【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

一期一会?

今日は、就業時間後、エアポート・ウォークの紀伊國屋に本を取りに行きました。

store.kinokuniya.co.jp

裁判官だったころからの、癖でしょうか。良いにしろ、悪いにしろ。

自分が何か、人の人生に影響する結論を出すのであれば、許された時間の範囲内で、自分の手に入る限りの文献は目を通して、「ほかの人はどう考えているのか」「この問題の背景には何があるのか」をできるだけ自分が知ったうえで結論を出したい…。

そう思ってしまうものですから。

そういう意味では、裁判官の時に配転される事件、弁護士の時に受けた事件、そして自治体で相談で出会った事件…

すべて一期一会の出会いの中で、自分なりに考え抜くことを繰り返すことで、結果として「自分が納得いく、自分なりの答え」に近づけるのかな、と思っています

まあ、それを突き詰めると、「あと一論文」あるいは「読まなくて大丈夫かな…」となって、不眠に陥ったりするのですが(笑)

今日は早い時間に外に出たおかげで、いい空を見ることができました。



 

 

なんとかしてくれるんじゃないかな?

今日、他課に足を運んだ際に、「相談したい」と目で語ってきた人から【逃げ遅れて】(ぇ?)「あわあわ」してしまいました。

いえ、今仕事量は多くないので、相談はいいんです。が、突然で、かつ【期待を込めて】こられると、実際よりも重めに感じたり…。

でもこれではいけないな、と思います。

 

市役所に入ってみるまでは、ここまで複雑で、量としても相当な業務を、これだけの少人数でさばいているとは思っていませんでした。

その点では、以前勤めていた児童相談所の方が、人数的には余裕があるように思えます。

一人一人の職員が、ここまで複雑で、専門的で、かつ量としてもそれなりにある仕事を一人で抱えているとなると…。

上司・同僚とはまた『別の相談先』になれる僕が、きちんと受け止められないとな、と思います。

 

とはいえ、今はなんとでもなるけど、相談が増えたらどうしようか…。

ま、いっか。

そのときには、僕と違って【配置転換OK!何でもできる総合職!】のうちの課の皆さんが、法律相談の1つや2つや3つや4つや5つや6つや7つや8つ…くらい、

「なんとでもしてくれるに違いない!!」

きっと。

 

…冗談でそんなことを口にするから、

「シャカイジントシテジコカンリヲチャントシテクダサイ」と言われるのですけれど。

【書評】日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせー

荷物の受け取りのため、早く帰宅し、たまたま手に取って開いてみたところ、また気づかされたことがありました。

「あれ?あの本の書評書いたよね?」

と、ブログ内記事を読み返したところ、まだ書いていなかったので、この機会に。

 

以前、名古屋にいたときに購入し、今回春日井に来るときも持ってきた本の一つです。

www.shinchosha.co.jp

禅やお茶、といった日本の思想は、ごくごく身近な、ほんの小さな自然の中にも、驚くべき深い世界があることに目を開かせ、「日ごろの関係性に縛られた社会」から自分を解放することが、一つの特徴ではないかなあ…と個人的には思っています。

まあ、禅についてきちんと勉強したことはないのですが(鎌倉の円覚寺を歩いていて、樹間から漏れた光が苔や新芽の上に落ちるさまを見ての、思い付きですが)。

この本は、自然の中を歩かなくても、あるいは、場合によっては自然の中を歩くよりもよほど雄弁に、そうした世界に目を開かせてくれます。雨が降るときに身を包んでくる匂い、つくばいから流れる水の音、お湯が沸く時に奏でる声…。

読み終わったときには、ちょっとと外に出て、雨のにおいを全身で感じてみたくなったり、水の流れを目に入れたまましばらくぼうっとしていたくなります。

 

そしてもう一つ、「和菓子」の描写が本当においしそうです。以前、名古屋にいたこともあって、我慢できずに、「美濃忠」の「初かつを」を買って、実家に送ってみたことがあります。見た目はまさに期待通りです。味については、正直「本で期待が膨らんでいた分」点が辛くなってしまったかもしれません。【ういろう】のような味のお菓子でした。

裁判官は、証拠から過去にあった事実を見抜く「過去視」の仕事。弁護士は、そうした裁判官の判決を予想して、「今何をしたらよいか」を考える「予見」の仕事、というのが僕なりの「とらえ」(そして僕が身に着けてきたと思っているもの)ですが…。

この本では、こんな風に言われてしまいます。

過去や未来を思う限り、安心して生きることはできない。道は一つしかない。今を味わうことだ。過去も未来もなく、ただこの一瞬に没頭できた時、人間は自分がさえぎるもののない自由の中で生きていることに気づくのだ…(214頁より)

なるほど、ちょっと「過去」と「未来」に振り回されてい過ぎたかな?やはり、もう少しメリハリをつけて、「今」に「没頭」できる時間を持たないと、自分が持たないかな?

そんなことを振り返らせてくれますね。

 

追記:よっぽど仕事が大変なのか、と誤解されてしまいそうですが、そんなことはないです。ただ、睡眠時間のコントロールが効かなくなって、不眠にはなりかけており、それが「焦り」を呼ぶという、ある意味悪循環を招いていましたね。

昨日、この本を読んだことで、それがある程度改善したという感じでしょうか。

この本では、著者がひどい頭痛を抱えていたときに、「つくばい」の水音を聞くことでそれがすっと消えたことや、「頭の中をハツカネズミが走り回っている」ときに、茶の湯の「松風」の音が鳴り、突然に途切れることで、その状態から解放される体験が書かれており、没入して読むとそれを自分でも追体験できるんだろうなあ、と思います。

この辺りの自分の体調がうまくコントロールできない当たり、未熟だなあ、と思います。「社会人として自己管理をしっかりしてください」と言われたことがあったようななかったような…。

サボテンフェア2023

もう「昨日」になってしまいますが、【サボテンフェア2023】に行ってきました。

春日井駅の観光案内所などでは、「サボテンの町春日井」というフレーズや、「春日井サボテンハンドブック」なども置いてあるのに、なかなかサボテンそのものに会う機会がなかったので、この際折角なら…と思いまして。

サボテンそのものに特別な思い入れがあるか、というと何とも言えませんが、試験に受かった後メキシコに行ったので本場(?)のサボテンは見ていますし(メキシコでは食べはしませんでしたが)、北海道にいたところに「(たぶんホソバノ)ベンケイソウ」(イワベンケイの間違い。追記参照)などは「綺麗だな」と思って写真を撮ったりもしているので、多肉植物へのなじみはあります(育てたことはないですが)。

昼間の落合公園には、初めて行きましたけど、水の流れがあって、子どもが喜びそうな場所ですね。

春日井は、水の流れが豊富で、子どもが遊べる場所が多いなあ、とは思います。

サボテンフェアでは、サボテンポロシャツを買い、サボテン水サボテンラーメンを頂き、お土産(おまけ?)として、サボテンを一個と、サボテンの絵本をもらってきました。よし、これでサボテンについての法律相談が寄せられたら、この絵本で調べよう!(違)

追記:「ベンケイソウ」ではありませんでした。「ベンケイソウであってるよね…?」と思いつつ、以前の愛読書「新北海道の花」は春日井に持ってきていないので、インターネットで検索してみたら、全然違う花が出てきてびっくりしました

「イワベンケイ」だ、「イワベンケイ」。

光をふわっと抱くように広がった感じが、「綺麗だな」と思って撮りましたね。

まだまだ甘い

前回、コミュニケーションギャップについての悩みを書き、それに関連して、知り合いの、自治体勤務経験のある弁護士の方にちょっと相談してみていたのですが…。

 

うん、僕は甘かった。

まだまだ、できること、やれることはあった。

 

もちろん、今回相談した方よりも、僕の方が上回っているところも、あるのかもしれません。

でも、「自分が努力できる余地がある」あるいは、「ある方向への努力で自分を上回っている人がいる」ことを知れるのは、うれしいですね。

やっぱり、ワクワクします。

もっとも、僕のやり方と、その人のやり方と、全部やろうとしたら、さすがに時間がいくらあっても足りないかな?という気はするので、どこかで試してみて、どこをどれだけ取り入れるかを、また考えていかなきゃなーとは思いますが。

もっと時間があればなあ…。

もっともっと相談を受けて、もっと相手のことを考えた上で、いろいろな回答を考えることができるかもしれない。

そうすれば、周りの人が直面している「現実」を、何かしら少しでも変えていくことができるのかもしれないのにな。

ま、時間は有限なのはどうしようもないので、その中で選べる選択肢を選んでいくしかありませんけれど。

コミュニケーション・ギャップ?

市役所に勤めて数カ月たって、気が付きました。

「行政マンと、法律家との間では、法律相談で法律家が『何が回答できるか』や、『法律相談の回答がどの程度のことを保証したものなのか』について、かなりコミュニケーション・ギャップがあるなあ…」

 

ときどき、聞かれていることがあまりにも広範で、法律的にきちんと答えようとすると難しい、相当調べなきゃいけないな、という質問に遭遇することもあります。

また、『お墨付き』を求められているのだろうけれど、その『お墨付き』を与えてしまうと、それを相手がどう解釈してどう動いてしまうか、不安になってしまうこともあります。

 

このあたりは、「法律家が答えるには、向いていない質問」である部分も、あるのだろうと思います。

とはいえ、相談できる事柄を絞ってしまっては、相談がしにくくなってしまいますし、相談したいというニーズはある事柄なわけですから…。

そこで、そのコミュニケーション・ギャップを埋める方法を、何か工夫しないといけないかなあ…と感じています。

でも、相談に来る相手には、なかなかこの問題を考えてもらうのは難しいので、こちらからどういう投げかけ、工夫をしていくか…。

 

すぐに答えが出るかはわかりませんが、ちょっと、試行錯誤をしてみようかな、と思います。

不安との向き合い方

やはり、「知らない」「新しい」、そして「責任が重い」仕事は、怖いですね。

そうした「怖さ」「不安」にきちんと向き合い、それをきちんと自分の中で「調べ」て「解消」していくことで、「不安」に耐えられるだけの「答え」を出していく。

それが本来の僕のスタンスなのですが…。

ちょっと、この職場は、それだけでは限界があるかもしれません。

これまでの職場は、自分のプライベートを犠牲にすれば、どうとでもなったのですけれど、この職場はそれでも「間に合わない」かな、と思います。

少し、やり方を変えざるを得ないでしょうかね…。

さて、どこまで食らいつけるか。