【天秤印】春日井弁護士雑記(旧名古屋・横浜弁護士雑記)

現在春日井市に勤めている元裁判官現弁護士が、日々感じたことなどを書いています。

定年後再雇用と労働契約法20条(その5:平成28年5月13日東京地裁判決についての思いつき②)

 前のブログを書いてから,随分経ってしまいました。

yokohamabalance.hatenablog.com

 前のブログでも、結局、【考え方の糸口】を書いてみただけで、そこで一度力尽きてしまっていたのですが…。

 しばらく他の仕事などをしているうちに,またいろいろ考えが沸いてきてしまいました。そして、考えが沸いてしまうと、文献を漁ったりもしてしまうのですが、文献を読むのに結構時間がかかりそうな気もしますので、入り口だけ書いてみようと思います。

 前のブログでは,「60歳定年」の会社において定年後に有期雇用社員として継続される場合の労働契約法20条の考え方について,【考え方その2】として

 もう一つ,考えられるのはこれなのでしょうね。
 つまり,
 ① 高年齢者の雇用の安定等に関する法律は60歳定年までしか定めておらず,当該会社の就業規則も60歳定年だったのだとすれば,労働者は(民事的効力として)60歳以降も当然に雇用が続くわけではない。
 ② ①を前提に,会社が就業規則を変更して65歳定年にすると仮定した場合,60歳以降の雇用条件を低くしても,そもそも労働者は60歳以降雇用される権利までは有していなかったことからすれば,就業規則の不利益変更には当たらない可能性がある。
 ③ そうすると,被告会社が65歳定年を採用していたとしても、その場合の期間の定めのない社員の雇用条件は,現在の期間の定めのある社員の雇用条件と変わらないと思われる。

 こう考えてしまうと,例え「定年直前の正社員」との間に差があったとしても,「採用時の定年以降の雇用については,それまでの労働条件が補償されるものではないから,差があっても合理的である」となる可能性があるのかもしれませんね…。 

ということを書きました。

 上の②で「可能性」と書いたのは、実はここのところについて、きちんと調べことがなく、自分の中で理解ができていなかったためです。

 60歳までの雇用条件を下げることがないまま、60歳を超えて65歳までの雇用を追加する形であれば、たとえ65歳以降の労働条件が下がったとしても、「60まででよい人はそこで退職もできるし、65までいたい人は条件を容認しているし、より不利益に変わったわけではない」として不利益変更とならない、あるいは合理性が認められる可能性もあるかな、と思いましたが、他方で、それほど簡単ではないのではないか、という思いもあり、「可能性」という書き方をすることにしました。

1 正社員の定年延長と,労働条件の変更

  調べてみると、「期間の定めのない社員(いわゆる正社員)の定年を延長(定年後に有期雇用をするのではなく)し、それと同時に従来の定年後の勤務については労働条件を下げる」ということが争われた事例は、多くはないものの、いくつかあるようです。多くは、平成6年に高年齢法が改正され、定年が55歳から60歳に引き上げられた時期の前後に生じた紛争ではないかと思います。
 こうした定年延長と労働条件の変更について、典型的なケースとされているのは,「第四銀行事件」という最高裁判決です(最高裁判所平成9年2月28日第2小法廷判決)。
 この事例では,55歳定年としながら,労働者が希望すれば58歳まで在職できる定年後在職制度という制度がもともとあった会社において,定年を55歳から60歳まで延長するとともに,55歳を超えた場合の就労条件を従前より下げたというもので、最高裁判所「不利益変更には当たる」が「合理性がある」から変更は有効である(原告側労働者の請求を棄却)としています。
 上の裁判所の判例集のリンクでは事例について以下のように要約されていますし,この判例について触れている文献等でも同旨の要約がされていることが多いです。

  右変更により、定年後在職者が五八歳まで勤務して得ることを期待することができた賃金等の額を六〇歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるなど、その労働条件が実質的に不利益に変更されるとしても…

 つまり、従来なら、55歳から58歳までの勤務で得られた賃金等の総額と、新制度では55歳から60歳までの勤務で得られた賃金等の総額が大体同じ、という場合にそれは、「就業規則の不利益変更」にあたるか、ということが、法律的な争点であったために、そちらが判示事項として有名になっています。
 しかし,事案をきちんと読んでみると,この事案で行われた【変更】【差異】は、以下のようなものだったことがわかります。

(1)給与等

  従前の本俸を基本本俸、加算本俸に分割し、加算本俸は満五五歳に達した日の翌月一日以降支給しないこととされたため、従前は五四歳時の定例給与が引き続き支給されていたのが、加算本俸分(上告人のような事務行員については、月五万八一〇〇円)の支給がされなくなった。
(2)役付手当の減額
 新制度の下では、新設する職位を含め、職位に対応した手当に改定して支給することとされ、役職者は五七歳以降原則として新設する職務に就くと定められた。(上告人は、昭和六一年一一月に五七歳に達し、同年一二月に部長補佐から業務役の職に変更に
なったため、役付手当が五万円減額された。)
(3)定期昇給の不実施
 従前は満五五歳以降も定期昇給が実施されていたのが、実施されなくなった。
(4)賞与の減額
 従前は、満五五歳以降も「(本俸+家族手当+役付手当)×六・八箇月+資格別定額」と計算されていたのが、「(基本本俸+家族手当+役付手当)×三箇月+資格
別定額」と計算されることとなった。

 そして、

 (1)ないし(4)の変更の結果、五五歳に達した後に上告人が得た年間賃金は五四歳時のそれの六三ないし六七パーセントになり、上告人が従前の定年後在職制度の下で五五歳から五八歳までに得ることを期待することができた賃金合計額は、本件定年制の下で行われたのと同様のべースアップ等がされたという仮定をした場合、二八七〇万九七八五円であるのに対し、本件定年制の下で五五歳から五八歳までの間に得た賃金合計額は一九二八万〇一三三円であり、後者が九四二万九六五二円少なくなっている。なお、本件定年制の下で五五歳から六〇歳までに得た賃金合計額は、三〇七八万七二七八円である。 

と事実認定されています。

 もちろん、この判例では、変更に合理性があるかについて様々な要素を検討していますので、単に差額があったことのみで有効と認めたものではありません、【正社員ですら、定年延長をした場合には、定年前と定年後でこうした差を設けても違法ではない】とすると、有期雇用社員の場合に(同一労働等の場合に限るとしても)定年前と同じ労働条件を享受できる、としてしまうと、ある意味、【有期雇用社員】を【期間の定めのない社員】よりも有利に取り扱ってしまっているようにも思われます。そのあたりが、前のブログを書くきっかけになった違和感でもあるのですが…。

 2 今後調べてみたいこと

 この最高裁判決の事案も、1審と2審で判断が分かれたようですし、最高裁判決自体にも反対意見が付されているようです。

 そして、この最高裁判決後も、いくつかの下級審において、定年を延長するとともに従来の定年後の就労条件を低下させたことについて、争われた事例があるようです。

 「定年後継続雇用」の場合の就労条件についても、「定年後」というだけで直ちに「合理性あり」という結論としてしまうのではなく、そうした「正社員の定年を延長すると同時に、労働条件を下げた場合の、考慮要素」を、労働契約法20条の「不合理ではないか」を判断する要素としてもってくる、というのは、【考えられるかもしれない一つの立場】かもしれないと思っています

 そうした場合に気になっている、今後時間があったら調べてみたいなと思う点としては…

高年齢者雇用継続給付及び高年齢者雇用確保措置(高年齢法9条)は、【代償措置】と評価しうるか

 上に引用した第四銀行事件などでは、就業規則の不利益変更の「合理性」の考慮要素について以下のように判示しています。

 右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。 

 ここにあるように、賃金等が不利益となった場合には、「代償措置」が問題となることがあるのですが、「定年後も勤務できるということ」や、「継続雇用給付金」の存在が、この代償措置といえるのかどうかなどは、一つ問題になりうる気がしています。

労働組合・労働者代表との協議の扱い

 上の判例でも挙げられていますし、こうした判例を具体化した労働契約法10条でも挙げられているのですが、就業規則の不利益変更の場合、労働組合との協議の有無が考慮要素とされることがままあります。

 第十条  使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。 

  しかしながら、いわゆる定年後に有期雇用を行う継続雇用制度の場合は、「従前の就業規則の不利益変更」ではなく、「新たな就業規則」を作ることになりますので、当然にこうしたものが考慮要素となるか(積極的に合理性を認める考慮要素にはなると思うのですが、不合理性認定の考慮要素としてしまってよいか)は、問題となりうるのかな、と思います。

 もっとも、今回の事例(平成28年5月13日東京地裁判決)では、「高年齢者雇用確保措置」自体はもっと前から導入されていたように思われますので、労働組合との協議が問題となるとしても、「導入当時の協議」がどうであったかが争点となる気がしますね。

 もちろん、その後のある年度において、労働組合から団体交渉を求められたことに対する対応が誠意を欠く等の理由で、(労働条件の変更とは別に、労働条件の変更が有効であっても)不法行為を構成することはあり得るのかもしれません(協和出版販売事件。平成20年3月27日東京高裁判決、平成19年10月30日東京高裁判決)。

③賞与・退職金の扱い

  下級審を見ていても、いわゆる賃金とは、賞与・退職金は別の扱いで判断をしている判例が散見されます。そうした点はどうなのかも、問題となりうるのかもしれませんね。

④単純な定年延長の場合と異なるか

 ①とも少し重なりますが…。

 高年齢法で義務定年が55歳から60歳に引き上げられた平成6年改正と違って、現在はの高年齢法では、あくまでも、定年として義務化されているのは60歳であり、高年齢者雇用確保措置は3つのいずれかを採用すればよいということになっています。

 そして、裁判例では、この高年齢者確保措置をたとえ導入していなくても、当然に60歳を超えて雇用が継続するという効果までは生じない(私法的効力までは生じない)とされていたように思われます。

 そうすると、義務定年が引き上げられた平成6年改正の前後に生じた紛争についての裁判例の判断基準を、そのまま今回適用できるのかどうかは、問題となりうるのかな、と思っています。

3 まとめ

  これ以上書くためには、また大量の文献を読まねばならず、時間がかかりそうなので、ここまでにします。

 高年齢法、そして定年の義務化の問題は、「年金」の問題と密接に絡んでいます。年金支給年齢の引き上げに伴い平成19年の高年齢法の改正-高年齢者雇用確保措置が導入された際にも、「国の年金財政が厳しいのはわかるけれど、それを企業にそのまま負担させて良いのかな…」という躊躇を少し感じていました(その後勉強が多少進みましたので、年金支給年齢の引き上げは、企業年金制度の問題等他の制度とも関連があるので、国の年金財政の一言で割り切れる問題でもないのだろうと、今では思っています)。

 年金が払えないからといって、その分、年金の「掛け金」を高くすれば、これから長期間にわたってそれを払うことになる【若者】がより損をしてしまうことになります。 

 かといって、ただ定年を延長しただけでは、年功制がまだまだ多かった当時の日本では、結局高齢者に多額の賃金が行ってしまい、【若者】の雇控えが起きないかどうか―結果として【若者】につけがまわってしまわないかが、やはり気になってしまいます。

 年金の財源そのものは、私たち自身が払うもので、【有限】ですので、その中で、どこで線を引くか、【若者】も【高齢者】も、どこで我慢してもらわないといけないのか…。

 この問題は、そういった面を持っていると感じていますので、なかなか「みんなにとって幸せ」な結論を見つけることはできないのかもしれませんね…。

 それが、6月21日に【その2】のブログを書いた時に触れた、「出口がない感じ」でもあるのですが…。

 難しいですね…。

※ 次にこの話題を書くのは、また当分先になる気がします。ほかに書きたい(あるいはすでに書いた)こともありますし、この件について集めた文献を全然まだ読んでいませんので…。なお、この判例の評釈がどこかで出ているのかまでは、チェックしていませんので、もし見当はずれの記載などありましたら、申し訳ありません。

定年後再雇用と労働契約法20条(その4:平成28年5月13日東京地裁判決についての思いつき)

う~ん,なるほど。そういうことなのか…。
少し,頭が整理されてきた気がします。

先の,6月26日のブログの「2(1)」で,

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1(4)で触れたように、「65歳定年」として同じ「期間の定めのない社員」となれば、60歳直前と、直後で就労条件を変えても、直ちに労働契約法20条違反にならないことを考え合わせると、期間の定めがある場合にだけ差が認められないのは、少し均衡を失する気もします。それは突き詰めれば、「【61歳から65歳の期間の定めのない社員】と比較したわけではない」という点に帰着してしまうのかもしれませんが…。

と書いたのですが,突き詰めるとどういう事なのか】が,分かってしまったような気がします。

 つまり,これは,【「定年後再雇用の(61歳の)有期雇用社員」と比較される(同一の)「期間の定めのない社員」は誰なのか】ということを巡る立場の違いに帰着するのかもしれません。

1 【考え方その1】:定年直前の正社員と比べる

 まず,一つの考え方としては,「61歳の期間の【定めのない社員】がその会社にいない以上,「同一」として比べられるのは,定年直前の期間の定めのない社員だ」という考え方があるでしょう。
 もっとも自然な考え方でもあり,平成28年5月13日の判決が取っている立場といってもいいと思います。

2 【考え方その2】:もし定年延長制度が取られていたら,その会社にいるであろう正社員と比べる

 もう一つ,考えられるのはこれなのでしょうね。
 つまり,
 ① 高年齢者の雇用の安定等に関する法律は60歳定年までしか定めておらず,当該会社の就業規則も60歳定年だったのだとすれば,労働者は(民事的効力として)60歳以降も当然に雇用が続くわけではない。
 ② ①を前提に,会社が就業規則を変更して65歳定年にすると仮定した場合,60歳以降の雇用条件を低くしても,そもそも労働者は60歳以降雇用される権利までは有していなかったことからすれば,就業規則の不利益変更には当たらない可能性がある。
 ③ そうすると,被告会社が65歳定年を採用していたとしても、その場合の期間の定めのない社員の雇用条件は,現在の期間の定めのある社員の雇用条件と変わらないと思われる。

 こう考えてしまうと,例え「定年直前の正社員」との間に差があったとしても,「採用時の定年以降の雇用については,それまでの労働条件が補償されるものではないから,差があっても合理的である」となる可能性があるのかもしれませんね…。

3 結局

 ちょっと困ってしまいました…。

 どちらの立場を取っても,【0か100か】になってしまい,「ある程度の差があっても良いのでは?」という個人的に良いと思う【落としどころ】に結びつきません…。
 でも,これ以上は,いま考えつくことはありませんね…。

 やっぱり,判断する立場を離れると,鈍ってしまうのかもしれません。
 どなたかが,【落ち着きの良い理屈】を考えて下さればよいのですが…。。。
 すみません。。。。

 とりあえず,今回はここまでに。。。

※ 7/20 「違和感を覚える問題」について、【法律的に構成】するとどうなるのか、少し考えを進めてみました。

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JILPT「高年齢者の雇用に関する調査」(定年後再雇用と労働契約法20条追捕)

 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)から、「高年齢者の雇用に関する調査」が発表されました。

調査シリーズNo.156「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 平成27年7月17日から7月31日にかけて行われた調査で、東京商工リサーチが保有する企業データベースを母集団として、常用労働者50人以上を雇用している民間企業2万社を無作為抽出して行ったアンケート調査の結果のようです。

 その概要については、上記のリンクを見ていただいた方がよいかと思われますが(上の方にプレスリリース・概要があり、下の方に本文が置いてあります)、個人的に気になった項目を見てみました。

 というのは、平成28年5月13日の東京地裁判決では、平成25年7月から8月にかけて調査された同じような調査結果について、両当事者ともその主張の中で引用するなどし、判決もそれについて触れていましたので、「それらの項目が」「直近の調査でそうなったのか」を知りたいと思ったためです。

 なお、平成25年に行われた調査というのは、こちらになりますね。

調査シリーズ No.121 改正高年齢者雇用安定法の施行に企業はどう対応したか ―「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」結果―|労働政策研究・研修機構(JILPT)

  そうしてみてみると…。

1 定年制はいまだ60歳定年が多い

 定年制の有無を尋ねたところ、「定年あり」が97.5パーセントを占めたとのことで、、また、その定年年齢についても、「60歳」としているところが81.2パーセントのようです(10,11頁)。 

2 責任が変わるかを一先ず置くと、定年前後での仕事の変化はないことが多い

 60代前半の継続雇用者の仕事内容については、「定年前(60歳頃)とまったく同じ仕事」が39.5パーセントであり、「定年前(60歳頃)と同じ仕事であるが、責任の重さが変わる」が40.5パーセントです(22頁)。

 責任の重さに着目せず、仕事内容だけを見れば、変えていない会社の方が多いようですし、責任の重さも変わらない会社も4割近くあることになります。 

3 継続雇用者の配置で配慮しているのは、「慣れている仕事」

 そして、その配置に当たって行われている配慮は「慣れている仕事に継続して配置すること」が71.7パーセントと、高い割合を占めているようです(23頁)。 

4 高年齢者雇用継続給付については、59.3パーセントの会社で利用

 以前のブログでも触れた、「高年齢者雇用継続給付」については、59.3パーセントの企業で、60歳代前半の社員の年収の一部分を占めているようです(28頁)。 

5 フルタイム勤務の継続雇用者の61歳時点の賃金水準は、60歳直前の水準を100とした場合に、73.5(平均値)

 そしてて、61歳時点の賃金水準について、60歳直前の水準を100とした場合に、いくつになるかという問いに、回答の得られた4488社の回答を平均すると、平均値は「73.5」だったとのことです(28、29頁)

6 感想

 

 こうした結果を見てみると…。

 私たちの思っている以上に、60歳定年後も仕事の変わらないにもかかわらず、賃金が下がっている会社というのはあるのではないか、また、そうであっても、働いている等の本人からすれば、慣れている仕事に配置された方がよい側面があるのではないか…。

 それが、平成28年5月13日判決を見たあと、不安になった理由の一つでしょうか…。

 この調査結果は、裁判に間に合わなかったようで、裁判で主張されたのは上にも挙げた平成25年の調査結果ですが、それについて判決は、

 しかしながら,上記アンケートの「同じ仕事内容」については,必ずしも労働契約法20条にいう職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度。上記①)が同じことまで意味しているものとは読み取れないというべきであるし,上記アンケートの結果によっても,定年の前後で職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)に違いがあるのか否かは明らかでない。したがって,上記アンケートをもって,定年の前後で職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが,企業一般において広く行われているとまでは認められない。 

 としています。

 それは、その通りなのですが、他方で。

 「企業一般に置いて広く行われている」かはともかく、我々の思う以上にそうした企業が多いのではないか、また、事実上、適用な配置先として定年前の仕事と同じ仕事しかない企業も相当数存在するのではないか…。

 そうだとすれば、東京地裁の判決で、混乱を招いてしまう会社と労働者は、思ったよりも多いのかもしれない。それが怖いと思っています。

定年後再雇用と労働契約法20条(その3:平成28年5月13日東京地裁判決についての感想)

 前のブログで紹介した、平成28年5月13日東京地裁判決について、感想めいたものを含めて、続きを書いてみたいと思います。

 判決内容の紹介等は、前のブログを見ていただければと思います。

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 まず、判決を読む際の注意点について「1」で触れたうえで、その中でも争いがあると思われる「定年後再雇用の場合に、労働条件を下げる特段の事情があるか」という点に関する、周辺論点のありうべき考え方について「2」で書いてみようと思います。

1 この判決の読み方

 この判決のポイントとしては

 ①定年後再雇用にも労働契約法20条が適用される(労働契約法20条は、期間の定めの有無のみを理由とする労働条件の相違に限って適用されるわけではない。)。

 ②「職務の内容」並びに「職務の内容及び配置の変更の範囲」が【同一】の場合は、特段の事情のない限り、労働契約法20条違反となる。

 ③特段の事情として、今回の事案では、

 ・定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事

 ・賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定

 ・そのような賃金コスト圧縮の必要性がない

 という3つの事実からすれば特段の事情は認められない。

というものになります。

 もう一つ、【嘱託社員の就業規則が違法・無効な場合に、正社員の就業規則を適用できるか】という問題(前の記事で書き足した争点⑤です。)もありますが、この点は、裁判官によっても考え方が違うのではないかと思うことと、各会社の就業規則の定め方によって影響を受ける可能性もあること、いわゆる労働契約法20条の問題とは少し違うことから、あまり書かずにおこうと思います(とはいえ、下の2(2)、3(3)で触れているのですが、様々な事案でより「柔軟な解決」を導くことができるようにするためには、正規社員の就業規則をそのまま適用してしまうことには、個人的には躊躇を感じます。)。

(1)定年後再雇用という、期間の定め以外の理由があっても、労働契約法20条が適用される。

 これは、そうだろうと思います。

 被告側は、「不合理」を検討する前に、そもそも労働契約法20条は「期間の定めがあることを理由とするもののみに適用される」として、定年後再雇用という【別の理由】によって違いが生じている本件では労働契約法20条の適用がない、と主張していたようです。

 しかし、「不合理」か否かを検討する際に「その他の事情」としてあらゆる諸事情を含めて検討するのであれば、これは同じことを2度判断することになってしまうようにも見受けられますので、「定年後」という事情も「その他の事情」の一つとして、労働条件の差が不合理なものかを検討すれば足りると思います。

 確かに、労働契約法の改正時、この点について議論がされた第95回労働政策審議会労働条件分科会の資料「有期労働契約の在り方に関する論点(案)」では、

4 「期間の定め」を理由とする不合理な処遇の解消 有期契約労働者に対する処遇について、「期間の定め」のみを理由とする不合理な処遇(不利益取扱い)を禁止することについて、どのように考えるか。

とされていますが、他方で、同審議会議事録によれば、委員より

 論点4のポイントになるのは、期間の定めのみを理由としたというところだと思うのですが、期間の定めゆえに、例えば責任の所在が違うとか転勤の有無が異なる、職務設計が異なる。期間の定めというものだけを切り出すということは、現実的には余り考えられないのではないかなと思います。 期間の定めというものが1つの要件になって、いろいろな要素が異なってくるゆえにさまざまな処遇あるいは退職金等々、退職金は少し前払い的に考え方ときに、そういった要素への判断が変わってきているというのが現実だと思います。ここに書かれている期間の定めのみを要件としたというお考えを、例えば労働契約法等々で盛り込まれるというのは、現実論に落としていくのに非常に困難ではないかなという意見を持っています。それが1つ。

との見解が示され、その後の96回分科会の資料「有期労働契約の在り方に関する論点(改訂)」

4 「期間の定め」を理由とする不合理な処遇の解消 有期契約労働者の公正な処遇の実現に資するため、有期労働契約の内容である労働条件については、「期間の定め」を理由とする差別的な(不利益な)取扱いと認められるものであってはならないものとしてはどうか。 

 その場合、差別的な(不利益な)取扱いと認められるか否かの判断に当たり、職務の内容、範囲の変更の範囲等を考慮するものとしてはどうか。

【のみ】が削除されるとともに、「職務の内容、範囲の変更の範囲等を考慮するものとしてはどうか。」という文言が加えられ、この内容は その後の「有期労働契約の在り方について(建議)」、そして改正法の条文に反映されているように思われます。

 以前のブログ記事でも引用した厚生労働省の指針でも、「定年後再雇用の場合に、労働契約法の【適用】はある」ことを前提とした書きぶりになっています(以下再掲します。)。

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

 定年後再雇用というのみで、労働契約法20条の保護が全く受けられない(不合理性について検討すらされない)とするのは、法の予定するところではないように思われます。

(2)「職務の内容」並びに「職務の内容及び配置の変更の範囲」が【同一】の場合は、特段の事情のない限り、労働契約法20条違反となる。

 前の記事では、当初、この部分の裁判所の判断を見て、「独特な基準を設けたのかな?」と考えてしまいました。しかし、よくよく考えると、当たり前のことを言っているように思えてきました。

 前にも書いた通り、労働契約法20条は判断要素として以下の3つを挙げています。

①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度

②当該職務の内容及び配置の変更の範囲

③その他の事情

 これらに該当する事実は、労働者側は不合理性を基礎づける事実を、使用者側は合理性を基礎づける事実を主張・立証すべきとされています。

 キ 法第20条に基づき民事訴訟が提起された場合の裁判上の主張立証については、有期契約労働者が労働条件が期間の定めを理由とする不合理なものであることを基礎づける事実を主張立証し、他方で使用者が当該労働条件が期間の定めを理由とする合理的なものであることを基礎づける事実の主張立証を行うという形でなされ、同条の司法上の判断は、 有期契約労働者及び使用者双方が主張立証を尽くした結果が総体としてなされるものであり、立証の負担が有期契約労働者側に一方的に負わされることにはならないと解されるものであること

厚生労働省労働基準局長の平成24年8月10日付施行通達(基発0810第2号)

 とはいえ、①と②は、最初には「労働者側」が主張することが普通です。

 なぜなら、期間の定めのある社員が、「期間の定めのない社員と労働条件が違う!」という裁判を求める場合、【様々な社員】のうち【どの(期間の定めのない)社員】と差があると主張するのか決めてもらわないと、裁判所にも誰と比べてよいかがわからないからです。そのため、まず原告側が、①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が自分と同じだと思う【期間の定めのない社員】を指定するなどの方法で、誰の「労働条件」と違うことが違法か(もちろん、特定の個人ではなく、「この職種の正社員」等の漠然とした主張になることはあり得ます。)を最初に主張することになります(「同じではない」と会社が思う場合には、会社が反論・反証等を行い、双方が主張と立証を重ねていくことになります。)。

 これに対し、③その他の事情については…、当たり前ですが、原告にとっては、「①②以外に、自分と相手との間に差を設ける事情があるのかどうか」は、わかりませんし、それがないと思うからこそ裁判を起こしているはずです。そのため、③その他の事情は、会社側が先に主張立証を行うことが普通だろうと思います。

  そうすると、本件の場合、①と②は同一ということがすでに裁判所によって認められていますので(前のブログの1(5))、後は、③の事情があるかどうか、それを考慮して労働条件の差が不合理と言えるかどうかについて、主に被告(会社)の主張と立証によって判断するということになると思います。

 だとすれば、判決の書いていることは、当然のことを確認したものかもしれません。

(3)特段の事情

 個人的には、仮に控訴されれば最も争われると思っていますし、変更の可能性があるとすればここ(と、上の1の最初で触れた「正規社員の就業規則の適否)ではないかと思っています。

 本来は、この箇所で「定年後再雇用」という特殊性をどう考えるか、が検討されることとなるのでしょうが、本件の場合、前のブログでも書いた通り、【比較される期限の定めのない社員】自体が、そもそも長期雇用を強く予定した形態ではないように見え、職務の点でも、責任の点でも、定年後と違いがみられないようです。

 これが通常の企業を舞台としての争いであれば、①60歳以降は役職・責任が異なるのではないかといった点が問題になるでしょうし、そのほかに、②60歳までの長期雇用を前提にした就労体系と、その後65歳までの5年間の勤務を念頭に置いた就労体系では、「長期間の雇用」に対する会社の期待が異なる(教育訓練や、各部署の経験を積ませること等によって)、などという主張がされるかと思うのですが、本判決ではこういった主張はなく、判断が示されていません。

 そして、特段の事情の有無に関して判決が検討された3つの事情については、あまり重大に捉えるべきではないかな、と感じています。この辺りは、個々の裁判官によって評価も異なりうる気がしますし、対象となる企業が違えば、事情が変わってくる可能性もあるように思われるからです。

 例えば、「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」したことについて判決では、

被告としては,定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させるほうが,新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるということになるから,被告における定年後再雇用制度は,賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ないものというべきである。 

としているのですが、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律では65歳までの雇用継続措置を企業に義務付けていますので、行政法規的に「新規採用する」という選択の余地がない場合に新規採用と比べてよいのか幾分の躊躇は覚えないこともありません。また、新規採用社員の雇用条件が相当に低い企業の場合でも同じ判断要素が妥当するかというと、それはない気がしています。

 いずれにせよこの事案だけの事例判断的な考慮要素と考えたほうが無難ではないかと思っています。

(4)まとめ

 この判決は、地方裁判所の判決ですし、仮に控訴等された場合に、変更されるのかどうか、この内容がこのまま確定するのかどうかはわかりません。また、上の(2)でも触れた通り、通常の企業と異なり、正社員自体が当然に長期雇用を強く予定していると言いきれない就労体系にも見えますので、通常の企業に当然に同じ事情が妥当するかは、わからないところを残している気がします。

 とはいえ、「こうした判決が出うる」ということを前提に、訴訟リスク等を避けるための行動をしている企業もあるようです。

 報道を聞く限りですと、以下のようなやり方をしている企業はあるのかな、と思います。

① 65歳定年制への移行

 まず、労働契約法20条は、「有期」と「無期」の差異を問題とするものですので、法律上は無期の社員同士の労働条件の相違は対象とならないとされています。そのため、65歳に定年を引き上げてしまうこと(60~65歳の社員も、無期としてしまうこと)が考えられているようです。

② 職務・責任等の限定

 もう一つは、定年後の社員に支給する賃金に合わせ、それに見合った職務(勤務日数の限定、ワークシェアリングなど)とすること(今回の判決が出たことも考えると、賃金を下方修正しないのであれば、就業規則上は変更の合理性が認められる可能性もあると思われます。もっとも、実際にそうした処遇を行うときには、顧問弁護士等に相談された方がよいでしょう。)や、さらにすすんで定年後の社員の職務を他の社員とは異なる固有の職務としてしまうことが考えられているようです。この場合には、その職場に配置すること自体が、パワーハラスメントに当たると見られてしまうことのないように、注意が必要だろうと思います。

 配置転換の範囲を正社員と異にしておくことは、可能であれば行っておいてもよいでしょう。ただし、正社員が実際にどの程度配置転換されているかという実情等も加味されて不合理性を判断されるかもしれません。

 

 上のような認識を持ったのは、今年の5月ころ、とある銀行が定年を65歳に延長するとともに、60を超える社員について長年の経験を活かすためお客様相談室に配置する、という報道が見たような、おぼろげな記憶によります。

 その銀行としては、各社員の経験を積極的に活かすと同時に、上記①②の点から、より労働契約法20条違反となる可能性の少ない体制を取ったものかな、と思いました(※7/5 以前は、報道で見た銀行名を記載していましたが、その後「その銀行ではそのような体制を取っていないため、報道の誤りではないか?」という弁護士の方もいらっしゃり、私自身が真偽を把握しているわけではありませんので、固有名詞を削除するとともに、この注記をさせていただきます。もともと「報道をみたようなおぼろげな記憶」という書き方に留めておりましたので、その余の部分については修正するまでの必要はないと判断しました。)

  こうした方法は、訴訟リスクをある程度抑えるかもしれませんが、経営・労務管理として最善かどうかは何とも言えません。高齢の方々により向いた仕事があった可能性もありますし、場合によってはそうした方の仕事へのモラル(士気)の問題もでてくるかもしれません。

 本当は、もっと柔軟な方法を取った方がよいケースもあるとは思うのですが、もし専門家として聞かれたら、訴訟リスクがあれば訴訟リスクは告げざるを得ないのだろうと思いますね…。

 なお、仮に何らかの対策をとる場合にも、高齢者にとって厳し過ぎない配慮をしてもらうことや、必要性についての十分な説明はしていただいた方がよいとは思いますが…。

2 定年後再雇用(高年齢者雇用確保措置)と「特段の事情」等

(1) 雇用雇用確保措置の場合、正社員時代と差があってはいけないか

 そもそも、定年後再雇用(高年齢者雇用確保措置)は、平成12年に高年齢者等の雇用の安定等に関する法律において努力義務として設けられたものですが、これが【義務化】されたのは、平成16年6月11日の同法改正によるものです(平成18年4月1日施行)。

 その法改正について議論がされた、「今後の高齢者雇用対策に関する研究会」の報告書である、「今後の高齢者雇用対策について~雇用と年金との接続を目指して~」には、「はじめに」の中に以下の記載があります。

 少子高齢化の急速な進展により、生産年齢人口は2015年までに約840万人減少し、これに伴って労働力人口も減少することが見通されている。また、今後2007から2009年にかけて、いわゆる団塊の世代が60歳に達することとなる。
 こうした状況の中、既に年金支給開始年齢は段階的に引き上げられつつあり、定額部分については2013年度までに、報酬比例部分については2025年度までに65歳に引き上げられる(女性については5年遅れで引き上げられる)予定である。
 これに対し、現行の高年齢者雇用安定法では、60歳定年は義務化されているものの、65歳までの雇用の確保については努力義務とされており、実態としても、少なくとも65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約70%となっているが、原則として希望者全員を対象として少なくとも65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約30%となっている。また、中高年齢者を取り巻く雇用情勢は依然として厳しく、一旦離職するとその再就職は困難な状況にある。
 一方で、諸外国と比較しても我が国高齢者の就労意欲は非常に高く、実態としても、60歳代前半の男性の労働力率は70%を超えている。
 このような中で、雇用と年金との接続を強化することが喫緊の課題となっており、また、高い就労意欲を有する高齢者が長年培ってきた知識と経験を活かし、生き生きと活躍し続けることができるようにするためにも、意欲と能力のある限り年齢にかかわりなく働き続けることができるように環境整備を行うことが求められている。
さらに、これらの課題の解決を図ることは、若年労働力が大幅に減少する中で、高齢者が可能な限り社会の支え手としての役割を果たすこととなり、今後の我が国経済社会の活力の維持にも資することになると考えられる。

 この記載を見るとわかるのですが、65歳までの高年齢者雇用確保措置は、厚生年金の支給年齢の繰り上げに対応するものとして導入された経緯があります。

 そして、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律も、その目的について

第一条  この法律は、定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もつて高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とする。

としており、福祉目的もあることを認めています。

 そして、同法において定年として義務化されているのは60歳であり(8条)、60歳から65歳までについては「高年齢者雇用確保措置」(9条)としてこれと区別されています。

第八条  事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として厚生労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りでない。

 そして、この「高年齢者雇用確保措置」はあくまで行政法規における義務とされており、民事法的効力まではないとされ、これまでの裁判例でも、会社において【「高年齢者雇用確保措置」が定められておらず、定年を60歳としている場合】、60歳以降も当然に雇用が継続するとまではされていなかったと思います。

 そうした趣旨を勘案すれば、

①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度

②当該職務の内容及び配置の変更の範囲

が異ならない場合であっても、「60歳定年を採用しており、その定年後の雇用継続措置である」という理由により、一定の差異を設けることに合理性は認めてもよいのではないか。

 個人的にはそう思っています。

 1(4)で触れたように、「65歳定年」として同じ「期間の定めのない社員」となれば、60歳直前と、直後で就労条件を変えても、直ちに労働契約法20条違反にならないことを考え合わせると、期間の定めがある場合にだけ差が認められないのは、少し均衡を失する気もします。それは突き詰めれば、「【61歳から65歳の期間の定めのない社員】と比較したわけではない」という点に帰着してしまうのかもしれませんが…。

 今回の判決も、「特段の事情」について「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」という事情を検討しているのは、そうした意識が幾分表れたものではないかと考えています(本件の事例の場合は、格差(主に賞与の点でしょうか?)が大きいかどうかや、そもそも正社員の賃金決定要素に「長期雇用」が考慮されている度合いが限定的である点をどう評価するかでしょうか。いずれにせよ、第1審では、双方の主張も判決の認定事実も、表層的なところにとどまりますので、判断しかねるところは残りますね…)。

 なお、そうした【一定の差異】を認める場合には、「仮にその企業において、定年後再雇用ではない60歳以降の社員がいた場合の、その社員との均衡」をどう考えるかは、問題となりうる余地を残すのかな、と思っています。そうしたケースは多くはないと思っていますが…。

(2)不法行為(予備的主張)について

 本判決では、定年後の社員=嘱託社員の就業規則を違法無効としたうえで、正社員の就業規則の適用を認めた(前の記事の争点⑤)ために、「違法の程度」は直接的には問題になりませんでした。

 ただ、正社員の就業規則の適用を認めるかについては、裁判官によっても判断が異なる可能性はあるかもしれないと思いますし、違う会社の違う就業規則であれば、違う結論になることもあり得ます。また、現在「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」で議論されているような柔軟な解決をも視野に入れると、安易に正社員の就業規則と同じとしてしまって良いかどうかは、少し躊躇を覚えます。

 ここでもし、正社員の就業規則を適用できないと判断されれば、不法行為(予備的主張)が問題となります。

 そうした場合についても少し。

 本判決にみられる被告側の定年後再雇用の方法は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の平成16年改正の時点であれば、違法とは呼べなかったであろうものとなります。

 その後、平成24年には現行の労働契約法20条が定められましたが、幾度か引用しているその指針の記載

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

は、「定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更され」ていれば不合理ではないのではないか、ということはわかるのですが、他方で、そうした変更がなかった場合に当然に不合理となるのかは、明確でないようにも思えます。

 そして、「行政指導」において、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条(以下の引用参照)の均衡処遇については、労働局が事業主に対する報告徴収・助言・指導・勧告を行い(罰則あり)、それに従わない場合に事業主名の公表も可能とされているのに対し、労働契約法20条については、こうした行政指導がされていなかったという経緯があります(第1回同一労働同一賃金の実現に向けた検討会厚生労働省提出資料3頁・8頁)。

第九条  事業主は、職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。

 こうした点を考えると、平成24年以前は公序違反ではないとして、全体で慰謝料の限度で賠償を認めるという考え方もありうるかもしれません。

 これは、男性を基幹要員として採用・育成・処遇し、女性を補助的要員として採用・育成・処遇する男女別雇用管理(いわゆる「男女別コース制」)について、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律で「採用・配置・昇進」の均等取扱いが努力義務とされていた時期については公序に反するとはいえないとし、「採用・配置・昇進」差別が禁止された平成9年改正以降は公序違反とするものの慰謝料請求の限度で賠償を認めるという扱いと、同じような考え方ということになります。

 また、判決が「賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定」したことを理由の一つとしていることからすれば、「少なくとも新規採用の正社員より低い部分は不合理であり違法」等の結論も、まったくないとは言えなかったのかもしれません。

 ただ、「不法行為」として損害賠償と認めるという構成は、結局、【今後その社員の就労条件がどうなるのか】が不明確のままとなるため、雇用関係が継続している社員を対象にする場合、裁判所としても躊躇が残るだろうと思います。

 たとえば、中間判決で「違法」を宣言した後に(慰謝料を決める前に)和解勧告をする、ということも考えられますが(同一労働同一賃金の実現に向けた検討会で議論されているガイドラインなども、そうした形であれば活かす余地があるか、かえって難しいか…そこまではわからないのですが。)、現在裁判所に処理が求められている事件数等からすると、なかなかそこまでは難しいのかもしれませんね…。

3 その他、今後生じうる問題

 そのほか、判決を読んでいて気になったのは以下の点です。

(1)計算しなおすと【もらい過ぎ】となっていた労働者がいたら?

 正社員時代との格差からすれば、本件の会社ではおそらく【ない】と思うので、あくまで「今後そうした事案が生じたらどうするか」という問題なのですが…。

 本件のように「正社員よりも定年後の嘱託社員の歩合給の方が歩合の掛け率が高い」賃金制度を定めてしまった場合、もし、その賃金制度の下で【正社員として計算しなおすよりも高額の賃金を受け取っていた労働者】がいた場合、【差額を返還するのか】というのは…、実は問題になりうる気がしました。

 不法行為=損害賠償構成ならばともかく、契約法構成とすると、差額返還をしなければならないということになりかねない気がしますね…。

(2)「高年齢雇用継続給付金」をもらっていたら?

 以前のブログで少し「気にしている」と書いた「高年齢雇用継続給付金」を受給していたかどうかですが、判決文を読んでも、原告の皆さんがこれを受給していたのかどうかはわかりませんでした。

 仮に受給されていた場合、少なくとも本判決のように契約法構成で認容判決が出た場合には、過去にいただいた給付金は返還しないといけないのだろうと思います。

 これが、不法行為だったらどうなるかは…ちょっと、分からないところを残しますね…。

(3)差別の解消法には、幾通りかありうるかも…

 本判決が、正社員の就業規則を適用したので、この点は問題にならなかったのですが…。

 おそらく、収益的には問題がないにしろ、被告側にとって、バラセメント車の台数が限られている以上は(常時相当程度の余剰車両がある状態であれば別ですが)、定年後の高齢者雇用を認めることで、その分新規採用者(若者)の就労は制約されることになる気もします

 そうした場合、仮に本件と同じ差別があるという判断であったとしても、その解決方法として、高齢者についてはワークシェアリングで車両を使用してもらい(各就労日の労働条件は正社員に準ずるとしても)、それにより余剰車両を作り出して、若年者の雇用をすすめて、企業内の人員構成の平均化をし、企業の存続を図るということも、それほど不合理なこととは思われません。

 そうした余地を残さなくてよかったかは、すこし悩ましいと思っています。(他方で、そうした場合に企業が極端な労働条件を設定することもありうるため、どうするかなのですが…)。

 4 おわりに

 結局、私自身、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲に差が無くても、60歳定年が採用され、その係属雇用確保措置として継続勤務している場合には、一定程度労働条件が下がってもよいのではないかと思ってはいるものの、それに関する詳しい事情等が第1審では明らかになっていないように思われることから、これ以上についてはちょっと書けませんでした。

 ただ、本件の事例では、定年後の再雇用者について、定額給を下げるとともに、正社員よりも歩合給の掛け率を大きくしており、結果として定年後再雇用者の方が正社員よりも不安定な賃金となってしまっているようです。

 それが不当か、不合理かは、事情によるとは思いますが、「賃金総額で見ればそれほど下げていない」という主張をするのであれば、歩合給の掛け率については正規社員と同じ程度にしてほしかった(その分固定給としてほしかった)気持ちは、少し残るでしょうか。

 原告側が裁判に訴えた気持ちも分からないでもない事案です。

 しかしながら、いまだ地方裁判所の段階であるにもかかわらず、判決文が公表されないまま断定的な報道が先行したこと等の事情もあり、労使双方に混乱を招いてしまっているのではないか、それにより、労働者も使用者も不利益を受けてしまわないかが、どうしても気になってしまうところです。

 もし控訴されているのであれば、控訴審の判断でも様々な検討をしていただけると助かりますし、現在議論がされている「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」などで、何かしらの方向性が示されればよいのですが…。

 こうした問題については、「正解」というものがあるのかどうか、いつも悩んでしまいますね。

 いろいろな人がこの機会に意見を言ってくださるといいな、と思います

※ 6/28、7/1 (その2)に争点⑤を加えたこともあり、言い回しや、表現を含めて少し修正しました。わかりにくい書きぶりで、すみません。

※ 7/1 この裁判では、JILPTが平成25年に行った高年齢者雇用についての調査結果について、当事者の主張や判決理由の中で触れられています。今回ふたたび、JILPTで高年齢者の雇用についての調査が行われたことを、6月30日のプレスリリースで知りましたので、それについて、簡単に以下で書いてみました。関心のある方はどうぞ(こちらは短いです^^;)。

yokohamabalance.hatenablog.com

※ 7/2 「定年後再雇用で有期雇用にしてしまうと差を設けるのがダメになり,逆に65歳まで期間の定めのない雇用にしてしまうと差があってもいいというのはおかしいのでは?」ということを突き詰めて考えると,どうなるのか。思いつきを書いてみました。関心のある方はどうぞ…。

yokohamabalance.hatenablog.com

※ 7/20 7/2に書いた「違和感を覚える問題」を、【法律的に構成】すると、どういった話なのか、少し考えを進めてみました。

yokohamabalance.hatenablog.com

定年後再雇用と労働契約法20条(その2:平成28年5月13日東京地裁判決の紹介等)

 以前,ブログでも書いた,平成28年5月13日東京地裁判決を読んでみました。

 まだ,判例雑誌等にも載っていないと思いますし,裁判所のHPにも掲載されていませんでしたが,判例検索システムのウエストロー・ジャパンには掲載されていました。

  しかし…、読んでいて辛い判決でした。

 どういう解決をしたとしても、どこかに【歪み】が出てきそうな事件で、出口がないというか、解決が見つからないというか…、そんな気持ちを感じながら目を通していました。

  正直、この判決について、自分にまともなことが書けるわけもない気はしますね…。

 これからで書いてみるのも,「自分なりの整理」のようなもので,「正しい」「間違っている」という話は書けないと思います。

 なお、今回は判決内容の紹介までになってしまいました。また今後、この判決の影響や、疑問点等も含めて、書ければいいな…と思っています(書くつもりですけど、少し弱気です…。)。

1 事案の概要

  判決文から伺われる事案の概要は、こういったもののようです。

 (1)当事者

  被告となった会社は、バラセメントタンク車(こんな車でしょうか)を保有してセメント輸送などを行う会社で、原告らは、いずれもこのバラセメントタンク車の乗務員として定年前から勤務し、平成26年に定年退職し、定年後も有期労働契約を締結して勤務を続けた方々です。

 (2)定年制度

 被告においては、従業員の定年は満60歳とされ、定年で退職するもののうち本人が継続勤務を希望し、被告が雇用を必要と認めて採用されたものを【嘱託社員】として1年の有期雇用契約を結ぶこととしていました。

 (3)正社員の給与体系

 被告における正社員の賃金体系は、以下のようなものだったようです。

・基準内賃金:基本給、職務給、精勤手当、約付手当、住宅手当、無事故手当、能率給

・基準外賃金:家族手当、超勤手当、その他手当、通勤手当

そしてこのうち、基本給は、

①在籍1年につき800円ずつ加算される在籍給(上限あり)

②20歳を超えるごと1歳につき200円を加算する年齢給(上限あり)

で構成され、それ以外の主なものとしては、能率給が月稼働額に職種(運転する車の種類)に応じた一定割合を乗じたものとして支給されていたようです。

 賞与は、原則として基本給の5か月分、退職金は3年以上勤務して退職した現務員に支給するとされていました。

 (4)嘱託社員の労働条件

 嘱託社員は、契約期間は1年間で、賞与・退職金の支給はなく、賃金は以下のようなものとされていました。

・基本賃金 125000円

・歩合給 稼働額に、職種(運転する車の種類)に応じた一定割合を乗じたもの(割合は正社員の能率給より多い)

・無事故手当、調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまで月額2万円)、通勤手当、時間外手当、欠勤控除

 (5)配置転換・業務内容等

  判決の事実認定では、いずれの契約においても、業務の都合により勤務場所や担当業務を変更することがある旨の記載がされていたようです。また、原告らの業務内容は、正社員である乗務員らと同じく、指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、嘱託社員である原告らと正社員である乗務員らとの間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなかったと認定されています。

2 事実から伺えること

 正社員の賃金体系を見ると、この会社は【そもそも社員の流動性が高い会社】に見受けられます。

 終身雇用・年功制を前提とした会社のいわゆる「正社員」の場合、給料は【S字カーブ】を描く、つまり、若いころは低額であるものの年齢を重ねるにしたがって高額となるとされており、これに対して、非正規社員の場合、ある程度フラットになる場合が多いとされています。

 これは、たとえば平成27年度賃金構造基本統計調査の、雇用形態別でのグラフなどによく表れています。

 また、現在、厚生労働省で議論されている「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」においても、

実際に我が国の正規・非正規間の賃金格差について、企業規模別、また、年齢別に見ていくと、大企業の正社員ほど大きな年功賃金カーブを描くのに対して、非正規のほうは企業規模も年齢も問わずに、基本的にフラットになっており、この差がマクロで見たときの賃金格差につながっているのであろうということです。

 

 こうした年功賃金カーブを代表とする正社員の賃金体系の背景には、新卒一括採用で長期に人材育成を行うという「日本型雇用慣行」の存在がまずあって、その中では S 字型の賃金カーブを設定することがあり、その S 字型の中のある一時点の賃金を瞬間的に切り出して単純比較してよいかどうかというのは、やはり留意を要するのではないかと。一方で、正社員は若いうちにそういった能力発揮に見合わない低い賃金であったとしても、非正規の方がそれよりも更に低い賃金が設定されているという側面も留意しながら、引き続き検討する必要があるのではないか 

 (いずれも、第3回「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」議事録より)

という発言があります。

 そこで、戻って「1」の事実認定を見てみると?。

 (3)の基本給(①在籍給及び②年齢給)を見るとわかるのですが、上がってはいるものの、上がり方は常にフラット(一定年齢以降は平行線)のように見受けられます。その意味では、もともと新入社員で従業員を確保して、長期で雇用することを想定しているというよりも、途中入社・途中退者の社員がいる(労働力が【流動的】である)ことを前提としている賃金体系に見えます。

 もちろん、基準内賃金の中で、能率給が占める割合が大きい可能性もありますが、【セメントバラストを運ぶというその業務】からすると、能率給については「会社側の仕事の配分方法」や「季節的な業務の繁閑」に影響を受ける可能性はあっても、年功的な賃金カーブを描くことに繋がるようなものではないのではないようにも思われます(このあたりは、判決文には書かれていないので、正確にはわかりませんね…)。 

 判決文の事実認定を見る限り、各原告は平成26年に定年退職しているものの、入社時期は前後10年ほどの差異があることも、そうした推定を裏付けているように思われますし、また、判決文でいわゆる正社員用の就業規則と、定年後の「嘱託社員就業規則」が挙げられているのに、有期雇用の就業規則や、そうした社員の存在については触れられていないことからしても、この会社は、いわゆる典型的な非正規雇用の社員というものがいるというわけではなく【定年前の社員】と【定年後の社員】があり、たまたま前者について雇用の期限の定めがなく、後者について雇用の期限の定めがあった、ということのように思われます。

 その意味では、【正規雇用VS非正規雇用】という典型的な場面での争いとは、少し違うのかもしれませんね…。

 3 労働契約法20条を巡る主張と、判断

(1)争点及び当事者の主張

 この事件で、原告側の主張の根拠とされているのは、下に挙げた労働契約法20条となります。

 (期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。 

(なお、太字、下線、色等は、私の方で加筆したもので、法律の原文にあるわけではないです。)

 ここで、太字になっているけれども、下線が引かれていない部分(「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」)は、【1(5)の事実認定を前提とする限り】違いがないことになります。

 そのため、法律の解釈が問題になる点は、

①「期間の定めがあることにより」とは、有期労働契約であることを【理由】にする労働条件に限られるのか、そうではないのか

②「その他の事情」があるか否か

③「不合理と認められるものであってはならない」という場合の判断基準

④仮に②の「その他の事情」があった場合、個々の賃金項目ごとに不利益ではないかを判断するのか、賃金は賃金全体で判断するのか

⑤仮に「嘱託社員就業規則」が労働基準法に違反した場合、嘱託社員(定年後の社員)には正社員の就業規則が適用されるのか

点のようです。

 これらの論点について、原被告の主張は、簡単にまとめると以下のようなものです(あくまで「簡単」にまとめただけですので、正確性を欠くところもあるかもしれません。関心のある方は原文に当たっていただいた方がよろしいかと思われます。)。

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 (2)裁判所の判断

  裁判所は、争点①については、

 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理なものであることを禁止する趣旨の規定であると解されるところ,同条の「期間の定めがあることにより」という文言は,ある有期契約労働者の労働条件がある無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで,当然に同条の規定が適用されることにはならず,当該有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が,期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが,他方において,このことを超えて,同条の適用範囲について,使用者が期間の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい

  として、労働契約法20条は、「期間の定めがあることを理由」とする労働条件の相違に限られないから、本件でも適用されるとして、被告の主張を取りませんでした。

 そして、争点②について

 その他の事情として考慮すべき事情について特段の制限を設けていないから,上記労働条件の相違が不合理であるか否かについては,一切の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解される

 として、ここでは原告の主張を取りませんでしたが、同時に、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条を参考にして、

 これらの事情に鑑みると,有期契約労働者の職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず,労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について,有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは,その相違の程度にかかわらず,これを正当と解すべき特段の事情がない限り,不合理であるとの評価を免れないものというべきである。

 としています(6/27 その3にも書きましたが、「違った基準」ではない可能性もありますので、訂正しました。)。、争点③の基準としては、原被告が主張した基準とはまた違った基準を立てて判断する方法を取っています

 そして、被告の主張している「その他の事情」から、その後「これを正当と解すべき特段の事情」があるかどうかについて、数点を検討しています。

 そのなかでは、「定年退職者との間で、高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置として締結されたものであった」ことが、「特段の事情」に当たるかを検討した個所が最も重要です。

 判決は、

 一般に,従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり,その賃金が引き下げられる場合が多いことは,公知の事実であるといって差し支えない。 

 としながらも、

 原被告両当事者がそれぞれ主張で触れている、「改正高年齢者雇用安定法の施行に企業はどう対応したか―『高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査』結果―」(独立行政法人労働政策研究・研修機構調査シリーズNo121)に挙げられた数字について解釈を示しつつ、

 他方,我が国の企業一般において,定年退職後の継続雇用の際,職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが広く行われているとか,そのような慣行が社会通念上も相当なものとして広く受け入れられているといった事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

 とした上で、さらに被告の賃金体系を検討しつつ、被告の新入社員の賃金よりも原告らの賃金の切り下げの方が大幅に上回ること、そのような賃金コスト圧縮を行わなければならない財務状況・経営状態に置かれていたという証拠がなかったこと等から、「特段の事情」を否定しています。 

 そして、労働契約法違反の結果問題となる争点⑤について、判決は、嘱託社員就業規則が無効になるとした上で、正社員の就業規則は、嘱託社員へは適用されないとされているものの、原則として全社員に適用されるものであるから、嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については、正社員就業規則その他の規定が適用されるとしています。

 これからすると、本判決は、①定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、②賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定すること、そして③そのような賃金コスト圧縮の必要性がなかったことなどの事実をもとに、「特段の事情」を否定していますので、まったく同じ法解釈を取る裁判官の場合でも、これらの事実が違えば結論が同じかどうかはわからないところを残す書きぶりとなっています(事例判断的な面を多分に含んでいると思います)。

 また、②については、この会社にいわゆる「有期雇用社員」(定年後再雇用ではない通常の)がいなかったという事情から新規採用の正社員と比べられたようにも思われますし、これらの事情の1つでも書ければ同じ結論にならないというわけではないと思いますので、注意が必要です(さらに、あくまで地方裁判所の1判決にすぎませんので、控訴審で維持されるかや、類似事件でほかの裁判官が同じ基準等を採用するかはわからないところを残します。)。

 そして、⑤について、当然に正社員の就業規則の適用を認めるかどうかは、裁判官によって判断が異なるのではないかと思っています。

 そうしたことを含めて、続きは次回に書きたいと思います。

 …いえ、続きをいろいろ考えていて、この記事も書くことが遅れたのですが、いざ書いてみたら判決紹介だけで「それなりの量」になってしまいましたので…。

 今回の内容は判例紹介に留めて、まっしろな紙(画面?)の上で、続きを考えてみたいと思います。

 すみません。

※ 6/27 判決文を読んでの、雑感的なことを書いてみました。力不足のため、見落としていることや、適当でない記載も多々あるかと思いますが、関心がおありの方はどうぞ。

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※ 6/28 (その3)の中で、「正社員就業規則の適用すること」についても、ところどころ触れましたので、判例の紹介であるこちらでも書き足しておいた方がよいかと思い、書き足しました。

※ 7/2,7/20 「違和感を覚える根本的な問題」について、少し気が付いたところがありましたので、以下二つのブログで書いています(最終的には、7/20がもっとも進んだ内容の見解になっていますね。)関心がおありの方はどうぞ。

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再婚禁止期間の短縮(6箇月から100日へ)

1 はじめに

民法の一部を改正する法律」が本日成立したようです。

●民法の一部を改正する法律案

 具体的に、従来の民法の定めと何が変わったかと言うと、以下のようです(削除等されたところは取消線、追加等されたところは赤色で書いてみました。)。 

 (再婚禁止期間)

第七百三十三条  女は、前婚の解消又は取消しの日から六箇月起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。

2  女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。

 一 女が前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合

 二 女が前婚の解消又は取消の後に出産した場合

(再婚禁止期間内にした婚姻の取消し)

第七百四十六条  第七百三十三条の規定に違反した婚姻は、前婚の解消若しくは取消しの日から六箇月起算して百日を経過し、又は女が再婚後に懐胎した出産したときは、その取消しを請求することができない。 

  なぜ、こうした点が改正されたのか、また、そもそもなぜ女性にだけ一定期間再婚が禁止されるのか。

 それは、そもそも法律で、子どもの「お父さん」と「お母さん」が決まる仕組みによるものになります。 

2 民法でお父さんとお母さんが決まる仕組み

 法律上の親子関係と言っても,実際にお母さんから生まれれば(少し硬い言葉ですが法律では「分娩」といいます。),そのお母さんの子どもであることは当然です

 これに対して,お父さんの方は少し複です。お父さんの体の中から子どもが出てきてくれるわけではないので、お母さんの場合のように、お医者さんが目で確認することができません。日本の法律も,外国の法律も,できたころにはDNA鑑定などがあったわけではないですし、いちいちDNA鑑定をするのは費用もかかり、乗り気ではない方もいらっしゃる可能性があります。

 そうはいっても,「お父さんが誰か」が分からないままでは,子どもも困ってしまいますし,法律上その子を保護する「お父さん」が誰かが分からず,役所も困ってしまいます。

 そこで、日本の法律では,「男性」と「女性」が、「結婚してから」「離婚等するまで」に、お母さんである女性の身体に宿った(これも硬い言葉ですが、法律では「懐胎」といいます。)子は、基本的には,お母さんと結婚している【男性】の子と推定することにして、こうした子どもを【嫡出子】と呼んでいます。

民法第772条1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

 でも、赤ちゃんがお母さんの身体にいつ宿ったのかは、正確にはわかりません。

 そこで、法律では、赤ちゃんがお母さんの体に宿ってから,生まれてくるまでには少し時間がかかることを前提として、お父さんとお母さんが結婚した後200日より後、そしてお父さんとお母さんが離婚してから300日以内に【生まれた】子どもが、上で言う【「結婚してから」「離婚等するまで」に、お母さんである女性の身体に宿った子】と推定することにしています(やはり硬い言葉ですが、法律では「推定が及ぶ子」といいます。)。

民法第772条2項  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。 

図で示すと、こんな感じでしょうか。

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 なお、嫡出子以外の子ども(嫡出でない子)については、お父さんに当たる男性が「自分がお父さんです」と役所に届け出た場合(戸籍法60条ないし61条に定める方式での届出です。これを法律上は「任意認知」と言います。)に,原則としてその男性が父親になることになります。 

3 再婚禁止期間がなかったら(離婚後すぐ再婚ができたら)

 女性が離婚と同時に再婚することが、もしできてしまうとすると…。

 離婚から300日以内に子どもが生まれると、その子は、離婚した男性が父親だと推定されることになります。他方で、結婚してから200日より後に子どもが生まれると、その子は、結婚した男性が父親だと推定されます。

 すると?。

 離婚=再婚してから【200日より後300日以内の、100日間】に生まれた子どもは、離婚した男性が父親なのか、再婚した男性が父親なのかがわからなくなってしまいます(これを「父性の推定の重複」といいます。)。

 図で表すと、こんな感じでしょうか。

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4 再婚禁止期間

 こうしたことが起こってしまうと、困ってしまいますので、これまで民法では、上の「再婚禁止期間」の条文で見た通り、前の婚姻が解消・取消しの日から【6箇月】の間は、女性は再婚できないとされていました。

 なぜ、「100日」より多い「6箇月」とされていたかというと、民法ができた

 当時は,専門家でも懐胎後6箇月程度経たないと懐胎の有無を確定することが困難であり,父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において,再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。

ということのようです(最高裁判所平成27年12月16日判決より引用)。

 しかしながら、この最高裁判所の判決において、今はもう、100日を超えて再婚を禁止することは違憲とされましたので、それに合わせて今回法律を改正し、【再婚禁止期間を100日とした】ものになります。

 なお、前の婚姻の解消または取消しから100日を経過していない場合でも、女性が①前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合にはそのあと生まれたお子さんが前結婚されていた男性との間のお子さんであるとの推定は働きませんし、前婚の解消又は取消の後に出産した場合には、そのお子さんは前結婚されていた男性との間のお子さんであるとの推定が働きますが、その後に生まれてくるお子さんについては、そうした推定が働かなくなりますので、こうしたことについて【お医者様の証明書】(ここは、報道による情報ですが。)があれば、婚姻届けを受け付けてくれるようです。

 まだ通達等が明らかにされていませんが、おそらくこちらの「懐胎時期に関する証明書」と同じような様式が、そのうち公開されるものと思われます。関心のある方は法務省・法務局などに問い合わせればわかるかもしれませんね。

※ 6/16 遅まきながら、6/3付で法務省HPにおいて医師の証明書の書式が公開されたことに気が付きましたので、以下にリンクを貼っておきます。

法務省:民法の一部を改正する法律(再婚禁止期間の短縮等)の施行に伴う戸籍事務の取扱いについて

定年後再雇用と労働契約法20条

 今朝、新聞を見てびっくりしました。

headlines.yahoo.co.jp

 …いえ、取っているのは読売新聞なのですが。

  労働契約法20条を根拠として、定年後の期間雇用社員が正社員と同じ業務に従事しているにもかかわらず、賃金に差があることを問題とした判決が出たようです。

 判決文を見ていないので、具体的にどういった論理構成で、どこをどう判断したのかまではわからないのですが…。

 

 こんな裁判が係属していたのですね…。

 たしかに、現行の労働契約法20条ができる前に、大阪高裁平成22年9月14日判決(裁判所のHPには掲載されていません。)において、運輸業の会社において定年後も【同じ労務】に従事しているにもかかわらず、労働条件が切り下げられたことが争われ、

 「正社員とシニア社員との間には、同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則の適用は予定されていない。」

等と判断された事例がありましたから、その後、【労働契約法20条ができたらどうなるのか?】、というのは、典型的に問題となりうる場面ではありますね。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 新聞報道を見る限り、高年齢雇用継続給付を受給していたのか等について触れられていませんが、どうだったのでしょう。

 上記大阪の判決も運輸業であることからすると、運輸業等ではこうした形態の定年後再雇用を行っているところも多いのかもしれません。

 具体的な内容は判決文を見てみないとわかりませんが、労働契約法20条に関わる数少ない事例ですので、判決文が公刊されたら、目を通してみたいですね…。

※ 労働契約法20条についての厚生労働省の指針(平成24年8月10日付け基発0810第2号「労働契約法の施行について」 )では、以下の通りとされていますので、多くの企業(定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更される企業)には直ちにこの判決が影響するわけではないと思います。

 どういった場合に労働契約法20条が及ぶのかについては、今後判決文が公開されるのを待つことになるかな、と思います。

エ 法第20条の「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」 は、労働者が従事している業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を、 「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」は、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化等(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む。)の有無や範囲を指すものであること。「そ の他の事情」は、合理的な労使の慣行などの諸事情が想定されるものであること。例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されるものであること。

※ 6/21、その後法律家用の判例検索システムに、裁判例が掲載されましたので、裁判例を紹介してみました。残念ながら、感想等までは力が及ばず、また今後に回すことになってしまいましたが、関心のおありの方はどうぞ(埋め込みにすると、ブログ中に使った図や表が表示されちゃうんですね…。途中で切れた表が。)。

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※ 6/27 裁判例を読んでの「雑感」のようなものを書いてみました。おそらく、見落としや、適当でない個所も多々あるでしょうが、関心のおありの方はどうぞ。

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※ 7/2,7/20 「違和感を覚える根本的な問題」について、少し気が付いたところがありましたので、以下二つのブログで書いています(最終的には、7/20がもっとも進んだ内容の見解になっていますね。)関心がおありの方はどうぞ。

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