7/20 「違和感を覚える根本的な問題」について、少し気が付いたところがありましたので、以下二つのブログで書いています(最終的には、7/20がもっとも進んだ内容の見解になっていますね。)関心がおありの方はどうぞ。

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再婚禁止期間の短縮(6箇月から100日へ)

1 はじめに

民法の一部を改正する法律」が本日成立したようです。

●民法の一部を改正する法律案

 具体的に、従来の民法の定めと何が変わったかと言うと、以下のようです(削除等されたところは取消線、追加等されたところは赤色で書いてみました。)。 

 (再婚禁止期間)

第七百三十三条  女は、前婚の解消又は取消しの日から六箇月起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。

2  女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。

 一 女が前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合

 二 女が前婚の解消又は取消の後に出産した場合

(再婚禁止期間内にした婚姻の取消し)

第七百四十六条  第七百三十三条の規定に違反した婚姻は、前婚の解消若しくは取消しの日から六箇月起算して百日を経過し、又は女が再婚後に懐胎した出産したときは、その取消しを請求することができない。 

  なぜ、こうした点が改正されたのか、また、そもそもなぜ女性にだけ一定期間再婚が禁止されるのか。

 それは、そもそも法律で、子どもの「お父さん」と「お母さん」が決まる仕組みによるものになります。 

2 民法でお父さんとお母さんが決まる仕組み

 法律上の親子関係と言っても,実際にお母さんから生まれれば(少し硬い言葉ですが法律では「分娩」といいます。),そのお母さんの子どもであることは当然です

 これに対して,お父さんの方は少し複です。お父さんの体の中から子どもが出てきてくれるわけではないので、お母さんの場合のように、お医者さんが目で確認することができません。日本の法律も,外国の法律も,できたころにはDNA鑑定などがあったわけではないですし、いちいちDNA鑑定をするのは費用もかかり、乗り気ではない方もいらっしゃる可能性があります。

 そうはいっても,「お父さんが誰か」が分からないままでは,子どもも困ってしまいますし,法律上その子を保護する「お父さん」が誰かが分からず,役所も困ってしまいます。

 そこで、日本の法律では,「男性」と「女性」が、「結婚してから」「離婚等するまで」に、お母さんである女性の身体に宿った(これも硬い言葉ですが、法律では「懐胎」といいます。)子は、基本的には,お母さんと結婚している【男性】の子と推定することにして、こうした子どもを【嫡出子】と呼んでいます。

民法第772条1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

 でも、赤ちゃんがお母さんの身体にいつ宿ったのかは、正確にはわかりません。

 そこで、法律では、赤ちゃんがお母さんの体に宿ってから,生まれてくるまでには少し時間がかかることを前提として、お父さんとお母さんが結婚した後200日より後、そしてお父さんとお母さんが離婚してから300日以内に【生まれた】子どもが、上で言う【「結婚してから」「離婚等するまで」に、お母さんである女性の身体に宿った子】と推定することにしています(やはり硬い言葉ですが、法律では「推定が及ぶ子」といいます。)。

民法第772条2項  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。 

図で示すと、こんな感じでしょうか。

f:id:yokohamabalance:20160601152339p:plain

 なお、嫡出子以外の子ども(嫡出でない子)については、お父さんに当たる男性が「自分がお父さんです」と役所に届け出た場合(戸籍法60条ないし61条に定める方式での届出です。これを法律上は「任意認知」と言います。)に,原則としてその男性が父親になることになります。 

3 再婚禁止期間がなかったら(離婚後すぐ再婚ができたら)

 女性が離婚と同時に再婚することが、もしできてしまうとすると…。

 離婚から300日以内に子どもが生まれると、その子は、離婚した男性が父親だと推定されることになります。他方で、結婚してから200日より後に子どもが生まれると、その子は、結婚した男性が父親だと推定されます。

 すると?。

 離婚=再婚してから【200日より後300日以内の、100日間】に生まれた子どもは、離婚した男性が父親なのか、再婚した男性が父親なのかがわからなくなってしまいます(これを「父性の推定の重複」といいます。)。

 図で表すと、こんな感じでしょうか。

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4 再婚禁止期間

 こうしたことが起こってしまうと、困ってしまいますので、これまで民法では、上の「再婚禁止期間」の条文で見た通り、前の婚姻が解消・取消しの日から【6箇月】の間は、女性は再婚できないとされていました。

 なぜ、「100日」より多い「6箇月」とされていたかというと、民法ができた

 当時は,専門家でも懐胎後6箇月程度経たないと懐胎の有無を確定することが困難であり,父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において,再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。

ということのようです(最高裁判所平成27年12月16日判決より引用)。

 しかしながら、この最高裁判所の判決において、今はもう、100日を超えて再婚を禁止することは違憲とされましたので、それに合わせて今回法律を改正し、【再婚禁止期間を100日とした】ものになります。

 なお、前の婚姻の解消または取消しから100日を経過していない場合でも、女性が①前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合にはそのあと生まれたお子さんが前結婚されていた男性との間のお子さんであるとの推定は働きませんし、前婚の解消又は取消の後に出産した場合には、そのお子さんは前結婚されていた男性との間のお子さんであるとの推定が働きますが、その後に生まれてくるお子さんについては、そうした推定が働かなくなりますので、こうしたことについて【お医者様の証明書】(ここは、報道による情報ですが。)があれば、婚姻届けを受け付けてくれるようです。

 まだ通達等が明らかにされていませんが、おそらくこちらの「懐胎時期に関する証明書」と同じような様式が、そのうち公開されるものと思われます。関心のある方は法務省・法務局などに問い合わせればわかるかもしれませんね。

※ 6/16 遅まきながら、6/3付で法務省HPにおいて医師の証明書の書式が公開されたことに気が付きましたので、以下にリンクを貼っておきます。

法務省:民法の一部を改正する法律(再婚禁止期間の短縮等)の施行に伴う戸籍事務の取扱いについて

定年後再雇用と労働契約法20条

 今朝、新聞を見てびっくりしました。

headlines.yahoo.co.jp

 …いえ、取っているのは読売新聞なのですが。

  労働契約法20条を根拠として、定年後の期間雇用社員が正社員と同じ業務に従事しているにもかかわらず、賃金に差があることを問題とした判決が出たようです。

 判決文を見ていないので、具体的にどういった論理構成で、どこをどう判断したのかまではわからないのですが…。

 

 こんな裁判が係属していたのですね…。

 たしかに、現行の労働契約法20条ができる前に、大阪高裁平成22年9月14日判決(裁判所のHPには掲載されていません。)において、運輸業の会社において定年後も【同じ労務】に従事しているにもかかわらず、労働条件が切り下げられたことが争われ、

 「正社員とシニア社員との間には、同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則の適用は予定されていない。」

等と判断された事例がありましたから、その後、【労働契約法20条ができたらどうなるのか?】、というのは、典型的に問題となりうる場面ではありますね。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 新聞報道を見る限り、高年齢雇用継続給付を受給していたのか等について触れられていませんが、どうだったのでしょう。

 上記大阪の判決も運輸業であることからすると、運輸業等ではこうした形態の定年後再雇用を行っているところも多いのかもしれません。

 具体的な内容は判決文を見てみないとわかりませんが、労働契約法20条に関わる数少ない事例ですので、判決文が公刊されたら、目を通してみたいですね…。

※ 労働契約法20条についての厚生労働省の指針(平成24年8月10日付け基発0810第2号「労働契約法の施行について」 )では、以下の通りとされていますので、多くの企業(定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更される企業)には直ちにこの判決が影響するわけではないと思います。

 どういった場合に労働契約法20条が及ぶのかについては、今後判決文が公開されるのを待つことになるかな、と思います。

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

※ 6/21、その後法律家用の判例検索システムに、裁判例が掲載されましたので、裁判例を紹介してみました。残念ながら、感想等までは力が及ばず、また今後に回すことになってしまいましたが、関心のおありの方はどうぞ(埋め込みにすると、ブログ中に使った図や表が表示されちゃうんですね…。途中で切れた表が。)。

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※ 6/27 裁判例を読んでの「雑感」のようなものを書いてみました。おそらく、見落としや、適当でない個所も多々あるでしょうが、関心のおありの方はどうぞ。

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※ 7/2,7/20 「違和感を覚える根本的な問題」について、少し気が付いたところがありましたので、以下二つのブログで書いています(最終的には、7/20がもっとも進んだ内容の見解になっていますね。)関心がおありの方はどうぞ。

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成年後見に係る法改正(その4)-成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について

1 成年後見の死後事務と金融機関の扱い

(1)口座名義人がお亡くなりになったときの,金融機関の扱い

 さて,(その3)では,成年被後見人の債務(相続債務)を返済することを始め,さまざまな出捐を伴う死後事務について触れましたが,これらの行為も,その原資となる「お金」がなければ行うことはできません。

 通常、成年後見人が現金をそのまま保管していることはあまりありませんので、成年被後見人名義の預金等からお金をおろす必要があるのですが、金融機関の現在の運用は,口座名義人の相続人間での紛争を避けるために,【預金口座の名義人がお亡くなりになったときには,遺産分割協議等が終了するまで,その金融機関の口座からの引き下ろし等をできないようにする(凍結する)】ことが原則となっています。

そのため,このままであれば,お金をおろすことができないことになり,折角【死後事務】を定めた法改正を行っても『画に書いた餅』となってしまうかもしれません。 

(2)改正法の成立と,金融機関の予想される運用

 では,今回改正法ができたことで,1号から3号までの死後事務の場合には,金融機関は,元成年後見人がお金をおろすことに応じてくれるのでしょうか?。

 個人的には,家庭裁判所の許可がある3号を除いて応じて貰えない】ことになるのではないかと思っています。 

 金融機関は,裁判所が認める法定代理人成年被後見人生存時の成年後見人、相続財産管理人、不在者財産管理人等)にも預金の払い戻しを認めてくれます。

 たしかに,成年被後見人死亡後の成年後見人も、これと同じと考えられそうなのですが従来引き下ろしが認められている者と,【成年被後見人死亡後の成年後見人】との間には明らかな【差】があります。

 それは,【払い戻しが請求された時点で,成年被後見人死亡後の成年後見人が死後事務を行う権限をまだ持っているかを金融機関側で確認するすべがない】ことです。

  改正民法の873条の2を見て頂ければ分かりますが,後見人が同条1号から3号までの死後事務を行うことができるのは,「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」に限られています。

 そうすると,まだ【相続人が相続財産を管理することができていない】ことを,銀行はどう確認すればよいのでしょうか?。払戻に応じてしまった後,後から相続人から「とっくに財産の引き渡しを受けている」「その成年後見人はもう辞めた人間なのに,どうして支払ったんだ」等と言われてしまう可能性はないでしょうか?。ほかの要件である「必要性」や「相続人の意に反していないか」についても、同じ問題が残ります。

 従来金融機関が認めてきた法定代理人の払い戻しについては,必ずその者が【法定代理人】としての権限(払い戻しを受けることのできる権限)を持つことを確認できる書面を提出させてきます。成年後見登記や、審判書といったものがこれに当たります。

 しかし,【成年被後見人死亡後の成年後見人】のケースではこれができません。もちろん,成年被後見人の生前に「成年後見人であったこと」は成年後見登記等で証明できるかもしれませんが,「まだ相続人が財産を引き継げる状態ではないのかどうか」等はわかりません。

 そのため,銀行としては,払戻を拒否するのではないかと思っています。

 ただし,3号の場合は家庭裁判所の許可がありますので,その書面によって「払戻権限がある」と認めてもらえるのではないかと思っています。

2 私見

※ 5/13 従前、「死後事務についての許可申し立て等の件数が多かった場合にどうするか」等を考えた事柄を記載していましたが、現状では、専門職後見人は死後事務についての権限を用いることなく相続人に財産を引き継ぐことを優先するのではないか、それほどの件数はないのではないかということですので、後に「続きを読む」に格納しておこうと思います(読み手を混乱させてしまうかと思いますので、「続き」に持って行くことにしました。他方で、浅はかな考えとはいえ、一度書いてしまったことですので、そこに残しておこうと思います。)。

3 参考文献

 通読してあるものも、一部しか目を通していないものもありますが、とりあえず、一部だけでも目を通したものとして。

(1)後見人の死後事務関係

・井上計雄「死後事務の在り方を巡る再検討」実践成年後見No33p105

 成年後見人を務める際に問題となる一連の死後事務について、法的構成・対応策等について一通り記載されています。

・多田宏治「本人の死亡による後見終了に伴う事務手続と注意点」実践成年後見No38p14

 上記文献と同様、一通りの死後事務について触れられている文献です。上記と比べると、遺体の引き取り等葬祭に関する事項と、行政等への通知等について記載があります。

・藤原正則「死後事務における応急処分義務と事務管理の交錯」実践成年後見No38p22

 死後事務を、委任契約の応急処分義務から基礎づけられないかについて検討した論考で、最後にドイツにおける解決法(ドイツ法)との比較がされています。

・遠藤英嗣「任意後見契約における死後事務委任契約の活用」実践成年後見No38p30

 死後委任事務契約を締結する際の、一般的な注意事項等について触れられた論考です。

・松川正毅「死後の事務に関する委任契約と遺産の管理行為」実践成年後見No58p41

 主に、契約によって死後事務を行うための「死後事務委任契約」の、民法上の問題点について検討されていますが、相続法の関係等、非常に深い考察がされており、勉強になりました。

一般社団法人日本財産管理協会編集「Q&A成年被後見人死亡後の実務と書式」(新日本法規

 購入してはみましたが、マニュアル本なので、応用的な論点等については記載がありませんでした。とりあえず難しいこと抜きにしたいという方にはよいのかもしれません。

(2)財産管理人関係

司法研修所編「財産管理人選任等事件の実務上の諸問題」(司法研究報告書No55-1)

 法曹会HPを見る限り、販売はされていないようですが、日弁連の資料課等に置いてあります。CiNii Articlesを見る限り、大学図書館などにも置いてあるようです。

 少し古いですが、裁判所サイドからの、財産管理人の事件について一通り書かれているので、参考になります。

片岡武・金井繁昌・草部康司・川畑晃一著「第2版 家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務」(日本加除出版株式会社)

 成年後見人のみならず、あまりお目にかかることのない各種の財産管理人についても一通り記載がある本です。裁判官、書記官の方々が書かれた本なので、信頼性もあります。

小圷眞史「相続財産法人をめぐる諸問題」(新日本法規出版株式会社 新家族法実務体系第3巻418頁)

松尾知子「相続財産の管理―相続人による管理と各種相続財産管理人の権限」(新日本法規出版株式会社 新家族法実務大系第3巻29頁)

 少し前の出版物で、いまは入手できないようですが、新日本法規の「新家族法大系全5巻」は、権威ある学者の方々が執筆されている良書ですので、何かしら疑問に思うことがあれば、関連する部分に目を通したりはしています。もっとも、もってはいないので、そのたびに資料課で借りていますが…。

(3)家事事件手続法関係

金子修「一問一答 家事事件手続法」商事法務

 とりあえずまずは手元に置いてみる「一問一答」です。実際、改正内容が端的にまとめられていておすすめです。ただ、今であれば、同じ著者・同じ出版社で「逐条解説」がでていますので、そちらの方がよいかも。

裁判所書記官研修所監修「家事審判法実務講義案(6訂版)」(司法協会)

 廃止された家事審判法についての書籍です。まだ家事事件手続法の改正に対応した版は出ていないのですが、家事事件手続法を解釈する場合も参考にできると思います。

 なお、同じ司法協会から「家事事件手続法執務資料」という書籍も出ていますが、ちょっと目次を見た限り、あまり関心をひかれなかったので、購入見送り中です…。

(4)銀行法務関係

斎藤輝夫・田子真也監修「Q&A家事事件と銀行実務」(日本加除出版)

 銀行等、金融機関側の視点から、成年後見や相続と言った場面にどう対応したらよいかについて書かれています。銀行・金融機関の法務を行う場合の書籍としては不足するでしょうが、成年後見や相続事件を受任したものが、金融機関等とやり取りをする際に、【相手の立ち位置】を知っておくには、良いと思います。

石井眞司・大西武士・木内是壽「相続預金取扱事例集第2版」

 第2版は平成15年に出版されているので、金融機関の取り扱いについて書かれた部分などは、現在の運用と違っていることもあるかもしれません。とはいえ、法的リスクだけではない金融機関として考慮すべき事項が書かれており、参考になります。

(5)葬儀関係

長谷川正浩、石川美明、村千鶴子「葬儀・墓地のトラブル相談Q&A」(民事法研究会)

 この分野は、法律の専門家であっても詳しくは知らないことが多いのですが、その割に問題に直面することも多い分野です。はじめの一冊としてはとっかかりやすくて、よい本だと思います。

・長谷川正浩「葬祭・埋葬をめぐる法律問題」実践成年後見No38p44

 上記の書籍と比べると、後見人の立場から整理された記載となっているため、読みやすくわかりやすいです。全体像をとらえるなら前書、後見人の職務との関連をとらえるならこの論稿でしょうか。

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成年後見にかかる法改正(その3)-成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について

 何度か「成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続き法の一部を改正する法律」について書いていますが,疑問を持っていたにもかかわらず、自信がなかったために書くのを避けてきたところがあります。

 それは,以下の条文(民法)に関連する事柄です。

 (成年被後見人の死亡後の成年後見人の権限)

 第八百七十三条の二 成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。ただし、第三号に掲げる行為をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。

一 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為

二 相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済

三 その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)

  「財産の保存に必要な行為」と,「【特定の財産】の保存に必要な行為」について、権限や手続きを分けるという構造は,他の制度では見られなかったと思います。

 相続財産管理人(民法951条~)や,不在者財産管理人(民法25条~)等の法定代理人の場合にも,民法103条の「権限の定めのない代理人の権限」を準用する,という形態を取っていたので,【一般的な保存行為】と,【特定の財産のための保存行為】を別途規定するという構造にはなっていませんでした。

 (権限の定めのない代理人の権限)

第百三条  権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。

 保存行為

 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為 

 そのため,類似の制度における法解釈や,運用等を参考にし難く,法律が施行された場合の具体的なフローが想定しにくいところがありました。

 とはいえ,疑問に思う点を含めて書いておくだけでも,議論の役くらいには立つかもしれませんので,「法施行前の暫定的な私見・感想」にすぎず,裁判所等から異なる解釈が示された場合には速やかに自説を変更することを前提に,書いてみようと思います。

1 最初に:リスクヘッジからは避けるべき

 まず始めに,各号に当たる【具体的な行為がなんなのか】に関心を持つ前に,気をつけなければならないことが,「この条文を使用すること自体,極力避蹴ることが望ましい」ことを頭に置いておくことが大切です。

 なぜなら,この条文の1号から3号までには,いずれも,

①「必要があるとき」

②「成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き」

③「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」

という【3つの要件】が必要とされています。

 そのことは,この権限行使があくまでこれらの要件を満たす場合の【例外的】な位置づけであることを示していますし,場合によっては,これらの要件を満たしているか否かについて,相続人や相続財産管理人等との間で紛争化するリスクもあることを示しています。

 もっとも,これらの権限行使による財産流出は,多額に及ぶことは考えにくいため,紛争化までするか否かはわかりません。また,3号の「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)」については【裁判所の許可】が必要とされていますので,許可を取得した場合にまで紛争化することは多くはないと思われます。

 それでも、甲類の審判には既判力はないとする見解も有力ですし(家事事件手続法制定前の文献ですが、「家事審判法実務講義案4訂版」(司法協会)p116)、相続債権者から詐害行為取消の主張をされるリスクもあるかもしれません。相続人に適切かつ速やかに引き継ぐことを第1目標とし、それがどうしてもできない場合に、リスクとはかりにかけて、慎重にこの条文を使うことを検討する方がよいかと思われます。

2 各号への該当性について(私見)

 なお、ほかにも当然、私が思いつかない費用等はあると思います。思いついたものについてとりあえず感じたことを書いてみます。

(1)総論:1号と3号をどう区別すべきか

 1号から3号までの間で,2号の「相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済」については,その内容自体は明らかです(【具体的にどういった場合に行っても問題がないか】という点をひとまず置きますが)。

 これに対し,1号「相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為」と,3号「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)」の区別は,必ずしも明確ではないところを残しています。

 文言上は,特定の財産の価値の毀損を防止するための行為であることが明らかなものは1号,それ以外で,特定の財産の保存に直結しないが,相続財産全体の価値の保存に役立つ場合は3号,と読めるのですが,はたして単純にそう考えて良いのかは分かりません。

 はじめに改正法の文言を見た際には,弁済順位等も念頭に置いて,「動産保存・不動産保存の先取特権民法320条,326条)」が成立する場合を別扱いしたのかとも思いましたが,「特定の財産」とされている以上,「動産」・「不動産」以外に「債権」も当然に含みますので,文言上の説明がつきませんし、わざわざ一般先取特権委が成立しそうな場合を別扱いする理由もなさそうです。

 現時点では、後見人としては、上記の語義に従って解釈して申請をするほかはありません。ただ、この1号と3号の違いは【家庭裁判所の許可】を要するかどうかですので,裁判所側の運用いかんによっては、家庭裁判所の許可を要する重大な行為かどうか】で区別される運用となってくる可能性もないとは言い切れません。

(2)相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為

・「新聞,電気,水道,ガス,電話等の解約」「家屋の戸締まり」等は可能でしょう。

△「屋根や門扉の応急的な修理」も程度によりますが、可能な場合があると思います。程度による、というのは、急がないのであれば必要性の点で疑問が生じることもあるためです。

△(相続発生後の)「家賃・地代の支払」については、少し悩ましい問題を残す気がしますね。

 「特定債権」の保存に資すると解することはできるのですが、①相続人全員が相続放棄する場合や放棄が予測される場合は、むしろ相続財産管理人に任せるべきかもしれませんし、また、②相続人が当該賃貸借契約の解除を考えるようなケースでは、「意に反しないかどうか」「必要性」等が問題になる気がします。

・「金融機関への本人の死亡の通知」も、口座の保存に必要と言ってよいと思います。

△「建物の内部が汚染等されている場合の清掃」や「明らかに交換価値の認められないもの・腐敗したものの処分」については、悩ましいところを残します。

 相続財産管理人の場合には,これらは権限内の行為とされていますが,相続財産管理人は、一般に「保存行為」さらには「管理・改良行為」の権限を持つことと、相続財産管理人が相続財産の【清算】を本来的には予定しているという点がありますので、成年被後見人死亡後の成年後見人に当然妥当するかは、分からないところを残します。3号に当たる可能性もあると思います。建物を立ち退く際に(相続人が保管できる状況になく)動産をすべて保管するとなると、当然保管費用が掛かることになりますので、そうしたこととの比較考量も必要だとすれば3号になるかもしれません。

 また、残されているものの中には、それ自体に財産的価値はなくても証拠となりうべきものがある可能性もありますので、相続人にその処置を任せられるのであれば、それに越したことはない気もしますし、急いで処分する必要がないこともある気がします。

△「国民健康保険後期高齢者医療保険介護保険,年金(国民年金,厚生年金,共済年金),恩給等の担当部署に,本人の死亡を通知すること」も、これらの金員が預金口座等から差し引かれる(過納付)事態を防ぐため、保存行為としてよい気がします。

(3)相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済

 当然ですが、相続発生前の債務である必要があります。

 公共料金,水光熱費,施設利用料,病院費用,家賃,地代等がこれに当たりえます。

 なお、家賃・地代については、相続人が全員相続を放棄するような場合には、(2)同様の問題があります。また、相続人が今後賃貸借契約を解約する場合であっても、相続を承認するのであれば、いずれにせよ相続までに発生したこれらの債務も相続ことにはなるので、(2)とは問題状況が少し異なりますが、急ぐ必要がないのであれば、会えて元後見人が行う必要もない気もします。

 後見人報酬については、相続時までの行為に対する報酬と考えればここに含まれることになりそうですが、死後事務への報酬も含むと考えると【3号】になるようにも思われます。法的性質が代理か事務管理かにもよるのかもしれませんが…(なお、いずれにせよ、後見人への報酬は、裁判所の決定により支給されますので、重複して3号の許可がいるという趣旨ではないと思います。)。

(4)その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)

・火葬・埋葬

 3号では、「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結」を冒頭にあげて、「その他…」と続けることで、火葬・埋葬のための契約が3号に当たることを示しています。

 そして、火葬・埋葬については、墓地、埋葬等に関する法律2条1項・2項で定義が定められています。

 第二条 この法律で「埋葬」とは、死体(妊娠四箇月以上の死胎を含む。以下同じ。)を土中に葬ることをいう。

 この法律で「火葬」とは、死体を葬るために、これを焼くことをいう。 

  そして、この定義の中には、祭祀や法事といった、いわゆる【お葬式】そのものは、含まれていないとされていますし(実際、同法9条によって、親族が火葬・埋葬を行わない場合には自治体がこれを行うことになっていますが、お葬式等まで行ってくれるわけではありません。)、相続財産管理人の実務でも、【保存行為に当たらない行為】(すなわち相続財産管理人でも【裁判所の許可を要する行為】)と解されているようです。

・預金の解約

 特定の財産の「保存」と言っていいのかどうかが微妙であること、財産の形態を変じる行為であること等からすると、こちらに分類してもよいのではないかと思います。

 また、実際上、裁判所の許可がないと、金融機関が引き下ろし、解約に応じないと(個人的には)考えていることもあります。

△相続人の確定・調査の費用

 これまでも行為自体は行われてきたことですので、あえてこちらに分類することでもないかもしれません。費用の帰属を明確にすることなどを考え、あえて分類するとすればこちらになりますが…。

 後見開始の審判時の書類だけでは相続人がわからないこともありますし、後見開始からある程度期間が過ぎていると相続人が変わっている可能性もあります。そうした場合、まず戸籍を取り寄せて相続人を調査する必要がありますので、そうした費用の帰属をどうするのかの問題でしょうか。

※ 5/13 この費用は、1号・2号に分類し難かったため、3号に「△」で分類していましたが、さすがに、このために裁判所の許可を取らなければならないというの煩雑に過ぎると思いますので、後記のとおりの考えに改説しようと思います。

△相続財産管理人の申立て

 法改正前でも、成年後見人は「利害関係人」として申し立てできるとされていた事項ですので、あえてここに分類する必要はないかもしれません。とはいえ、申立費用等の帰属が明確になる可能性もありますので、分類するとすればこちらでしょうか…(分類すれば、というものではあっても、相続財産管理人の申立てが認められるかどうか自体、裁判所が判断しますので、申立て前に重複して裁判所の許可が必要と言うことはないと思われます。)。

(5)債務超過あるいはそれに準じる場合の問題点

 債務超過あるいはそれに準じる場合に、相続債務の支払いができるのかどうかは、問題となります。

 この点、債務超過の場合には、直接的には元後見人は相続財産の破産申立て権限を有しないように見えますので(破産法224条の文言解釈。ただし、申し立て権限ありと解釈する余地もあるかもしれません。)、本来、法律で予定されている手続きは「相続財産管理人申立て」のはずです。

 相続財産管理人は、請求申出期間満了前においては、原則として、弁済期の到来した相続債権者・受遺者からの弁済の請求を拒絶することができる民法957条2項、928条)とされていますので、一つの考え方は、「この場合には債務の支払い、支出は行ってはいけない。」「仮に行った場合には元後見人の立替えとして、その後の相続財産管理手続きの中で清算する」というものかと思われます。

 もう一つの考え方としてありうるのは、同手続きの中で優先弁済を認められる権利、すなわち「相続開始時までに対抗要件を具備している」「先取特権、質権、抵当権又は留置権を有する債権者」に対しては弁済できる、というものになるでしょうか(なお、この考え方は、神奈川県弁護士会高齢者・障碍者の権利に関する委員会の先生が指摘してくださったことをもとにしています。お名前を出してよいかは、改めて確認していませんので、とりあえず伏せておきます。)。裁判所がこうした考え方をするかどうかまではわかりませんが、黙認される可能性もあるかもしれません。

 また、債務超過で、かつ1号・3号の各行為が出捐を伴う場合に、相続財産から出捐できるかも問題となりえます。この場合にも、「仮に行った場合には元後見人の立替えとして、その後の相続財産管理手続きの中で清算する」考え方もあり得ますし、ほかにありうるとすれば、相続財産管理人自らの相続財産管理費用の償還(民法650条。家事事件手続法208条、125条6項)に準じて扱ってもらえる可能性もあるかもしれません。

 この辺りは、実際に家庭裁判所の運用を見てみるか、あるいは、もう少し議論が煮詰まるのを待ってみないと、分からないかもしれませんね。

 なお、相続財産管理人選任の申立てにも費用の予納が求められることが一般的のようですので、成年後見の申立てにおいて、債務超過が判明し、相続人が全員相続放棄した

場合に、わざわざ相続財産管理人の選任を申し立てるかというと、疑問なしとはしません。

 そうした場合にどうするか、これら相続財産管理人と同じことを、成年後見人が死後事務として行ってよいのかどうか…、この辺りは、裁判所がどのような運用を考えているのかにもよる気はしますね…。

3 訴訟代理

 この法律を見て,もっとも懸念を持ったのがこの点です。

 つまり…

 成年被後見人の死亡後の成年後見人」は,相続財産又は相続人のために,訴訟の【原告】あるいは【被告】となり得るのか,という点です。

 素直に考えた場合,これは「なりうる」ように見えます。たとえば,遺産のうちに「債権」がある場合,その時効中断のために訴訟提起を行うなどは,「特定財産の保存に必要な行為」といえるでしょうし、相続財産管理人などでは典型的な「保存行為」とされているものです。

 しかし,例えば被相続人が借りていた借家の明渡請求訴訟や賃料請求訴訟の被告となれるのか,という点を考えていくと,難しいようにも思われます。

 上にも書いたとおり,共同相続となった場合の不動産賃借権は,継続すれば賃料の支払い義務が生じますし,逆に解除してしまうとその借家・借地等を利用する権限を失うことになります(賃貸借契約の解除は、一般的には処分行為とされています。)ので,まさに共同相続人の意向により【どうしたらよいか】が大きく変わってくることになります。その意味で,「成年被後見人の死亡後の成年後見人」がこれを適切に行使することは非常に困難に思われます

 この点については,「成年被後見人の死亡後の成年後見人」の「権限」が代理権なのか,事務管理なのかによっても変わってくるかもしれません。事務管理である場合には訴訟代理権はない,ということになりそうですが,そうすると「時効中断のための訴訟提起」等もできないと思われるので,それで法の趣旨に合致するのかどうかという問題は残ります。

 また,「成年被後見人の死亡後の成年後見人」の権限が「一種の法定代理」であるという場合にも,訴訟代理ができる場合は限られるのかどうか。ここはまだ自信をもって考えを書くことができませんね…。

※ なかなか、書くことがまとまらなかったのですが、とりあえず書いてみました。そんな状況ですので、また何か思いついて書き直しをすることもあるかもしれません。すみません。

※ 5/13 その後、「相続人の確定・調査の費用」については、法律上、後見終了後に財産を相続人に引き渡さなければならないことに当然必要となる費用として、【873条の2】とは別に支出できると考えてよいのではないかと思うようになりました。ここは改説しておこうと思います。すみません。(もっとも、こうした考えをあまり進めてしまうと、【837条の2】の内容がまたなし崩し的に不明確になる可能性もありますので、あまりこうした873条の2に該当しない費用をたくさん認めてしまうことはよくないのでしょうが…。)。

成年後見に係る法改正(その2)-成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について

 実のところ、前のブログに書いた内容以上のことについては推測できる資料が少なすぎたので、書く気が無かったのですが、他の弁護士の先生と少し話していて、関心ができたこともありましたので、それについて、少しだけ追記します(もう少し続くかも?。☞ひとまず4/26に、「2」以下を追記しました。)。

1 法に基づく死後事務として、専門職後見人が処分行為等を行った場合、【法定単純承認】となるか。

 前のブログの一番最後で、【相続人兼成年後見人となる親族後見人】について

 厳密には「相続人」と「成年後見人」の立場は異なるとはいえ、【相続放棄】をする場合などは、注意がいるかもしれません。支払い等の死後事務が「法定承認」とみられてしまう可能性などもあるかもしれませんし、そうではなくても、一部の債権者だけに返済するような形となれば、紛争化する可能性も全くないとは言えない気もしますね。 

という記載をしたのですが、その後、知り合いの先生の間で【専門職後見人が支払い等した場合に、法定単純承認になりうるか】という話題が少し出てきました。

 これは、【ならない】と思います。まあ、それ(専門職後見人の場合は問題とならない)を前提として、「相続人兼成年後見人となる親族後見人」についての問題として、前のブログで書いたところではあるのですが…。 

(1)基本の確認:「法定単純承認」とは

 成年被後見人がお亡くなりになられた場合、成年後見人の管理していた成年被後見人の財産=【遺産】については,【相続】が開始することになります(民法882条)。

 この相続というのは,原則としては被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」というものになります。

 ここで問題なのが、「権利」だけではなく、「義務」も承継される、ということです。成年被後見人が常に【お金】や【貯金】といった【プラスの財産】(権利)を持っているとは限りません。【借金】のような【マイナスの財産】(義務)を持っていることもあり得ます。

 そのため、お亡くなりになられた方の相続人は、原則として3か月の期間内に、相続を【放棄】するか【承認】(承認には単純承認と限定承認があります)するかを選ぶことができます。

 ただ、【承認】や【放棄】を行う前に、第三者から見て相続人が【相続したのでなければ本来はできないはずの行為】を行った場合等は、それをもって【承認】したものと扱われることになります。これが【法定単純承認】です。

(法定単純承認)

第九百二十一条  次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。

一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

二  相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

三  相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。 

(2)成年後見人は、「法定単純承認」ができるか。

 では、いわゆる成年後見人が「法定単純承認」ができるのか、というと、一般的には「できます。」が、成年被後見人の死後、(専門職の)成年後見人が死後事務として行った処分行為は【法定単純承認】にはならないと思います。

 まず、前半部分について。

 裁判例では、成年後見人と同じ「法定代理人」の一つである、「不在者財産管理人」が法定単純承認にあたる処分行為(家庭裁判所の許可を得て不動産を売却)した場合について、これが【法定単純承認】となるため、その後失踪していた相続人が「相続の開始を知ってから3か月以内」にした相続放棄を【無効】としたものがあります(平成26年9月18日名古屋高裁判決)。

 法定代理人は、本人しか行使しえない権利(一身専属権)は行使できないとされていますが、相続の放棄・承認は一身専属権には当たらないと考えられていますし、こうした場合に承認はもちろん、放棄もできないとなると、不在者財産管理人の意味が失われてしまうからだろうと思います。

 次に、後半部分についてですが、上記の理屈は、【(専門職の)成年後見人が死後事務を行う場合】にそのまま妥当することはありません。

 なぜなら、不在者財産管理人の場合には、裁判所から選任された時点で【誰の】法定代理人になるかが明確になっているのに対し、成年後見人の場合には、成年被後見人がお亡くなりになった以上、【誰の】法定代理人であるかは、各相続人が承認・放棄をするまで分からないからです(なお、この死後事務について、委任・代理とする考え方と、事務管理とする考え方がありうるようです。後者だと、金融機関等の払い戻しに難が生じるでしょうし、報酬請求権にも結び付かないかもしれませんね。)。

 これは、不在者財産管理人と同じ法定代理人である、相続財産管理人の場合を考えればわかることです。相続財産管理人の代理権は、【相続人が相続の承認をしたときに】消滅するとされており(民法956条)、その前に処分行為を行っていたからといって、相続人が承認したことになってしまう(法定単純承認)わけではありません。

 このことは、民法918条2項の「相続の承認または放棄前の相続財産の管理者」について、「相続の承認放棄は、相続人自身が決すべき問題であって、管理者が家庭裁判所の許可を得てなすことはできない」(片岡武/金井繁昌/草部康司/川畑晃一「家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務第2版」(日本加除出版)p257)とされることとも整合性があるのではないかと思います。

 (なお、不在者財産管理人の代理権が、相続の承認と同時に消滅すると規定されていることとの関係からすると、【そうした規定のない=つまり、相続人が相続を承認してもその後も行使しうる】成年後見の死後事務の権限は、【事務管理】ととらえることに親和します。他方で、これまで後見人に認められてきた応急処分義務は、解釈上事務管理ではなく【委任】と解されていることとの統一性も、問題になるかもしれません。)。 

(3)成年後見人の死後事務における考慮要素

 逆にいうと、成年後見人が死後事務を行う場合には、その債務・管理費用を相続する相続人が出てくるかもしれないし、出てこずに相続財産の範囲で対処しなければならない(法律上は相続財産法人が成立することになります)可能性もあることになります。

 そのため、債務超過の場合はもちろん、債務超過に至らなくても処分の難しい資産を除いた流動資産が負債や費用を超えるような場合には、相続財産管理人や破産管財人に求められるような「どの債務を優先的に支払うか」「これ以上負債を負うことはできないか」等の配慮が求められてくる可能性があるでしょう(相続人が全員放棄することが確定したのであれば、相続財産管理人を選任すればよく、さすがにそこまで成年後見人がやらなくてもよいのではないかと思いますが、この辺り、裁判所がどういった運用を望むかはわかりませんね…。)。

 とはいえ,破産管財人や相続財産管理人は,財産の【清算】を念頭に置いていますが,成年後見人の死後事務の場合には,相続人が財産を相続することも当然ある(その方が多い)わけですから,【民事再生】の場合と同じような,【継続】を念頭に置いた考慮も必要になってくることが全くないかは分かりません(事業の再生でもない限り,それほどないと思うのですが。)

(4)相続人兼成年後見人の場合

 しかしながら、専門職後見人ではない、親族後見人の場合には、その成年後見人自身が被後見人の相続人に当たること(立場を【併有】すること)もあるかと思われます。そうした場合に、処分行為をやってしまうと、【法定単純承認】とみなされると思われます(「あくまで後見人としてやったにすぎず、相続人としてやったのではない」と主張することは難しいと思います。)。

 相続の放棄・承認の制度や、法定単純承認の制度は、【相続債権者=お亡くなりになられた成年被後見人に対して債権を持っていたもの】の取引の安全を保護するものでもありますので、上のような主張を認めてしまっては取引の安全が図られないことになりますし、相続債務の中で特定の債務のみの恣意的な返済を認めることに繋がる可能性もあるからです。

 そのため、こうした方の場合には、今回の法律ができる前と同様に、相続放棄を行うかどうかを検討し、相続放棄を行う場合には、それであっても可能な行為(法定単純承認に当たらない行為)の範囲で、死後事務等を行っていただくことになるのだろうと思っています。

2 「死後の事務委任契約」との違い

 なお、いわゆる「死後の事務委任契約」(契約によって委任者が受任者に、自らの死後の事務を委託したもの)について、民事法研究会「実践成年後見」58号44ページでは、「相続人が委任者の地位を承継するのであり、受任者の行為により法定単純承認となってしまう可能性も完全には否定できない」との記載があります。

 こうしたことが今回の民法改正に基づく【成年後見人の死後事務】についても、「たとえ専門職がやった場合でも『法定単純承認』とみなされないか」という懸念の背後にあるのかもしれません。

 しかし、私としては、今回の民法改正に基づく【成年後見人の死後事務】については、いわゆる「死後の事務委任契約」の場合と異なり、(相続人の地位を併有する方がやったような場合でなければ)法定単純承認となってしまう可能性は『ない』のではないかと思っています。

 なぜなら、「死後の事務委任契約」においては、「遺言」ではない「契約」によって、なぜ依頼者の死後に効力を発生させることができるのか、という問題がありました。そのため、「死後の事務委任契約」において書かれた具体的な【事務】が【法定単純承認】にあたるようなものであれば、お亡くなりになられた方の意思として、「相続人に確認の上で行ってほしい」「相続人の代理として行ってほしい」という趣旨と解釈される可能性もありましたし、【事務】の相手方から見た場合にも、「(特定の)相続人に了解を得て行っているのだろう」「(特定の)相続人の代理人として行っているのだろう」と解される可能性がありました。

 つまり、「契約」では、「受任者」と「委任者が亡くなられた後の相続財産あるいは相続人」との関係について説明ができないという問題が残っており、それが【特定の相続人の代理人】という法解釈を入れる余地を残していたのではないかと思います。

 これに対し、今回の成年後見人の死後事務では、たとえ身寄りがなく相続人がいない状態であっても、法律上成年後見人が死後事務を行えることが明確(というか、そうした時こそ最も必要)になっていますので、この死後事務が【特定の相続人の代理人】としての権限を規定したものでないことは明らかです。

 つまり、今回の法改正による成年後見人の死後事務は、未確定な【相続財産あるいは(特定されていない)相続人】との関係での「法定代理」あるいは「法定(?)事務管理」ととらえるしかなく、そのように民法上規定されている以上、成年後見人の死後事務が法定単純承認になることはないと思っています。

 わかりにくい説明かもしれませんし、今後、他の先生の見解もお聞きしてみたいところではありますが…。

 あくまで、法施行前の暫定的な見解として、見ていただけると幸いですね。

 なお、今回の法律は、あくまで任意後見人を含まない「成年後見人」についてのものですし、契約(死後の事務委任契約)がある場合を想定したものではありませんので、「死後の事務委任契約」の場合に、受任者の行為が法定単純承認にあたりうるか、という問題点は残るのだろうと思いますので、その点には注意が必要だと思っています。 

3 「成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き」

 また、死後事務を行う成年後見人は成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き」死後事務を行える、とありますので…。

 「念のために相続人に意思を確認したりした場合、その相続人の代理人として行為したことになり、法定単純承認とならないか」と気にされる方もいらっしゃるかもしれません。

 これも、

専門職の後見人が成年後見人の死後事務として行っている」ことを明確にしている限り、法定単純承認にあたることはないのではないかと個人的には思います(相続人の立場を併有している場合は、上に書いたように法定単純承認とみられてしまうと思います。)

 いかに相続人の意思を確認したとしても、この「成年後見人の死後事務」を行う場合には、あくまで「お亡くなりになった成年被後見人の、成年後見人」という立場・名義で契約を結んだり、行為を行うのではないか、と思います。

 そうすると…。今回の法改正で民法上それが成年後見人には「できる」と書かれているわけですから、契約の相手方や行為の相手方からしても「特定の相続人の代理人として行っている」とみられることはないと思うのですよね。

 もちろん、今後この法改正に従って、「成年後見人」の「死後事務」として行為をするときに、その【名義】は気を付けないといけないと思っています。

 この辺りも、今後議論していっていただけたらな、と思いますね…。

※ 上にも書きましたが、「2」以下は、4/26に追記しました。

※ 5/2 書き足した「2」以下について、「専門職」(相続人ではない)後見人の話であることが分かり辛い記載になっていましたので、多少の修正を行いました。

※ 5/5 民法918条2項の「相続の承認または放棄前の相続財産の管理者」との整合性に気が付き、書き足しました。